上 下
5 / 9

気になっちゃう、でしょ? 2

しおりを挟む
先日、ロアンに色目を使うアンナをいつものように遠ざけようと、仲間だと仄めかし目的を聞き出そうと────

クレインは本来の目的を思い出した。
アンナに振り回されていたが、何がどうなってこうなったのかを聞かなくてはならない。

もしかしたら、アンナは政敵の駒なのかもしれないのだから。こうして油断させ補佐官である俺の警戒をかいくぐる密偵なのかもしれないのだから。たぶん。可能性は捨てきれない。万が一ってこともある。

気を取り直し、失恋した男の顔を作る。
クレインは産まれてこの方、失恋などしたことがなかったので想像だった。

「やはりアンナにはわかってしまったよね。敬愛する隊長……ロアン様なら俺も身を引こうとしていたんだが」
「ええ」

アンナの真っ直ぐな瞳がぶつかる。
その表情がどこか幼く見えて、頬が緩みそうになるのをぐっと堪えた。

「少し、気になることがあってね」
「やっぱり……! 女? 賭博? 隠し子? 実は人に言えない趣向がおありとか? 愛人は国内に何人いるのかしら?」

ひどい言いぐさである。
しかし、ここで突っ込んでしまったら負けである。

クレインは己の職務に誇りを持っている。
ロアンの補佐官として、負けるわけにはいかないのだ。

クレインは眉をぐっと下げ、弱ったように口端を持ち上げた。

「アンナは気付いているんだろう……?」

ゴクリ、と喉が鳴った。




「…………確証はないの」

証拠があったならば、すぐさまマリアお姉様につきつけるもの。

「でも、ロアン様は……騎士は信用出来ない。わたくしはお姉様に幸せになってほしいの。騎士ではだめだわ」

ギリッと音が出るまで歯を食いしばり、目の前に立つ騎士、クレインを睨みあげる。

「なぜ騎士はだめなんだ?」

クレインは不可解だとでもいうように顔を曇らせる。

「そうね、クレインは派閥は違えど神は同じ。お姉様の幸せを願うならば知っておいた方が良いわ────

あれは幼い日のことだった。
私には騎士の叔父がいた。

叔父は偶然にも魔獣討伐部隊といわれる、第3騎士団に所属していた。

強く、たくましく、国のために戦う
物語の騎士のような叔父を私は尊敬し、それはそれは深く慕っていた。

幼い頃は叔父のお嫁さんになるのだと父を泣かせていたほどだったし、叔父もそんな私を可愛がってくれて、毎回爽やかな笑顔で応えてくれたのだ。
『アンナが大人になったらね』と。

そして運命の日。
私がまた一歩大人に近づく誕生日を控えた雨の日だった。

東の森に魔獣の群れの報が入り、私よりも大きなプレゼントを持ってパーティに参加すると言っていた叔父は『パーティまでには戻る』と約束して討伐に出立した。

もちろん、私は駄々をこねなかった。
叔父は国を、民を、守っているのだもの。
それに、私と約束したのだ。『パーティまでには戻る』と。

────だから私は待ったわ。大きなプレゼントを抱えた叔父が私のところに戻ってくることを。何年も、何年も」

今にも泣いてしまいそうなアンナに、なんと声をかけたらよいのか。
上滑りする言葉をかける気になれず、仲間を励ますようにアンナの華奢な肩に手を置いた。

クレインは内心、少しアンナを見直していた。

魔獣討伐部隊とは騎士団の中でも危険な職務である。
血生臭く、危険極まりなく、有事の際は留守にすることから高位の貴族令嬢からはあまり人気がない。

クレイン自身も見習いの少年だった頃、良い仲だった令嬢がいたが1月ほどの遠征から帰ってきたら別れたことにされていたことがあった。自分を待っていたのは実家にいる犬だけだ。今でも犬は俺のことを忘れず、遠くの方から走ってきては飛びついてくる。

────クレインは犬好きだった。

いくら幼い頃とはいえ、アンナは叔父の職務を理解し、尊重し、帰りを健気にも待っていたのだ。それも何年も。

健気に帰りをじっと待つ犬のように、アンナがじっと待ち人の帰りを待つ姿を想像してしまい胸が痛んだ。

────クレインは犬好きだった。無類の。

「それは……気の毒に」

しかも、アンナの叔父は……もう……。
何年も何年もじっと待ち人の帰りを待つ忠犬、もといアンナの一途さに胸打たれたクレインは本心から痛ましげに労りの言葉をかけた。

「あなた……優しいのね」

アンナは柳眉を下げ、潤んだ瞳をクレインに向ける。

「あの浮気者の叔父とは大違いだわ」
「…………ん?」

クレインの脳内に思い描いていた忠犬アンナが急に闇落ちした。

「それから5年ほど経ってやっと聞いたのだけれど、叔父は討伐に向かった現地の村で家庭を作ったのですって! わたくしが大人になる前に……!!

プレゼントなんてこの際いらないから、せめて命だけはと祈り、来る日も来る日も手紙を、叔父の帰りを待ったわ。ひたすら待ち続ける私を励まし、側にいてくださったのはお姉様よ。
そして真実を知り嘆き悲しむわたくしを優しく慰めてくれたのも、もちろんお姉様。安定のアンナお姉様よ!

『帰らぬ人をじっと待てるのはアンナの長所よ。今回は帰らなかったけれど、運命の人は必ずアンナの元に戻ってくるわ』と、お姉様は……っ!」

「……ここまで君の思い出の話だったけど、お姉さんにとってロアン様……騎士がダメな理由って?」

「もちろんお姉様も叔父の帰りを待っていたのです! お姉様は気丈にお過ごしでしたが、きっと心の内では悲しみ傷つき絶望したにちがいありません。あんな気持ちをお姉様に二度と味わってほしくないもの。いつまでもわたくしがお姉様のお傍にいるわけにはいかないもの。だから、わたくしの代わりにお姉様をお守り出来る方でなければ……!」

胡乱げだったクレインの胸ぐらを、アンナの白い指が掴んだ。

「ロアン様は隊長だわ。ロアン様は誰よりも勇猛果敢に先人を切ると、そして先日は伝説の魔獣を仕留め、国を守ったと」

若草色の瞳からポロポロと涙が落ちていく。

「あぁ。そして報奨としてマリア嬢を希ったと」

クレインは自然に動いた手を一瞬止め、諦めたように再び今度は意志を持って涙を拭おうと手を伸ばす。

「ひどいわ。ロアン様は有事の時はお姉様の時にはいない。ロアン様の1番は国、お姉様は1番ではないの!そんなのってないわ!」

ぐいぐいと胸ぐらを揺さぶられるが、クレインは動かない。制服が崩れてしまうのでそろそろ引っ張らないで欲しいと小さな頭を胸に抱き込んだ。

先ほどの話を聞いてアンナがきゅいんきゅいんと鼻を鳴らす犬に見えてきたし、それに人間のアンナの泣き顔が見ていられないからだ、と無意味に言い訳を思い浮かべ……やはり今の自分の顔も見られたくないからだと付け加える。

「……アンナは本当にお姉さんが好きなんだねぇ」
「好きじゃないわ。…………これは愛ね」

振り絞るような声に、つい笑ってしまう。
アンナには振り回されてばかりだ。

「…………疑って悪かったよ」
「お姉様への愛は本物よ。ロアン様と違って」
「種類が違うんだよな、愛の」
「うるさいわ!慰めなさいよ!」

もっと気合い入れて撫でなさい! と、言われるまま華奢な背を撫で続けた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

真実の愛は金がないと成り立たない(仮)

白雪の雫
恋愛
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義である事を先に言っておきます。

愛など初めからありませんが。

ましろ
恋愛
お金で売られるように嫁がされた。 お相手はバツイチ子持ちの伯爵32歳。 「君は子供の面倒だけ見てくれればいい」 「要するに貴方様は幸せ家族の演技をしろと仰るのですよね?ですが、子供達にその様な演技力はありますでしょうか?」 「……何を言っている?」 仕事一筋の鈍感不器用夫に嫁いだミッシェルの未来はいかに? ✻基本ゆるふわ設定。箸休め程度に楽しんでいただけると幸いです。

公爵令嬢は愛に生きたい

拓海のり
恋愛
公爵令嬢シビラは王太子エルンストの婚約者であった。しかし学園に男爵家の養女アメリアが編入して来てエルンストの興味はアメリアに移る。 一万字位の短編です。他サイトにも投稿しています。

大嫌いな令嬢

緑谷めい
恋愛
 ボージェ侯爵家令嬢アンヌはアシャール侯爵家令嬢オレリアが大嫌いである。ほとんど「憎んでいる」と言っていい程に。  同家格の侯爵家に、たまたま同じ年、同じ性別で産まれたアンヌとオレリア。アンヌには5歳年上の兄がいてオレリアには1つ下の弟がいる、という点は少し違うが、ともに実家を継ぐ男兄弟がいて、自らは将来他家に嫁ぐ立場である、という事は同じだ。その為、幼い頃から何かにつけて、二人の令嬢は周囲から比較をされ続けて来た。  アンヌはうんざりしていた。  アンヌは可愛らしい容姿している。だが、オレリアは幼い頃から「可愛い」では表現しきれぬ、特別な美しさに恵まれた令嬢だった。そして、成長するにつれ、ますますその美貌に磨きがかかっている。  そんな二人は今年13歳になり、ともに王立貴族学園に入学した。

[完結]本当にバカね

シマ
恋愛
私には幼い頃から婚約者がいる。 この国の子供は貴族、平民問わず試験に合格すれば通えるサラタル学園がある。 貴族は落ちたら恥とまで言われる学園で出会った平民と恋に落ちた婚約者。 入婿の貴方が私を見下すとは良い度胸ね。 私を敵に回したら、どうなるか分からせてあげる。

処理中です...