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出会い編

飛竜騎士団 6

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「――あっ、痛!なにする」
「ふざけて噛んでいる」
「ばっ、ばか――やめ……ん」

 押し戻そうとする手を逆に握られて抑え込まれる。首筋に歯を立てられてそれどころか甘く噛まれて耳の裏にキスをされる。ぞくぞくと震えが走り妙な声がでそうになって慌てて自分の手で口を押さえる。

「感じやすいな」
「――やめ……!」

 アルフレートは笑い、わざとちゅ、と音を立てて耳の横にキスをして……、かっとカイルの顔に血が上る。

「耳はくすぐったいか?」
「ば――やめろ、嫌だってば!」

 全力で押し退けると憮然とした顔のアルフレートがこちらを見ている。

「嫌ならやめてやるが。言え。誰がつけた?」
「――……言いたく、ないです。副団長」
「今はアルフでいい。他には誰もいない」
「じゃあ、アルフ。言いたくない」
「……カイル、言っておくがお前のためだけに聞いているわけじゃないぞ。お前に不要な接触をしてくる輩はお前より立場の弱い者にも同じことをする。――その予防をしたい。別に処罰はしない、俺には団の風紀をただし、団員の安全を確保する必要がある。留意しておきたいだけだ。わかるな?」
「それは――」
「命令だ。言え」

 確かにカイルは彼らに抵抗出来るが、立場の弱い従士に同じような事が起きれば彼らは抵抗できないだろう。純粋に腕力でも叶わない。
 カイルは少しの間沈黙し観念して白状した。アルフレートは「心にとどめておく」と言って指を離す。

 カイルは、これは「寝室で告げ口」したに等しいな、と思って悔しさに唇を噛む。
 こんな小さな諍い一つ彼を頼らずには解決できない。俯いたカイルをアルフレートがじっと伺い、低い声で聞いた。

「どうした?」
「別に」
「そんなに俺に触られるのは嫌か?」

 は?とカイルは目を丸くした。どうしてそういう話になるのかわからない。
 この上司は時々、ずれている。驚いて見返すとアルフレートが拗ねたような表情を浮かべているので、カイルは違うと首を振った。さっきみたいな過剰なスキンシップはともかく、アルフレートに構われるのは情けないけれども……すごく、好きだ。

「違うのか、じゃあ不機嫌の理由はなんだ?」
「結局、一人じゃ何もできないなって情けないだけ……いつも、あんたを頼っている」

 アルフレートは呆れてカイルの額を指で弾いた。

「頼りになる上司でよかったろう。新米のお前に何が出来る。何のための仲間だ。頼るべきところは頼れ。俺でも、テオでもいい。いいな?」
「はい」

 しかし、とアルフレートは笑いを堪えるように咳払いをした。

「一人じゃ何も出来ない、ね。生意気なお子様がずいぶんと大きくなった」
「――もう十八だよ。十分大人だ」
「彼女も出来たしな?振られたらしいが」

 揶揄われてカイルは思わず半眼になった。
 ――年頃なのだ。浮ついた話の一つ二つあってもいいだろう。
 騎士は貧乏でも将来は安泰だし、何より職務がかっこいいとかそういう理由でそれなりに王宮の下働きの娘たちに人気がある。
 孤児で、しかもあきらかに魔族の血筋のカイルでも好きだ、出自は構わないと言ってくれた娘は過去何人かいて、当たり前の若者のように付き合って別れた。
 つい先日別れた娘は半年も付き合っていたのに、ちょっと連日会えないでいるうちに、他の団の騎士にあっさり心を移されてしまった。

「だって、カイル。私の事を本当に好きかわからないんだもの。――女の子なら、私じゃなくてもいいんじゃないの?」

 寂しげに言われては、幸せに、と言うしかなかった。
 女の子は好きだ。優しくて柔らかい。
 だけど好きだとかそう言うのは、一緒にいて心地いい、だけじゃだめなのかと苦悩してしまう。

「傷心を癒してもらいに、イリーナの留守に忍んでいくか?俺は構わんぞ。目を瞑っておいてやる」
「ばっ――!!出来るか!そんな事!」

 カイルは狼狽えた。
 銀色の髪をしたうつくしい声で歌うあの女性には昔から憧れてはいるが、そういう類の感情ではない。それに――

「自分の恋人にそんなこと冗談でもいうなよ、イリーナが聞いたら泣くぞ!それに――」
「それに?」
「イリーナ相手に、変なこと出来る気がしない。だってイリーナは……」

 なぜかアルフレートは御者の方をチラリと見た。

「何だって?イリーナには言わないから白状しろよ」

 カイルはそっぽを向いてボソボソと言った。
 実に子供っぽい言い草だなとは思うのだが――

「あの人教会にいる女神様にそっくりだから。――変なことしたら、女神様を見るたびに思い出して、一生教会に入れなくなる気がする」
「女神!?あいつがか?」
「そんな驚かなくても……いいだろ。イリーナは孤児院の女神像にすごく似ているんだ」
「――イリーナが聞いたら大笑いするな」

 心底呆れた顔をされて、カイルは赤くなったまま頷いた。
 呆れられても、そう思ってしまうのだから仕方がない。
 あの歌姫は故郷の孤児院に併設された教会に奉じられた女神像に生き写しなのだ。
 朝夕の祈りの時間に親しんだ女神像は、カイルの幼い頃の思慕の対象だった。その女神にイリーナはとてもよく、似ている。
 初めて見たときはあの女神像が抜け出して歌っているかと思ったくらいで……

「中身は女神とは程遠いがな」
「――そう言うこと、いうなっての!」

 そうこうしている間に馬車が騎士団に到着した。先に戻れと言われてカイルは頷く。

「テオドールに書類を渡してくれ」
「わかりました、副団長」




 カイルが去り、一人残されたアルフレートの馬車に御者が乗り込む。

「副団長、お忘れ物が」
「白々しい茶番はよせ。……よかったな?お前は女神様だそうだぞ――」

 帽子を目深にかぶっていた御者はそれを気取った様子で脱ぐと、肩を震わせ堪えきれないように大笑いした。銀色の髪がこぼれる。

「くっははは!ちょっと待って、今年一番笑ったよ!私が――女神!あんな面白い理由でフラれたの初めて!可愛すぎる!なんなのあの子!」

 男装の麗人は長い銀色の髪を手で整えながら艶っぽく笑った。アルフレートの腕にしなだれかかると耳元に囁く。

「だけど、可愛いからって、本当に甘やかしすぎなんじゃない?愛でてどうするの。お父様もお兄様も魔族はお嫌いでしょう?ずっと側には置けないわ」
「兄も父も関係ない。私は私の好きにやる」

 ふーん。とイリーナは面白くなさそうにあぐらを組んで、その上に頬杖をついた。いつもの淑女な姿からは想像できない行儀の悪さだがアルフレートは一瞥しただけだった。

「で?忘れ物とは」
「屋敷じゃ言えないことがあったのよ」

 耳打ちされて、ため息をつく。彼は厳しい目つきで分かった、と言った。

「ねえ、アルフレート。あなたの可愛いカイルの事、私、気に入っちゃった。誘惑してみてもいい?」

 足を組み直したイリーナの青い目が猫みたいに細められる。アルフレートは肩を竦めた。

「あいつが望むならそうしてやれ」
「あら意外。睨まれるかと思ったのに」
「俺に女役は無理だからな。お前と寝るのは別に構わない。傷心らしいから、ちょうどいいんじゃないか」
「他の虫に味見されるのは嫌だけど?」

 アルフレートは視線を外して、カイルが去った方角を見た。

「あいつは――俺が見つけた。見つけて、それからずっと側においている。だから他の誰かが汚すのは許さない。誰が欲しがっても絶対にやらない」
「じゃあ、さっさと食べちゃえばいいのに」
「……あいつが望めばな」
「臆病者」

 嘲笑ってイリーナはまた目深に帽子をかぶった。またねぐらに戻らないといけない。

「一つ教えてあげるわ、アルフレート。悠長に指をくわえてみていたら、大切なものは横から攫われてしまうのよ」

 アルフレートは振り向きもせずに覚えておく、と短く答えた。
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