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出会い編
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半月がたった。
王太子に付き従うと言っても、騎士団の面々の仕事は主に警備だ。
今回はアルフレートの隊の半分が王太子の護衛で従っているが、王太子や側室のダンテ夫人のそばに侍るのはせいぜい幹部たちだけ、下っ端のカイルや班員たちは交代で警備に当たっていた。
とはいえここは王族の別荘地だから、元々の私兵も周囲を守っているし治安もいい。
「ま。お飾りだな。残り二ヶ月と少し羽を伸ばすさ」
同僚が背伸びをするのでカイルもそれはそうか、と頷いた。テオドールやアルフレートとはここに到着して半月、ろく会えてもいない。
――これが、最後の任務かも知れないのになと思うと寂しいが、どうしようも無い。
と同時に、出立の日のあの行為が忘れられずに思い出してはもやもやとする。
アルフレートにとっては、ただのからかいの延長線上だろうか。
そして、自分はなんと浅ましい事を望んでいたのかと、自分の気持ちに気づいて愕然とする。
「アルフレート様の婚約者どうだった?」
同僚に聞かれ、カイルは顔を上げた。
「え?」
「お前噂のご令嬢を見たんだろう?」
みたと言うか。
カイルは思い出して、つい俯いてしまう。
罪深い、カイルのために祈ると彼女は言った…。
「綺麗で、華奢な人だったな」
結婚したらアルフレートはいなくなるかもしれない、というのは隊の中でも噂になっていた。
同僚は少し意地の悪い表情でカイルを見た。
「アルフレート様もテオドール班長もいなくなったら、お前泣くんじゃねーの?」
「泣くだろうな」
「なんだよ、素直で気持ち悪いな。ついていきゃいいだろ」
カイルは苦笑した。誰の目から見てもカイルはアルフレートに贔屓されているようにみえるだろう。だが――
「二人にはよくしていただいたけど。俺がついて行けるわけがない。そこまでのわがままは言えないさ」
「だけどお前、万が一ギュンターとかが上司になったらどうすんだよ。あの人、お前のこと変に嫌ってるよな」
「あー…」
例の一件があって以来、ギュンターはアルフレートとは必要以上に話さない。
カイルのことは以前にも増して空気のように扱う。
ハインツは飛龍騎士団に属してはいるものの、国境を警備する別隊へ移動になっている。
もし、ギュンターが上司になって、ハインツが戻ってきたら。
カイルは笑った。
笑うしかない、それは。
きっとその未来には地獄が待っている。
カイルは笑いながら同僚に答えた。
「他に行くところもないし、ギュンターに頭下げて勤めるけど。解雇されるかもな」
「ダンテ夫人に顔を覚えてもらえばいいんじゃないか?夫人も魔族の血筋だし、気に入ってもらえるかもな」
「それはどうだろう。夫人は元々――上流階級の方だ」
カイルは首を捻った。
身分の低い半魔族の娘といえど、元々彼女は富裕層の出身だ。裕福な准男爵の父親が一目惚れした魔族の女に生ませた私生児なのだという。
元々孤児なカイルとは事情が違う。
それに、美しい銀髪はまるで月の女神のようだし――。
魔族の中でも高位のものは美しい銀髪を持つという。
銀色の髪の魔族、は魔族を忌避する貴族社会にあってもどこか不可侵の美しさ、ということで特別視されているーーようにおもう。
カイルは自分の黒髪を摘んだ。
どこにでもある、凡庸な髪色だ。
「俺も銀髪ならよかったな。ダンテ夫人みたいに。そうしたら、今頃どこぞの貴族令嬢から見染められていたかもしれないぜ?」
戯けると同僚はケラケラと笑った。
「ばーか、言ってろよ!」
「はは!赤目だけじゃ凶々しいだけだし。そのうちギュンターに嫌われて――故郷に帰ることになるかもなあ」
「おまえ、親はいないんだっけ」
「孤児院育ちだよ。――みんなと違って背負うものがないから、楽は楽……かな」
飛龍騎士団にいるものは――もちろん、ドラゴンに乗れることが大前提だが(ドラゴンは気に入らない人間を絶対にその背中に乗せない)、それを差し引いても裕福な平民か、貴族の子弟が多い。
いくら異能があっても孤児のカイルがここにいるのは奇跡なのだ。
アルフレートやテオドールがいなくなれば、自然に周囲の視線も厳しくなるだろう。
自分の立場はそういうものだと、諦めに似た理解をしている。
飛龍騎士団にずっといるのは難しいのかもしれない、とカイルがぼやくと同僚は変なこと聞いてごめん、と反省しているのでーーカイルは苦笑した。
「気にするなよ。よくある話だ」
「万が一、市井に戻るなら相談しろよ。うちの親父役人だから、第三騎士団への転籍方法とか詳しいし」
第三騎士団は、言うなれば各街を守る警備隊だ。
それなら故郷の街にも駐屯していた。
「へえ、今度詳しく教えてくれ」
そんなことを話しながら二人で歩いていると、女の甲高い声が聞こえてきた。
「姫さま!おまちください、姫さまっ」
何事かと声のした方向を見ると小さなもふもふした塊が突進してくる。勢い良くぶつかられて、カイルはそのもふもふを抱えて、背後に転んだ。
障害物にぶつかって走りを止められた小さな影――毛皮に包まれた銀色の髪に青い瞳の素晴らしく美しい少女は自分を抱えたカイルをきょとん、と見下ろした。
「イチゴみたいなめ!ははうえとおなじ」
「あの――」
「王女!何をしておるのだ――」
侍女と共に現れた男性が心配げな声をあげる。
「ちちうえ、見てください。いちごのお目々です」
「人を指差すではない。無礼であろう」
思慮深げな濃紺の瞳をした男性が小さな王女をカイルの上から取り上げる。どうにも無様な格好をしてしまったカイルは慌てて同僚と共に跪いて頭を垂れた。
「よい、楽に」
「はい」
と言われても立つわけにはいかないだろう。同僚と顔を見合わせていると立ちなさい、と重ねて言い渡され二人とも所在なく立ち上がる。
「確か、君は人事院のカノ卿の子息かな?」
「はいっ!」
業務に励むように。と声をかけられた同僚が嬉しそうに返事をする。
父親は役人と言っていたが、高位の官職なのかもしれない。その息子の顔まで覚えている王太子に密かに感嘆していると――視線が合いそうになり、カイルは高位貴族を前にした時の癖で慌てて、目を伏せた。
赤い瞳は魔族の血筋の証だ。忌避されるから――
王太子は苦笑して、穏やかに言った。
「……顔を上げなさい」
「はい」
「カイル・トゥーリ。娘がぶつかってすまなかったな」
「とんでも、ない事です」
――自分の名前まで、王太子が覚えているとは思わなかった。王太子は笑うと娘を抱きしめて微笑んだ。
「君の瞳が我妻と同じだから、喜んでいるんだ」
「うさぎさんのおめめよ!」
「苺ではなかったのかい?娘よ。美しい目だ、大事にしなさい」
「――は、い」
父娘は再び屋敷へと向かい、カイルは呆気にとられて王太子を見送った。
美しい目だ。
――そんな風に言ってもらえるとは夢にも思わなかったので、じんわりと暖かいものが胸に広がる。
「俺たちの名前まで覚えていてくださるなんて!」
感激する同僚に、カイルも同意した。
美しい目だ、などと言われるのは――
脳裏にアルフレートの顔が浮かぶ。
『美しいな』
初めてあったときに、彼はそう言ってキース以外の皆が嫌う赤い瞳を褒めてくれ、その上キスをしてくれた。
――あの日から、ずっと。
子供のようにあの口づけを欲しがっている。
もうすぐ二度と手が届かなくなくなるけれど。
王太子に付き従うと言っても、騎士団の面々の仕事は主に警備だ。
今回はアルフレートの隊の半分が王太子の護衛で従っているが、王太子や側室のダンテ夫人のそばに侍るのはせいぜい幹部たちだけ、下っ端のカイルや班員たちは交代で警備に当たっていた。
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同僚が背伸びをするのでカイルもそれはそうか、と頷いた。テオドールやアルフレートとはここに到着して半月、ろく会えてもいない。
――これが、最後の任務かも知れないのになと思うと寂しいが、どうしようも無い。
と同時に、出立の日のあの行為が忘れられずに思い出してはもやもやとする。
アルフレートにとっては、ただのからかいの延長線上だろうか。
そして、自分はなんと浅ましい事を望んでいたのかと、自分の気持ちに気づいて愕然とする。
「アルフレート様の婚約者どうだった?」
同僚に聞かれ、カイルは顔を上げた。
「え?」
「お前噂のご令嬢を見たんだろう?」
みたと言うか。
カイルは思い出して、つい俯いてしまう。
罪深い、カイルのために祈ると彼女は言った…。
「綺麗で、華奢な人だったな」
結婚したらアルフレートはいなくなるかもしれない、というのは隊の中でも噂になっていた。
同僚は少し意地の悪い表情でカイルを見た。
「アルフレート様もテオドール班長もいなくなったら、お前泣くんじゃねーの?」
「泣くだろうな」
「なんだよ、素直で気持ち悪いな。ついていきゃいいだろ」
カイルは苦笑した。誰の目から見てもカイルはアルフレートに贔屓されているようにみえるだろう。だが――
「二人にはよくしていただいたけど。俺がついて行けるわけがない。そこまでのわがままは言えないさ」
「だけどお前、万が一ギュンターとかが上司になったらどうすんだよ。あの人、お前のこと変に嫌ってるよな」
「あー…」
例の一件があって以来、ギュンターはアルフレートとは必要以上に話さない。
カイルのことは以前にも増して空気のように扱う。
ハインツは飛龍騎士団に属してはいるものの、国境を警備する別隊へ移動になっている。
もし、ギュンターが上司になって、ハインツが戻ってきたら。
カイルは笑った。
笑うしかない、それは。
きっとその未来には地獄が待っている。
カイルは笑いながら同僚に答えた。
「他に行くところもないし、ギュンターに頭下げて勤めるけど。解雇されるかもな」
「ダンテ夫人に顔を覚えてもらえばいいんじゃないか?夫人も魔族の血筋だし、気に入ってもらえるかもな」
「それはどうだろう。夫人は元々――上流階級の方だ」
カイルは首を捻った。
身分の低い半魔族の娘といえど、元々彼女は富裕層の出身だ。裕福な准男爵の父親が一目惚れした魔族の女に生ませた私生児なのだという。
元々孤児なカイルとは事情が違う。
それに、美しい銀髪はまるで月の女神のようだし――。
魔族の中でも高位のものは美しい銀髪を持つという。
銀色の髪の魔族、は魔族を忌避する貴族社会にあってもどこか不可侵の美しさ、ということで特別視されているーーようにおもう。
カイルは自分の黒髪を摘んだ。
どこにでもある、凡庸な髪色だ。
「俺も銀髪ならよかったな。ダンテ夫人みたいに。そうしたら、今頃どこぞの貴族令嬢から見染められていたかもしれないぜ?」
戯けると同僚はケラケラと笑った。
「ばーか、言ってろよ!」
「はは!赤目だけじゃ凶々しいだけだし。そのうちギュンターに嫌われて――故郷に帰ることになるかもなあ」
「おまえ、親はいないんだっけ」
「孤児院育ちだよ。――みんなと違って背負うものがないから、楽は楽……かな」
飛龍騎士団にいるものは――もちろん、ドラゴンに乗れることが大前提だが(ドラゴンは気に入らない人間を絶対にその背中に乗せない)、それを差し引いても裕福な平民か、貴族の子弟が多い。
いくら異能があっても孤児のカイルがここにいるのは奇跡なのだ。
アルフレートやテオドールがいなくなれば、自然に周囲の視線も厳しくなるだろう。
自分の立場はそういうものだと、諦めに似た理解をしている。
飛龍騎士団にずっといるのは難しいのかもしれない、とカイルがぼやくと同僚は変なこと聞いてごめん、と反省しているのでーーカイルは苦笑した。
「気にするなよ。よくある話だ」
「万が一、市井に戻るなら相談しろよ。うちの親父役人だから、第三騎士団への転籍方法とか詳しいし」
第三騎士団は、言うなれば各街を守る警備隊だ。
それなら故郷の街にも駐屯していた。
「へえ、今度詳しく教えてくれ」
そんなことを話しながら二人で歩いていると、女の甲高い声が聞こえてきた。
「姫さま!おまちください、姫さまっ」
何事かと声のした方向を見ると小さなもふもふした塊が突進してくる。勢い良くぶつかられて、カイルはそのもふもふを抱えて、背後に転んだ。
障害物にぶつかって走りを止められた小さな影――毛皮に包まれた銀色の髪に青い瞳の素晴らしく美しい少女は自分を抱えたカイルをきょとん、と見下ろした。
「イチゴみたいなめ!ははうえとおなじ」
「あの――」
「王女!何をしておるのだ――」
侍女と共に現れた男性が心配げな声をあげる。
「ちちうえ、見てください。いちごのお目々です」
「人を指差すではない。無礼であろう」
思慮深げな濃紺の瞳をした男性が小さな王女をカイルの上から取り上げる。どうにも無様な格好をしてしまったカイルは慌てて同僚と共に跪いて頭を垂れた。
「よい、楽に」
「はい」
と言われても立つわけにはいかないだろう。同僚と顔を見合わせていると立ちなさい、と重ねて言い渡され二人とも所在なく立ち上がる。
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「はいっ!」
業務に励むように。と声をかけられた同僚が嬉しそうに返事をする。
父親は役人と言っていたが、高位の官職なのかもしれない。その息子の顔まで覚えている王太子に密かに感嘆していると――視線が合いそうになり、カイルは高位貴族を前にした時の癖で慌てて、目を伏せた。
赤い瞳は魔族の血筋の証だ。忌避されるから――
王太子は苦笑して、穏やかに言った。
「……顔を上げなさい」
「はい」
「カイル・トゥーリ。娘がぶつかってすまなかったな」
「とんでも、ない事です」
――自分の名前まで、王太子が覚えているとは思わなかった。王太子は笑うと娘を抱きしめて微笑んだ。
「君の瞳が我妻と同じだから、喜んでいるんだ」
「うさぎさんのおめめよ!」
「苺ではなかったのかい?娘よ。美しい目だ、大事にしなさい」
「――は、い」
父娘は再び屋敷へと向かい、カイルは呆気にとられて王太子を見送った。
美しい目だ。
――そんな風に言ってもらえるとは夢にも思わなかったので、じんわりと暖かいものが胸に広がる。
「俺たちの名前まで覚えていてくださるなんて!」
感激する同僚に、カイルも同意した。
美しい目だ、などと言われるのは――
脳裏にアルフレートの顔が浮かぶ。
『美しいな』
初めてあったときに、彼はそう言ってキース以外の皆が嫌う赤い瞳を褒めてくれ、その上キスをしてくれた。
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