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番外編(2巻発売記念)
小噺 兄の距離感がちょっとおかしい件について
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――これは、どういう状況だろうか。
カイルは春のさわやかな朝陽に起こされて、目をぱちくりと瞬いた。
昨日は珍しく一人で寝た。
ゆっくりと惰眠をむさぼってきもちよく眠っていた。
の……、だが。
困惑したまま、すやすやと気持ちよさげに眠っている、作り物めいた眼前の人物を見つめる。
ひょっとしてここは辺境伯領ではなくて、いつのまにか別のところに来ていただろうか、とぐるりと部屋を見渡す。確かに、己の部屋だ。
カイルは寝起きのまだぼんやりとした頭を軽く自分でこづきながら暫し考える。痛い。夢ではないらしい。
……と言うことは、目の前の彼は間違いなく本物なのだろう。
銀色の髪が長いまつ毛にかかって陽を弾いてきれいだ。
綺麗ではあるのだが。
起こしてもいいのだろうか、としばし悩んだが、このままというわけにもいくまい。
カイルは軽き咳払いして、すやすやと、実に、無防備に眠る男に声をかけた。
「ええと、キトラ兄さん?……朝、ですよ」
肩をそっと揺らしてみるが、起きる気配もない。
いつのまに入り込んだか謎だし、問いただしてみようかと思ったのだが、こうも平和な寝顔をみてしまうと、なんだか起こすのは可哀想だ。
「……もう少し、後で起こそうかな。疲れているのかもしれないし」
カイルは、キトラの肩に寝具をかけてやる。
……と、くつくつと目の前の男が笑い出した。
「!キトラ!起きて……、わっぷ!」
「ふふん、……お前は相変わらず隙だらけだな、弟」
いうが早いか、カイルも再びベッドに引き摺り込まれる。
「寝たふりしていたんですか」
半ば呆れていうと、キトラは怒るな、と笑ってカイルのおでこにコツン、と己のそれをぶつけた。
「最初は本当に寝ていたぞ?起きたのは……、もう少し後で起こそう、のあたりだな。お前が優しいことを言うので、つい、楽しくてな」
にこにこと微笑まれては仕方ない。
カイルはやれやれと肩の力を抜いた。
「今日の訪問には、特に意味はないぞ。ただお前の顔を見に来ただけだ」
よしよしと子供のように撫でられて笑ってしまう。
「嬉しいけど、今度からは先に連絡をください。そしたらちゃんと歓迎の準備をしておきます。ニニギと一緒に領内を案内しますから。俺、ずいぶん辺境伯領に詳しくなったんですよ」
カイルの言葉に、キトラはそうか、と満足げに頷いた。
「兄さんやイオエが里を案内してくれた御礼に。今度は俺の住むところを、好きになってくれたら嬉しいな」
「お前が住むところならば、どこでも私は好きになるとも」
「じゅう……」
「………………」
兄弟がベッド中で平和にいちゃつく部屋の前で、辺境伯たるアルフレートは、扉を蹴って割り込みたいのを、ちょっとだけ我慢していた。
「……きゅう……はち……。」
と呻くような低い声で数え始めたので、たぶん、あと数秒後には犬も食わない修羅場が繰り広げられるはずだ。
アルフレートの背後では、ユアンが呆れながら主人の背中を眺めていた。
十秒待てるようになっただけアルフ様も大人になったのかなあ、などと考えながら、ユアンは最近手放せなくなった胃薬を胸の前でそっと握り締めて苦笑したのだった。
カイルは春のさわやかな朝陽に起こされて、目をぱちくりと瞬いた。
昨日は珍しく一人で寝た。
ゆっくりと惰眠をむさぼってきもちよく眠っていた。
の……、だが。
困惑したまま、すやすやと気持ちよさげに眠っている、作り物めいた眼前の人物を見つめる。
ひょっとしてここは辺境伯領ではなくて、いつのまにか別のところに来ていただろうか、とぐるりと部屋を見渡す。確かに、己の部屋だ。
カイルは寝起きのまだぼんやりとした頭を軽く自分でこづきながら暫し考える。痛い。夢ではないらしい。
……と言うことは、目の前の彼は間違いなく本物なのだろう。
銀色の髪が長いまつ毛にかかって陽を弾いてきれいだ。
綺麗ではあるのだが。
起こしてもいいのだろうか、としばし悩んだが、このままというわけにもいくまい。
カイルは軽き咳払いして、すやすやと、実に、無防備に眠る男に声をかけた。
「ええと、キトラ兄さん?……朝、ですよ」
肩をそっと揺らしてみるが、起きる気配もない。
いつのまに入り込んだか謎だし、問いただしてみようかと思ったのだが、こうも平和な寝顔をみてしまうと、なんだか起こすのは可哀想だ。
「……もう少し、後で起こそうかな。疲れているのかもしれないし」
カイルは、キトラの肩に寝具をかけてやる。
……と、くつくつと目の前の男が笑い出した。
「!キトラ!起きて……、わっぷ!」
「ふふん、……お前は相変わらず隙だらけだな、弟」
いうが早いか、カイルも再びベッドに引き摺り込まれる。
「寝たふりしていたんですか」
半ば呆れていうと、キトラは怒るな、と笑ってカイルのおでこにコツン、と己のそれをぶつけた。
「最初は本当に寝ていたぞ?起きたのは……、もう少し後で起こそう、のあたりだな。お前が優しいことを言うので、つい、楽しくてな」
にこにこと微笑まれては仕方ない。
カイルはやれやれと肩の力を抜いた。
「今日の訪問には、特に意味はないぞ。ただお前の顔を見に来ただけだ」
よしよしと子供のように撫でられて笑ってしまう。
「嬉しいけど、今度からは先に連絡をください。そしたらちゃんと歓迎の準備をしておきます。ニニギと一緒に領内を案内しますから。俺、ずいぶん辺境伯領に詳しくなったんですよ」
カイルの言葉に、キトラはそうか、と満足げに頷いた。
「兄さんやイオエが里を案内してくれた御礼に。今度は俺の住むところを、好きになってくれたら嬉しいな」
「お前が住むところならば、どこでも私は好きになるとも」
「じゅう……」
「………………」
兄弟がベッド中で平和にいちゃつく部屋の前で、辺境伯たるアルフレートは、扉を蹴って割り込みたいのを、ちょっとだけ我慢していた。
「……きゅう……はち……。」
と呻くような低い声で数え始めたので、たぶん、あと数秒後には犬も食わない修羅場が繰り広げられるはずだ。
アルフレートの背後では、ユアンが呆れながら主人の背中を眺めていた。
十秒待てるようになっただけアルフ様も大人になったのかなあ、などと考えながら、ユアンは最近手放せなくなった胃薬を胸の前でそっと握り締めて苦笑したのだった。
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