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決意する土曜日 ーミナミー

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1日目の続きからです。
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──暑い。重い。怠い。
掛け布団をどかそうにも体が動かせない。なんだこの布団は。念願の一人暮らしを機に買い替えた掛布団は羽毛布団のはずなのに、田舎のおじいちゃんの家の綿布団より重いじゃないか。

んん? ていうかこれ、金縛り?
え、恐い。
これがいわゆる心霊体験ってやつ? ここ怖くて目が、開けられない……!

「こわい……」
「大丈夫だよ」

ものすごく近距離から、低くてしっとりとした声が聞こえたと思ったら、耳に首にとキスを落とされた。くすぐったいような、なんだか首筋がゾクゾクしてしまう。

あぁ、声は出せるみたい。なんだか掠れてるけど……あぁ、のど渇いた……

「水、飲む?」
「のむ……」

んー、、この声、誰だっけ。元カレとは違う。というか一緒に朝まで寝てたのなんて何年も前が最後で、あ、泣ける。いやいや、そうよ、なんで家に男の人がいるの? え、幽霊?

幽霊ってこんな良い声してるの? 夢?
元彼と別れて暫く経つからって、ついに幻聴と会話するようになったか……。いよいよヤバいな。もう友だちの紹介じゃなくてアプリで恋活(笑)でもする? 恋愛オーシャンに飛び込む?

頭の中はフル回転し始めたのに、身体は怠くて重くてピクリとも動けない。体の上に乗っていた重みがスルリと落ち、頬にキスを残して急に体から熱が引いた。ついでに金縛りも解けた。

「ん~?」

暑かったはずなのに、急に肌寒く……さみしい気持ちになってしまった。
寝返りを打ち、あの暑くて重かったはずの綿布団を手探りで探す。でも手に触れるのは薄く手触りのいい毛布だけだ。

「どこ……さみしい……さむい……」

手がシーツの上を撫でるだけで、あの硬くて重いやつに当たらない。
うーん? とシーツの上を探していたら、ボトンと何かが落ちた音がした。

驚いて目を開くと、そこには見事な上裸を惜しげもなく晒した浦和くんと、ペットボトルが床に転がっていた。

浦和くんは私を凝視し、驚いた顔で立ち尽くしている。

あ……?

──アーッ!!!!

そ、あ、そうでしたそうでした!!!!
お持ち帰りした? された? 後、無事ご褒美にありつき寝落ち!
立つ鳥跡を濁さず、ということで勇気ある撤退をしようとしたら、なぜかオハヨウセックスまで開戦してしまって、再び寝落ちしたんですね! そうでしたね!

よし、状況は把握した。

お腹の上までしかカバーされていなかった毛布を俊敏に引き上げ、頭から被る。

もももしかして、メイクも落としてないんじゃない!? ドロドロの顔見て驚いてるのかも! あー! ひどい! 二度寝かました後、こんなドロドロの姿を見られるなんて……!

「ごめんなさい!! あぁあの、すぐ帰るから!!」

ドロドロ(何やらドロドロだけなのは顔だけじゃないような気もする)の上に、頭から毛布をかぶるステレオタイプのお化けスタイルになってしまったが、中身の裸のゾンビを見られるよかマシだ! と勢いよく立ち上がったはずが、足が毛布にもつれベットから転落しかけた。

しかしそこは正気に戻った浦和君が抱きとめてくれて、事なきを得た。さすがヒーロー級の好物件イケメン。私が抱き留める側だったら共倒れの下敷きになっていたはずだ。

「落ち着いて。とりあえず、シャワー浴びる?」

クスクスと笑う振動が毛布越しに伝わってくる。とんでもなく恥ずかしい。
うんうん、と頭を縦に振ると毛布に包まれた顔をあの大きな手に包まれた。そして唇の辺りに何かが当たった感触があった。

も、もしかしたらキスされたのかもしれない。もしこれが少女漫画の世界だったらこれはキスである。いやしかし、オバケスタイルなばっかりに毛布の外で何が起きているのかさっぱりわからない。でも、毛布の中はもうキャパオーバーでオーバーヒートだ。

朝から少女漫画のヒーローっぷりが止まらない浦和君は、お風呂を勧めてくれたのに一向に手を放してくれない。え? なになに? もしかして、これって一般的に「ううん、帰る」って帰るのが大人のマナーだったりするの? え?

と、戸惑っていたら耳元でとても色っぽい声が囁かれた。

「……一緒に入る?」

一緒に。シャワーを。全裸で……いや、いやいやいや。だからもう毛布の中はもうキャパオーバーでオーバーヒートだ。勘弁してほしい。こんなことなら師匠にお持ち帰り後のモテ仕草を聞いておくんだった! ムリ!

「一人で。入ります。シャワー。お借りしマス」

冗談だったようで、「そう?」と益々笑われた。悔しい。

お風呂場に案内され、シャワーを浴び状況を整理する。
この状況はなんなんだ? シャワーを浴びたら解散か? なんだこの気まずい状況は……! 助けて師匠!

慣れてる肉食系女子は、こんな時どうするんだろう。なんてことない風を装って準備が整ったら帰るのだろうか!? バイバーイって解散するんだろうか!? いや、もしかして昨日使って多分色んな液体で汚れてしまったシーツを洗濯して帰る? え?

「──ここに着替えとタオルと、ミナミのバッグ置いておくね」
「ひっ」

作戦会議中だって言うのに脱衣所から浦和くんに声をかけられ、変な声を出してしまった。体を隠すように振り返ると、擦りガラスの向こうで浦和くんがゴソゴソと動いていた。

バッグを持ってきて貰えたのは助かる。さすが神様に目をかけられた男、浦和くんは気が利いている。

「大丈夫? あと、洗濯機使いたかったらどうぞ。乾燥機も動かして大丈夫だから」
「うん、ありがとう」

本当に気が利く男である。

「それとシャンプー類とかも置いておくから適当に使って」
「何から何までありがとう」

ごゆっくり、と浦和くんの影が消えたのを確認し脱衣所を覗くと先日見た雑誌に載っていた、有名バスケアショップの新作シャンプー、コンディショナーのボトルが置かれていた。

──使いかけの。

こ、これは……彼女(東京支部)の……もの、では……? いや、浦和くんが使ったに違いない。うん。きっとそう。

──え、でもメンズ用のシャンプー類はここに置いてあるよ? この有名バスケアブランドの新作シリーズは先週発売のものだよ?

浦和くんが、女性向けの新発売のシャンプーを買って試しに使ったんだよ……きっと……浦和くんが……

──でも、ほら見て。コンディショナーのボトルを。減ってる量は一回分じゃなさそうだよ。これは先週から昨日までにニ回以上、長髪の人間が使ったってこと。

ぐっ……! ぐうの音しか出ない! ぐう!

──それに思い出して? 浦和くん、玄関でシタ時。いつの間にかスキンを着けてたよね? スキンを玄関ないし、身の回りに携帯していたってことだよね?

脳内に召還したもう一人の自分の鋭い指摘が頭の中で展開された。

──やたらと気が利いているのは慣れてるからじゃない? 手を握った時はあんなに可愛い反応しておいて。

なんてことだ。
我々は(私と私)の中で強力な仮説が立ってしまった。

浦和くんには、頻繁に家に泊める長髪の女がいる(どーん)
そして、スーツのポケットかどこかにスキンを携帯するほどそういう機会がある生活をしている(ばーん)

これらから導き出された未来予想図は……!

完全にセフレコースです。ありがとうございます。

やたらと甘い対応も、そうやって浦和くん牧場の一員にするために優しくしてたんだな……!

浦和くんが他の女(長髪)にキスして、あの大きな手で触れるのかと想像すると、なんだか胸のあたりがムカムカしてくる。一晩(朝もだけど)寝ただけなのに、独占欲が出始めちゃってる自分に気付いて……ちょっと笑えた。

そして悔しいかな、新作のシャンプーはやっぱり良い香りだ。泡立ちもイイ。

私は……絶対、一対一の恋愛がいい。イイ男は他の女にとってもイイ男だと師匠も言っていた。浦和君のような好物件イケメンが手つかずのままフラフラ歩いているわけがないのだ。運命の人とは、自分で掴み取るものではなかったか!

浦和君が出してくれた新作のシャンプーの泡をざーっとシャワーで流す。
流れていく泡を見ながら、私は燃えていた。

このまま浦和くん牧場に入るわけにはいかないと!
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