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私は幸せよ

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「お二人を……お待たせしてはいけないわね」
自分に言い聞かせるために、独り言を呟いた。

旦那様に会いたくて、心配で、不安だった日々ももう終わる。
やっと会えると……歓喜していた心の行き場が無い。
今あるのは戸惑いだ。

その女性は誰なのですか。何も聞いていないです。
なぜ、その女性を優しく見つめるのですか。
なぜ、私に触れたように他の女性に触れるのですか。

──なぜ、私の方を見ないのですか。

ぐるぐると頭の中に広がる不安を落ち着かせるように息を短く吐き、足を屋敷の方へと向けると
もう1人、旦那様が先ほどまで乗っていた馬車の方から旦那様によく似た色彩を持つ騎士が近付いて来た。

旦那様に似ていると言っても、旦那様より落ち着いたダークブロンドに紺色の瞳。長身で騎士らしく鍛えられた身体をしなやかに動かし、ゆっくりと歩み寄ってくる。適齢期の娘達が一目見るだけで色めき立つほどの美丈夫だ。

普段は無表情なのに、今日のその表情には私と同じ戸惑いの色が見て取れた。

「ティーナ……いえ、失礼しました。義姉上、ジョエルは……」

「クリフ……いいのよ。今まで通りティーナと呼んで。
旦那様を見つけてくれてありがとう。これから……お二人と話すのだけれど、まずは無事にお戻りになられて嬉しいわ」

「……あの赤毛の女性──馬車に同乗していたのはミア嬢という名らしい。怪我を負っていたジョエルを保護してくれていた。身寄りが無いとのことで……ジョエルの要望もあり、同行している」

クリフの私を気遣う視線がウロウロと彷徨っている。

──クリフこと、クリストフ・アドラーはアドラー公爵家の二番目の子息にあたる。
早くから騎士団に入り、今年から近衛騎士団団長補佐を務めるまでになった。

私の夫、ジョエル・アドラーの弟であり、私の幼馴染だ。

このたび私とクリフの幼馴染である、皇太子殿下の命によりジョエル捜索の指揮をとっていた。

クリフは複雑な表情で、屋敷の扉の方を見た。
今しがた手と手を取り合い、お互いを見つめ合いながら歩いていた二人が通った後の扉を。

その光景は誰が見たって戸惑うだろう。

今回の一件は、とても大きな事故だった。
もう旦那様は事故で……と、時間が経てば経つほど色を濃くしていった。

しかし、奇跡的に無事に発見され
やっと王都まで戻られたと思ったら

馬車から見知らぬ女性と寄り添い合い降りてこられたのだもの。

「とにかく無事に連れ帰ってきてくれてありがとう。これから旦那様と話さなくてはいけないから……」

「あぁ。出来れば俺も話を聞きたいが、これから王宮へ戻り報告しなければならない。すぐ戻るから……ティーナは大丈夫か」

「大丈夫よ。頼りになる執事のステファンもいるわ」

私は大丈夫。そう、クリフに向けて笑って見せた。
いえ、本当は自分自身にも。そう、言い聞かせていた。

私は大丈夫。

私は大丈夫。

普段は無表情なのにふと気づくとこちらを見守るクリフの優しい瞳に見つめられると、つい弱音を吐いてしまいそうになる。

その瞳から弱い自分を隠すように、早々とその場を辞そうとした。
しかし、私の知っているクリフより、ずっと大きくなった手が私の手首を捕らえた。
熱い手に掴まれ、自分の手がいつの間にか冷えていたことに気付いた。

掴まれた手首が、熱い。

弾かれたようにクリフの顔を見上げると、旦那様の瞳より濃い紺色の瞳が私に何かを訴えかけるかのように。熱く、見ていた。

あの時のように。

「……俺はティーナに、そんな顔をさせるために兄上に譲ったんじゃない」 

「……私は幸せよ」


私はどんな顔をしているのだろうか。


いつでも逃げられるようにゆるく掴まれた手を、ゆるりと解いた。
その手の強さに、胸が懐かしい痛みを思い出した。

いたたまれなさから、逃げるように屋敷の中へと足を向ける。

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