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番外小話 (書籍部分より後の時系列です)

小話1 常備薬

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11月になりましたので番外編小話を投下します。
単発で数話予定です。
12月末からは少し長めの連載をしますので(3万文字くらいかな?)
のんびりお待ちください。


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辺境伯、アルフレート・ド・ディシスの机上には小さな玻璃の容器がある。
リンゴの形をした玻璃で、上下に分かれたずいぶんと可愛らしいものだ。
整然とした彼の机上には大変似つかわしくないものではあるのだが……。

王都で魔族との講和の調印……という大仕事を成し遂げてはや半年。
辺境伯は本日も山のような書類に目を通して眉間に皺を寄せていた。ため息をつくと、護衛に部下のユアンへの伝言を託し本人はほんの少し席を外した。

無人の部屋に、この機を逃さず、と使用人たちが入り、執務室の掃除をする。
ーー侍女たちが執務室への立ち入りを許されるのは辺境伯が不在の時だけだ。
そもそも使用人は貴人たちの前にはできる限り姿を現さないのが決まり。
さらにいうなら、辺境伯の執務室においては、机のそばに近寄ることは許されていない。

新入りの侍女は遠目に机上にある玻璃の容器をみつけて、ふと手を止めた。


「机の上の容器には何が入れてあるのかしら、ずいぶんとお可愛らしいのね」
「ああ、あれは」

――と少しばかり年かさの侍女は口元に手を当てて視線をさまよわせると、微笑んだ。

「閣下の……なのよ」
「え?」
「いいの、いいの。私たちが気にすることじゃないわ。さ、掃除をするわよ」
「ーーせっかく閣下のお部屋に入れたのに、お姿を見れなくて残念!お近くで拝見したかったわ」

若い侍女がこっそり言うと、先輩侍女は、ばかねえ、と肩を竦めた。
掃除を手早く終えると、後輩をすこし意地悪な視線で見た。

「視界にも入らないわよ、あなたじゃ無理」
「わかっていますよ、そんなこと。お顔をたまに拝見したいだけです!——仕事にすこし潤いがあってもいいじゃないですか!」
「口じゃなくて手を動かしなさいな。ここの掃除が終わったら次はテオドール様のご用事を……」

侍女たちが喋っているとコンコンとドアがノックされた。
二人は慌てて口を閉じ壁に背中をつけて頭を垂れると同時に一人の騎士が部屋に入る。

「トゥーリです。お呼びと聞きましたが、閣下――」

背の高い青年は扉をあけ、部屋の主の不在に気づくと続いて侍女たちを見た。
切れ長の目が涼やかな青年は、目を細めて謝罪の言葉を口にする。

「すまない、仕事を邪魔したか」
「まさか。カイル卿」

先輩の侍女は一歩進み出て顔をあげた。
隣の若い侍女は内心でずるい、と歯噛みする。
——許されるなら、カイル卿への問いには己が答えてみたかった。

「アルフ、レート様に呼ばれたんだけれど、まだお戻りになっていない?」
「はい、そろそろお戻りになるかと。カイル卿、中でお待ちになられますか?」
「いや……詰め所に戻ってまた来ようかな。ご不在の部屋に俺一人でいるのはまずいだろう」

若い侍女は「カイル卿なら、閣下はきっとお気になさらないです!」と言いたいのをぐっとこらえた。
生真面目な青年はどうしようかな、と一瞬考えこんだようだが、じゃあ、と踵を返す。


――と、カイルが足を止める。
そちらに視線をやって、若い侍女は今度こそきゃあ、と叫びたいのを表情筋を総動員して我慢する。
――部屋の主が、辺境伯が戻ってきたのだ。

「カイル、どうして出て行く?」

アルフレート・ド・ディシスは低い美声でわずかに不満を表し、侍女がそおっと二人を盗み見ると、カイル・トゥーリはわずかに呆れたような表情をしていた。

「アルフが」

つい、辺境伯を愛称で呼んでしまったカイルは、ケホ、と空咳をしてごまかした。
侍女たちを気にしてちらりと視線をよこしたので慌てて視線を逸らす。カイルは少しだけ声を潜めた。

「——呼び出したくせに、閣下がいらっしゃらなかったからでしょうが。どのようなご用件です」
「……用事がないと、お前を呼んではいけないのか?」
「……あったりまえでしょうがっ!……仕事中だろ」

しれっと答えた辺境伯に、カイルがこめかみを押さえる。
(俯いてはいるが)目の前でくり広げられるやりとりに若い侍女が耳をそばだてていると、先輩侍女は一礼して、では、私共はこれで失礼いたします、と若い侍女を肘でドスとつついてから連れ出した。

「ご苦労」
「はい、閣下」

廊下に連れ出され若い侍女は、ほぅ……とため息をつく。
心ここにあらずな様子にコラ、と先輩侍女が眉間に皺をよせた。

「まったく、仕事を不埒な気持ちを持ち込むなら貴方は別の場所の配置にするわよ?」
「申し訳ありません!もう二度と顔を緩めたりいたしませんから、後生ですから、ここにおいてください!」
「しっかりしてちょうだいよ」

視界に入った麗しい辺境伯の横顔と、カイル卿との仲睦まじい様子を思い出して若い侍女はこくこくと頷く。
先輩侍女はやれやれと肩を竦めて主と……その「お気に入りの騎士」の仲睦まじい様子を思い出して、自身もちょっとだけ頬を緩めた。

――後輩には言えないが、確かに心和む光景だった。
いつも峻厳な辺境伯がほんの少し態度をゆるめたのを思い出してくすりと笑う。

机の上に置かれた玻璃の容器を思い出して、空想する。
アレの中に入っているのは何なのか、彼女は知っている。

あれは………



◆◆◆◆

「これ、初めて食べる味だな」
「美味いか?」

侍女たちが去った部屋で、カイルはソファに腰かけながらアルフレートの指からひとつぶ砂糖菓子を食べさせられていた。
――執務室では、よくある光景である。
カイルは菓子位は自分で食べるよと言うのだが「私の楽しみを奪うのか」とアルフレートが臍をまげるので、最近はもう悟りの境地である。

「舌の上で溶ける……美味しいな」
「それはよかった。また買っておいてやる」

アルフレートは美しい玻璃の容器を机の上に戻すと、カイルの頭を撫でた。
甘いものをもらって喜んだら、頭を撫でられる……俺は一体何歳だと思われているんだ?とカイルは苦笑したが、アルフレートがにこにこと嬉しそうなので仕方ないか、と諦めた。
指がさらに頬に添えられて、なんだか妙な雰囲気になりそうなのを馬鹿、と軽く小突いて制止する。

「閣下、ここは執務室ですよ。……何考えてんだか、ばか!」
「――休憩時間くらいは私の息抜きに付き合え。菓子くらい食べる時間はあるだろう」
「……いいけど、ちょっとだけ、な」

カイルは机の上の書類の山に気づいて苦笑した。
今日はもう、カイルは午後から非番だから屋敷に帰るだけだ。
上司であるユアンからの伝言を伝えると、アルフレートはわかった、と頷いて再びカイルの髪に触れた。
なにやらいつもに増して、お疲れらしい。

「……ほどほどに仕事をして、あまり根をつめないでくださいよ、閣下」
「そうだな。家に帰ったら、甘やかせ」

アルフレートはあくまで偉そうにいうと、玻璃の容器から砂糖菓子をもうひとつまみする。
それを、カイルの口にほおりこみ。
――数秒後、間接的に、自分の舌でもそれを味わった。




――辺境伯の机の上には玻璃の容器がある。
  その中には彼の常備薬が、入っている、ということを。
  使用人の一部だけが知っていて、彼らは「薬」が減っているのに気付くと。
  ほんの少し、頬を緩めるのだった。
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