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うちの子は幸せですか?
【閑話】うちの子は昔から
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落ち着いたバーのカウンターの端。
まだ肌寒い風が入店客に合わせて入ってきても、当たらない位置を陣取りグラスを傾ける。
待ち人は予定時刻ピッタリにバーの扉を開け、バーテンダーに目配せをした。
バーテンダーも心得たように私の方へチラリと視線を流すと、彼もこちらに足を向けた。
「──航貴さん、こっちですよ」
「優子ちゃん。ごめんね、お待たせ。大地は?」
手を軽く上げ、名前を呼ぶと軽くニコリと笑みを浮かべ神田航貴さんは隣の椅子に腰かけた。
バーテンダーに慣れたように注文を済ませる様子を見ながら、軽くため息を吐いてしまう。
私の心には大地が居座って長いのに、それでもたまに航貴さんにはドキリとさせられてしまう。
海帆は『歩く無差別兵器』『落ちたら自力では抜けられない沼』『食虫植物みたいなもの』と言っていたけど、わからないでもない。
「……なんでこっちを見て溜息、なのかな?」
航貴さんはいつもの色っぽい流し目をこちらに送り、クスクスと笑っている。
そういうところですよ。
「……海帆もわかってないなぁ、と思いまして」
「もう酔ってるの?」
今度はハッキリと笑顔を作った。海帆に言わせると、この表情は笑顔で踏み込ませない盾なのだそうだ。
「私はもう何時間も前から飲んでますからね」
「……パーティーは楽しかった?」
今日はパーティーだ。
海帆の、結婚を祝うサプライズパーティーをした。
「楽しかったですよ。そりゃあもう。向こう側の参加者は未成年ばっかりだから健全な食事会のはずが、成人組はちゃっかり自分たちでアルコールオーダーして大盛り上がりですよ」
「想像できるなー」
航貴さんはジャケットをスツールにかけるとバーテンダーが音もなく差し出した琥珀色の液体を揺らし、クスクスと静かに笑った。
「海帆は籍だけ入れて、式とかお披露目は夏樹くんが大学卒業したらおいおいって考えてたらしくて、本当に今日の今日までサプライズパーティーに気づいていなかったんですよ」
「海帆ちゃんっぽいね。本当に気付かないで当日を迎えるってとこ」
その声色は、ここにいない海帆に話しかける時のように優しく聞こえた。
「──幸せそうでした」
「──よかった」
航貴さんの表情を見るのが気まずくて、前に体を向き直しカウンターの中に並ぶ酒瓶に目を滑らせる。
「海帆は航貴さんに惹かれてると思ったんですけど」
「俺もそう思うよ」
やっぱりそうですよね? と、思わず航貴さんに向き直ってしまう。
航貴さんはこちらを揶揄うように見て、目が合ったと思ったらニヤリとされてしまった。
だから、いちいち色っぽいんだよなぁ。
なんだか悔しくなって、少し意地悪を言いたくなってしまった。
「私も今日初めて聞いたんですけど、なんと夏樹くんは五歳の頃から海帆を追いかけてたそうですよ。まさに執念。……海帆は押しに弱いからなぁ。航貴さんっていつから海帆のこと好きなんですか?」
「いつからだろうなぁ」
航貴さんがグラスを傾け、琥珀色の液体を口に含み飲み込んだ。
暫く考える間があり、口を開きかけたところでトイレから戻ってきた大地が航貴さんと私の間に滑り込んだ。
「航貴、遅かったな! 今日わざと仕事いれただろ」
「人聞きの悪いこと言うなよ。わざとだよ」
やっぱりな! と酔った大地はご機嫌な様子だ。とりあえず座らせようと、一つ隣にずれて大地を椅子に座らせる。
大地は酒に弱いから普段からあまり飲まない。今日は特別な日だからと、いつもよりグラスが進んでしまったようだった。
完全に話の流れが切れてしまった。
「傷心中なんだから優しくしてね?」
と、トロリと色気を振りまかれてまたドキッとしてしまった。
「じゃあ、新しい出会いで新しい風を入れましょう! どんな子がタイプなんですか?」
「うーん。鈍くて、優柔不断で、寂しがりやで……」
「海帆じゃん」
「海帆だな」
酔っ払いとハモってしまった。
「……向日葵みたいな子かな」
「比喩ですか」
「うーん。ピンと上を向いてる子……かな?」
「曖昧ですね」
「それ、ずっと言ってるよな」
大地は何度も聞いているのか、それ以上掘り下げる様子もない。
「女性の好みは昔から変わらないんだ」
そう言った時の、照れたように眉を下げた表情には親近感を覚えた。
「大地は随分、機嫌が良いね」
「ここに着いてからですよ。さっきまで夏樹くんに兄貴風? 父親風? 吹かせて『海帆を幸せに出来るのか』とか泣いて絡んで大変でしたよ。なんでか海帆は照れ始めるし」
「大地は泣き上戸、なのかな?」
そう呟いて軽く笑んだ表情は先ほどの、父親面をして夏樹くんに詰め寄っていた大地とは全く違って、本当の父親みたいに優しい表情だった。
航貴さんはたまにそういう表情で大地を見る。成長を喜ぶような、驚くような、見守るような表情で。
友達でもあり、過保護な保護者みたいな立ち回りが多い航貴さんの精神年齢が気になるところだ。
「航貴さんって、たまに大地のお父さんみたいな顔してる時がありますよね」
「どんな顔」
ははっと、また盾のような笑顔に戻ってしまった。
*
酔っ払い大地は、もう限界なのか半分寝てしまっている。
「大した話は出来なかったね。また今度、昼間にでも食事しよう」
バーテンダーに呼んでもらったタクシーに乗せて、大地の家まで一緒に酔っ払いを運んでくれた。優しい。
「──さっきの質問なんですけど、航貴さんはいつから海帆のことが好きだったんですか?」
虚を突かれたような表情を見せた航貴さんは、一度目を伏せ、何かを思い出したかのように優しく微笑んだ。
「ずっと、ずっと、昔からかな。あぁ、でもそれでも……もしかしたら、夏樹くん……"なっちゃん"の方が先なのかな」
昔って、高校時代の頃のことかな?
でも、それって昔って言うほど昔でも無くない?
「──それって」
いつのことですか、って聞こうとしたのに
丁度よく、図ったかのように到着したタクシーに航貴さんは滑り込んで去って行った。
===========
次から神田さんサイド、なっちゃんサイドの番外編で完結です。
まだ肌寒い風が入店客に合わせて入ってきても、当たらない位置を陣取りグラスを傾ける。
待ち人は予定時刻ピッタリにバーの扉を開け、バーテンダーに目配せをした。
バーテンダーも心得たように私の方へチラリと視線を流すと、彼もこちらに足を向けた。
「──航貴さん、こっちですよ」
「優子ちゃん。ごめんね、お待たせ。大地は?」
手を軽く上げ、名前を呼ぶと軽くニコリと笑みを浮かべ神田航貴さんは隣の椅子に腰かけた。
バーテンダーに慣れたように注文を済ませる様子を見ながら、軽くため息を吐いてしまう。
私の心には大地が居座って長いのに、それでもたまに航貴さんにはドキリとさせられてしまう。
海帆は『歩く無差別兵器』『落ちたら自力では抜けられない沼』『食虫植物みたいなもの』と言っていたけど、わからないでもない。
「……なんでこっちを見て溜息、なのかな?」
航貴さんはいつもの色っぽい流し目をこちらに送り、クスクスと笑っている。
そういうところですよ。
「……海帆もわかってないなぁ、と思いまして」
「もう酔ってるの?」
今度はハッキリと笑顔を作った。海帆に言わせると、この表情は笑顔で踏み込ませない盾なのだそうだ。
「私はもう何時間も前から飲んでますからね」
「……パーティーは楽しかった?」
今日はパーティーだ。
海帆の、結婚を祝うサプライズパーティーをした。
「楽しかったですよ。そりゃあもう。向こう側の参加者は未成年ばっかりだから健全な食事会のはずが、成人組はちゃっかり自分たちでアルコールオーダーして大盛り上がりですよ」
「想像できるなー」
航貴さんはジャケットをスツールにかけるとバーテンダーが音もなく差し出した琥珀色の液体を揺らし、クスクスと静かに笑った。
「海帆は籍だけ入れて、式とかお披露目は夏樹くんが大学卒業したらおいおいって考えてたらしくて、本当に今日の今日までサプライズパーティーに気づいていなかったんですよ」
「海帆ちゃんっぽいね。本当に気付かないで当日を迎えるってとこ」
その声色は、ここにいない海帆に話しかける時のように優しく聞こえた。
「──幸せそうでした」
「──よかった」
航貴さんの表情を見るのが気まずくて、前に体を向き直しカウンターの中に並ぶ酒瓶に目を滑らせる。
「海帆は航貴さんに惹かれてると思ったんですけど」
「俺もそう思うよ」
やっぱりそうですよね? と、思わず航貴さんに向き直ってしまう。
航貴さんはこちらを揶揄うように見て、目が合ったと思ったらニヤリとされてしまった。
だから、いちいち色っぽいんだよなぁ。
なんだか悔しくなって、少し意地悪を言いたくなってしまった。
「私も今日初めて聞いたんですけど、なんと夏樹くんは五歳の頃から海帆を追いかけてたそうですよ。まさに執念。……海帆は押しに弱いからなぁ。航貴さんっていつから海帆のこと好きなんですか?」
「いつからだろうなぁ」
航貴さんがグラスを傾け、琥珀色の液体を口に含み飲み込んだ。
暫く考える間があり、口を開きかけたところでトイレから戻ってきた大地が航貴さんと私の間に滑り込んだ。
「航貴、遅かったな! 今日わざと仕事いれただろ」
「人聞きの悪いこと言うなよ。わざとだよ」
やっぱりな! と酔った大地はご機嫌な様子だ。とりあえず座らせようと、一つ隣にずれて大地を椅子に座らせる。
大地は酒に弱いから普段からあまり飲まない。今日は特別な日だからと、いつもよりグラスが進んでしまったようだった。
完全に話の流れが切れてしまった。
「傷心中なんだから優しくしてね?」
と、トロリと色気を振りまかれてまたドキッとしてしまった。
「じゃあ、新しい出会いで新しい風を入れましょう! どんな子がタイプなんですか?」
「うーん。鈍くて、優柔不断で、寂しがりやで……」
「海帆じゃん」
「海帆だな」
酔っ払いとハモってしまった。
「……向日葵みたいな子かな」
「比喩ですか」
「うーん。ピンと上を向いてる子……かな?」
「曖昧ですね」
「それ、ずっと言ってるよな」
大地は何度も聞いているのか、それ以上掘り下げる様子もない。
「女性の好みは昔から変わらないんだ」
そう言った時の、照れたように眉を下げた表情には親近感を覚えた。
「大地は随分、機嫌が良いね」
「ここに着いてからですよ。さっきまで夏樹くんに兄貴風? 父親風? 吹かせて『海帆を幸せに出来るのか』とか泣いて絡んで大変でしたよ。なんでか海帆は照れ始めるし」
「大地は泣き上戸、なのかな?」
そう呟いて軽く笑んだ表情は先ほどの、父親面をして夏樹くんに詰め寄っていた大地とは全く違って、本当の父親みたいに優しい表情だった。
航貴さんはたまにそういう表情で大地を見る。成長を喜ぶような、驚くような、見守るような表情で。
友達でもあり、過保護な保護者みたいな立ち回りが多い航貴さんの精神年齢が気になるところだ。
「航貴さんって、たまに大地のお父さんみたいな顔してる時がありますよね」
「どんな顔」
ははっと、また盾のような笑顔に戻ってしまった。
*
酔っ払い大地は、もう限界なのか半分寝てしまっている。
「大した話は出来なかったね。また今度、昼間にでも食事しよう」
バーテンダーに呼んでもらったタクシーに乗せて、大地の家まで一緒に酔っ払いを運んでくれた。優しい。
「──さっきの質問なんですけど、航貴さんはいつから海帆のことが好きだったんですか?」
虚を突かれたような表情を見せた航貴さんは、一度目を伏せ、何かを思い出したかのように優しく微笑んだ。
「ずっと、ずっと、昔からかな。あぁ、でもそれでも……もしかしたら、夏樹くん……"なっちゃん"の方が先なのかな」
昔って、高校時代の頃のことかな?
でも、それって昔って言うほど昔でも無くない?
「──それって」
いつのことですか、って聞こうとしたのに
丁度よく、図ったかのように到着したタクシーに航貴さんは滑り込んで去って行った。
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次から神田さんサイド、なっちゃんサイドの番外編で完結です。
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