【Ｒ18】段ボールとオカンとＮＴＲ

１

「ここまででいいわ」
「え、でも雨強いし……もう少し寄せるよ」
「いや、いいわ。お前が連れだってばれたら恥ずかしいから、ここで降りる。……そんな顔すんなよ。冗談じゃん。帰り遅くなるから、とりあえず22時ぐらいにここで」

じゃ、と業務連絡は完了したとばかりに、仮にも彼氏である男は振り返らず五軒ほど先の居酒屋に吸い込まれていった。

ふらりとたまに仕事終わりに現れる彼氏という名前の男は、休日だというのに昼過ぎまで寝ていた。私の家で。
せっかくの休日だから済ませたい家事もあったのに、寝ている人間がいる狭い部屋では掃除機は以ての外だし、ましてや洗濯機の音ですら可哀想な気がしてコインランドリーまで洗濯物を抱えて歩いた。雨の日に。

彼も一人暮らしをしているはずだが、私の部屋だと休めるのだと言われてしまえば満更でもなかったのは最初だけだ。
やっと起きたと思えば食事が出るまでスマホをいじって無言で待ち。食事が自動で出てくるとでも思っているのか無言で食べ、そのままスマホをいじり。家主である私とは会話もせずに、時は夕方になろうかという頃。夕ご飯の仕込みを始めてから「飲みに行くから車出して」と来たもんだ。

私はお前のママか？

と、言いそうになって。結局、言わなかった。純血のオカンですら、この蛮行には一言物申したくなると思う。けれども、私は言わなかったし。言えなかった。

当たり前のように部屋に脱ぎ散らかされていた彼の私服を、洗って畳んで保管しておいたのは私だ。勝手知ったるとばかりにクローゼットからそれを取り出し、準備を整えた彼を車に乗せた。着てきたスーツは置いていくらしい。クリーニングに出せってか。

それに「飲みに」と言ったが、たぶんこれは「合コン」なんじゃないだろうかと疑う気持ちも相乗りだ。

そして去り際の台詞はさっきの通り。

”連れだってばれたら恥ずかしいから”

母親が参観日に来るのを恥ずかしがる思春期男子のような台詞である。

──ほんと、自分が恥ずかしくて。疲れる。
ハンドルを握る手を睨み付け、自分の中の暴れる感情が収まるのをじっと待つ。
爆発しないように、段ボールにつめて、蓋をして。やり過ごすのだ。

どうしても段ボールから漏れ出てしまう気持ちを押し戻していると、車の窓をノックされた。
駐禁を切られるのかと顔を上げれば、水滴でぼやけた窓の向こうで手を振る人物がいた。

窓を少しだけ下げれば「あ、やっぱり。久しぶり」と記憶より少し低くなった声が耳に入った。

一瞬、名前が出てこなくて「あー……」と愛想笑いを浮かべる。
こういうヘラヘラしたところも、恥ずかしいのかも。

「忘れちゃった？　マナ姉」

マスクを少しずり下げると、頬に三つ。三角形に並んだ黒子が見えた。
それと、久しぶりの「マナ姉」に、やっと名前が出てきた。

「思い出した。ハヤトくんだ。大きくなったね」
「遅いよ」

クスクスと小さく笑う目元に、うっすらと面影が残っている。

ハヤトくんは実家の近所に住んでいた三つ下の男の子だ。
中学生ぐらいまでの記憶しかないが、人はこんなにも早く大人になるのか。

それに比べて、私は全く成長していない。更に気持ちが暗くなる。

「ハヤトくんもこっちに就職──」と、無駄に話を続けようとしたらバックミラーにパトカーの影が映った。
さっさと車を移動させないとと焦る私は、ハヤトくんの「乗っていい？」という言葉をよく考えもせずＯＫしたのだった。