【連載版】魔女の秘薬-新しい婚約者のためにもう一度「恋をしろ」と、あなたは言う-

コーヒー牛乳

文字の大きさ
上 下
16 / 38

3

しおりを挟む


 あの日。

『────また、私に恋をしてくれないか』

 そう、殿下は王太子の顔で私に言った。
 あの私に婚約の白紙を告げた時と同じ、無感情な顔で。

「それは王族から臣下への命令でございますか。命令では拒否出来ませんね」
「なっ」

 怯んだようなリュヒテ殿下から視線を流し、陛下の様子を伺う。陛下はおもしろがるような表情で息子たちやローマン、そして私の様子を見ていた。

「陛下、御前で申し訳ございません」
「よいよい。マリエッテの快活さが戻って嬉しいぞ。それに、我々が無理を言っているのはわかっている。そうだ、マリエッテが協力し、無事に王妃の鍵のありかがわかれば褒美をやろう」

 褒美、と口にした陛下の笑顔が怪しい。言葉をそのまま受け取ってよいものか悩ましいが、もし本当に褒美をもらえるならと思いついたものがある。
 むむむと陛下と微笑みあいながら出方を探っていたら、リュヒテ殿下が陛下に鋭い視線を投げた。

「元はと言えばマリエッテが薬を飲んだからではありませんか。協力してしかるべきです」
「その元凶はマリエッテに甘えすぎたお前だろう。さて、馬鹿な息子の代わりにわしがマリエッテに聞こう」

 バチバチと聞こえそうなやり取りに巻き込まれないように姿勢を正す。足元を見られてはかなわない。

「────では、お約束してください。鍵の受け渡しが済んだ暁には、”特権”を一度限り許すと」

 ほう、と陛下はニヤリと口端を持ち上げた。

「”特権”か」

「王室経典の中に、王家からの勅命を一度に限り断る権利が与えられる場合があると」

 王太子妃教育の一環で読んだ王室経典の中には、王国が与える褒章品目一覧に”特権”の記載があった。数百年前の王族が特例で追加したようだが、経典や法律は追加するより削除する方が難しい。

 その項目を見つけた時、王族から下賜される褒章が【王家からの勅命を一度に限り断る権利】とはいつ使うのだろうと気になったものだ。
 
「……ずいぶんと古い旧王室法典を読んだのだね」
「この1年はとくに時間がございましたので」

「確かにマリエッテはこの1年、憑りつかれたように勉強勉強で見てられなかったよ。何かやってるほうが気が紛れるとか正気の沙汰じゃないね。カワイソー」
「おい、ランドルフ」

 ランドルフ王子とローマンの掛け合いを聞き流しながら、陛下の視線を受け止める。
 数秒の間だった。その視線の中に、幼い頃からあった親交や臣下を見定める目があった。

 きっと陛下は私がなぜこの褒美をねだるのか、気付いているのだろう。
 まあ流石にこの”特権”が認められるとは思わないが、この後に起こるだろうと予測出来ることを辞退したいという意思表示だ。

 王妃の鍵のありかを思い出すために、リュヒテ殿下と関わらなければならなくなるだろう。リュヒテ殿下と愛し合う王女に邪魔者扱いされ、最悪アントリューズ国に引き渡し命令なんて下されたら命はない。さすがに王女もご理解くださると思うが。

 こういった交渉事は最初に大きく出て、次に出すのが本命というのは定石。
 まあ良いところ、他国への留学だろうか。さすがに他国に留学すれば、リュヒテ殿下と王女の邪魔にはならないだろう─────

「確かに。約束しよう」
「父上!」

 陛下の威厳のある声に、思わずポカンと気の抜けた顔を返してしまう。

「まあ詳細は宰相に確認するが、”特権”か。おもしろいではないか。では、もし見つからない場合はマリエッテから”覚悟”を見せてもらおう」
「……覚悟、ですか」

 特権が認められる可能性と、覚悟とはなんぞやという情報が頭の中でぐるぐると回る。

 何に特権を使うか、何に覚悟を見せろと言われているのか。
 いつカードを切られるのか、切るのか。

「────賜りました。尽力いたします」


しおりを挟む
感想 18

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

婚約者を想うのをやめました

かぐや
恋愛
女性を侍らしてばかりの婚約者に私は宣言した。 「もうあなたを愛するのをやめますので、どうぞご自由に」 最初は婚約者も頷くが、彼女が自分の側にいることがなくなってから初めて色々なことに気づき始める。 *書籍化しました。応援してくださった読者様、ありがとうございます。

婚約する前から、貴方に恋人がいる事は存じておりました

Kouei
恋愛
とある夜会での出来事。 月明りに照らされた庭園で、女性が男性に抱きつき愛を囁いています。 ところが相手の男性は、私リュシュエンヌ・トルディの婚約者オスカー・ノルマンディ伯爵令息でした。 けれど私、お二人が恋人同士という事は婚約する前から存じておりましたの。 ですからオスカー様にその女性を第二夫人として迎えるようにお薦め致しました。 愛する方と過ごすことがオスカー様の幸せ。 オスカー様の幸せが私の幸せですもの。 ※この作品は、他投稿サイトにも公開しています。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

あなたは愛を誓えますか?

縁 遊
恋愛
婚約者と結婚する未来を疑ったことなんて今まで無かった。 だけど、結婚式当日まで私と会話しようとしない婚約者に神様の前で愛は誓えないと思ってしまったのです。 皆さんはこんな感じでも結婚されているんでしょうか? でも、実は婚約者にも愛を囁けない理由があったのです。 これはすれ違い愛の物語です。

もう、いいのです。

千 遊雲
恋愛
婚約者の王子殿下に、好かれていないと分かっていました。 けれど、嫌われていても構わない。そう思い、放置していた私が悪かったのでしょうか?

処理中です...