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小噺集

密談

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 実のところ、キース・トゥーリのアルフレート・ド・ディシスに対する印象は最悪である。

 幼いカイルに目をつけて騎士団に連れて行ったまでは、まあ変態野郎ではあるにせよ、よしとしよう。
 おかげであいつは栄養状態も良くなったし衣食住にも困らなかった。
 剣技や竜への騎乗の仕方、一般的な教養も身につけることができた。
 キースが気に入らないのは、結局、アルフレートのサイドにカイルを引きずり込んだことだ。
 あいつが従士になって可愛い彼女を作って(キースは厨房のソフィアちゃんとカイルはかなりいい線を行くと舅目線で思っていた)真っ当な陽の当たる道にいたにも関わらず、結局は部下に手を出して掠め取ったクソ野郎だ。
 それでも。
 面白くない、と思いながらもキースは何も言わなかった。
 俺はカイルじゃない、カイルは俺じゃない。
 自分の人生を選ぶ権利は全ての人間に、ドブから生まれた俺たちにもある。

 だから、カイルが伴侶にあいつを選ぶんなら趣味が悪いけど仕方ないと思っていた。
 道端の蛙に愛を囁いたって仕方ねえかと認めただろう。
 カイルを産んだ女への処罰が決まったのを確認して、よいせ、とキースは立ち上がる。
 コンスタンツェの告白を脳裏で反芻し、その大半を切り捨てた。
 女がどんな思いでどんな声音で悔恨を語っていたかは、キースに価値をもたない。
 だが、最後にいい名前を吐いてくれた。

「ハインツ・ネル……」

 なるほど、そいつをぶちのめせばいいわけか。
 胸元にいつも持っている短剣を手のひらで弄んで、やたらと高級そうな木目の卓にぶっ刺す。

「あの気障な鴉みてえな陰気なクソ野郎か。へえ…」

 キースがちろり、としたで唇を湿らせた時、呆れたような声が背後からかけられた。
「物騒なことを考えるのは、止めてもらおうか。キース神官」
 背後を取られたことが不快でキースは舌打ちをしかけて、やめた。
 代わりに笑顔で首を傾げる。
「ええ?なんですかあ?僕、怖いことなんかなーんも考えてませんけどぉ」
 アルフレートは胡乱な目でキースを睥睨し、ため息をついて短剣を抜いた。
 わずかに卓の傷を見つめて悔しそうにしたのでキースは溜飲を下げる。
「ハインツ・ネルへの私刑はよせ、と言っている。君なら……まあ、アレを殺すこともできるだろうが……」
 アルフレートが言い淀んだので、ケッとお行儀悪く吐き捨てて足を組む。
「貴族だから殺すなって?」
 キースの嫌味にアルフレートは首を振った。
「カイルは、コンスタンツェにさえ、公正であることを望んだ。あいつの選択を尊重したい。ハインツを私刑にして、彼を曇らせたくない」
 キースは、む、と口をつぐむ。
「カイルが日向にいられなくなるような事を、君にさせたくはない」
「俺が何しようがあいつに関係ないでしょーが」
 アルフレートが心底嫌そうに舌打ちした。
「……君のことを、カイルが関係ない、と割り切れるとでも?
「……」
「君が道を外れれば、あいつは一生悔やむ。死ぬまでずっと君の罪と不幸に添い遂げるだろう。だから、やめろ、と言っている。認めたくないが、君はカイルを構成する一部だ。真底認めたくないが」
 眉間に皺がよっている。
「だからもう一度言うぞ。奴を正当に追い詰める算段は進んでいる。君もそれに手を貸せ」
 ……しばし、沈黙が落ちる。
 青い目で見つめられて、キースは全くもって不本意なことに自分から視線を逸らした。
 アルフレートは、ハインツ・ネルへの今後の対応をキースに話し、キースは舌打ちを100回くらいしたい気持ちで……仕方なく、アルフレートに説得されてやることにした。

 不貞腐れたキースを横目で見て、アルフレートはついで、窓から曇天を眺めた。
「調印式までは、おとなしくしてくれればいいが……」

 ハインツも。キースも。


 空は灰色。
 荒れ模様になりそうだと思いつつアルフレートはそっと息を吐いた。
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