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思い出は遠く
しおりを挟むクリフと私は皇太子殿下が10歳となった頃に友人候補として集められたお茶会で出会った。
国内の伯爵位以上の身分を持つ家の、7歳から12歳までの貴族子息令嬢たちが集まる場は華やかで壮観だった。
色とりどりの菓子と白いテーブルクロス。
ぬるくなってしまった紅茶。
隣に座った令嬢のパステルピンクのドレス。
私はその場の勢いに委縮していたのか、緊張して座ったまま体を固くしていた。
どうしても主役の方を見れず固く握られた自分の手を見ていたことを覚えている。
令嬢達は婚約者候補として親交を深め、子息達はご学友となり未来の国王陛下の腹心になるべく集められた。
集められた子どもたちは親から何か言い含められていたのか、自分に期待された役目を全うするべく主役を取り囲んでいたはずだ。
椅子に座ったままだったのは私ぐらいなものだろう。いや、本当はどうだか覚えていない。
周りを見る余裕も無く、下を見ていたのだから。
下を見ていたからこそ、机の下から聞こえてきた猫の声に気づいたのだ。
猫の声が気になるが、姿勢を崩せば誰かに見咎められてしまうかもしれないと
やっと周囲を見回し、誰も私を見ていないことにホッと息をつく。
そして、ゆっくりと椅子から降り身を屈めた。
白いテーブルクロスをめくり、中を覗き込むと白い猫とダークブロンドの髪をした少年がいた。
思わぬ先客に身を固くするが、少年は覗き込む私に気づくと唇の前に人差し指を出し「シーッ」と言った。
私の口が開かないことを確認した少年の視線は、そのまま猫の観察へと戻った。
静かにしていれば、私も猫を見ていていいのだろうか……?
許可をとろうにも「シーッ」と言われてしまったし、きっと良いのだろうと結論付け
私もゆっくりと机の下にもぐり、猫の観察に参加した。
少年が指を近づけてもツーンと無視する高貴な佇まいの猫は、私の指には優しく顔を擦り付けて来た。
それが少年にはおもしろくなかったようで、隠し持っていた菓子を餌に猫を呼び寄せようと必死な様子がおもしろかった。
それがクリフとの出会いだ。
そして、集まった貴族子女の中で主役である皇太子殿下と仲良くなったのは。
主役を囲む輪から外れ、お菓子が並ぶ机の下にいた猫に給餌することに夢中になっていた私たち二人だった。
クリフは皇太子殿下と同じ年の十歳。私は八歳だった。
その机の下に隠れていた高貴な白猫は皇太子であるマクシミリアン殿下の飼い猫だったのだ。
殿下の飼い猫のはずなのに、一番懐かれていたのは私だった。
最初は猫に釣られ王宮へ足を運んでいた。
猫を介して一緒に過ごしていたはずなのに、いつの間にか三人で遊ぶ時間が増えていった。
クリフの住む公爵家にも頻繁に足を運んだし、我が侯爵家でも三人で過ごした。
私と皇太子マクシミリアン殿下は実のところ遊び仲間でしか無かったが、私は外から見れば長らく皇太子マクシミリアン様の婚約者候補筆頭と見られていた。
候補でしか無かったが、皇族に次ぐ十分な教育は受けていた。
幼い日々は風のように過ぎ、クリフは騎士見習いとなった。
それがきっかけか三人で集まり遊ぶ時間も減り年を追うごとに全員がそれぞれ変わっていった。
庭で駆け回る日々は過ぎ去り、膝までだったドレスは長くなり走ることが出来なくなった。
年頃になり、いよいよ婚約を交わすかと思われた時期に皇家と家同士のやり取りがあったようで
蓋を開けて見れば皇太子殿下は隣国の姫と婚約する運びとなり、私はアドラー公爵家嫡男であるジョエル様と──旦那様と婚姻する運びとなったのだ。
旦那様も、この皇太子殿下のお茶会にいたはずだった。
クリフに会いに公爵家を何度となく訪れたのに、不思議と初めてお話ししたのは婚約が決まってからだった。
旦那様と婚約を交わして1年。結婚して3ヶ月。その短い結婚生活でさえ半分は旦那様は行方不明だったのだ。
昨日までは目を閉じると鮮明に思い出せた、短い結婚生活の様子が
今では遠い。
ざわめく心を隠し、応接室の扉を開けた。
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