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ヒロイン、さらわれる
しおりを挟む「ほお、これは珍しい髪ですな。どちらも器量が良い……本当に平民なんですかい?」
身体の上に乗せられていた臭い布がめくられ、誰かがこちらを覗いたようだったが指の先も動かせなかった。後ろ頭が痛い。ズキズキする。
「最近派手にやりすぎて騎士団がうろついていやがる。貴族の子どもは不味いですよ、旦那」
「まあいいじゃねぇか。俺らは子どもを”紹介する”だけだ。最後にでかいヤマをさばいて、暫く大人しくしときゃいいんだ。ちょうどいい」
────どうやら巷で話題の人さらいに遭遇してしまったらしい。
ちなみに、ここでいう「巷で噂」は露店の店主が教えてくれたので他称である。自称の私とは違う、確かな地位だ。しかも騎士団にまで噂が届いているだなんて、根拠がある。
そんな根拠はいらないんだけど!?
ぶわりと冷や汗が背筋に伝った気がした。
なぜこんなことになったのか、振り返って思い出してみよう。
私とユーリは言いつけ通り、噴水の前でベンお父さまが戻るのを待っていたのだ。
噴水は街の中心地に近く、人通りも多かった。
そこで、私たちの近くで大荷物を抱えたおじいさんが派手に転んだのだった。
思わず転がっていく荷物を追っては集めてみるが、どうにもおじいさんは頼りない。杖までついているのに荷物を抱えるなんて最初から無理があったのだ。
顔を見合わせた私とユーリは、仕方ないと近くに置いてあるという幌付きの荷馬車まで荷物を一緒に運んであげることにしたのだった。
ちょうど荷馬車からベンお父さまたちの姿が見える位置にあり、まあいいだろうという油断がいけなかった。
おじいさんは足が悪くて荷台に登れないので、出来たら荷物は荷馬車の奥に置いてほしいと頼まれる。しかし手前の衣装箱が邪魔で奥には置けそうにもない。
普段力仕事で頼られない貧弱組の私たちはちょっと得意気になり、仕方ないなぁと荷馬車に乗り上げ二人で衣装箱を奥まで押した。二人でやっとだ。
あと少しだと気合を入れて「せーのっ」と声を揃えた瞬間に。
しゃがれてヨボヨボと弱そうだったおじいさんは「ちょろいな」と杖を振りかぶっていた。
え、と思った瞬間に横に吹き飛び荷馬車の壁に頭をぶつける。う、あ、だの言いながら回る目を開ければ、先ほどまで私がいた場所にユーリが倒れていた。どうやら杖で打たれるより先にユーリに押し飛ばされたようだ。
ユーリが起き上がろうとするが、再び杖が振り下ろされる方が速そうだ。
私は咄嗟にユーリの身体の上に防御を展開した。過去、どんな猛将も傷一つつけることが出来なかった強固な防御魔法だったが、ユーリは無事だろうか。杖の折れる音はしたのだけれど。
成長期だから魔力量も増えて良いはず、いや増えた!と自信満々だった私は防御魔法を一瞬だけ展開して魔力を使い果たし、そのまま気を失った。
───暗転。
で、気づいたら臭い布の下というわけ。開き直っているように感じるかもしれないが、こう見えて焦っている。とても。困った様子のおじいさんに騙された。もう人助けなんてしない。こうしてヒトは優しさを失っていくのだ。
結局、私は魔力切れで気を失うし、さらわれている。ユーリは無事だろうか。
しかし、私たちにはベンお父さまがいる。
きっと噴水前から消えた私たちに気付いて、探してくれているに違いない。
その期待が粉々に打ち砕かれるのはすぐだった。
「───年齢のわりに小柄だが、それが好きなやつもいるだろう。ああ、売るのは桃色頭のチビだけだ」
聞きなれた声より数段低く、投げやりな口調だが。間違い無く、ベンお父さまの声だったからだ。
血の気が失せる、とはこのことを言うのだろう。身体からサーッと熱が落ちるような感覚だった。
ベンお父さまが、あの優しく迎えてくれた人が。
どくどくと激しく血を押し返そうとする音は変に強く聞こえるのに、息がどんどん浅くなる。
私たちがここにいることを知っている大人までもグルだったら、こうしていたら本当に売られてしまうかもしれない。
何が逆ハーレムだ。今の命すら怪しいじゃないか!!!
帰りたい。
”母さん”のところに帰って、怖かったと泣きついて、ひどいひとがいたんだと抱きしめてもらって、守ってもらって、そしていつもの日常に戻りたい。
泣き叫びたいのにヒューと喉から息だけが漏れた。
なぜ泣けないのか。動けないのか。あぁ、そういえば魔力切れだったからだ。早く回復しないと、それで、それで
どうしよう
「女だけですか。男のチビは変わった客が高値をつけるんですがね……ッ!!!このガキ!!」
「ぐえっ」
ドンッと衝撃が身体の上に乗る。
「噛みつきやがった。おい、なんか噛ませとけ」
「俺たちに触るな!」
私の上に落ちてきたのはユーリらしい。先ほどの野性味あふれる呻き声は私だ。ユーリはいつから動けていたのか、どうやら人さらいに抗っているらしい。
こんな状況なのに、ユーリの声が耳に届いて恐怖で泣きそうになっていた心が、今度は安心で泣きそうになった。
ギュ、ギュ、と革靴の音が近づいてくる。
その音が近づく度に、ユーリが守るように覆いかぶさるように身を乗り出した。
ちょっと重いが、ユーリの気持ちにもう胸が詰まってだんだん私の意識もハッキリとしてくるようだった。その証拠に指先、足先がクイクイと動いた。
「男の方はうちで飼うように言われているんだ。暫くして機会があったら連れてこよう」
「はは、それはどうも。チビのうちに連れてきてもらえると助かります」
やっと瞼がパチリと開き、状況を理解する。
ベンお父さまは転がされている私たちの前に立つと、ヒヤリとする冷たい目でこちらを見下ろしていた。
ヒッと息を飲んだ瞬間、部屋の扉の向こうから「おい、騎士団のやつらが見回りをしてる」と声をかけられた。ただの町人にも見える男たち数人が「巡回の時間が過ぎたら出発だ。あんたも時間をずらして出てってくれ」と面倒そうに部屋から出て行った。
「サルージ男爵、なぜこんなことをッぐぁっ」
身体の上に感じていた重さと熱が急に遠くなる。
「賢い君なら、今はどうするべきだかわかるだろう?」
ユーリが、持ち上げられたからだ。
苦しそうな声にぐわりと熱が上る。
「ベンお父さま!!やめて!!!」
「───王妃派のごちそうになりたくないなら、黙って飼われるべきだよ。”ユリウス殿下”」
私の叫び声と、ベンお父さまの声は同時だった。
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