月が消えたらサヨウナラ

コーヒー牛乳

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【3、十六夜】

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「やぁ、エリー」
「あら。ハリー、ごきげんよう」

 あれからハリーは何かと声をかけてくる。
 最初こそ笑って会話が出来なかったハリーだけれど、最近は落ち着いて来たのか普通に会話が出来るようになった。

 ハリーは中々心優しき騎士様で、私が好きな食堂のメニューの時は分けてくれるし、苦手なものが出るとそっと代わりに食べてくれたりもする。
 何かと困っていると助けてくれて、よく見たらかっこよくて、マットと同じ近衛騎士ってことはエリートだし。

 ────でも、マットじゃない。

 私に見せる優しさはマットと似ているけれど、でも、ハリーはマットじゃないのだ。

「ふは!っごめ、エリーのごきげんようは、ちょっとおもしろすぎる」
「あら失礼ね」

 そんなことを考えていたらマットはまだツボに入ってしまったようで、中々ツボから出てこない。こうなるとハリーは長いのだ。

「ふぅ……。ねえ、マットが恋しい?マットのことばかり気にしているでしょう」

 ハリーはゲラでよく笑うけれど、同時に人のこともよく見ているのだ。

「マットと仲直り、頑張ってね」
「仲直りできるかしら……」
「大丈夫だよ」

 思わず涙がにじんでくる。
 またお前か。私の視界を性懲りもなく滲ませて!

「結局、私の愛は押し付けてばっかりで……っ」
「あぁ、泣かないでエリー」
「ふうううッ」

 ハリーの大きく優しい手が私の背中を優しくさすり……と思ったら。
 にょきッと湧き出た誰かの腕が巻き付き、持ち上げられた。

「んにゃ!!!!!!!」
「あぁマット、遅いよ」
「すまん、ハリー交代だ」

 マママママット!!!????
 マットの腕は軽々と私を持ち上げ、そのまま肩に担がれどこかに移送する。

 ちょっと。こういう時ってお姫様抱っこじゃないのか。
 これじゃあ荷物じゃないか!

 解せぬ!

*******

 昼の無人の騎士寮に担がれたまま堂々と入館し、マットの私室のベッドに思い切り落とされた。もっとこう、手心がほしいところだ。

「ぶにゃ!」
「お前は……! なにホイホイ慰められてんだ。俺の気も知らないで!アホ面で振り回しやがって!お前は何がしたいんだ、俺を殺したいのか!」

 マットは怒っているのか泣いているのか、複雑に絡んだ糸で身動きがとれないような顔で……やっぱり激怒していた。

「いやよ!死なないで!」
「俺がお前を殺してしまいそうだよ」

 マットなら一撃必殺だろう。冗談抜きで。

「死にそうになりながらやっと心の整理をつけて、別れを受け入れたのに。勘違いでしただあ?ふざけるのも大概にしろ。なんでその勘違いを俺に言えねえんだ?何一人で突っ走ってんだよ。俺がいるだろ。言えよ。全部。一人で考えて答えを出すなよ」

 最後は勢いも無く、囁くような声だった。
 本当にその通りだ。いくら守秘義務があっても他に確認の仕様があった。それなのに、愛だのなんだの理由をつけて逃げたのだ。マットと向き合うことから。

「ごめんなさい」
「口先だけで謝んな。腹立つ」
「……ごめんなさい」
「お前のアホなところが腹立つ。一人で勝手にクルクル尻尾追いかけて遊んで、俺のこと振り回して……また戻ってきて目の前をチョロチョロチョロチョロと……」
「ごめ……っごめんなさいぃ……」

「また俺から逃げるのか」
「逃げない!」

「離れるのか」
「離れない!」

「信用できねえな」
「ごべんなざいいぃい」

「……簡単に離れられない関係になるか」
「へ?」

「綺麗な終わりも無しだ。汚いところも傷つけあうこともある関係だ。ボロボロになっても離れられない、死ぬまで一緒の関係だ」

「マット!結婚しよ!」
「なんでお前から言うんだよ」
「愛が溢れちゃって」
「ほんとにアホなやつだな」
「好きなくせに」
「……ああ。たまらなく」

久しぶりのキスは涙の味だった。


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