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嵐 3
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「なるほど。そういうことだったのか」
翌日、アディエイルとユーリスが国王に面会を申し入れてきた。
それを受けて、今三人で顔を合わせている。
ユーリスから、これまでのあらましを聞いたナジアルは、深い溜息と共に頷いた。
昨夜のクリスの行いは、本人の意思ではなかったということか。
ただ、どこかで暗示にかかりきれていないところがあり、それがわずかにクリスの行動の歯止めになったということだろう。
暗示というものは、どうしてもできないと拒絶することに関しては、その暗示がかかりにくい、と聞いたことがある。
クリスが拒絶していたのは人を殺めることだったのか、それとも私を殺めることだったのか、その両方かもしれないが。
そこまで考えて、ナジアルは目の前に座る義理の弟を見つめる。
ほとんど会話らしきものなど交わしたことのない義弟は、あの母親の操り人形のようなものだと思っていた。
しかし、こんなことを国王に自ら告白するということは、どういうことかわかっているのだろうか。
「ユーリス、これは自分の母親を告発したことになる。わかっているのか」
ユーリスは青い顔のまま、それでもはっきりと頷いた。
「わかっております。ただ、もっと早くに申し上げておれば…」
唇を噛むユーリスを感情の見えない瞳でナジアルが見ている。
「そうだな。もっと早くに聞いておれば、あれを捕らえずに済んだものを」
「どういうことだ」
ここまで口を挟まなかったアディエイルが、鋭くナジアルを睨む。
その視線をなんでもないものように受け流し、首を傾げる。
「国王に刃を向けた、それがどういうことになるか、あなたならもうわかっているだろう」
アディエイルが、ギリリと音がしそうなほど奥歯を噛みしめる。
「それはつまり…クリスは罪人として捕らえられたということですか、義兄上」
「それ以外あるまい」
悄然と俯きかけ、次のナジアルの言葉に我に返る。
「よいか、おかしなことは考えずおとなしく謹慎しておれ。さもなくば、この場で取り押さえる」
「ーー承知いたしました」
そう言うと、頭を下げて部屋を出て行った。
「さて、あなたはどうなさいますか、アディエイル殿下」
「どうもこうも、最初の目的を果たすまでだ」
「それは到底受け入れられませんね」
薄く笑って、アディエイルを見る。
「あの子は今や罪人だ。そう易々と外に出すわけにはいきません」
「クリスの意志ではない。それでも罪人呼ばわりか」
「あなたも国政に携わる人だ。例え自分の意志でなかったとしても、しでかしたことの責任は取らせるべきだとわかるでしょう」
「どうするつもりだ」
「さて、まだそこまでは」
そう嘯くとわざとらしく咳払いをする。
「そろそろ私も執務に戻らないといけませんので、お引き取り願えますか」
アディエイルは無言で立ち上がると、その場を後にした。
それを見届けると、ナジアルも席を立つ。
「まずは煩いところから片づけるか」
独り言ちながら罪人たちを捕らえるため。手筈を整えることにした。
ユーリスの母親は、最初無実を主張していた。
しかし、実の息子が全てを語りその証人となることを伝えると、泣き崩れ、泣き落としにかかった。
しかしそれも通じないとわかると、ナジアルに対する自分勝手な恨み言を並べ、さらには今回の計画は自分の発案ではなかったと、関わってきた元老院の名前を並べた。
ナジアルがクリスの部屋で聞いた声から思い描いていた人物と、母親が口にした人物はやはり同一人物だった。
ユーリスの母親が捕まったことで、彼らが逃亡しないよう、あらかじめ見張りを立て、一斉に捕縛に踏み切った。
彼らも彼らなりに言い分があったようだが、どれも自分勝手な思い込みと自分の利益しか考えていないようなものばかりで、彼らの言い分が受け入れられることはないだろうと思われる。
そもそも、ナジアルは国民に人気のある統治者だ。
その国王を卑劣な手を使って追い落とそうとしたことが広まれば、国民はナジアルの味方に付くことは間違いない。
また、元老院も全員がナジアルの敵ではないのだ。
今回捕まった元老院の人間は、それなりに地位と家柄のある者たちばかりで、彼らに睨まれたら厄介なことになると、渋々彼らの意見に賛成していたものがほとんどだったようだ。
クリスがナジアルに斬りつけたことを知るものは少なく、また、その事実は公にはされていない。
彼の身柄は国王であるナジアルが預かることになった。
ナジアルは目の前で跪くクリスを見下ろしていた。
残る処分はクリスだけだ。
クリスは自分の行動を覚えていた。
ただ、半分夢を見ているかのような気分で、最初は現実にしでかした事とは思えなかった。
だが、ナジアルから話を聞くうちに、やはりあれは自分が起こした事だとわかった。
自分の意思でなかったとはいえ、国王であるナジアルに斬りつけようとしたのだ。
クリスも覚悟を決めるしかなかった。
そして今、ナジアルの前でナジアルの次の行動を待っていた。
「クリス、覚悟はできたか」
温度を感じさせない声で、ナジアルが問う。
クリスは小さく頷くと、ナジアルが斬りやすいよう姿勢を正して目を閉じた。
剣を鞘から抜く音だけが、やけにはっきり聞こえた。
ナジアルは躊躇うようにクリスの横顔を見つめたが、すぐに目を逸らす。
手にした剣を大きく振り上げ、クリスの細い首筋に狙いを定めると、一息にそれを振り下ろした。
翌日、アディエイルとユーリスが国王に面会を申し入れてきた。
それを受けて、今三人で顔を合わせている。
ユーリスから、これまでのあらましを聞いたナジアルは、深い溜息と共に頷いた。
昨夜のクリスの行いは、本人の意思ではなかったということか。
ただ、どこかで暗示にかかりきれていないところがあり、それがわずかにクリスの行動の歯止めになったということだろう。
暗示というものは、どうしてもできないと拒絶することに関しては、その暗示がかかりにくい、と聞いたことがある。
クリスが拒絶していたのは人を殺めることだったのか、それとも私を殺めることだったのか、その両方かもしれないが。
そこまで考えて、ナジアルは目の前に座る義理の弟を見つめる。
ほとんど会話らしきものなど交わしたことのない義弟は、あの母親の操り人形のようなものだと思っていた。
しかし、こんなことを国王に自ら告白するということは、どういうことかわかっているのだろうか。
「ユーリス、これは自分の母親を告発したことになる。わかっているのか」
ユーリスは青い顔のまま、それでもはっきりと頷いた。
「わかっております。ただ、もっと早くに申し上げておれば…」
唇を噛むユーリスを感情の見えない瞳でナジアルが見ている。
「そうだな。もっと早くに聞いておれば、あれを捕らえずに済んだものを」
「どういうことだ」
ここまで口を挟まなかったアディエイルが、鋭くナジアルを睨む。
その視線をなんでもないものように受け流し、首を傾げる。
「国王に刃を向けた、それがどういうことになるか、あなたならもうわかっているだろう」
アディエイルが、ギリリと音がしそうなほど奥歯を噛みしめる。
「それはつまり…クリスは罪人として捕らえられたということですか、義兄上」
「それ以外あるまい」
悄然と俯きかけ、次のナジアルの言葉に我に返る。
「よいか、おかしなことは考えずおとなしく謹慎しておれ。さもなくば、この場で取り押さえる」
「ーー承知いたしました」
そう言うと、頭を下げて部屋を出て行った。
「さて、あなたはどうなさいますか、アディエイル殿下」
「どうもこうも、最初の目的を果たすまでだ」
「それは到底受け入れられませんね」
薄く笑って、アディエイルを見る。
「あの子は今や罪人だ。そう易々と外に出すわけにはいきません」
「クリスの意志ではない。それでも罪人呼ばわりか」
「あなたも国政に携わる人だ。例え自分の意志でなかったとしても、しでかしたことの責任は取らせるべきだとわかるでしょう」
「どうするつもりだ」
「さて、まだそこまでは」
そう嘯くとわざとらしく咳払いをする。
「そろそろ私も執務に戻らないといけませんので、お引き取り願えますか」
アディエイルは無言で立ち上がると、その場を後にした。
それを見届けると、ナジアルも席を立つ。
「まずは煩いところから片づけるか」
独り言ちながら罪人たちを捕らえるため。手筈を整えることにした。
ユーリスの母親は、最初無実を主張していた。
しかし、実の息子が全てを語りその証人となることを伝えると、泣き崩れ、泣き落としにかかった。
しかしそれも通じないとわかると、ナジアルに対する自分勝手な恨み言を並べ、さらには今回の計画は自分の発案ではなかったと、関わってきた元老院の名前を並べた。
ナジアルがクリスの部屋で聞いた声から思い描いていた人物と、母親が口にした人物はやはり同一人物だった。
ユーリスの母親が捕まったことで、彼らが逃亡しないよう、あらかじめ見張りを立て、一斉に捕縛に踏み切った。
彼らも彼らなりに言い分があったようだが、どれも自分勝手な思い込みと自分の利益しか考えていないようなものばかりで、彼らの言い分が受け入れられることはないだろうと思われる。
そもそも、ナジアルは国民に人気のある統治者だ。
その国王を卑劣な手を使って追い落とそうとしたことが広まれば、国民はナジアルの味方に付くことは間違いない。
また、元老院も全員がナジアルの敵ではないのだ。
今回捕まった元老院の人間は、それなりに地位と家柄のある者たちばかりで、彼らに睨まれたら厄介なことになると、渋々彼らの意見に賛成していたものがほとんどだったようだ。
クリスがナジアルに斬りつけたことを知るものは少なく、また、その事実は公にはされていない。
彼の身柄は国王であるナジアルが預かることになった。
ナジアルは目の前で跪くクリスを見下ろしていた。
残る処分はクリスだけだ。
クリスは自分の行動を覚えていた。
ただ、半分夢を見ているかのような気分で、最初は現実にしでかした事とは思えなかった。
だが、ナジアルから話を聞くうちに、やはりあれは自分が起こした事だとわかった。
自分の意思でなかったとはいえ、国王であるナジアルに斬りつけようとしたのだ。
クリスも覚悟を決めるしかなかった。
そして今、ナジアルの前でナジアルの次の行動を待っていた。
「クリス、覚悟はできたか」
温度を感じさせない声で、ナジアルが問う。
クリスは小さく頷くと、ナジアルが斬りやすいよう姿勢を正して目を閉じた。
剣を鞘から抜く音だけが、やけにはっきり聞こえた。
ナジアルは躊躇うようにクリスの横顔を見つめたが、すぐに目を逸らす。
手にした剣を大きく振り上げ、クリスの細い首筋に狙いを定めると、一息にそれを振り下ろした。
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