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あの女には返さない

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ミア視点
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馬車から降りる前の、私の手を優しく握るのは"私のジョシィ"だった。
いつの間にか、私に触れても私のジョシィのままになっていた。

──触れられる。

これが、私がジョシィとの夢の続きの合図だった。

触れられるなら、魔法使い様の欲しい物が手に入る。
そして、私もジョシィを手に入れられる。

嬉しい! 嬉しい!! 嬉しい!!!

馬車から降りる時には歓喜した。夢のような時間だった。

しかし、それも一瞬だった。

邸の前に、あの女がいたから。

でも、私とジョシィの姿を見て驚いたように固まっていた。
そんな間抜けな顔を見て笑ってしまいそうになるのを我慢した。

なんと、そのままジョシィと邸に入るまで、あの女は黙ったままだった。

私が想像していたより、"お嬢さん"でガッカリ。

私に似た赤毛で。綺麗で高級そうなドレスを着て。日に焼けたことも無さそうな肌で。
苦労とは無縁の、飢えもせず誰かに蹂躙され虐げられ尊厳を踏みにじられたことも無いだろう人生で。

欲しい物は手に入り、困っていたら誰かが助け、泣いていたら誰かが慰めるのだろう。
綺麗なものしか視界に入らず、人は産まれた時から善人で、私のような人間が存在することすら知らないだろう。
家畜のように扱われ、家畜のように消費され、家畜のように嘆きを捨て置かれる人間の存在など。

何に対する嫉妬なのか、私の中で怒りが渦を巻いていた。

自分の夫が女を連れ帰っても驚くだけで何もしない。
ジョシィはあの女のところへ帰るために怪我をしたのに。

あの女のことを話していた時のジョシィの顔に何度、何度、飢えを感じただろうか。

ジョシィに、あの目に私を映してほしいと
ジョシィをどれだけ欲したか

あの女はこれほど、私ほど、ジョシィが欲しいと思ったことがあるだろうか。

黒い渦が、私の中に広がり、暴れ、うねる。



ジョシィが欲しい。

──あの女には返さない。







「──それで、そのクピド……魔法使いか? その欲しいもの、とは一体なんだ」

騎士様は私が聞かせた話にも一切表情を変えず、黙ったまま耳を傾けていた。
やっと返事をしたと思ったら……せっかちな男ね。女の話は経緯が重要なのよ。

「ふふ、それは内緒よ。まずは私に協力して」

求めた答えが得られず焦れたのか、騎士様は凛々しい眉をしかめ偉そうに続けろと顎をしゃくった。あの女の前ではそんな不遜な態度を微塵も見せなかったくせに。偉そうな男は嫌われるわよ。

「そうね──では、ジョシィの寝室に入れるように協力してほしいの。そうすれば、あなたの欲しい物も手に入るわ」

ジョシィの側にいなければ魔法使い様の欲しいものは手に入らない。そして、私が欲しいものも。

「それは出来ない。隣の部屋にはティーナがいるんだ」

魅力的な誘いだと言うのに、騎士様は一瞬の考えるそぶりも見せず鋭い声で断った。
あの女が隣の部屋にいるからなんなのか。むしろ、聞かせて見せてやれば諦めがつくというものではないのか。

それを見たあの女はきっと、この騎士様に泣きつくだろう。弱った女ほど落ちやすいものはないと思うのだけれど。

「それに、君は明日……もう今日か。本日早朝のうちに別宅に移動だ」

「なッ、なんでよ!!! いやよ! 離れたくない!」

突然告げられた内容に喉から嫌な音が鳴った。そんなの許せない。部屋も分けられて、膝の上に乗ろうとすると邪魔が入るし、最近では顔を合わせる時間が減ったことも耐えがたいのに、別宅なんて行ったら……!

「皇太子殿下直々の指示だ。家があるだけ好待遇だろう」

皇太子殿下、と聞いて背筋に嫌な汗が出る。

「それじゃあ……でも、だって……」

ガタガタと手が震え出した。抑えが効かず震える手で、腕や髪を摩っても摩っても不安でどうにかなりそうだ。

もうどれぐらいお茶を飲ませていないだろう。ジョシィに、まだ私の歌は届くだろうか。あの私のジョシィが消えてしまうんじゃないか。あの貴族の顔のまま、そのままになってしまうんじゃないか

それに、クピド様の求めるものを手に入れられなかったら私は

「──では、ジョエルもその家に行けばいい」

はぁ、はぁ、と乱れる呼吸を掻き消すように。騎士様の這うような低い声がジワリと広がった。

「これで、協力になるかな?」

部屋の中は薄暗いのに、騎士様の仄暗い目だけが浮かんで見えた。



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