15 / 51
彼女の才能
しおりを挟む「……俺は何度か父上に代わってルートンに視察に行っている」
ルートンとは公爵家の寄子が管理する北端に位置し、隣国とを隔てる険しい山脈と隣接する土地に位置する領地である。
重要な場所にあるものの自然災害に弱い土地で、開発事業のためにお義父様やジョエル様が何度も現地に足を運んでいた。
本件は皇家、アドラー公爵家、クロッシェン侯爵家が手掛ける重要な事業であり、私と旦那様が結婚することとなった理由の一端でもある。
「ルートンに視察した際は領主の屋敷で世話になる慣例があるのだが、何年か前から領主が歓待のために旅芸人やらを呼ぶことがあった。……そして1年前の催し物は「歌」だった。素顔を深い青のベールで隠し、顔では無く「声」で魅せるのが珍しと思った覚えがある」
伏せられていた睫毛がふるりと震えたのが見えた。
「────その歌姫が、ミアだそうだ」
旦那様は苦しそうな表情を一瞬緩め、優しく微笑んだ。
心の中のミア嬢にほほえみかけたのだろう。
息が止まりそうだ。
「そして、往々にして……気を利かせた領主が客室にに娼婦や踊り子……歌姫を送り込むことが、あった」
ハ、と息を漏らしたのは誰だったか
「抱いたのか」
苦いものでも飲んだようなクリフの声がザラリと撫でた。
「……歌姫は閨でもベールを取らず、珍しく褒美を求めてくることも無い人だったよ。ルートンに行けば必ずベールを被った歌姫が待っていた」
旦那様から語られるものは現実だろうか
「あの歌姫がミアだとは気付かなかった」
地方でそういった歓待が暗黙の了解としてあるのだろうか
クリフの顔を盗み見ると、特に驚いてもいなかった。
私が知らないだけで普通のことなのかしら……
今まで漠然と”役目を果たした後はそれぞれの愛人を迎える貴族もいる”とは知っていたものの
実際に伴侶以外の関係を突き付けられてしまうと、どこか現実味がない。
ふと、可能性に気付いてしまった。
「……もしかして婚姻の式前の、あの春先の視察も今回のルートンでの視察でも……お会いされていたのですか」
「……ルートンへ視察に行ったのなら、そうだろうね」
固く握った手が震えた。
「それでは尚更、兄さんの子どもかどうかなんて怪しいじゃないか。兄さんはルートンでしか彼女と会っていないのだろう。それ以外の日に彼女は他の男相手に“仕事”をしていたんじゃないのか」
「ミアには他の客を取らぬよう金を渡していた」
「顔も知らなかった女に金だと? ハッ、兄さん、何やってんだよ」
「彼女の”歌”に対する後援だ。パトロンとして彼女の才能を支えたかったんだ。彼女は男に抱かれるためだけの女性じゃない」
ルートンへ行く度に旦那様は……
「そのような女性ではないとおっしゃいながら、彼女をそう扱ったのはジョエル様ではないのかしら」
クリフが心配そうにこちらを覗き込む。
その視線に気づかないふりをして、ゆっくりと口を開く。
「彼女の才能を後援したかったとおっしゃるならば、尚更、そういったことをしてはならなかったのではないのでしょうか。ジョエル様の行いが彼女の才能を愚弄しているように感じますわ。それを後援などと
……一度でも後援者と一線を越えてしまえば、他にも同じような後援者が存在してもおかしくないと見られるも当然です」
「ミアには俺だけだ! 俺しか、知らぬ」
そんなこと証明のしようが無いわ。
でも旦那様はそれを信じていらっしゃるのね……
「……それで」
逸れてしまった話しを戻すように続きを促す。
「……ミアの子は俺の子だ」
16
お気に入りに追加
503
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
【完結】捨ててください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
ずっと貴方の側にいた。
でも、あの人と再会してから貴方は私ではなく、あの人を見つめるようになった。
分かっている。
貴方は私の事を愛していない。
私は貴方の側にいるだけで良かったのに。
貴方が、あの人の側へ行きたいと悩んでいる事が私に伝わってくる。
もういいの。
ありがとう貴方。
もう私の事は、、、
捨ててください。
続編投稿しました。
初回完結6月25日
第2回目完結7月18日
麗しのラシェール
真弓りの
恋愛
「僕の麗しのラシェール、君は今日も綺麗だ」
わたくしの旦那様は今日も愛の言葉を投げかける。でも、その言葉は美しい姉に捧げられるものだと知っているの。
ねえ、わたくし、貴方の子供を授かったの。……喜んで、くれる?
これは、誤解が元ですれ違った夫婦のお話です。
…………………………………………………………………………………………
短いお話ですが、珍しく冒頭鬱展開ですので、読む方はお気をつけて。
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
私に告白してきたはずの先輩が、私の友人とキスをしてました。黙って退散して食事をしていたら、ハイスペックなイケメン彼氏ができちゃったのですが。
石河 翠
恋愛
飲み会の最中に席を立った主人公。化粧室に向かった彼女は、自分に告白してきた先輩と自分の友人がキスをしている現場を目撃する。
自分への告白は、何だったのか。あまりの出来事に衝撃を受けた彼女は、そのまま行きつけの喫茶店に退散する。
そこでやけ食いをする予定が、美味しいものに満足してご機嫌に。ちょっとしてネタとして先ほどのできごとを話したところ、ずっと片想いをしていた相手に押し倒されて……。
好きなひとは高嶺の花だからと諦めつつそばにいたい主人公と、アピールし過ぎているせいで冗談だと思われている愛が重たいヒーローの恋物語。
この作品は、小説家になろう及びエブリスタでも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。
【完結】新皇帝の後宮に献上された姫は、皇帝の寵愛を望まない
ユユ
恋愛
周辺諸国19国を統べるエテルネル帝国の皇帝が崩御し、若い皇子が即位した2年前から従属国が次々と姫や公女、もしくは美女を献上している。
既に帝国の令嬢数人と従属国から18人が後宮で住んでいる。
未だ献上していなかったプロプル王国では、王女である私が仕方なく献上されることになった。
後宮の余った人気のない部屋に押し込まれ、選択を迫られた。
欲の無い王女と、女達の醜い争いに辟易した新皇帝の噛み合わない新生活が始まった。
* 作り話です
* そんなに長くしない予定です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる