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まるで宝物かのように

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「あ……」

旦那様が背に庇ったのはミア嬢だった。
私を警戒するように一瞥した鋭い蒼の瞳に驚き、ミア嬢に差し出そうとしていた手を胸に引き戻す。

「ジョシィ! 大丈夫よ。なんでもないわ」

旦那様の腕に、あの傷のない白い手が絡まる。

その様子が私の目には殊更ゆっくりと見えていた。
悪夢を見ているかのように、私の体は動かない。

そして、その腕に触れるミア嬢の手に旦那様の手が気遣うように重ねられた。
旦那様を見つめるミア嬢の濡れた大きな目が儚げに揺れる。

なんて庇護欲を誘うお嬢さんだろうか。
どこか別のところにいる私が他人事のように、彼女の涙を指で優しく拭ってやりたいと言った気がした。

──彼女が髪を振り乱した時に見えてしまった。
赤毛から覗く、深い蒼の宝石を彩る金の装飾の耳飾りを。
ミア嬢の身にまとうドレスよりもきっと上等な物だろうことが一瞬でもわかるほどの意匠だった。

旦那様が買い与えたものなのかしら。
旦那様の瞳とよく似た色合いの石……ご自分の色を身に着けさせるなんて寵が深いことが察せられる。

どんどん深みに落ちていく自分を落ち着かせるように、ブレスレットをまたひと撫でした。
──私は、大丈夫。
──大丈夫。

そう唱えながら。





私が一歩後ろに下がったことを確認すると、旦那様は鋭い目を一転させミア嬢へ優しい目を向けた。

「泣いている……こちらにおいで」

旦那様の声色には、相手を心から心配するものがあった。
相手の苦しみや悲しみを憂い、自分のことのように心を痛めているような
以前のわたくしに向けられていたような温かみのある声だった。

旦那様の手がミア嬢に差し出され、二人で長椅子へと移動する。
それが当然というように、ミア嬢の隣へ旦那様は腰を下ろした。

自然に寄り添う2人を見ていると、思い出の中の旦那様と私より心が通っている恋人同士のように見えた。

私は自分の両手を強く握りしめ、一人で、二人の前にあるソファーへと移動し腰を下ろした。

私の隣には誰も、いない。





「申し訳ないが……あなたは誰だろうか」

旦那様より遅れて入ってきた使用人たちが手早く給仕を終え、退出した。
部屋の中に三人だけになると旦那様は固い声で、そうおっしゃった。

どう言えばいいいだろうか。
あなたの妻よ、なんて言ったら……ミア嬢の言う通り倒れてしまうだろうか。
だってミア嬢を恋人だと思っているんですもの。

チラリとミア嬢の方へ視線を流してしまいそうになり、顔色を窺おうとしている自分の情けなさに苦笑いしてしまう。

「──私は、クリスティーナ・クロッシェンです。クロッシェン家の娘で……クリストフの友人です」

3か月ぶりに実家の家名を名乗った。
旦那様の妻と名乗らないのならば、私はクロッシェンを名乗る他ない。

「クリフの友人か。そうだったのか。
それで、なぜ我が家に……クリフは王城にいて、我が家には滅多に寄り付かないよ」

そんなこと……もちろん知っている。
クリフは王城にある騎士寮に部屋を持っているらしく、私がこの公爵家に住むようになってから本来の……公爵家にある私室には泊まっていない。

「……ジョエル様が不在の間、僭越ながら代わりを務めさせていただきましたので……」

「君が?なぜ」

「……クリフは……ジョエル様の捜索の指揮にあたられましたし……お義父様──いえ、アドラー公爵様は領地でご静養中と伺いましたので、私が……」

「そう……か、そうだったな。ああ、そうか! もしかして、君はクリフの婚約者かな?」

一拍、反応が遅れてしまった。
ミア嬢の視線が刺さる。
心が潰れてしまいそうだ。

今すぐ旦那様の手を握り、本当のことを言いたい。
無事で良かったと抱きしめたい。
旦那様の腕の中へ、胸へ顔を寄せ
あの唇と熱を分かち合いたい。

そんな自分本位に泣きわめく自分に鍵をかけ、笑みを作った。
ほっとした表情になった旦那様はミア嬢の手を撫で微笑む。

まるで宝物かのように。


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