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出会い編

吹雪の中 1

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 南の地方には珍しい雪は、その翌日も降り続き、滅多にない――吹雪になった。
 警備の騎士たちもみな建物の中に退避して、一日暖を取ることになった。

「南は雪が降らないときいていたんですが……」
「十年に一度は冬が厳しいことがあるようですよ、当たり年でしたね」

 テオドールがため息をついて外を眺めた。
 昨日までは美しい銀世界だと誰もが天候を甘く見ていたのだが、いまは窓の外は一面の白。吹雪だ。
 飛竜も厩舎ではなく離れの剣技場に集められている。テオドールも珍しくラフな格好で部下たちを見渡した。

「今日は一日、皆体をやすめるように」

 団員達が「はい」と声をそろえた時――

「テオドール様」
「どうなさいました?」

 ダンテ夫人付の侍女が慌てた様子で部屋に入ってきた。耳打ちされたテオドールが険しい顔で部屋の外へ歩いていく。
 つい気になってカイルはテオドールの後を追った。

「王女殿下はここにはいらしていませんが……」
「どこを探してもいらっしゃらないのです!ああ、どうしよう!外に出られたのではないかと」
「まさか!こんな雪なのに」
「ダンテ夫人のドラゴンがいないのです。外に逃げてしまって……王女殿下も懐いておいでで、ひょっとして背中に乗って飛んでしまったのではないかと」
「……まさか」

 王女は王太子の部屋で、二人で昼寝をしていたのだという。
 王太子がうたたねをして、目覚めた時に王女の姿だけがなく……。ダンテ夫人は半狂乱で娘を探している、アルフレートが雪の中ドラゴンを追って飛竜のヒロイと外に出たと言う。

「こんな、吹雪の中を?」
「……ダンテ夫人のドラゴンはヒロイと相性がよいのです。このひと月ずっと一緒にいました。ヒロイならば探せるだろうと……」

 会話を聞きながらカイルは愕然とした。
 窓の外をみれば先ほどより風が強くなっている——。カイルは弾かれたように廊下の向こうを見た。魔族の気配が——半魔族のダンテ夫人の気配がする。

「テオドール!王女を知りませんか!」
「夫人!」

 転ぶようにかけてきたのは小柄な美女だった。
 いつもは綺麗に結えている銀髪が乱れている。テオドールのところにはいない、というと彼女はわっと泣き崩れた。――もしも王女がこの屋敷の中におらず、外に出たのなら生存は絶望的だからだろう——カイルは彼女を同情をもって見つめた。
 もしも王女がいなければ、アルフレートの失態だ、と背後で誰かが囁く声がする。
 溺愛する娘になにかあれば責任者のアルフレートが責任を取らされるだろう。

「―――?」

 カイルは揺れた気配に、後ろを振り返った。
 なにか、ひっかかる。夫人と同じような気配が——だが、小さい——……辿ろうとするのに気配は、消える。
 いいや、目の前のダンテ夫人と似通いすぎて見失うのだ——。

「あ、の!」

 泣き伏して侍女に支えられたダンテ夫人と、侍女。
 テオドールに——遅れてやってきた顔面蒼白の王太子が、カイルを見る。
 失敗すれば、カイルは、罰を免れまい。
 だが、やらないよりはマシだと腹を括って、夫人の前に跪いた。

「差し出がましいことを申します。ダンテ夫人――」
「……どうしたのです?」
「僭越ながら、私に王女殿下を探させていただけませんか?」
「おさがり。お前に何かを探す才があるとは、聞いていませんよ」

 夫人の侍女がカイルを睨め付ける。

「まさか!――ただ、私は……怖れながら、同胞の気配がわかります。ダンテ夫人と同じ気配が、屋敷の中に、いたします——」
「王女の?」
「お手に触れても構いませんか?気配を辿りたいのです」

 王太子が怪訝な顔をしたが、夫人は食い気味にカイルの手をつかむ。

「構いません!いくらでも!!わかるというなら教えて頂戴!はやく!!」

 カイルは頷いて。
 白い手を、取った——。





「――ねこをみつけたから、かえりたくなかったのです」

 かくて。
 王女は——逃げたと思われた雌のドラゴンと共にいた。
 その手の中には小さな子猫をだいて。――父親の眠る横をそっとすり抜けた小さな王女は、建物の裏で鳴く小さな子猫を見つけた。
 ドラゴンに見せてやろうと思い立って厩舎に行き、厩番が雪の対応に苦慮している間にドラゴンを連れて、物置小屋の屋根裏にいた、というわけだ——

『ごめんなさい』

 ダンテ夫人のドラゴン——、ユキ——は耳を後ろにへたりとひっつけて謝った。

『私の小さい子が、帰りたくないというから——一緒にいたの。私が一緒なら安全だと思って——ごめんなさい』

 ぴゅいぴゅいとドラゴンは泣き、王女もめそめそとべそをかいた。

「ユキはわるく、ありません。わたしがいわないでといったのです!」

 カイルはおや、と思った。
 この王女は——
 先ほどまでの狼狽ぶりが嘘のようにダンテ夫人は静かに娘を見て、それから頬を引っ叩いた。
 軽い王女は壁までふっとび、周囲の大人が声にならない悲鳴をあげた。

「当たり前です!――今日は一晩、寝ずに反省なさい!皆に——迷惑をかけて——!」
『ごめんなさい、奥様。私の小さい子は悪くないの、怒らないで』

 ユキがぴゅいぴゅいと鳴きながら王女を庇い、王女はもうしわけありませんでした。としゃくり上げた。

「ごめんね、ユキ。わたくしがわるいのです。あなたはわるくないのよ——」

 ――やはり、とカイルは王女を見た。
 王太子が王女を叱り、反省するように、と諭す。ダンテ夫人には私の不注意だすまないと謝り——テオドールとカイルにも謝罪した。

「私がうたたねなどせねばよかったのだ。すまない」
「そんな。王女殿下のお姿を見失った我らの失態です」

 テオドールが首を振る。
 カイルは——迷った挙句に、あの、と王太子を見た。

「どうしたね?ああ、カイル。君のおかげで、娘を見つけることができた。礼を言う。欲しいものがあればなんなりといいなさい」
「ありがとうございます、それは、大変ありがたいですが、そのことではなく」

 カイルは王女を見た。それから、声を潜める。

「――頭がおかしいと思われるかもしれませんが、私にはドラゴンの言葉がわかるのですが」

 王太子が、ああ、とうなずく。
 彼はアルフレートと親しいから聞いていたのかもしれない。

「聞いたことがあるが、それがどうしたのだ?」
「その、おそれながら。王女殿下も——、ドラゴンのユキと会話をしておいでのように、思いました——。私の勘違いならよいのですが」
「王女が?」

 王太子は目をむいた。
 ダンテ夫人には外見以外は全く魔族の力はないと聞いたから、隔世遺伝なのかもしれない。

「竜の言葉がわかる者は——竜に過剰に気に入られます。だから、その、王女殿下のことも、ユキの事も——」

 ユキは小さな王女が可愛くて仕方ないのだ。
 だから探す皆に悪いと知りつつも、側にいた。
 あまり怒らないでとカイルがいうのは不遜だろうな、と思って言葉を探すが相応しい言葉が見つからない。
 王太子はわかった、と苦笑した——

「真偽は分からないが気をつけておこう。よく知らせてくれた。礼を言う」
「はい」

 ほっと胸を撫で下ろしていると、慌ただしく、カイルの同僚が走ってきた。

「カノ——どうしました。」
「テオドール班長!大変です!!」
「殿下の御前だ。落ち着きなさい」


「アルフレート様が!副団長が!」

すぐに戻ってくるはずだったアルフレートが。
通信器具の、水鏡でも連絡が取れずにいるのだという。

カイルは弾かれたように窓の外を見た。

この絶望的な吹雪の中。
アルフレートが、屋敷にいないのだという…
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