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素敵な恋の物語

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ミア視点
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「お姉さま。私、クピド様に相談してみるわ。運命の相手について」

「あらミアも意外と切り替えが早いのね」
「いいじゃない! 泣いて暮らすよりずっといいわ!」
「ふふ。ちゃんと夜までには戻るのよ」
「ついでにその腫れた目もどうにかしなさいよ」

目当てのお茶を購入したお姉さま達を見送り、あの怪しい店へと戻った。
店の中にいたクピド様は戻って来た私を見て一つ頷き、店の入り口を施錠すると地下へと続く扉を開いた。

暗く地下へと続く階段を見下ろし、危険だと思う気持ちより願いが叶うのではという期待が勝ってしまった。

初めての場所なのに、私が逃げないように退路を塞ぐのは仮面の男だ。

──この人が、私の願いを叶える男。

「あなたのことは知っていますよ。あのオリンポスの"ローレライ"でしょう」

酒場や娼館で歌を披露した時に、私をそう呼ぶ人がいるのは知っていた。
まさか、クピド様もその呼び名を知っていたとは。
お客として会ったことでもあるのだろうか。

「私はねぇ。あなたの歌が、声が好きなんですよ。あなたの切ない胸の内が聞こえるようで、なんともそそられます」

ジョシィに褒められた、あの日から
求められれば至る所で”私の歌”を歌った。

ジョシィが気に入ってくれた、認めてくれた、私の歌。

「それは……嬉しいわ」

この男も、どこかの場所であの歌を聞いていたのか。

地下に置いてあったのは、雑多な荷物が積まれた棚やテーブルと椅子だった。
その椅子に座るように促され、クピド様の斜め右に腰を下ろした。

クピド様はいつの間に用意していたのか、持っていたポットからお茶を目の前で注ぎ入れた。不思議な香りのお茶だった。

飲み頃だ、と促され口を付けた。
量の減ったカップを見たクピド様の口が、ゆるりと微笑んでいたものから更に吊り上がったことが印象的だった。

「ええ、ですからこうして会って驚きました。なんて目をしているのだろうと。──なんて、飢えた目をしているのだろうってね」

クピド様は金色の瞳を光らせ、私から視線を外さない。
この男の目は金色だっただろうか。青色ではなかっただろうか。
こんな辺境の、こんな場所に似つかわしくない色だと、たしかそう思ったはずだ。

どことなくジョシィの瞳を思い出す色で、なんだか少し不愉快だったのだ。

それなのに、どんどん身体から力が抜けていく。
だって腕だって重いし、もう動くのが面倒だもの。

「……そう。私、飢えてるの。欲しくて欲しくてたまらないの」

クピド様の瞳に吸い込まれる。

「…………あの人が欲しいの。どうしても」







「──なんて、なんて可哀想なお話しでしょうか。それに、とても素敵な恋のお話しではないですか」

浅いまどろみから起きるように、つい自分がどこにいるのか一瞬わからなかった。
あぁ、そういえばジョシィの話だったっけ。
私が話す要領を得ない話を親身に聞いてくださったクピド様は、口に弧を描くように微笑んだ。

「愛しい彼に愛を捧げる哀れなローレライ。あなたの願いを叶える"魔法"を貸してあげましょう」

いつの間に用意していたのか、彼は懐に手を差し込み何かを取り出した。

「魔法?」

「ええ。その彼に、このお茶を飲ませてあげてください。これは私の秘密です。内緒ですよ。あなたの秘密も内緒にしておきますから」

ふふふ、と笑いながら机の上に出したのは小さな小さな布袋だった。

手に取り中を見ると、貴族が好むような茶の葉に見える。明らかに先ほどお姉様たちが買って言った美人になるお茶だのとは違うように見えた。

でも、所詮干からびた草でしかない。

「これは"惚れ薬"のようなものです。これを飲ませて、歌ってあげてください。あなたの歌を」

「これで何が変わるというの?」

魔法と言うから少し期待してしまったが、惚れ薬のお茶とは。なんだか少しばかりがっかりしてしまった。

「疑うなんてひどい。私とあなたは秘密を打ち明け合った仲ですよ? そうですね。では、それはお試しということで。どうぞ試しに使ってみてください。効果があった時には、またご来店くださいね」

クピド様はわざとらしく肩を寄せお道化る様に、更に口の端を持ち上げ笑った。







その晩、ルートン内では中規模の娼館で歌を披露することになった。
丁度良いと、目についた身持ちの良い客にクピド様からもらった茶葉で淹れたハーブティーを酒で割ったものを勧めた。

どうやら既に目を付けた娼婦がいるらしく、酒を作る私を見てもいない。
それどころか「棒きれみたいな辛気臭い女」と、私を罵倒することで狙った娼婦を口説いてさえもいた。

まんざらでもない様子の娼婦は客の顎を撫で得意気に脚を組み替えた。

飲んだ直後はあまり変わった様子も無く、やっぱり騙されたのかとガッカリしたものの私が歌い始めてすぐ。効果は表れた。

惚れ薬を飲んだ客は、つい今しがたまで口説いていた娼婦がいないかのように真っすぐこちらを見ると、私の歌に魅入られたかのような顔をしていた。

歌が終わり、その客のところまでゆっくりと近づいた。

上客を捕まえたと鷹揚と構えていた娼婦は、いくら話しかけても反応しなくなった客に見切りをつけ、違う客のところへと移動したようだった。

「あの麦穂の子、行ってしまいましたよ」
「どうでもいい」

「棒きれみたいな辛気臭い女ですよ」
「そんなことない。君は素晴らしいよ」

「……私を買いますか?」
「もちろんだ」

歌うように囁くと客は操られるように返事を返し、私の次の言葉を乞うように待っていた。







「これは惚れ薬というより、人を操る薬じゃない?」
「まさか。ただの惚れ薬だよ」

明くる日クピド様の店へ行くと、来るとわかっていたかのように私を迎え入れた。この男は今日も不気味な仮面を付けていた。

私と入れ違いに入口へ向かい、鍵をかけた。その音がやけに耳の中に響いた。

「でも、試した客は……」
「試して、効果はわかったんだろう?」

この男は、こんな話し方だっただろうか。

「……まあね。私の歌に魅入られたようだったわ」

「ははは!魅入られた、か。言い得て妙だ。──では哀れなローレライに、この惚れ薬をあげよう。これは素敵な恋の物語を聞かせてもらったお礼だよ。その彼に飲ませて一夜の夢を見るといい」

一夜の夢……確かに、客の様子がおかしかったのは寝る前までだった。寝たらこの魔法はとけるのか。

「お守り程度にしておくわ」

「お守りね。それで悩める乙女の後押しが出来たならこれほど素晴らしいことはない」

クピド様からもらった布袋を胸に抱え込みながら、私の瞼の裏にいるジョシィを想った。



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