28 / 51
鏡に映せば
しおりを挟む次の晩。
今度は旦那様から私の部屋に現れた。
湯あみ後、髪に櫛を通していたアビーが驚愕の表情で振り向いて固まった様子を鏡越しに見て、旦那様が続きの扉を通ってきたことに気付いた。
昨夜……今朝だったか。
旦那様が眠っている間に自室に戻り、日中は旦那様の様子を見ないようにしていたので
顔を合わせるのは昨夜ぶり、だ。
昨夜のことはなんとなく誰にも言ってはいない。
執務室で補佐をしてくれた執事のステファンや、様子を見に来てくれたクリフにも言えるはずがない。
しかし、言わずとも先ほど私の身体を見たアビーからは何とも言えない視線を感じていた。
何かを問い詰められそうで、何と答えたらよいやらと困っていたタイミングだった。
主の身体に跡を残した張本人が自ら現れたことで、よほど驚いたのか固まったアビーは鏡に向かったままの私に心配するような視線を投げた。
大丈夫、そう込めて見返せば、アビーは納得できないとでもいうような表情を隠し目礼して下がっていった。詰問は明日へ持ち越されたが、更に説明する項目が増えてしまった。
鏡越しに旦那様が近づいてくる。
以前は、いつ見ても穏やかで包み込むような微笑みを返してくださったのに。
今日はなんだか怒っているような表情だった。
このような表情もされるのだなぁ、とぼんやりと鏡越しに見つめてしまっていた。
その視線に気付いた旦那様は少し眉を寄せ、口を開いた。
「───怖気づいて、来ないのかと」
昨日はひどくしたから、と旦那様がゆっくりと私の後ろに立ち、髪に触れる。
髪を一筋指に絡ませる仕草を見ながら、あぁと納得する。
だから迎えに来た、ということなのかしら。
昨日はひどくしたと旦那様も思っていらっしゃったのね。
私の赤毛に誰を重ねているのかしら。
旦那様の今までにない様子に、少しむずむずとしてしまう自分を
ちょっとした仕草に嫌な可能性を見出して、浮かれるなと釘を刺す自分がいる。
「見ての通り、まだ準備中ですわ」
髪を整えるふりをして、旦那様の手から髪を抜きまとめて前に垂らした。
いっそ、私の髪が赤毛でなく他の色であったらよかったのに。
「そういうことにしておこう」
耳元で囁かれた、色を含んだ声にビクリと身体が揺れた。
弾かれるように鏡へ視線を戻せば、旦那様がこちらを射るような強い視線で見ていた。
目を逸らすなと言われた気がして、そのまま首筋を捕食されるシーンから視線を逸らせなかった。
ゾクリ、と身体が反応する。
無意識に肩をすくめてしまうが、旦那様の大きな手が肩を撫で羽織っていただけだった夜着を肩から滑り落とす。
「あっ……!」
咄嗟に両手で前を隠そうとするが、旦那様の舌が背を下へ下へと辿っていった。
それが昨日の再現のように思えて、期待した身体が熱を持っていく。
それから逃げようと身体が前に倒れ、鏡台へ手をつくと後ろから旦那様の大きな手が這い上がり、砦を無くした無防備な胸を揺らした。
「こんなところでッ」
「よく見える」
鏡に映せば、旦那様が自分に何をしているのかがよく見える。
もちろん、後ろに立つ旦那様の表情も。
私が旦那様を鏡越しにでも、見つめてしまえば
視線を追ってしまえば
旦那様が誰を見ているのか、わかってしまう。
そんな見たくないものまで見えてしまいそうになり、臆病な私は鏡を見ていられず視線を落とした。
「旦那様こそ、連日でなくてよいのです」
言外にミア嬢のところへ行くことは止めていないと含ませてしまう。
そんな自分の言葉に自分で傷ついている。
咎めるように胸の尖りを指できつく絞り、声を上げれば慰めるように指で更に撫でるのだ。
「今日は気分でない?あぁ、先ほどまでクリフがいたのか」
「クリフ……?」
なぜここでクリフの名前が出るのかわからず、名を繰り返せば肩を噛まれた。
痛いはずなのに媚びたような声が鼻から抜けてしまうのが恥ずかしかった。
「んっ……噛まないでください」
「見られて困るからか? 君こそ、自分の立場を忘れるな」
見られて、とはアビーにということだろうか。
わけがわからず聞き返そうにも、旦那様の手は私の秘所を確かめるように動いている。
声を漏らさないようにするのに必死で、質問も霧散していく。
止めてと言っているのに、旦那様の手は止まってもくれず呆気なく、私は上り詰めてしまった。
カクカクと今にも座り込んでしまいそうな腰を支えられ、ひくつく場所に熱が当てがわれる。
「まって、ください……っ、まだ……」
息も整わないまま、懇願するように鏡ごしに旦那様を見上げる。
旦那様はいつからこちらを見ていたのか、視線が合うと同時に私の顔に手を伸ばした。
旦那様の大きな手に包まれて、顔を鏡から逸らせない。
鏡に映せば、旦那様が自分に何をしているのかがよく見える。
もちろん、私の表情も旦那様に見えてしまうのだ。
ひゅっ、と息をのんだと同時に剛直が胎内にゆっくりと入り込んでくる。
ゾワゾワとすり上げるように快感が這い上がって来る。
そんな顔を見られたくなくて、顔を逸らしたいのに旦那様は鋭い目で見つめてくる。
何もかも暴かれてしまいそうで怖いのに、抗いがたい快感でわけがわからなくなってくる。
少しでも逃げようと強く目を閉じると、旦那様の息遣いが耳のそばでやけにはっきりと聞こえた。
官能に押し流され、いつの間にか場所が寝台に移動してどのぐらいか。
耳元で「必要なのは、俺と、君の子だろう?」と囁かれたのはいつだったか。
*
次に目が覚めたのはそろそろ朝が白んできそうな頃合いだった。
今日は夜着が着せられていた。旦那様は昨日のまま私を抱いて眠っているが。
私の寝室で眠られていては、逃げ戻る場所もなく
昨日の今日で顔を合わせるのがなんだか気まずく思えてしまう。
そんな時の逃げ場はいつも朝の庭だった。
だから今日もそっと部屋を抜け出した。
まさか今朝も旦那様が追いかけてくるとは思わずに。
16
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
立派な王太子妃~妃の幸せは誰が考えるのか~
矢野りと
恋愛
ある日王太子妃は夫である王太子の不貞の現場を目撃してしまう。愛している夫の裏切りに傷つきながらも、やり直したいと周りに助言を求めるが‥‥。
隠れて不貞を続ける夫を見続けていくうちに壊れていく妻。
周りが気づいた時は何もかも手遅れだった…。
※設定はゆるいです。
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる