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将を射んとする者はまず馬を射よ 1
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ロアンとマリアは仲睦まじく、薔薇の庭園の中へ入っていく。
それを横目で見ながら冷めていく紅茶を口に入れた。
味なんてもうわからない。
身体の内に暴れる怒りを、抑えておくのに必死だったからだ。
きっと今の私は空腹な獅子のような目をしているでしょう。
これから実の姉の婚約者を確実に奪ってみせるのだから。
笑っていられるのも今の内よ。
今だけは思う存分、このつかの間の幸せを噛みしめているといい。
「────お二人が気になりますか?」
思考がプツリと切れる。
声のした方へ視線を向ければ、正面に腰掛ける、栗毛の騎士───お姉様の婚約者、ロアンの補佐官だとか──が間を持たせようとするかのように話しかけて来た。
二人きりになりたいと望んだ婚約者同士は、付き添いのあぶれた二人にお茶を飲みながらここで待つように望んだ。
獲物に集中しすぎて目の前の補佐官の存在を忘れていたわ。
「いえ、仲睦まじい様子がとても素敵だと……失礼ですが、補佐官様のお名前は……」
「こちらこそ失礼いたしました、私はクレイン・ロットワイラーと申します。グレイデン隊長の補佐をしておりますので、今後も何かとお目にかかる機会も多いと存じます。ぜひお見知りおきを」
クレインと名乗った騎士はわかりやすすぎるほどの色を含んだ視線を不躾にも投げてくる。
それを冷めた気持ちで聞き流し、再び視線を庭の奥へと進む二人に向け────
「将を射んとする者はまず馬を射よ、と言います。是非、私とも仲良くしてください」
よほど気を引きたいのか、カップを握っていた手に白いグローブに包まれた手が重なった。
気安く触れる無礼な手にちらりと視線を流し、お望み通りクレインに視線をやる。するとクレインは蜂蜜のようにトロリと笑んだ。
「おや? 今度は震えないのですね」
色気を含んだ笑顔とは裏腹に、形の良い唇からは毒が吐かれる。
先ほどロアンの腕の中で震えて見せたことを言っているのだと思い至り、そういえば最初からこの男がそばにいたのかと遅れて気付く。
ロアンしか目に入っていなかったため、最初からこの男が傍にいたことにすら気付かなかった。
「いやだわ。このように触れられることなんて慣れていないのです。お戯れは、どうか……」
社交向けの表情を作り、ゆっくりと白いグローブに包まれた手に触れた。
そして、その手の背をゆっくりと撫で上げ、力が緩んだところで掴まれていた手を引き抜いた。
クレインはその所作を最後まで見届け、手が離れる瞬間、獲物を捕らえる蛇のようにアンナの細い手首を掴み上げた。
「アンナ嬢、まどろっこしい話は終わりにしましょう。あなたは隊長……姉の婚約者を略奪するつもりなのか」
「まぁ。そんなひどいこと、考えたことも……」
「私は隊長のお守り係ですよ。誰よりもロアンのことに詳しいのです。もしかしたら、婚約者であるマリア嬢よりも……」
ピクリ、と反応してしまったことを見逃すほどクレインは間抜けでは無かった。その証拠に獲物の尾を踏んだとばかりに唇が徐々に吊り上がっていく。
────アンナは見誤っていた。ロアンを一心に見つめるあまり、このクレインという男の本質に。
一瞬の隙が死へ直結する戦場において、先陣を切るロアンが唯一背中を任せることの出来る男こそ、このクレインという補佐官なのだ。
クレインは魔獣の巣へ近づくかのように静かに、獰猛な目を光らせじわじわと近づいてくる。
「ロアンのことが、知りたい?」
それを横目で見ながら冷めていく紅茶を口に入れた。
味なんてもうわからない。
身体の内に暴れる怒りを、抑えておくのに必死だったからだ。
きっと今の私は空腹な獅子のような目をしているでしょう。
これから実の姉の婚約者を確実に奪ってみせるのだから。
笑っていられるのも今の内よ。
今だけは思う存分、このつかの間の幸せを噛みしめているといい。
「────お二人が気になりますか?」
思考がプツリと切れる。
声のした方へ視線を向ければ、正面に腰掛ける、栗毛の騎士───お姉様の婚約者、ロアンの補佐官だとか──が間を持たせようとするかのように話しかけて来た。
二人きりになりたいと望んだ婚約者同士は、付き添いのあぶれた二人にお茶を飲みながらここで待つように望んだ。
獲物に集中しすぎて目の前の補佐官の存在を忘れていたわ。
「いえ、仲睦まじい様子がとても素敵だと……失礼ですが、補佐官様のお名前は……」
「こちらこそ失礼いたしました、私はクレイン・ロットワイラーと申します。グレイデン隊長の補佐をしておりますので、今後も何かとお目にかかる機会も多いと存じます。ぜひお見知りおきを」
クレインと名乗った騎士はわかりやすすぎるほどの色を含んだ視線を不躾にも投げてくる。
それを冷めた気持ちで聞き流し、再び視線を庭の奥へと進む二人に向け────
「将を射んとする者はまず馬を射よ、と言います。是非、私とも仲良くしてください」
よほど気を引きたいのか、カップを握っていた手に白いグローブに包まれた手が重なった。
気安く触れる無礼な手にちらりと視線を流し、お望み通りクレインに視線をやる。するとクレインは蜂蜜のようにトロリと笑んだ。
「おや? 今度は震えないのですね」
色気を含んだ笑顔とは裏腹に、形の良い唇からは毒が吐かれる。
先ほどロアンの腕の中で震えて見せたことを言っているのだと思い至り、そういえば最初からこの男がそばにいたのかと遅れて気付く。
ロアンしか目に入っていなかったため、最初からこの男が傍にいたことにすら気付かなかった。
「いやだわ。このように触れられることなんて慣れていないのです。お戯れは、どうか……」
社交向けの表情を作り、ゆっくりと白いグローブに包まれた手に触れた。
そして、その手の背をゆっくりと撫で上げ、力が緩んだところで掴まれていた手を引き抜いた。
クレインはその所作を最後まで見届け、手が離れる瞬間、獲物を捕らえる蛇のようにアンナの細い手首を掴み上げた。
「アンナ嬢、まどろっこしい話は終わりにしましょう。あなたは隊長……姉の婚約者を略奪するつもりなのか」
「まぁ。そんなひどいこと、考えたことも……」
「私は隊長のお守り係ですよ。誰よりもロアンのことに詳しいのです。もしかしたら、婚約者であるマリア嬢よりも……」
ピクリ、と反応してしまったことを見逃すほどクレインは間抜けでは無かった。その証拠に獲物の尾を踏んだとばかりに唇が徐々に吊り上がっていく。
────アンナは見誤っていた。ロアンを一心に見つめるあまり、このクレインという男の本質に。
一瞬の隙が死へ直結する戦場において、先陣を切るロアンが唯一背中を任せることの出来る男こそ、このクレインという補佐官なのだ。
クレインは魔獣の巣へ近づくかのように静かに、獰猛な目を光らせじわじわと近づいてくる。
「ロアンのことが、知りたい?」
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