永遠というもの

風音

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嵐の中へ 3

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「クリス様、お茶が入りました」
侍女に声をかけられ、ふと我に返る。
「ありがとう」
花の香りのするお茶は、ざわつく心を鎮めてくれる。
窓の外は何の彩りもない庭が見える。
春になればたくさんの花が咲き乱れるそうだが、残念ながらその季節は随分先だ。
昨夜、クリスの乗った船はリオン国の港に着いた。
夜にも関わらず、港には煌々と灯りがともされ、大勢の人々が行き交っていた。
話に聞くと、時間に関わらず船の出入りはとても激しいらしい。
交易が盛んな証拠だろう。
その港から馬車に乗ってこの建物に連れてこられた。
白亜の建物はこじんまりしていて、手入れが行き届いている。
華美さはないが、落ち着いた佇まいで、不思議なことに建物の中全体が暖かい。
特に床などは素足で立っても気持ちいいくらいなのだ。
寒い国だと聞いていたがどうしたことかと不思議に思っていると、近くの温泉の湯を引いて、建物の床下に流しているそうだ。その熱で床から建物全体が暖まるということらしい。
ただ、もっと寒くなるとそれだけでは足りなくて火を使うようになるらしい。
「そろそろお出かけの準備をさせていただきます」
お茶を飲んでいると、数人の侍女が部屋に入ってきた。
「この後、王弟殿下の元へご挨拶に伺わなければなりませんので」
そうだ。
自分はここに結婚をするためにやって来たのだった。
同性同士でも結婚できるというこの国に、はるばるやって来たのはいいが相手に会うのはこれが初めてだ。
「クリス様は元がよろしいですから、あまり手をかけない方がよろしいですわね」
「黒髪と伺っておりましたが、何やら不思議な色合いですこと」
「夜の空の色ですわね」
「瞳の色も、本当に不思議」
などと、勝手に感想を言い合っている。
そう言われながら、なにやら髪に塗られたり弄られたりしている。
こういうことに慣れていないクリスは、されるがままだ。
うんざりするほど時間をかけて何が変わったのかよくわからないまま、結婚相手に会うために向こうの屋敷に向かった。

初対面の王弟殿下は、身体つきは細いが決して弱々しい感じはなく、むしろばねのようなしなやかさを備えているようだった。
銀色の髪を肩のあたりで切りそろえて、青空の色の瞳が鋭くクリスを眺めている。
なかなかの美青年だが、その鋭い眼差しに妙に居心地の悪さを感じてしまう。
短い挨拶を交わすと、周りに付き添っていた人たちが一斉にいなくなった。
部屋の中にユーリスと二人だけ残されてしまった。
ユーリスの視線は相変わらず睨みつけるようだ。
会話のきっかけも掴めず、すっかり困り果てていると、意外なことにユーリスが口を開く。
「あなたはどうして義兄アニの申し込みを断ったのですか?」
「兄?」
思わず聞き返す。
「今の国王・ナジアル陛下があなたに求婚されたと聞きましたが?」
それはなんのことだろうか?
誰かほかの人と勘違いをしているのかもしれない。
クリスには身に覚えのないことを聞かれ、首を傾げるしかない。
「あの、それはどういうことですか?私のことをおっしゃっていますか?」
本当に不思議そうに首を傾げるクリスに、今度はユーリスが違和感を覚える。
「義兄が貴方の国で、あなたに求婚したが断られたと聞いていますが?」
「それは一体どういう・・・」
困惑して黙り込むクリスの横顔を見つめる。
本当にわからないらしい。
もしくはしらばくれているか。
もし後者ならかなりの役者振りだ。
「あなたはどうしてここに?」
ユーリスの質問に、クリスは微笑みながら答えた。
「父からそうするように言われましたので」
「・・・あなたは父親から言われたら、こういうことも平気なのですか?」
少々意地悪な質問だったかと思ったが、彼の気持ちを聞き出したくて尋ねてみた。
「婚姻とはそういうものでしょう?」
驚いたように聞き返され呆気にとられる。
「そこにあなたの意志はないのですか?」
思わず責めるような言い方になってしまったが、クリスは曖昧に微笑むだけだ。
なんだか無性に苛々してきた。
「クリス殿、今日はこれくらいでお終いにしましょう」
「私のことはクリスと。承知しました」
嫌そうな顔一つ見せず、会釈をして部屋を出て行く。
後には花のような残り香が漂った。

「あの人は何なんだ?」
自室に戻るなり、ユーリスが声を荒げる。
「どうだった?初対面の感想は?」
面白そうなカイに、思い切り顔を顰める。
「あの人が本当に義兄上の求婚を断ったのか?本人はまるで知らぬふりだったぞ」
「そうなのか?」
「あれが演技なら、たいした役者になれる」
長椅子の背もたれに背中を預けて、大きく息を吐く。
「で、それ以外は?」
「ああ、そうだな、確かに綺麗な人だったよ。あの黒い瞳は綺麗だった」
先ほど会ったばかりの顔を思い出す。
「だけどいくら綺麗でも、あそこまで自分の意思がないとな」
どういうことだ、と目で問いかける友人。
「父親から言われたからといって、こんな遠い国まで来るものなのか?」
「貴族同士の婚姻なら、そういうことも多いだろうな」
上流階級では当人同士よりも、家同士の結びつきを重要視するこの国では、至極普通のことのようにカイには思えた。
「で、どうするんだい?その子」
「さて、どうしたらいいんだろうね」
ここまでくると、母上が人違いをして連れてきたとしか思えない。
かといって男と婚姻関係を結ぶつもりもないユーリスはがっくり項垂れる。
「本当にどうしようか、あれ」
紛れもない本心が漏れた。

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