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ヒロイン、救済する

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「おや、お嬢ちゃん。お勉強のお時間じゃなかったですかね」

 老齢には見合わない筋肉を見せびらかすようにシャツを着崩したジニーが、目ざとく私たちに声をかけた。ちなみにここに来るまで五回は使用人たちに声をかけられている。

 あの冬のピクニック事件から季節は何回も変わり、私は八歳になった。
 春も夏も秋もピクニックや湖に遊びに行ったり楽しい日々をすごしている。

 だというのに、使用人たちの監視はまだ弱まらない。そんなに毎分何かしでかすと期待されても困るってものだ。

「今日も”良い子”だったから早く終わったのよ。ね、アニー」
「ジニー、本当です。講師の方は驚いた顔でお帰りになりました」

 アニーの援護で容疑は晴れたようで、さすがお嬢ちゃんだとジニーは豪快に笑った。
 アニーもピクニック事件の当事者なのだが、みんな忘れてしまったのだろうか。これが日頃の行いが良い者との差か。

「ユーリを探しているのだけれど、どこにいるか知ってる?」
「あぁ、あの悪ガキ共なら畑にいますぞ」
「お嬢様、帽子を被らないと」

 言うが早いか、慣れた手つきで白い帽子で飾り立てられた。

「その帽子を被っているとアリアお嬢様の幼い頃を思い出しますなぁ。なんとも可愛らしい」

 ジニーは私を見ていると幼い頃のアリアお母さまを思い出すらしく、まるで本当のおじいちゃんかのように私を可愛がってくれている。きっと目に入れても痛くないに違いない。孫はそういう存在だと聞いたことがある。

「ふふ。ベンお父さまもそうおっしゃっていたわ」
「ははは、違いない。旦那様もお嬢ちゃんぐらいの頃からアリアお嬢様にベタ惚れだったものなぁ」

「そんなに昔からお父さまもお母さまも好き合っていたのね」
「お嬢ちゃんも旦那様のような懐の深い男を見つけると良い。お転婆なところも包み込むいい男だ」

 ジニーは懐かしそうに目を細め、一瞬だけふとなんともいえない表情をした。

「……旦那様もアリアお嬢様も、幸せそうで何よりだ」

 そう言って誤魔化すように私の頭を撫でるのがいつもの癖だ。
 他の使用人たちも私を見ていると幼い頃のアリアお母さまを思い出しているのか、ポツリポツリと昔話を耳にすることがあった。

 ジニーは一度も口にしないが、私は知っている。
 アリアお母さまは私の実の母親らしいが、ベンお父さまは実の父親ではないということを。

 何も気付いていない顔で、いつものように畑の手伝いをするユーリたちに混ざりながら、頭の中を整理する。

 アリアお母さまもベンお父さまも、二人とも魔力を持っていない。
 だからそんな気はしていたので、驚きはしなかった。

 じゃあ本当の父親は誰なのかと言ったら、なんとなんとこの男爵家の本家筋にあたる公爵家の当主とのこと。なんてこった。

 アリアお母さまは若い時分、本家の公爵家へ花嫁修業に出向いていた。
 そこで公爵家の嫡男とのラブロマンスがあったらしい。

 しかし若き公爵には高位貴族の婚約者がおり、アリアお母さまは泣く泣く身を引き自領へ帰還する。そしてここ男爵領で私を身ごもっていることが発覚した。
 母親になるにはまだ早く、当時の男爵家当主の判断により使用人夫妻に産まれたばかりの子どもを預け生き別れに。

 そして幼馴染だったベンお父さまが婿養子となり結婚。今に至る。

 よく出来た話である。
 私も故郷の村に幼馴染との初恋フラグを立ててきたので他人事ではない。

 やはり幼馴染で一途な男はアツい。鉄板である。

 ぐっと拳を握り噛みしめていると、ユーリが物々しい表情で重心を低くして構えた。急に暴れたりしませんけど?人のことを狂犬かなにかだとでも思っているのだろうか。心外だ。

 まあ、なぜ私がこんなにアリアお母さまの情報を集めているかというと、ひとえに男爵家攻略のためである。

 現在の攻略図によると、一人を除いて使用人からベンお父さままですっかり私にデレデレである。アリアお母さまに似ているから受け入れられている側面は無視出来ないが、結果的に攻略は進んでいるのだから万事良好である。

 その攻略図の最後の砦……そう、そのアリアお母さまである。

 血の繋がりという因縁、最後にして最強の敵。
 なかなか滾る設定である。本で読んだことあるわ。

 そこらへんに落ちていた木の棒で畑にワクワク攻略図を書いていると、棒の先に何かが引っかかり文字が歪む。
 我が攻略の計を妨害するとは何奴!と棒で土を返せば、そこにいたのは……ミミズだ。

 ひぃ!と勢いのまま、魔術でミミズを飛ばす。

 哀れ私の前に出てきてしまったというだけの推定善良なミミズは風のように飛び、アッシュの肩へと落ちた。
 遠くの方でアッシュが叫びジョンが笑っている声が聞こえたが、知らんふりをして下を向く。

 ユーリにチラッとこちらを見られたが、何かあったら私のせいだと思うのはどうかと思う。今回は私なんだが。

 強めに疑われている視線を感じるが、決め手にかけるようだ。
 それもそのはず。この邸内においては、証拠(魔術)が見えないのだから!

 説明しよう。
 この大陸のほとんどの人は魔力をもたない。
 魔力を持っているほんの一握りの人間でさえ、体内にある魔力を発現させ、自由自在に扱えることは限りなく稀なのだ。

 そして、もちろんこの男爵家敷地内には魔力を感知出来る者はいない。なので、私が隠れて魔術を使っていても誰も気付かないのである。気付かなければ無かったことと同じ。冴えている。さすが天才魔術師だっただけある。

 ……まぁ、今世は保有魔力が少なくてミミズを飛ばすだけで精一杯なんですけど。

 説明終了。
 平民として楽しくくらしていた私は、こんな微々たる魔力があるということで貴族の家に引き取られた。これだけでどれだけ魔力保持者を確保しておきたいかが伺える。

 それなのに。初対面時から薄々気付いていたが、どうやらアリアお母さまは私を歓迎していない。引き取っておいて歓迎しないのはなぜなのかわからなかったが、皆の話を聞いて気付いてしまった。

 ───どうやらアリアお母さまは、私を憎んでいるらしい。

 余計な真似をすれば故郷の村を焼いてやるだの脅されたり、顔を合わせれば睨まれ、チクチク嫌味攻撃、ベンお父さまとの接触は妨害され。納得の結論である。

 アリアお母さまから見れば、私という存在は”汚点”なのかもしれないしね。魔力のせいで手元に戻すことになって嫌々、渋々というところだろうか。

 つまり、私は魔力があるだけでも「余計なことをしている状況」であって、魔力が少ないとはいえ天才的に魔術を操れるなんて知られたら、村をこんがり焼いて八つ裂きにされるかもしれない。

 まあ、私も今世で求めているのは「そこそこ」の人生だ。
 【隠し子が類まれなる魔術の天才だった件~俺、また何かやっちゃいました?~】は、一生隠しておこうと決意した。利害の一致だ。

 アリアお母さまも私も、魔力至上主義社会の被害者である。いわば仲間。

 利害が一致して、決意もして、仲間だというのに。

「───アンネリーゼ、馬鹿は嫌いだって言ったでしょう」

 私、また何かやっちゃいました?
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