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コミカライズ1巻発売記念

凍てつく視線/アルフレート視点

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新辺境伯アルフレート・ド・ディシスに関する噂は多い。
先代辺境伯の妾腹の息子で、父と兄の相次ぐ不幸で「幸運にも」辺境伯の地位を手に入れたこと。剣の腕前は以前所属していた飛龍騎士団でも群を抜いていたこと。
そして何より……

「辺境伯は今日も凛々しくていらっしゃるわ」
「あの燃えるような赤い髪……」
「氷のような冷たい瞳が素敵なのよ」

社交界に出たばかりの令嬢たちは、彼の美貌にまず目を向ける。彼が仮初の辺境伯で、その地位を数年後には姪に譲るのだ、ということは周知の事実だったが、それでも構わない彼の妻に、あるいは恋人か。叶わぬなら妾にでも、と望むものは多かった。
王都でも人気は凄まじかったが、北領では熱狂的だと言っていい。
夜会に赴けば令嬢たちの噂話はほとんど彼の話題一色になる。辺境伯領の有力者の娘は、今宵のエスコートをアルフレートに頼むつもりだった。父も兄も母も頼み込んですげなく断られて、彼が滅多にないことに優しげに微笑んで、姪のクリスティナを誘ってきたことで不満が爆発した。

「辺境伯の地位を姪に譲るなんて馬鹿げているわ!女の幸せは殿方に嫁いで家を取り仕切ることよ。アルフレート様だって、本当はあの生意気なクリスティナに家督を譲りたくなんかないはずよ!あの子、まったく可愛くないのよ、剣術の稽古なんかしちゃって馬鹿みたい!指がまめだらけで。たいして強くなれるわけでも……!」

クリスティナの悪口に夢中になっていた彼女は背後の気配に気づかない。友人たちに示されて振り向いて、そこに憧れの人が……アルフレートが見事な金髪の騎士、テオドールを伴って立っているのに気づいて青くなる。
テオドールは何か言いたげに眉を顰めたが、辺境伯は表情ひとつ変えなかった。
ただ、挨拶した彼女を、青い瞳はなんの感慨もなく捉え、儀礼的なそれを返して素通りする。

少女は震えた。

「……嘘だわ」
「え?」
「辺境伯様の瞳が氷みたいだなんて、嘘。……熱くも冷たくもない。何の温度もない」

ポロポロと涙こぼす少女を、友人たちがそっと慰める。




「クリスティナ様の悪口を言うような少女はともかくとして、もう少しご令嬢方に愛想を振りまいては?閣下」
テオドールは本日も誰も寄せ付けないアルフレートにため息をつく。
アルフレートは眉間に皺を寄せた。
「夜会に来る時間も惜しいんだ。……そもそも、結婚適齢期の令嬢と仲を深めてどうする?私は後数年でこの地位を退く。期待を持たせるだけ不誠実だな」
またそう言うことを……とテオドールが嘆いたが、アルフレートは無視した。
いつものように夜会の主催者に非礼にならない程度の挨拶をすると、壁際で度の強い酒を口に含む。

楽団が音楽を鳴らし始めて、アルフレートは反射的に眉を顰めた。
(……これ、なんて曲?綺麗な曲だなあ)
脳裏にあどけない声がする。
いつだったか、従士時代のカイルを騎士には教養も必要だと嘯いて歌劇に連れて行ってやったことがあるのを思い出した。
慣れないボックス席で、俺がこんな所にいたら叩き出されるよ、と何故か身を低くして隠れた少年は、若い女優が外国の言葉で歌い出すとひょっこり顔を出した。
(母親が、病気の子供のために歌う子守唄だ)
アルフレートが説明してやると、カイルは小さく、子供は助かるの?と聞いた。
二幕で、母は子供を殺して、自分を裏切った夫に突きつける。
けれどどうしてだかそれをカイルに言いたくなくてアルフレートは母親と子供はひどい父親を捨てて外国にわたり、幸せに暮らす、と嘘をついた。
カイルは心底安心したように笑った。
(よかったあ)
幕間に歌劇を後にして、カイルの好きな菓子を買ってやり遠回りをして騎士団に帰る。
案外、カイルは歌劇が好きだった。本も。
動物も好きだし、よく食べてよく寝て、健康そのもので。裏表がなく、アルフレートが名前を呼ぶと、どんな時でも一瞬、空気がふわりと解けるようにして笑った。
曲に任せて遠い日の思い出に浸って、未練だなと思う。
どんな事情があったにせよ、カイルは己を……、己と歩む未来を選んではくれなかった。
自分はことあるごとに彼を思うが、きっとカイルはそうではないだろう。
アルフレートのことなどとっくに思い出に変えて、幸せに生きているだろうと思う。
そうあるべきだ、と思う反面、彼が幸せでなければいいと願う。
己と同じく未練がましく……、思い出してくれないか、と。
曲が終わり会場が拍手に包まれる。

アルフレートはその拍手の音に紛れるようにして、思い出の中の彼の名を呼んだ。



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コミカライズカウントダウン2日前!
森永あぐり先生のイラストイメージです。
ぜひみてね。素晴らしいので…………!




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