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出会い編

飛竜騎士団 4

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 一か月後キースといつものように落ち合うと、ずいぶんと痣が少なくなっていたのでカイルはほっと安堵の息をついた。

「猫かぶりの成果か?」
「それもあるけど――おまえの飼い主のお友達のおかげもあるかな」
「ん?」

 キースはカイルの土産のクッキーを空中にほおって器用に口に入れる。

「お優しいアルフレート様のお友達が神官にいらっしゃるみたいでさ。お前伝いに聞いた可憐なキース様の窮状を心配して、それとなーく神官見習の俺のことを気にかけるようにお友達にいってくれたみたいだな」

 カイルは呆れた。――この前のふざけた芝居はそのためか。

「……アルフレートに礼を言っとくよ」
「要らないんじゃねーの、向こうだって親切でしたわけじゃないだろうし」
「親切以外のなにものでもねえだろ」
「利害の一致だ。……俺が神官見習を続ける、そうするとお前は騎士団にずっといる。そのためだろ、どーせ」

 カイルは首をひねった。訳の分からんことをいうなよ、とカイルが言うと、まあいいや、とキースは笑う。

「そんで?毎晩お前を誘ってくる従士はどうなった」
「妙な言い方すんなって。なんか部屋が変わって、今は別室」
「へえ、そいつはすごいな。……あいつ使えるじゃん」

 キースは面白そうに目を細めた。
 それから、何かに気付いたかのように視線を上げた。振り返ると視線の先に、アルフレートがいた。今日は一人で、ゆったりとした足取りで近づいてくる。キースはじゃあ、また来月な、と笑い、カイルの頬にキスをした。

「この前からなんなんだよ、お前……」
「偉そうなやつの心に波風立てるのが好きなんだよ、俺は。俺にもお返しくれって」

 まあ、いいけど、とキースの頬にさよならのキスをする。
 じゃあな、と猫みたいに軽やかな足取りでキースは戻っていった。アルフレートにすれ違いざま何かを言ったようだが、カイルにはそれは聞こえない。

「お前の幼馴染は……いや、なんでもない」

 アルフレートが眉間に皺をよせて呻いている。カイルは頭を抱えたくなった。

「キース、頭はいいけど口も根性も悪いんだ。……なんか、アルフにすげー失礼なこと言ったりした?」
「いや、失礼ではない、がな……。礼とお前をよろしく、とさ。お前たち、毎月ここで会っているのか?」
「うん。なかなか会えないし。来月からアルフも混ざる?」

 笑って聞くと、「やめておく」とアルフレートは首を振った。

「アルフはどうしてここにいるんだ?なんかの帰り?」
「まあな。……カイルはこれから暇か?何か食べに行くか?」

 おいで、と言われたので、素直に従う。
 アルフレートがカイルを人間としてではなく、犬か猫のようにかわいがっているにしろ、それはカイルには全く嫌な事ではなかった。
 アルフレートは優しくて、その手は心地よい。
 いつか触ってくれなくなるんだろうけどな、と寂しく思いながら……カイルは髪を撫でてくるそのくすぐったさに首を竦めた。

「屋台の買い食いしてみたい。あんた、屋台とかで食べたことある?」
「……ないな」
「アルフも初めて?じゃあ、それがいいや」

 ――飛竜騎士団での従士時代は……おおむね平和に過ぎていった。



「カイル!」
「……どうなさいましたか、テオドール班長。俺は今日、非番なんですけど……」

 従士として四年過ごし騎士としてようやく春に叙任され――駆け出しの、という言葉が似あうようになったカイル・トゥーリは宿舎で大声で名を呼ばれ、げっ、と肩を竦めた。
 陽光に光る金色の髪を背中で束ねた麗しのテオドール班長殿から呼ばれるときはたいてい厄介な仕事だ。
 飛竜騎士団は四団からなる。中央の団を指揮するのが団長で、そのほか三団は副団長が統括し小隊をもつ。隊は五つの班から構成されテオドールはアルフレートが副団長を務める隊の班長だった。カイルは彼の班に所属する――と言えば聞こえはいいが、下っ端だ。

「君に仕事を頼みたい、こちらへ――」
「……はあ……」

 非番なのに、と思いつつも有無を言わさぬ笑顔でこっちへ来い、と手招かれては断ることなどできない。

 テオドールはアルフレートの副官だから、彼がいない際は執務室の使用が許されている。執務室に招かれたという事は、今、団内にアルフレートが不在という事だ。

「アルフレートを呼んできてくれ」
「今度はどこですか……」
「話が早くて助かるよ。歌姫のお屋敷さ」

 アルフレートは基本的には真面目な副団長だが、ふいっと姿を消すことがある。大体は恋人の所だがあまりに滞在が長いと「呼び戻してこい」とテオドールに命じられるのはカイルの役割だった。
 徒歩だと遠いので馬を借りようと厩舎に行くと、キュイキュイとドラゴンたちが騒ぎ出した。

『カイル!どこにいくの!!俺たちとお散歩するの!?』
『遊ぼう、遊ぼう!』

 何故かは知らないが魔族の血筋の者はドラゴンに極端に好かれる。
 彼らに今日はごめんな、と手を振って馴染みのドラゴン、――カイルをはじめて乗せてくれたヒロイに近づいてその額にキスをした。

「ヒロイも連れていけなくてごめんな。ちょっと目立ったら駄目な所に行くから」
『アルフレートを迎えに行くのか?』
「うん」
『帰ったら、真っ先に俺のとこに来いって伝えて』
「わかった」

 ヒロイは今アルフレートの相棒だ。ここ数日顔を見せない相棒に少々拗ねているらしい。
 馬を出していると、同僚二人が背後を通りこれみよがしに舌打ちした。
 飛竜騎士団の別小隊に所属する男達だ。

「なんだ、臭うと思ったら、お前か」
「厩舎で何している?馬でも盗むつもりか?」
「……やめておけ。こいつに何か言うと、副団長がお怒りになる。寝室で告げ口をされちゃたまらん」

 カイルは舌打ちしたい気分で、一応振り返った。
 カイルが魔族の血筋な事は瞳の色から一目瞭然で団員にはあからさまではないものの、忌避するものもいる。それはいい。慣れている。
 しかし、この二人組のように貴族の子弟から、あからさまに性的な皮肉を受けるのは多少腹が立つ。

「班長のおつかいだよ。あんたら俺に構うほど暇なのか」
「おいおい、怒るなよ――可愛いなあ、カイルちゃん」

 二人組のうちの一人がカイルの胸倉をつかんで厩舎の壁に背中を押し付ける。殴ってやりたいが睨むだけで我慢した。彼はアルフレートほどではないにしろ、裕福な貴族の次男でハインツという。
 彼にカイルが反撃したら非はカイルにあったと声高に詰られるだろう。この男には事あるごとに絡まれるが――他に行き場所のないカイルは耐えるしか無かった。

「そんなに怖い目で見るなって、なあ、カイル」

 優男だが、どこか爬虫類を思わせる目をしたハインツはねっとりとした声でカイルの耳元に囁きを落とした。名前を呼ばれてゾッと鳥肌が立つ。カイルも体格的には小さくないだろうが、この男は一回り大きい。押さえつけられて身動きできず、男の手が尻を触って前まで伸ばしてくるのを、身を捩って抵抗するのを男は面白がる。

「逃げんなよ」
「はなせっ」

 首筋をがり、と噛まれて総毛だった。ひたすら、気持ちが悪い。

「アルフレート様のなまくらに飽きたら俺に言えよ。その生意気な目が蕩けきってヨガって自分で腰ふるまで夜通しかわいがってやるぜ?ん?」
「誰が……!っ臭い息吐きかけんな。鼻が曲がる」
「威勢がいいな」

 けらけらと笑って男はカイルから手を放した。じゃあなと去っていくのに、ほっと息をつく。首筋を手で拭うが気色の悪い感触は消えそうにない。
 孤児のカイルが、庶子とはいえ大貴族のアルフレートの「お気に入り」なのは周知の事実で、こんな風に絡まれることはなくもない。
 さすがに本気でカイルに何かすれば団内の風紀を乱したということで処罰対象になるから、深刻な事態になったことはないが――

『かばってやろうか?』

 以前、似たような場面を偶然アルフレートに見られたことがある。アルフレートは微笑んで、カイルに尋ねた。子供の頃のように髪を長い指で梳きながら。
 カイルは首を振った。「自分で何とかできます、副団長」と言うとアルフレートは満足そうに指を離す。
 騎士になってから、アルフレートがカイルを誰かの目の前であからさまに保護することも、構うこともなくなっている。たまに二人きりになるかテオドールしかいない時は構ってくるが――、以前はただ嬉しかったアルフレートの気まぐれな愛情が、今は悔しい。
 子供の頃は彼に犬や猫のようにかわいがられているだけでよかった。だが、出来れば今は――人間として、部下として価値があるのだと認めてほしい。

「とは言ってもなあ、任される仕事がこれじゃあ……ただのお使いだ」

 馬を駆り、王都の郊外にある高級住宅街の外れ。
 こぢんまりとした品のいい屋敷につくと、顔見知りの門番が軽く手をあげた。どうやらアルフレートはここにいるらしい。
 この屋敷はアルフレートの馴染みの歌姫の屋敷で、彼がたまに別宅として利用している。

「アルフレート様が入って来いって」
「わかった」

 すぐに出てくるつもりはないらしい。何度も訪れた屋敷にずかずかと入ってリビングに入ると、ソファに寝転がったアルフレートが書類を睨んでいるところだった。
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