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ヒロイン、男爵家を攻略する
しおりを挟む「あなたも大変ね」
「……」
「ほら、そこ、もっと気合いを入れて洗いなさい」
「…………」
「さっきから遊んでいるの?全然落ちてないわ」
ゴシゴシと絶えず動いていた細い腕がゆっくりと止まり、これみよがしな溜息が選択桶に落ちた。
「………………アンネリーゼお嬢様」
やっと、あの湖面のような青い目がじとりとこちらに向いた。
「暇なんですか?俺は、見ての通り、忙しいのですが?」
「あら奇遇ね。私もユーリを応援するのに忙しいの」
ニコリと微笑み顔をコテリと傾けヒロインスマイルビームをお見舞いしたが、ユーリはカビたパンでも見るかのような顔で「邪魔の間違いだろ」と呟いた。聞こえているぞ。
まったく、本当に忙しいんだぞ。”アンネリーゼのウキウキ★ドキドキ!?逆ハーレムの会(仮)”の勧誘に。
ユーリとは、私の男爵家初日にびしょ濡れになって強がっていた少年である。
窮地を助けた私を崇め奉り、身も心も捧げ心酔してしかるべきイベントだったと思ったのだが。今日も今日とて恩知らずのユーリ少年はよく切れるナイフのように尖っている。
もしユーリがヒロインだったならば、助けたヒーローに胸踊らされてしょうがないと思うが、本作のヒロインは私だからか(?)ユーリはドキドキではなくツンツンしている。
後から私が男爵家の養女(?)だということがわかった少年少女たちは怯えながら頭を下げに来た。
ユーリに限っては、最後まで不貞腐れた顔をしていたが。ふ、ふん、おもしれー少年。
まったく、私より強いヒロイン仕草は控えてほしい。
こうしてみると随分と整った顔をしている。華奢なので女の子のようにも見えるし、私と同い年らしい。
こうしてユーリに興味をそそられてしまった結果、お嬢様である私はユーリの周りをチョロチョロしている。
そうすると悪ガキどもは手が出せないようで、ユーリは健康を取り戻していた。
たまにユーリに会いに行くのが遅くなるとここぞとばかりに絡まれているようで、今日は泥をぶつけられたらしい。洗濯桶が真っ黒だ。
洗濯ぐらい、私の魔術をもってすれば一瞬なのだが……いかんせん魔力量が心もとない。私の魔力量が可愛さゲージに振り切ってしまったばっかりに、今は応援しかできない。せめてもの力いっぱい応援だ。まかせとけ。
「早く洗濯を終わらせて、ジニーの畑に行きましょうよ」
「ハァ。アニーたちを連れて行けばいいでしょう。ああ、怖がられてたんでしたっけ」
ユーリは口端を片方だけニヤリと上げて、こちらを流し見た。
アニーとは使用人の子どもで、最初に男爵家を案内してくれていた女の子である。私の勝利宣言で怯えさせてしまったのか、もう視線すら合わない。美少女がただ歩いているだけなのに、私の気配を感知して隠れてしまうのだ。危険察知能力が高い。
これは鈍い私でもわかるわ。ユーリは暗に私に対して『友だちがいないボッチ(笑)』と言いたいのだろう。ボッチのユーリに言われても痛くも痒くもないのだが、ここは私が大人になろう。
フッと全てを愛で包み込む聖母のように微笑みをユーリに向ける。なのに奇怪な木の根でも見たかのような視線を返されたが、そんなユーリも許しましょう。
「ユーリったらかわいい。アニーの代わりにユーリを誘っているのではないのよ。ユーリだから、ユーリと遊ぶのが楽しいから誘っているの。わかってないわね」
うんうんと慈愛に満ちた微笑みで頷けば、ユーリはなんだか食当たりでも起こしたかのように眉毛を寄せて「なんですかそれ」と呟いて、洗濯に戻ってしまった。
下を向いてしまったユーリの少し桃色に染まったつむじを見ながら、私はつい聖母の仮面を外して食堂の裏口をうろつき残飯にありつく野良猫のようにニヤついてしまう。
だって、ユーリが可愛すぎる!!!!
このツンツン強がっているところなんてたまらない。前世の弟子がまさにこんな雰囲気だったのだ。その子を彷彿とさせる尖り具合。そして褒めればまんざらでもなさそうにプイッと顔を隠すのだ。はあたまらん。もっと懐いて欲しいが、懐かなくてもかわいいのでオールOKだ。感謝感謝。ぜひ我が会員になってほしいところだ。
黙って一生懸命手を動かすユーリだが、洗濯ものは一向に綺麗にはならない。
ついに応援に飽きた私は、ユーリが替えの水を汲んでいる間に魔術で洗濯ものの泥を分離させ、桶の外にべしゃりと放った。
戻って来たユーリは先ほどまでの尖った態度を引っ込めて、目を丸くさせて駆けた。せっかく汲んできた水もひっくり返して、だ。
────だって、洗濯桶の横に私が倒れていたからだ。
こんな程度で魔力(体力)が尽きるなんて、ほんとうに割に合わない。私の悔し涙をどう捉えたのか、ユーリは「死ぬな!」と叫びながら私を持ち上げようとして一緒にスッ転んでいた。無理しないで使用人長のムキムキ肉体派ジニーさんを呼んでほしい。
さて、こんな風に私はユーリを構い倒すのに忙しい男爵家の生活だが、これでも思いのほか快適にすごしている。
最初の仕打ちはあったものの、貴族基準で清潔に身なりを整えればアリアお母さまに似ているらしい私はおおむね男爵家の使用人たちに受け入れられている。
アリアお母さまの好印象の恩恵を受けているだけのような気もするが、今に見てなさい。私自身の愛らしさにヒイヒイ言わせてあげるんだから。
まあ、現状、すぐ魔力切れでヒイヒイ言っているのは私なのだが。
────ヒロインはいつ何時もここぞという場面で倒れがちなのだ。
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