永遠というもの

風音

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クリスはとても困っていた。
なぜならクリスの足元に一人の男性が跪いていたからだ。
「あ、あの、どうかお顔をお上げください」
跪いてクリスの手を取り、それに額を押し当てているのはリオン国の国王・ナジアルその人だった。
「私の侍女が、まさかこんな無茶なことを。本当に許してほしい」
「ですから、それはもうよろしいのです。陛下がそんなことをなさる必要はないのです」
必死で言うクリスに、ナジアルはようやく顔を上げた。
初日にクリスが見かけた漆黒の髪の人、それがこのナジアルだった。
そういえば女性の手を取っていた記憶があるが、その人が逃げ出したという件の歌姫だろうか。
クリスよりは大分年上だが、それでもまだ若い。
背が高く鍛えた身体つきはがっしりしていて、自然の厳しいところに住む人特有の力強さがある。
凛々しい眉と鋭い瞳は深い海の色で、引き締まった口元のなかなかの美丈夫だ。
クリスが引っ張ってこられた部屋にその人が入って来たのが先ほどだ。
シーナから話を聞いた後のことだった。
「申し訳ございません。ナジアル様」
消え入りそうな声でシーナが頭を下げる。
しゅんと項垂れ、両手はドレスをぎゅっと握り締め、瞳には涙をいっぱいに貯めながらも、懸命に泣くまいと堪えている。
その姿を見ると、どうにか助けてやりたい気持ちにもなってくる。
その頭を無言で撫でると、クリスに向かい合う。
「クリス殿、この度は誠に申し訳ない。この非礼はいずれ」
そう言って改めて頭を下げようとするナジアルを押し留める。
「陛下、私に敬称は不要です。どうかクリスとお呼びください」
そう言ってにっこり笑うと、シーナを見る。
「君は本当に陛下をお慕いしているんだね。陛下とも仲が良いようで羨ましい」
そういうと、シーナがはにかんだような、泣き笑いの顔で微笑む。
そして息を吐くと、シーナを見つめる。
「君の変身させる腕前がどれくらいのものかわからないけど、私を別人にできると言うのなら、君に協力するよ」
「え?」
シーナが弾かれたように顔を上げる。
「しかし、それは」
ナジアルも驚いたように声を上げた。
「あと、陛下がこんな私でよろしければ、ですが。しかも一曲しかお相手できませんし」
そういって首を傾げると、シーナが息を吹き返したように立ち上がる。
「大丈夫です!全くの別人に仕上げて差し上げます」
先程まで打ちひしがれたようになっていた少女とは別人のように、眼が輝いている。
「・・・勝手に決めてしまいましたが、陛下もよろしいでしょうか?ここまで乗ってしまった以上・・・」
そう言ってナジアルを見ると、しばらく考え込むような顔をしていたが、クリスに向き直る。
「ならば、お願いするとしよう。クリス、大丈夫か?」
ナジアルに頷くと、シーナが早速準備に取り掛かる。
クリスの心境はすでに、なるようになれ!だった。

夜が更けて。
各国の代表夫妻が次々と華やかな舞踏場に進み出てくる。
そのなかでも一際目を惹いたのは、北方にある海の彼方の国・リオン国の国王夫妻だろう。
たくましい国王の腕に抱かれたのは、豊かで艶やかな栗色の髪を結い上げ、冷たい海を思わせる深い藍色の布地に北の凍った大地でしか採れないという希少な輝く透明な石をふんだんに縫い付けている衣装を纏っていた。
その肌は透き通るほど白く輝き、紅い唇と長い睫毛の下に衣装と同じ色の瞳がある。
手足は細くしなやかで、逞しい腕が回された腰も、簡単に折れそうなほどの細さだった。
そんな美しい姫が、逞しく美しい国王に抱かれているのだ。
舞踏の腕前もかなりのもので、複雑な足さばきも見事にこなし、とても息の合った二人だった。
これまで北の果ての未開の国、と侮っていたものたちは認識を改めさせられた。
誰もが二人の美しさを口々に褒め称え、北の果てにこのような国があるのかと噂しあったものだ。
絵物語の主人公のような二人はしかし、一曲踊ると用は済んだとばかりに、自室に戻ってしまった。
それを惜しんだ声はかなりの数に上る。

「本当に本当に素晴らしゅうございました!」
感激、と顔に書いてあるようなシーナがクリスの手を取る。
「そ、それよりもシーナ、この目の中に入れたものを出して?」
クリスは瞳の色を変えるため、薄いガラスでできた色付きの板のようなものを入れていた。
「こちらを。すこし冷たいですが」
クリスの目の中に液体を流し入れると、その液体と共に色付きのガラスも流れてきた。
「すごい技術があるんだね。初めて見た」
素直に感心するクリスに、シーナはなおも言い募る。
「それにしてもクリス様のあの変わりよう。会場の皆様の視線は独り占めでしたわ!」
「本当にお美しくて。絵物語を見ているようでした」
「ナジアル様ともお似合いで」
侍女たちが口々に言ってくれるが、クリスはあれが誰にも見つかっていないかだけが気懸りだった。
きらきらと輝く衣装を脱ぎ、重たい鬘を取る。肌が覆われたように感じた化粧もきれいに落としてもらうと、ようやく人心地ついたクリスだった。
シーナがお茶を淹れると、間もなくナジアルが入ってきた。
シーナが一礼して部屋を出て行く。
「本当に済まなかったね。でも、これで私の国への面目は立ったかな」
そう言って茶目っ気を見せて笑う顔は、年齢相応の表情でとても似合っている。
鋭く冷たい目元のせいで、怖そうだった印象が大きく変わる。
「私の方こそ、お役に立ちましたでしょうか?」
「十分すぎるほどに」
「ならば私もここまでした甲斐がありました」
そう言って笑うクリスの手をナジアルが取った。
「クリス、君はこの国のものかい?」
「そうですが、それが?」
「他所の国を見てみたいと思ったことはないか?」
「え?」
いきなりのナジアルの言葉にクリスが首を傾げる。
「私の国はここから北の方に遠く離れたところにある。国土の半分は氷に閉ざされたとても寒いところだ」
そういってクリスを見つめる。
「だが豊かな地下資源がある。そのおかげで我が国は豊かに栄えてきた。進んだ技術もまだある」
先程の目の中に入れる薄いガラスの板も、その一部だ。
「だから、クリスにもぜひ見てもらいたい」
「え?あの?」
戸惑うクリスの手を握りしめるように両手に包む。
「クリス、君は笑うだろうが、今のあのひと時で私は君が好きになってしまった。どうか私と一緒に来てほしい」
突然の告白に、クリスは頭が真っ白になる。
「い、いえ、それは」
「それとも、もう他に思う人でもいるのかい?」
真摯な眼に、クリスも息を呑んで頷く。
「申し訳ございません」
「ーーーとても残念だ」
目を伏せるクリスの頬に手が添えられた時
「そこまでにしていただこう」
突然第三者の声がした。
「アル」
「アディエイル殿下」
他国の部屋だと言うのに、遠慮なく入ってきたアディエイルが椅子に座るクリスを睨む。
「心臓が止まるかと思った」
「・・・わかったの?」
「あれを見逃すほど、私の目は悪くない」
「ごめんなさい」
「アディエイル殿下、これは?」
ナジアルが驚いて目の前の光景を見つめる。
「陛下。クリスは既に先約があります。お引き取りを」
アディエイルが差し出す手をクリスが取る。
それを見て、ナジアルは自嘲気味に笑った。
「そういうことでしたか。しかし、この国は同性同士の婚姻は認められていないのでは?」
「そうですが、それがなにか」
まっすぐな目でナジアルを見るアディエイルに、ナジアルは大きく頷いた。
「なるほど。あなたならば、そうでしょうね」
そして、クリスに手を差し出す。
「これは感謝の気持ちだ。手を取ってほしい」
アディエイルをちらりと見ると、微かに苦笑しながら見ている。
クリスがその手を取ると
「君に会えてよかった。もし、この国が嫌になったらいつでも来るがいい。歓迎するぞ」
そう言って片目を瞑る。
クリスが呆気にとられたいると、アディエイルがその腰を抱いて部屋を出た。
「クリス様」
シーナが泣きそうな顔でクリスを見ている。
「陛下を大切にね。君も元気で」
そう言って微笑むと、シーナが泣き笑いのような顔で頭を下げて見送ってくれた。
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