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出会い編

南へ 3

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「というわけで来月は来ねーぞ」
「いいじゃねーか、南国で越冬するとか、貴族みたいじゃん」

 市場で購入した林檎を渡すとキースが顔をほころばせてかじりついた。
 幼馴染の神官見習、キースとは月一度の報告会がいまだに続いている。
 報告することがない時はただ、単に他愛もない会話をかわすかぼんやり一緒にいるだけだ。

「妙に元気がないけど、何があった?」

 林檎をかじりながらサラリと指摘されカイルは苦く笑った。
 半年ばかり早く生まれたらしいキースは、カイルにとっては双子の兄のようなものだ。
 お互いに、お互い以外家族と呼べる人間はいない。

 少なくともカイルにとっては、そうだ。

 キースにまで強がっても仕方ないので、カイルは先日会った令嬢に言われた事と……、アルフレートの結婚のことを令嬢の名前は明かさずに、言った。

「前世の報いで、こんな目をしてるだなんて思ったことないけど……そう言われて哀れみもらうのはーー結構きついものがあるな」
「その女、頭足りないんじゃねえ?前世で悪人だった奴が魔族とか半魔族にうまれるなんて、あるわけねえだろ……悪人に比べて魔族の数が少なすぎるつうの」

 黙っていれば王子様。猫被りの天才に成長したキースの毒舌を聞けるのはいまではカイルくらいのものかもしれない。
 辛辣な言い草だがーーもっともな指摘に、そりゃそうだ、とカイルは笑った。
 けれど、きっと――自分の母親もそういう風に思ったんだろう、と、ちりりと心が痛む。キースは林檎をシャリ、と噛む。

「お前の飼い主が北に行くってんなら、一緒について行けばいい」
「飼い主じゃない、上司だろ!――そんな事言えるわけがない。そこまで厚かましくなれねーよ」
「言いたいくせに、うじうじ悩みやがって」
「……なっ!」
「役に立ちます、どうか連れて行ってくださいーって。頭下げてみりゃいいじゃないか。断られたら、その時はその時だろ」

 ぐうの音も出ないほどの正論なので、カイルは沈黙して自分も林檎を齧った。

「……まあ、そうだな」
「ふられたら泣きわめくお前見て笑ってやるよ」
「うるせえ」

 キースに一発お見舞いしてから、カイルは立ち上がった。そろそろ帰る時間だ。
 二人が並んで立つと背が高いので近くにいた参拝者がちょっとだけ二人を避けた。騎士服と神官服の若い二人が並ぶと、何事かと思うのだろう。
 孤児で栄養が悪かった割に、背は伸びたと思う。

「じゃあ、次は三か月後か?」
「ああ。キースも風邪をひかずに冬を越せよ」
「おお」

 定例の報告は月に一度。

 たまに相手が来れない時は1時間待ったら帰ると決めている。
 会話を交わすと言っても、一時間、長くても二時間もない。――二人に許される自由時間はわずかなのだ。
 二人が立ち上がると三人連れの娘たちがちょっと窺うようにこちらを盗み見た。
 それに気づいたキースは娘たちににこりと微笑んだ。たちまち頰を赤く染めた娘たちは、二人とすれ違いざまに礼をして、小さく悲鳴を上げて礼拝堂へ入っていく。

「ーーなんだ?あの三人連れ、よく見るな?」
「信仰熱心なんだよ。いいことだろ」

 キースは嘯きカイルはそうなのか?と曖昧に頷いた。

 じゃあな、とキースがカイルの頰に軽くキスをする。
 俺にもしろ、と笑顔で命令してくるので、カイルは釈然としない心地で幼馴染を抱きしめてじゃあ、またな、と頰にキスをした。


 ーー私!三ヶ月後も絶対観にくる!!


 と娘の一人がいうのを耳聡いキースだけは笑いを堪えて聞いていたーー。

 毎月決まった日に仲睦まじげに教会前で落ち合う騎士と神官見習。

 一人は魔族の血筋らしく赤い瞳の凛々しい騎士で一人はどこかの王子様のような容貌――。
 そしてたまに現れる赤毛の美形の騎士は、不機嫌な様子で黒髪の騎士の腕をつかんで王子の前から拐っていく。赤毛の騎士がわずかに不機嫌な顔で『王子様』をみると、王子様はにやにやと笑って二人を見送る。

 ――どんな関係なのだろう。

 実は、教会付近の娘たちの間では二人は有名な観察対象なのだが、カイルはそれには全く気付かず、キースはその状況を大いに楽しんでいた。


◆◆◆

「では風邪などひかぬように」
「はい、王妃さま」
「気を付ける事は何かわかりますか?王女」
「てあらいとうがいです。それに、うすぎをしてはいけません」
「よろしい。春に元気な顔をみせてちょうだい。それから背が伸びるようによく運動もなさいね」

 王太子と側室が子供二人を連れて南に赴く日、意外な事に王妃がごく私的な格好で見送りに来た。王太子と側室にもにこやかな対応をした異国出身の美貌の王太子妃は、小さな王女をだきあげると、別れを惜しんでキスをした。
 ――王太子妃は側室にも寛容で、生さぬ仲の王女に対しても愛情を注いでいると聞いてはいたが、これが演技なら逆に怖いと思うような柔らかな口調だった。
 王太子が王太子妃の産んだ息子と遊んでいる所に、王太子妃がこちらへ、と側室を誘って二人でどこかへ引っ込む。
 王太子妃は背も高く女性にしては筋肉質だ、出身国の慣習で己も馬を駆り自分で剣も扱うと言う女傑。ひるがえって側室は銀色の髪にイチゴのような赤い瞳をした半魔の平民出身だ。華奢で背も低い。

 対照的な二人だなと、カイルは貴人たちを盗み見た――そろそろ出発しようと言うときになって、王太子が妃たちはどこにいった?というのでカイルは気配を探した。
 魔族の血筋の人間の気配は、なんとなく――わかる。
 建物の中か、と王太子妃たちに出立を報せに足を運び……、低い声にぎょっと足を止めた。

 側室が、王太子妃に壁に押し付けられて呻いている。

 ――危害を加えられているのか?仲のよさそうなあれは演技だったのか?
 背中に冷や水を浴びせられたように感じて「やめてくれ」声を上げそうになった瞬間、背後から口をふさがれた。
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