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別離編

楽園を去る 1

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王の親族で、かつ北方を守護するイルヴァ辺境伯はその日、何ごともなく起きたのだという。職責をこなし、食事をとり、いつものように多少、強い酒を飲み……。
就寝時に大きないびきをかいて……。

そのまま目覚めなかった。

葬儀を執り行うために長兄と次兄が、急ぎ駆けつけた際に悲劇が起きた。
馬車が暴走して横転し、二人とも帰らぬ人になったと……。

「そん、なことあり得るのか?アルフ、レート副団長は……」

父君だけでなく兄君たちも一度に亡くすなんてとカイルはやりきれなくかぶりを振った。
家族のないカイルでさえ、その辛さは想像するだけで、酷く辛い……。
カノはあたりをうかがって、声を潜めた。

「それはもう意気消沈なさっているようだけど、同時に疑われてもいる」
「疑い?」
「庶子とはいえ、副団長が次期辺境伯になるのは既定路線だ。兄君にはご令嬢しかいないようだし…、父上はともかく馬車の事故で兄君二人が一度に亡くなるなんて……」
「まさか!」

アルフレートが何か工作をした、と。そう疑う声があるらしい。

長兄の後継はまだ十になったばかり小さな少女だけ。彼女が継ぐにしろ、今はアルフレートが辺境伯を継ぐことになり、三男坊で気楽な身の上だったはずの彼の立場は一変する。
騎士団を辞して栄えある地位に昇る事を彼以外の、彼に親しい面々は喜ぶだろう。
騎士と辺境伯では重みが違う。

「副団長は一度は戻ってこられるだろうけれど……、それが最後の勤務になるかもなあ」

ぼやいたカノの言葉に、そうだなとカイルは応じた。
――アルフレートが兄君たちを陥れたりなど、するわけがない。だが、父上をなくして、疑いまでかけられるのはどれだけ悲しいだろうか、と思う…。

「おまえは?」
「え?」

カノがカイルに聞いた。副団長が辺境に帰られたら、と――これは確定事項だった。
アルフレートが、団を去ったら。
……カイルは微笑んだ。

「さあ?俺は、今のまま、何もできないと思うよ」

無力感に苛まれたまま、カイルは夢も見ずにその日は眠りについた。
数日後にアルフレートの一族の家宰だという初老の男性が団を訪れて団長と色々と話し込んでいるのをみて、カイルはそっと息を吐いた。
呆然と数日を過ごしていたが、いよいよ、という事なのだろう……。

カイルがもどかしい思いで廊下を歩いていると、ああ、君……と初老の男性に話しかけられた。

「……なんでしょう?」

カイルは不審に思いながらも彼に誘われるまま空いた会議室に入った。
彼はソファに座ると立ったままのカイルを見上げ、席を勧めることもせず……、笑顔で尋ねた。

「貴方がカイル・トゥーリですか?ところで、貴方はいくら金が欲しい?」
「…………は?」

あまりににこやかに言われて、カイルは反応が遅れた。
初老の紳士は侮蔑の視線をカイルにぶつけた。同時に哀れみの視線で見られて、カイルは紳士の言いたいことがわかって一瞬カッとなったが拳を握りしめて耐えた。
こんなふうに見られるのは、よくある、ことだ。

「主は貴方を領地に誘うかもしれませんが、それは誰も望んでいないことだ、という位はわかるでしょう?」
「……わかります」

辺境伯の家宰だという初老の紳士に言われてカイルはそれには、同意した。

「物分かりがよろしくて大変結構。しかし、私だとて、貴方が身を引いてくれるなら出来る限りのことはしましょう……いくら必要ですか?言い値を払いましょう」

初老の紳士はカイルを汚いものを見るように一瞥したが、口調は丁寧だった。
カイルは唇を噛む。
怒りをやり過ごして、座った彼を見下ろし首を振った。

「私をどうするかは、副団長が決められるでしょう。貴方に決められる筋合いはないし、どうなっても金などいらないっ!失礼する」

踵を返したカイルに、紳士は呆れたように声をかけた。

「潔いことだ。しかし、貴方はすぐに私に会いたくなると思いますよ。こうべを垂れて私に希うでしょうね。連絡先はこちらです」

予言のように言われて紙を渡されて突っ返そうと思っているうちに紳士はさっさと帰ってしまう。
カイルは捨てようと思った紙をとりあえず胸元にしまった。

――他人の目に触れないところで捨てようとため息をつく。
もやもやとした思いを抱きながら、今日は、キースと会う日だったと思い当たる。
どうしようかと迷ううちに、足は自然と大聖堂に向いて……階段に、いつものように腰掛けた。……何を報告するべきかな、と思って項垂れていると、足音が近づいて、影がカイルの視界を暗くする。
見上げた先にいた人物に、カイルは声を失った。

「ずいぶん、冴えない表情じゃないか」
「アルフレート!どうして」

旅装を解かないままのアルフレートがそこにはいて、微笑みながらカイルの隣に座った。

「カイルは知らないかもしれないが、私は嫉妬深い性格でな」
「……知ってるよ、ばか」

カイルが力なく苦笑するとアルフレートがバレていたか?と肩を竦めた。

「お前とキース神官が会う日は把握しているんだ。急用があって神殿に行ったんだが……、ちょうど彼に会ってな。今日はお前との時間を譲ってもらった」
「……うん」

アルフレートは微笑んでカイルの目を真っ直ぐに見た。
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