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ずっと
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ミア視点
-------------
ああ、可哀想なジョシィ。
”妻”になんて───あの女に会いに行かなければ、こんなにもひどい怪我をしないで済んだかもしれないのに。
この小さな小屋の中には私と、ジョシィしかいない。
あぁ、まるで、あの北の間の二人だけの短い時間が続いているようだと思った。
でも、ジョシィは苦しそうな顔で時々唸るだけで、目を覚まさない。
早く目を覚まして無事であることを確かめたいのに、起きたらまたあの女の元へと行くと言い出すんじゃないかと気が気じゃない。
──それならば、ずっとこのまま、私とずっと一緒にこのまま……
そう気持ちを込めて、色のない頬を撫でた。
何度目かの夜、ジョシィはうなされていた。
怖い夢を見ているのだろうか。
「……ティーナ。クリスティーナ」
あの女の夢を見てうなされているのね。可哀想なジョシィ。
「ジョシィ。大丈夫よ」
歌うように囁きながら、ジョシィの頬を撫でた。
「ジョシィ。ここには私と二人だけ。大丈夫よ」
「クリスティーナ」
「いいえ、違うわ。私の名前はミア。あなたが愛するミアよ」
初めて、ジョシィに私の名前を教えた。
「ミア……」
ジョシィの乾いた唇が動き、私の名を呼んだ
「ええ! そう! そうよ!! ミア! もっと呼んで!」
心が震えるほど嬉しかった。歌を歌う娼婦でも無い、ベールを被った"御馳走"でも無い、ただのミアとしてジョシィに名を呼ばれた!
ジョシィの手を取り、私の頬に触れさせた。
あぁ。こうして触れてほしかった。名を呼んで、私に触れて欲しかった。
「ミア」
「なあに。ジョシィ」
「ミア」
「ずっとここにいるわ。ジョシィのそばに」
嬉しくて嬉しくて、一晩中ジョシィが話してくれた、あの女との思い出を、私との思い出として子守歌のように聞かせた。ジョシィの中を上書きするように。
ジョシィは聞こえているのか、たまにそれはもう優しく微笑んだ。
この優しい顔は、今度は私へ向けられた表情なのだと思うと体の中から喜びが沸き上がった。
夜が更けたことにも気付かないほど、長いことジョシィを見続けていた。
*
「おやおや、お熱いね。調子はどう?」
後ろから魔法使い様の声がして、やっと時間が経っていたことに気付いた。
魔法使い様は時々様子を見に来ては"魔法"の様子を確認する。
「思ったより目を覚まさないなぁ」
「ジョシィは大丈夫なの?」
「もちろん。私は魔法使いだからね。賊がこの彼を探しているようだ。見つかったら連れていかれてしまうからね。外に出てはいけないよ」
「わかったわ」
*
何日経った頃だろうか。
平民が使うような固い寝台の上、ジョシィに寄り添いながら眠っていた日。
抱きしめていた腕が動いた気がした後、髪を触られた感触があった。
ぼんやりと顔を上げると、ビクリと手が離れて勢いよく腕が引き抜かれた。
「誰だ」
そこには警戒するように目を鋭くさせたジョシィが起きていた。
「あぁ! 目が覚めたのね! 無事でよかった……!
ジョシィ、覚えてる? あなたの馬車が崖から落ちてね、ひどい怪我だったのよ」
「崖から……?」
「ええ。他の方は……残念だったけれど……でも、ジョシィが無事でよかった」
涙が次から次へと流れてくる。
それを拭うことなく、ジョシィに状況を教えてあげた。
ジョシィはとてもショックを受けたようだったけれど、私には「助けてくれて感謝する」と微笑んでくれたの。
領主の屋敷で過ごした時より少し堅い感じだったけど、"ミア"としてジョシィの目に映るならなんでもよかった。
ジョシィは起きるなり外の人と連絡を取りたがっていたけど、賊から隠れているから回復が先だって言ったら納得してた。
混乱がひどい時はハーブティーを飲ませて歌えば、ジョシィは落ち着くようになった。
ジョシィは眠っている時だけ私のことを恋人のように「ミア」と呼んでくれていたのに、だんだんと起きている時も私のことを恋人だと思うようなそぶりが見えて来た。
でも、触れようとすれば他人の距離に戻ってしまうのだった。
それでも、とてもとても幸せな時間だった。
*
でも、そんな時間も長くは続かなかった。騎士団にこの小屋の存在がばれてしまったからだ。
まだ私は魔法使い様の欲しいものを手に入れていない。ジョシィと一緒にいるために、手に入れないといけないのに。
ジョシィは賊がうろつく場所に私一人を残して行くのが心苦しかったようで、保護すると言ってくれた。
騎士様たちと話すジョシィは"貴族"だった。
馬車に乗り、少し経った頃に合流したクリフと呼ばれた騎士様も、私を冷たい目で見る"貴族"だった。
その視線を浴びて、とたんに冷静になってしまう。
私たちの夢は終わってしまったのだ。
あの夢のような空間は、もう終わっていた。
二人だけだったのに。
馬車が、ジョシィの妻が待つ家へと進む。
馬車の中では"貴族"のジョエル様と私のジョシィの顔がたまに入れ替わる。
"貴族"のジョエル様を見てしまうと、そのまま王都でジョシィとの思い出を胸に生きるのも悪くないと思った。
でも、私のジョシィの顔が出てくると、またあの夢のような時間を過ごしたいと欲が出てくる。
小さな小さな声で、ジョシィに何度も歌った子守歌を歌った。
馬車があの女のところに着くまで。ずっと。
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ああ、可哀想なジョシィ。
”妻”になんて───あの女に会いに行かなければ、こんなにもひどい怪我をしないで済んだかもしれないのに。
この小さな小屋の中には私と、ジョシィしかいない。
あぁ、まるで、あの北の間の二人だけの短い時間が続いているようだと思った。
でも、ジョシィは苦しそうな顔で時々唸るだけで、目を覚まさない。
早く目を覚まして無事であることを確かめたいのに、起きたらまたあの女の元へと行くと言い出すんじゃないかと気が気じゃない。
──それならば、ずっとこのまま、私とずっと一緒にこのまま……
そう気持ちを込めて、色のない頬を撫でた。
何度目かの夜、ジョシィはうなされていた。
怖い夢を見ているのだろうか。
「……ティーナ。クリスティーナ」
あの女の夢を見てうなされているのね。可哀想なジョシィ。
「ジョシィ。大丈夫よ」
歌うように囁きながら、ジョシィの頬を撫でた。
「ジョシィ。ここには私と二人だけ。大丈夫よ」
「クリスティーナ」
「いいえ、違うわ。私の名前はミア。あなたが愛するミアよ」
初めて、ジョシィに私の名前を教えた。
「ミア……」
ジョシィの乾いた唇が動き、私の名を呼んだ
「ええ! そう! そうよ!! ミア! もっと呼んで!」
心が震えるほど嬉しかった。歌を歌う娼婦でも無い、ベールを被った"御馳走"でも無い、ただのミアとしてジョシィに名を呼ばれた!
ジョシィの手を取り、私の頬に触れさせた。
あぁ。こうして触れてほしかった。名を呼んで、私に触れて欲しかった。
「ミア」
「なあに。ジョシィ」
「ミア」
「ずっとここにいるわ。ジョシィのそばに」
嬉しくて嬉しくて、一晩中ジョシィが話してくれた、あの女との思い出を、私との思い出として子守歌のように聞かせた。ジョシィの中を上書きするように。
ジョシィは聞こえているのか、たまにそれはもう優しく微笑んだ。
この優しい顔は、今度は私へ向けられた表情なのだと思うと体の中から喜びが沸き上がった。
夜が更けたことにも気付かないほど、長いことジョシィを見続けていた。
*
「おやおや、お熱いね。調子はどう?」
後ろから魔法使い様の声がして、やっと時間が経っていたことに気付いた。
魔法使い様は時々様子を見に来ては"魔法"の様子を確認する。
「思ったより目を覚まさないなぁ」
「ジョシィは大丈夫なの?」
「もちろん。私は魔法使いだからね。賊がこの彼を探しているようだ。見つかったら連れていかれてしまうからね。外に出てはいけないよ」
「わかったわ」
*
何日経った頃だろうか。
平民が使うような固い寝台の上、ジョシィに寄り添いながら眠っていた日。
抱きしめていた腕が動いた気がした後、髪を触られた感触があった。
ぼんやりと顔を上げると、ビクリと手が離れて勢いよく腕が引き抜かれた。
「誰だ」
そこには警戒するように目を鋭くさせたジョシィが起きていた。
「あぁ! 目が覚めたのね! 無事でよかった……!
ジョシィ、覚えてる? あなたの馬車が崖から落ちてね、ひどい怪我だったのよ」
「崖から……?」
「ええ。他の方は……残念だったけれど……でも、ジョシィが無事でよかった」
涙が次から次へと流れてくる。
それを拭うことなく、ジョシィに状況を教えてあげた。
ジョシィはとてもショックを受けたようだったけれど、私には「助けてくれて感謝する」と微笑んでくれたの。
領主の屋敷で過ごした時より少し堅い感じだったけど、"ミア"としてジョシィの目に映るならなんでもよかった。
ジョシィは起きるなり外の人と連絡を取りたがっていたけど、賊から隠れているから回復が先だって言ったら納得してた。
混乱がひどい時はハーブティーを飲ませて歌えば、ジョシィは落ち着くようになった。
ジョシィは眠っている時だけ私のことを恋人のように「ミア」と呼んでくれていたのに、だんだんと起きている時も私のことを恋人だと思うようなそぶりが見えて来た。
でも、触れようとすれば他人の距離に戻ってしまうのだった。
それでも、とてもとても幸せな時間だった。
*
でも、そんな時間も長くは続かなかった。騎士団にこの小屋の存在がばれてしまったからだ。
まだ私は魔法使い様の欲しいものを手に入れていない。ジョシィと一緒にいるために、手に入れないといけないのに。
ジョシィは賊がうろつく場所に私一人を残して行くのが心苦しかったようで、保護すると言ってくれた。
騎士様たちと話すジョシィは"貴族"だった。
馬車に乗り、少し経った頃に合流したクリフと呼ばれた騎士様も、私を冷たい目で見る"貴族"だった。
その視線を浴びて、とたんに冷静になってしまう。
私たちの夢は終わってしまったのだ。
あの夢のような空間は、もう終わっていた。
二人だけだったのに。
馬車が、ジョシィの妻が待つ家へと進む。
馬車の中では"貴族"のジョエル様と私のジョシィの顔がたまに入れ替わる。
"貴族"のジョエル様を見てしまうと、そのまま王都でジョシィとの思い出を胸に生きるのも悪くないと思った。
でも、私のジョシィの顔が出てくると、またあの夢のような時間を過ごしたいと欲が出てくる。
小さな小さな声で、ジョシィに何度も歌った子守歌を歌った。
馬車があの女のところに着くまで。ずっと。
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