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出会い編

吹雪の中 2

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「探しに行きます」

 即座にそう主張したのはテオドールだった。
 相棒のドラゴンの元へ行き、騎乗して外へ出ようとすると、ドラゴンは嫌がった。

『寒いのは嫌!こんな雪の中どこに行こうとするの!』
「乗せてくれないのか?」

 テオドールのドラゴンは気性の優しい雌だが、彼が騎乗しようとするのをひどく嫌がった。
 人間の言葉をドラゴンはわからず、逆もそうだ。ドラゴンたちは普通の人間の発する言葉は簡単な単語しかわからない。
 ドラゴンにしてみればこんな雪の日に外へ連れ出そうとするテオドールの正気を疑う、と言った具合だろう。

 カイルがテオドールのドラゴンに事情を話すと、まあ!?と彼女は赤い目をぱしゃぱしゃと瞬いた。

『副団長、大変ね。でも、それでも、無理よ雪の中は飛べないもの』
『こんな雪の中に飛ぶのはヒロイくらいだ』

 他のドラゴンも同意する。
 気性の荒いヒロイなら確かに雪の中でも飛ぶだろう。だがそのヒロイはアルフレートと共に、外に行ったのだ。

『死んじゃうよ!雪の中を飛ぶなんて無理!』
『目がよく見えないもん!』

 カイルはザワつくドラゴンたちに呼びかけた。

「なあ!お願いだ。俺と一緒に飛んでくれ」
「カイル!?」
「テオドール、この悪天候なら俺の方が向いています。俺ならドラゴンと会話しつつ飛べますし」
「ばかな。皆で手分けして行く方がいいでしょう」

 同僚が準備していた装備を「借りるぜ」と奪い取って、カイルは笑った。
 八角形の、七色に光る小さな鏡も借りる。

 ――水鏡と呼ばれるそれは、不思議な材質でできた通信用の器具だ。
 遠く離れた場所にいる相手とも会話ができる物でアルフレートも持って出たはずだが、何故かつながらない。

 雪がひどいので、王太子が所有する敷地内にある、現在は無人の屋敷に向かってから少し休む、とアルフレートから水鏡で伝達があってそれが最後の通信だ。
 それから何度試してもアルフレートと連絡ができないらしい。
 屋敷に向かいましょう、とテオドールは言うが他の団員が危険ですと止めている。
 カイルも同調した。

「俺が行きます。テオドールがいないと皆落ち着かないですし。ここに残ってください。入れ違いで副団長が戻ってきたら俺に水鏡で教えてください。すぐに引き返してきます」
「危険だ。残りなさい」

 カイルは声を潜めた。
 テオドールにしか聞こえない声で、しかし、まっすぐにテオドールを仰ぐ。

「俺に何かあっても困る身内はいません。この旅への随行者は良家の子弟が多い。徒に危険に晒すべきじゃないと思います……」

 もし遭難して凍死したとしたらキースくらいは困るかな、と思ったが……それは考えないことにする。
 テオドールにとっても悪くない提案だと思ったが生真面目な班長の目に険がはしる。

「それは、私への侮辱ですか?カイルーー。君を他の班員と区別したことなどないし、君に何かあったら私が困る!」

 きっぱりと少し怒った口調で言われて、カイルは言葉の選択間違えたなと頬をかいた。

「いや、俺の方が、テオドールよりドラゴンの操縦ってうまいし」

 明るい口調で憎まれ口を叩くとテオドールが眉間にシワを寄せた。

「カイル、冗談を言う場面ではーー」
「少しも冗談じゃない」
「カイル?」
「冷静に判断して、俺が一番適任ですよ。アルフレートの手鏡が壊れたままでも俺ならヒロイの気配を探せる。操縦だって俺が一番うまいし。あの人のことだから大丈夫だとは思うけど、このままアルフレートに何かあったら、俺は死ぬより後悔するし」

カイルは笑って繰り返した。

「うん。死んだ方がマシだって思う、きっと」

 テオドールはまったく……と呆れたようにかぶりを振った。

「……危険ですよ」

 カイルは口の端をあげた。

「班長が俺を区別してないなんて、嘘ですよ」
「なっ」

 声を上げたテオドールにカイルは肩を竦めた。

「テオドールやアルフレートが、俺に同情して特別に目をかけてくれていることに気づかないほど、俺も鈍くないですよ。2人とも辛党なのに、いつもお菓子くれるし……」
「お菓子って」
「今のは、冗談です。――そのほかにも、俺は頼ってばっかりだ。たまには、役に立たせてください。班長や副団長の役に立つのだと証明する機会をいただけませんか。もしも、――何もせずにアルフレートに何かあったら、死んだ方がマシだ」

 テオドールは真剣な表情のカイルを見つめ、ややあって、溜息をついた。
 仕方ない、ということだろう。

「命の危険を感じたら戻ってくるように。1時間に一度は報告をいれなさい。2時間連絡がなければ私も追いかけます、いいですね?」
「承知しました」

 テオドールが装備品の点検をはじめ、カイルはドラゴンたちを見渡した。

「なあ、誰か俺と一緒に飛んでくれないか?たぶん、雪の中を半刻も飛べばアルフレートのいる屋敷につくと思うんだ」

 ドラゴン達は一様にキュイキュイ鳴き、あるものは後退り、あるものは申し訳なさそうに目を逸らした。
 人間よりもドラゴンの方が生存本能が強い分ずっと臆病なのだ。
 ――頼み込むためにカイルが言葉を重ねようとしたときーー雌のドラゴンが首を巡らした。おずおず前に出る。

『私は飛べるわ。坊やが嫌じゃなければ』
『ニニギーー』

 ニニギは、一年ほど前カイルを暴行したハインツのドラゴンだった。
 彼は異動するときに相棒とまで呼んだニニギをいとも簡単に捨てたので、テオドールの班が引き取っている。
 ニニギは主人の心変わりに落ち込んで、さらには、どうやら自分のせいでカイルが「酷いこと」をされたようだと思い込んで、カイルをみるとしょんぼりと肩を落としてしまうようになった。

『私と飛ぶのはーー、嫌かしら』
「嫌じゃない、少しも!ニニギ、恩に着る」

 ブン、とニニギの尻尾が嬉しさを隠せないように動き、ついで、ぱしゃぱしゃと目蓋が上下する。
 何かに怯えるように後ろに倒れていたニニギの耳がぴょん!と元気よく三角に立ち上がった。

『本当に?カイルは私を怒ってなあい?』
「全然だよ、ニニギ。本当にありがとうーー」


 カイルは同僚から荷物を受け取り風除けのゴーグルを目に当てる。
 気を付けろよと言われて無言で頷き、あとは振り返りもせず、雪の真上一面の白い冬空へと駆け上がった。
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