上 下
15 / 27

ヒロイン、窮地に陥る

しおりを挟む

「これどうかしら」
「似合いますよ」

 天使の羽根のような睫毛をパチパチとさせ、手に持っていた怪しげな夜の仮面舞踏会にしか出番の無さそうな豪奢な羽飾りをおろした。

「やっぱりこっちかしら」
「似合いますよ」

 うるうると常に潤んだみずみずしい新緑の瞳を……半分隠し、じとーっと見る。

 頭に刺していたロウソクを戻した。ユーリの中の私は、頭にロウソクを刺して歩く美少女なんだろうか。未知の扉を開けてしまいやしないか心配だ。

 くるりとユーリに向き直り、周囲に聞こえないよう頭を寄せる。

「ちゃんと見なさいよ!」
「俺に聞かないでくださいよ!買い物ならアニーを連れて来ればよかったじゃないですか!」

 ガヤガヤとした市場の中、身を寄せ合い言い合いをする美少女と美少年のセットが珍しいのか、通行人の大人たちはニコニコとしながら「仲良くするんだぞー」と通り過ぎていく。

 いけないいけない。ここは中身が大人である私が大人になってあげなければいけない場面である。

 コホンと息を整え、ユーリの袖を掴む。ちょいちょいと引き寄せ、耳を寄せてもらう。ユーリはムスッとした顔をしつつも素直に耳を寄せてきた。しめしめ。

 ガヤガヤと騒がしい市場の中、小さな声がユーリだけに聞こえるように手で耳を閉じ込めた。

「……馬鹿ね。ユーリと一緒なら、きっと楽しいと思ったから連れて来たんじゃない」

 ガチンと固まったユーリはそのままに、今度は大人っぽい装飾の髪飾りを目の高さまで持ち上げ、「どう?」と振り返る。ユーリはまだ耳を傾けた姿勢で固まっていた。

 ふふん。あのアリアお母さまの夫を誑し込むテクニックを間近で吸収している私には、少年を唸らすなんて赤子の手をひねるようなものだ。どうだ!

 得意気な顔が隠れていなかったのか、固まっていたユーリは一転して悔しそうな顔になった。頬は赤いままなので全く怖くない。へへーん。

「…………全っ然、似合ってません」
「ケンカ売ってるのかしら」

 ユーリはムスッとした顔のまま視線を売り場に流し、迷わず何かを掴んだ。

「アンネリーゼ……お嬢様、は、こちらかと」

 おずおずと差し出された手の中には藍色のような深い青に白い花弁の素朴な花がモチーフになったカボションピンがあった。

 いままで私が手に取ったアクセサリーの何よりも地味である。

「……私ってこういうイメージなの?」

 そっと摘んで日にかざせば、藍色が透け、花の白さが際立った。

「綺麗」

 ね、とつぶやきながらユーリに視線を移せば、同じ色がこちらをまっすぐ見ていた。
 その視線は私を見ているようで、見ていない。



「────おや、おチビさん。趣味の良い髪飾りだね、似合うじゃないか。店主、こちらも」
「おっ、君らのオヤジかね。いやー、安心したよ。まいどあり」

 ベンお父さまの登場にぴゃっと二人同時に肩が跳ねた。

 私たちの様子をハラハラと見守っていたらしい店主が、ベンお父さまを見てホッと安心したように肩をすくめた。

「売り物で遊んでごめんなさい」
「いやいや、可愛い子が店先にいてくれるのは宣伝になるからいいんだ。だけどね、ここらで最近派手に人さらいをやってるやつがいるらしくてね、なるべく大人の近くにいた方がいい」

 ベンお父さまに聞こえるか聞こえないかの声量で店主はそう漏らした。

「二人はとても仲が良いんだね。だが、二人とも。本来の目的は忘れていないかな?」

「はい、ベンお父さま。もちろんです!アリアお母さまをあっと驚かせる特別なプレゼントを探すのです」

 きゅるりん★と効果音でも鳴りそうなほど強めに”可愛い娘”感を出して返事をしたというのに、隣にいるユーリはまるで奇怪な未知の生命体でも見たかのような目でこちらを見た。
 これが処世術。生きる力ってやつなのだ。そんな目で見るんじゃない。
 
「うん、いい返事だ」

 ベンお父さまはニコニコと人好きのする爽やかな笑顔でうんうんと頷いた。
 そのやり取りを見ていたユーリが『嘘だろ……』とも言いたげな表情をしていたが、安心してほしい。ユーリはユーリの良さがあるのだから。


 我々一行は男爵家が管理を任されている街にやってきていた。
 交通の要所らしく人も物も多く賑わっている。

 今日はいつものワンピースでは無く、平民の子どもが着るような服装だ。だとしても村にいた時より確実に良い生地なのだが。
 入念に準備を重ね、ベンお父さまとおねだりで連れてきたユーリと私の三人でお忍びというわけだ。

 ベンお父さまは用事も兼ねているらしく、時たま先ほどのように大人だけの会話をしに私とユーリから少し離れることがあった。やっぱりユーリを連れてきてよかった。一人だけだったら暇死にしていた。

 先ほどまで見ていた露店には本日の目的である、アリアお母さまを唸らせそうなものは無かったが、やはり買い物は楽しい。

 次は何が見れるのかと、やや跳ねながらベンお父さまの後に続く。
 ユーリは私が衝動のままどこかに駆けていくとでも思っているのか、今日も私の手を握っている。手綱ともいう。心配性め。

「さて、目星をつけている店まで馬車をつけられたらよかったのだけれどね。裏道だから、もう少し歩けるかな……っと」

 ぶはっ、と急に立ち止まったベンお父さまにぶつかってしまった。
 また知り合いを見つけたらしく、申し訳なさそうに振り向く表情を見るのはこれで何回目だろうか。本当に今日中に賄賂……じゃなかった、贈り物を用意出来るんだろうか。心配だ。ただでさえ軟禁の刑から逃亡しているのに。

「また知り合いだ。少し、そうだな、二人でそこの噴水で待っていてくれ。小さな騎士さん、おチビさんを頼んだよ」

「はい。旦那様」

 ユーリは何回目になるのか同じように返事をした。
 ピシッと礼儀正しく受け答えをしていたと思ったら、ベンお父さまが見えなくなるとムスッとした表情でこちらを見た。

「なによ」

 なんだその目は。文句を3時間でも言いそうな顔だ。身に覚えはある。先に言おう。ごめんなさい。

「……ん!」

 ムスッとした表情で拳を目の前に突き出されたので、思わずサッとよけたがピタリと止まったまま動かない。時を超越して動いて見えないわけでも、私の顔面を狙った一撃というわけでもなさそうだ。

 反応が鈍い私に焦れたのか、繋がれていた手を押し広げるとポトリと何かを置いた。

 そこには先ほどの深い青のカボジョンピン。
 ずっと握っていたのか、ユーリの手の温度が移っている。

 それを見て開口一番に出たのは「これって……」だとか、トキメキきらめきのふわふわした雰囲気でも無い。気持ちは嬉しいが、そうじゃない。そうじゃないのだ!

「はぁ~~~。ユーリ、女の子のこと何にもわかってないのね」

 ユーリはピシャーンと雷に打たれたような顔をして固まっているが、ここはしっかり言わないといけない。

「これではさっき買った時のままじゃない。これはまだ贈り物じゃないわ。しかも買ったのはベンお父さまだし」

 もしユーリがこのまま成長して、年頃になっても「ん!」と贈り物を投げてよこす青年になったらどうするのだ。目も当てられない。ユーリの心のお姉さんとして、ここは心を鬼にせねばなるまい。

「こういうのはね、こう、お花畑とか、綺麗な神殿の前とか、湖のほとりもいいわね。今だ!って時に跪いて、渡すの。特別な言葉も添えてね」

 やり直し、と髪留めをユーリの胸ポケットに入れて、ポンポンと送り出す。

 ポカンと口を開けて胸ポケットを上から抑えたユーリは恥ずかしそうに口をへの字に曲げた。

「……アンネリーゼお嬢様は夢見がちですね」
「夢は口に出すと叶うのよ」

 ユーリは難しそうな顔をしてブツブツと文句を言っていた。いや、もしかしたら早速、ロマンティックで花畑が溶けそうなぐらい甘い言葉を考えているのかもしれない。さすがに植物の生態系は崩さない程度でおさめてほしいところである。

「……ほどほどにね」
「俺には出来ないと思って言ってるな?見とけよ」

 ムキになったユーリが可愛かったので、ふふんと頭を撫でてあげた。

 と、まあこのような感じに我々一行は誰にも知らせず、街に潜伏していたのだ。
 こうして、ほのぼの下町お忍びデート回で終わればよかったのだが、それで終わるはずが無かったことはまた次回。

 ────ヒロインは夢のビジョンが明確なのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛してるんだけど

沢麻
恋愛
セックスレスに悩む大輔。 ワンオペ育児と二人目不妊に悩む美穂。 彼氏が欲しいシンママの沙織。 同じクラスの親たちの恋愛劇。

ひねくれ師匠と偽りの恋人

紗雪ロカ@失格聖女コミカライズ
恋愛
「お前、これから異性の体液を摂取し続けなければ死ぬぞ」 異世界に落とされた少女ニチカは『魔女』と名乗る男の言葉に絶望する。 体液。つまり涙、唾液、血液、もしくは――いや、キスでお願いします。 そんなこんなで元の世界に戻るため、彼と契約を結び手がかりを求め旅に出ることにする。だが、この師匠と言うのが俺様というか傲慢というかドSと言うか…今日も振り回されっぱなしです。 ツッコミ系女子高生と、ひねくれ師匠のじれじれラブファンタジー 基本ラブコメですが背後に注意だったりシリアスだったりします。ご注意ください イラスト:八色いんこ様 この話は小説家になろうさん、カクヨムさんにも投稿しています。

【完結】【R18】淫らになるというウワサの御神酒をおとなしい彼女に飲ませたら、淫乱MAXになりました。

船橋ひろみ
恋愛
幼馴染みから、恋人となって数ヶ月の智彦とさゆり。 お互い好きな想いは募るものの、シャイなさゆりのガードが固く、セックスまでには至らなかった。 年始2日目、年始のデートはさゆりの発案で、山奥にある神社に行くことに。実はその神社の御神酒は「淫ら御神酒」という、都市伝説があり……。初々しいカップルの痴態を書いた、書き下ろし作品です。 ※「小説家になろう」サイトでも掲載しています。題名は違いますが、内容はほとんど同じで、こちらが最新版です。

どうやら私は乙女ゲームの聖女に転生した・・・らしい

白雪の雫
恋愛
「マリーローズ!ガニメデス王国が認めた聖女であるライムミントに対して罵詈雑言を浴びせただけではなく、命まで奪おうとしたそうだな!お前のような女を妃に迎える訳にはいかないし、王妃になるなど民は納得せぬだろう!マリーローズ、お前との婚約を破棄する!」 女の脳裡に過るのは婚約者に対して断言した金髪碧眼の男性及び緑とか青とかの髪のイケメン達に守られる一人の美少女。 「この場面って確か王太子による婚約者の断罪から王太子妃誕生へと続くシーン・・・だっけ?」 どうやら私は【聖なる恋】という18禁な乙女ゲームの世界に転生した聖女・・・らしい。 らしい。と思うのはヒロインのライムミントがオッドアイの超美少女だった事だけは覚えているが、ゲームの内容を余り覚えていないからだ。 「ゲームのタイトルは【聖なる恋】だけどさ・・・・・・要するにこのゲームのストーリーを一言で言い表すとしたら、ヒロインが婚約者のいる男に言い寄る→でもって赤とか緑とかがヒロインを暴行したとか言いがかりをつけて婚約者を断罪する→ヒロインは攻略対象者達に囲まれて逆ハーを作るんだよね~」 色々思うところはあるが転生しちゃったものは仕方ない。 幸いな事に今の自分はまだ五歳にもなっていない子供。 見た目は楚々とした美少女なヒロイン、中身はオタクで柔道や空手などの有段者なバツイチシンママがビッチエンドを回避するため、またゴリマッチョな旦那を捕まえるべく動いていく。 試験勉強の息抜きで書いたダイジェストみたいな話なのでガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義です。 ヒロインと悪役令嬢sideがあります。

お金目的で王子様に近づいたら、いつの間にか外堀埋められて逃げられなくなっていた……

木野ダック
恋愛
いよいよ食卓が茹でジャガイモ一色で飾られることになった日の朝。貧乏伯爵令嬢ミラ・オーフェルは、決意する。  恋人を作ろう!と。  そして、お金を恵んでもらおう!と。  ターゲットは、おあつらえむきに中庭で読書を楽しむ王子様。  捨て身になった私は、無謀にも無縁の王子様に告白する。勿論、ダメ元。無理だろうなぁって思ったその返事は、まさかの快諾で……?  聞けば、王子にも事情があるみたい!  それならWINWINな関係で丁度良いよね……って思ってたはずなのに!  まさかの狙いは私だった⁉︎  ちょっと浅薄な貧乏令嬢と、狂愛一途な完璧王子の追いかけっこ恋愛譚。  ※王子がストーカー気質なので、苦手な方はご注意いただければ幸いです。

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない

高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。 王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。 最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。 あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……! 積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ! ※王太子の愛が重いです。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

処理中です...