44 / 57
嵐の中へ 3
しおりを挟む
「クリス様、お茶が入りました」
侍女に声をかけられ、ふと我に返る。
「ありがとう」
花の香りのするお茶は、ざわつく心を鎮めてくれる。
窓の外は何の彩りもない庭が見える。
春になればたくさんの花が咲き乱れるそうだが、残念ながらその季節は随分先だ。
昨夜、クリスの乗った船はリオン国の港に着いた。
夜にも関わらず、港には煌々と灯りがともされ、大勢の人々が行き交っていた。
話に聞くと、時間に関わらず船の出入りはとても激しいらしい。
交易が盛んな証拠だろう。
その港から馬車に乗ってこの建物に連れてこられた。
白亜の建物はこじんまりしていて、手入れが行き届いている。
華美さはないが、落ち着いた佇まいで、不思議なことに建物の中全体が暖かい。
特に床などは素足で立っても気持ちいいくらいなのだ。
寒い国だと聞いていたがどうしたことかと不思議に思っていると、近くの温泉の湯を引いて、建物の床下に流しているそうだ。その熱で床から建物全体が暖まるということらしい。
ただ、もっと寒くなるとそれだけでは足りなくて火を使うようになるらしい。
「そろそろお出かけの準備をさせていただきます」
お茶を飲んでいると、数人の侍女が部屋に入ってきた。
「この後、王弟殿下の元へご挨拶に伺わなければなりませんので」
そうだ。
自分はここに結婚をするためにやって来たのだった。
同性同士でも結婚できるというこの国に、はるばるやって来たのはいいが相手に会うのはこれが初めてだ。
「クリス様は元がよろしいですから、あまり手をかけない方がよろしいですわね」
「黒髪と伺っておりましたが、何やら不思議な色合いですこと」
「夜の空の色ですわね」
「瞳の色も、本当に不思議」
などと、勝手に感想を言い合っている。
そう言われながら、なにやら髪に塗られたり弄られたりしている。
こういうことに慣れていないクリスは、されるがままだ。
うんざりするほど時間をかけて何が変わったのかよくわからないまま、結婚相手に会うために向こうの屋敷に向かった。
初対面の王弟殿下は、身体つきは細いが決して弱々しい感じはなく、むしろばねのようなしなやかさを備えているようだった。
銀色の髪を肩のあたりで切りそろえて、青空の色の瞳が鋭くクリスを眺めている。
なかなかの美青年だが、その鋭い眼差しに妙に居心地の悪さを感じてしまう。
短い挨拶を交わすと、周りに付き添っていた人たちが一斉にいなくなった。
部屋の中にユーリスと二人だけ残されてしまった。
ユーリスの視線は相変わらず睨みつけるようだ。
会話のきっかけも掴めず、すっかり困り果てていると、意外なことにユーリスが口を開く。
「あなたはどうして義兄の申し込みを断ったのですか?」
「兄?」
思わず聞き返す。
「今の国王・ナジアル陛下があなたに求婚されたと聞きましたが?」
それはなんのことだろうか?
誰かほかの人と勘違いをしているのかもしれない。
クリスには身に覚えのないことを聞かれ、首を傾げるしかない。
「あの、それはどういうことですか?私のことをおっしゃっていますか?」
本当に不思議そうに首を傾げるクリスに、今度はユーリスが違和感を覚える。
「義兄が貴方の国で、あなたに求婚したが断られたと聞いていますが?」
「それは一体どういう・・・」
困惑して黙り込むクリスの横顔を見つめる。
本当にわからないらしい。
もしくはしらばくれているか。
もし後者ならかなりの役者振りだ。
「あなたはどうしてここに?」
ユーリスの質問に、クリスは微笑みながら答えた。
「父からそうするように言われましたので」
「・・・あなたは父親から言われたら、こういうことも平気なのですか?」
少々意地悪な質問だったかと思ったが、彼の気持ちを聞き出したくて尋ねてみた。
「婚姻とはそういうものでしょう?」
驚いたように聞き返され呆気にとられる。
「そこにあなたの意志はないのですか?」
思わず責めるような言い方になってしまったが、クリスは曖昧に微笑むだけだ。
なんだか無性に苛々してきた。
「クリス殿、今日はこれくらいでお終いにしましょう」
「私のことはクリスと。承知しました」
嫌そうな顔一つ見せず、会釈をして部屋を出て行く。
後には花のような残り香が漂った。
「あの人は何なんだ?」
自室に戻るなり、ユーリスが声を荒げる。
「どうだった?初対面の感想は?」
面白そうなカイに、思い切り顔を顰める。
「あの人が本当に義兄上の求婚を断ったのか?本人はまるで知らぬふりだったぞ」
「そうなのか?」
「あれが演技なら、たいした役者になれる」
長椅子の背もたれに背中を預けて、大きく息を吐く。
「で、それ以外は?」
「ああ、そうだな、確かに綺麗な人だったよ。あの黒い瞳は綺麗だった」
先ほど会ったばかりの顔を思い出す。
「だけどいくら綺麗でも、あそこまで自分の意思がないとな」
どういうことだ、と目で問いかける友人。
「父親から言われたからといって、こんな遠い国まで来るものなのか?」
「貴族同士の婚姻なら、そういうことも多いだろうな」
上流階級では当人同士よりも、家同士の結びつきを重要視するこの国では、至極普通のことのようにカイには思えた。
「で、どうするんだい?その子」
「さて、どうしたらいいんだろうね」
ここまでくると、母上が人違いをして連れてきたとしか思えない。
かといって男と婚姻関係を結ぶつもりもないユーリスはがっくり項垂れる。
「本当にどうしようか、あれ」
紛れもない本心が漏れた。
侍女に声をかけられ、ふと我に返る。
「ありがとう」
花の香りのするお茶は、ざわつく心を鎮めてくれる。
窓の外は何の彩りもない庭が見える。
春になればたくさんの花が咲き乱れるそうだが、残念ながらその季節は随分先だ。
昨夜、クリスの乗った船はリオン国の港に着いた。
夜にも関わらず、港には煌々と灯りがともされ、大勢の人々が行き交っていた。
話に聞くと、時間に関わらず船の出入りはとても激しいらしい。
交易が盛んな証拠だろう。
その港から馬車に乗ってこの建物に連れてこられた。
白亜の建物はこじんまりしていて、手入れが行き届いている。
華美さはないが、落ち着いた佇まいで、不思議なことに建物の中全体が暖かい。
特に床などは素足で立っても気持ちいいくらいなのだ。
寒い国だと聞いていたがどうしたことかと不思議に思っていると、近くの温泉の湯を引いて、建物の床下に流しているそうだ。その熱で床から建物全体が暖まるということらしい。
ただ、もっと寒くなるとそれだけでは足りなくて火を使うようになるらしい。
「そろそろお出かけの準備をさせていただきます」
お茶を飲んでいると、数人の侍女が部屋に入ってきた。
「この後、王弟殿下の元へご挨拶に伺わなければなりませんので」
そうだ。
自分はここに結婚をするためにやって来たのだった。
同性同士でも結婚できるというこの国に、はるばるやって来たのはいいが相手に会うのはこれが初めてだ。
「クリス様は元がよろしいですから、あまり手をかけない方がよろしいですわね」
「黒髪と伺っておりましたが、何やら不思議な色合いですこと」
「夜の空の色ですわね」
「瞳の色も、本当に不思議」
などと、勝手に感想を言い合っている。
そう言われながら、なにやら髪に塗られたり弄られたりしている。
こういうことに慣れていないクリスは、されるがままだ。
うんざりするほど時間をかけて何が変わったのかよくわからないまま、結婚相手に会うために向こうの屋敷に向かった。
初対面の王弟殿下は、身体つきは細いが決して弱々しい感じはなく、むしろばねのようなしなやかさを備えているようだった。
銀色の髪を肩のあたりで切りそろえて、青空の色の瞳が鋭くクリスを眺めている。
なかなかの美青年だが、その鋭い眼差しに妙に居心地の悪さを感じてしまう。
短い挨拶を交わすと、周りに付き添っていた人たちが一斉にいなくなった。
部屋の中にユーリスと二人だけ残されてしまった。
ユーリスの視線は相変わらず睨みつけるようだ。
会話のきっかけも掴めず、すっかり困り果てていると、意外なことにユーリスが口を開く。
「あなたはどうして義兄の申し込みを断ったのですか?」
「兄?」
思わず聞き返す。
「今の国王・ナジアル陛下があなたに求婚されたと聞きましたが?」
それはなんのことだろうか?
誰かほかの人と勘違いをしているのかもしれない。
クリスには身に覚えのないことを聞かれ、首を傾げるしかない。
「あの、それはどういうことですか?私のことをおっしゃっていますか?」
本当に不思議そうに首を傾げるクリスに、今度はユーリスが違和感を覚える。
「義兄が貴方の国で、あなたに求婚したが断られたと聞いていますが?」
「それは一体どういう・・・」
困惑して黙り込むクリスの横顔を見つめる。
本当にわからないらしい。
もしくはしらばくれているか。
もし後者ならかなりの役者振りだ。
「あなたはどうしてここに?」
ユーリスの質問に、クリスは微笑みながら答えた。
「父からそうするように言われましたので」
「・・・あなたは父親から言われたら、こういうことも平気なのですか?」
少々意地悪な質問だったかと思ったが、彼の気持ちを聞き出したくて尋ねてみた。
「婚姻とはそういうものでしょう?」
驚いたように聞き返され呆気にとられる。
「そこにあなたの意志はないのですか?」
思わず責めるような言い方になってしまったが、クリスは曖昧に微笑むだけだ。
なんだか無性に苛々してきた。
「クリス殿、今日はこれくらいでお終いにしましょう」
「私のことはクリスと。承知しました」
嫌そうな顔一つ見せず、会釈をして部屋を出て行く。
後には花のような残り香が漂った。
「あの人は何なんだ?」
自室に戻るなり、ユーリスが声を荒げる。
「どうだった?初対面の感想は?」
面白そうなカイに、思い切り顔を顰める。
「あの人が本当に義兄上の求婚を断ったのか?本人はまるで知らぬふりだったぞ」
「そうなのか?」
「あれが演技なら、たいした役者になれる」
長椅子の背もたれに背中を預けて、大きく息を吐く。
「で、それ以外は?」
「ああ、そうだな、確かに綺麗な人だったよ。あの黒い瞳は綺麗だった」
先ほど会ったばかりの顔を思い出す。
「だけどいくら綺麗でも、あそこまで自分の意思がないとな」
どういうことだ、と目で問いかける友人。
「父親から言われたからといって、こんな遠い国まで来るものなのか?」
「貴族同士の婚姻なら、そういうことも多いだろうな」
上流階級では当人同士よりも、家同士の結びつきを重要視するこの国では、至極普通のことのようにカイには思えた。
「で、どうするんだい?その子」
「さて、どうしたらいいんだろうね」
ここまでくると、母上が人違いをして連れてきたとしか思えない。
かといって男と婚姻関係を結ぶつもりもないユーリスはがっくり項垂れる。
「本当にどうしようか、あれ」
紛れもない本心が漏れた。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
壁穴奴隷No.19 麻袋の男
猫丸
BL
壁穴奴隷シリーズ・第二弾、壁穴奴隷No.19の男の話。
麻袋で顔を隠して働いていた壁穴奴隷19番、レオが誘拐されてしまった。彼の正体は、実は新王国の第二王子。変態的な性癖を持つ王子を連れ去った犯人の目的は?
シンプルにドS(攻)✕ドM(受※ちょっとビッチ気味)の組合せ。
前編・後編+後日談の全3話
SM系で鞭多めです。ハッピーエンド。
※壁穴奴隷シリーズのNo.18で使えなかった特殊性癖を含む内容です。地雷のある方はキーワードを確認してからお読みください。
※No.18の話と世界観(設定)は一緒で、一部にNo.18の登場人物がでてきますが、No.19からお読みいただいても問題ありません。
近親相姦メス堕ちショタ調教 家庭内性教育
オロテンH太郎
BL
これから私は、父親として最低なことをする。
息子の蓮人はもう部屋でまどろんでいるだろう。
思えば私は妻と離婚してからというもの、この時をずっと待っていたのかもしれない。
ひそかに息子へ劣情を向けていた父はとうとう我慢できなくなってしまい……
おそらく地雷原ですので、合わないと思いましたらそっとブラウザバックをよろしくお願いします。
僕は社長の奴隷秘書♡
ビビアン
BL
性奴隷――それは、専門の養成機関で高度な教育を受けた、政府公認のセックスワーカー。
性奴隷養成学園男子部出身の青年、浅倉涼は、とある企業の社長秘書として働いている。名目上は秘書課所属だけれど、主な仕事はもちろんセックス。ご主人様である高宮社長を始めとして、会議室で応接室で、社員や取引先に誠心誠意えっちなご奉仕活動をする。それが浅倉の存在意義だ。
これは、母校の教材用に、性奴隷浅倉涼のとある一日をあらゆる角度から撮影した貴重な映像記録である――
※日本っぽい架空の国が舞台
※♡喘ぎ注意
※短編。ラストまで予約投稿済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる