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アディエイルへの謀
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思考力を根こそぎ奪うような香りに、頭の芯がぼうっとなる。
この部屋に入ったときから香るこれは、甘く重く身体に纏わりつく。
最初に飲んだ飲み物が、身体の中で重たい熱を持っていく。
誰かがしきりに何か言っている。
どれくらいの時間、ここでこうしているのだろう。
感覚があやふやになり、起きているのか寝ているのかよくわからない。
このまま意識が深いところに沈みそうになった時。
身体の奥で、なにかが割れる音がした。
危機感すら覚える音に、意識が急速に浮上する。
急に周りの景色が目に入る。
誰かしゃべっている、と思ったのは、夕べのアリシア嬢。友好関係にある隣国の姫を無下にはできなかった。
しかし、もういいだろう。これ以上付き合ってやる義理はない。
それに今の音。
なにか大変なことが起こっている気がしてならない。
「邪魔だ」
縋りつく女を力任せに振り払い、そこを出た。
太陽ははるか中空にあり、すでに昼は回っている時間のようだ。
場所を確認すれば、ここからだと学園の方が近い。
今思うのはクリスのこと。
夕べ別れたときのあの顔を思い出す。
悲しそうな辛そうな顔をしていた。そうさせたのは自分だというのはわかっている。
楽しみにしていた流れ星は、クロウドと観たのだろうか。
言えた義理ではないのに、思わずにいられない。
先ずはクリスに詫びなければならない。
「アディエイル」
教室に入ろうとして、クロウドに呼び止められる。
人気のないところまで移動して、クロウドが皮肉気に言う。
「今更のご登場ってわけか。いい気なもんだぜ」
「なんだと」
「夕べクリス、泣いてたぜ。誰のせいだ」
怒りに満ちたクロウドの目が私を睨む。
「泣いて・・・」
「で、お前は女のところからまっすぐ来たってわけか?あいつを放っておいて」
私の襟首をつかんでクロウドが詰め寄る。
「クリスは来ていないのか?」
嫌な予感がする。
「お前・・・本当に女のところから来たのかよ!?ふざけるな!」
飛んでくる拳を掌で受け止める。今はこんなことをしている場合ではない。
「済まない、クロウド。私は王宮に戻る」
クロウドの腕を振り解くと、背中に睨みつける目線を感じながら王宮に戻った。
先程からクリスの気配を辿ろうと意識を集中させる。存在を主張するはずの輪飾りは沈黙したまま。無くなったわけではない。ただ、呼びかけに応じない。
嫌な予感はますます強くなる。
自室に戻ってみれば、夕べは確かにクリスがいた名残がある。
制服はない。ということは学園に行ったのか?だがクロウドは来ていないと言った。
衛兵に聞いてみると、出て行ったのは見ていないと言う。馬車も使われていない。
どういうことだ。
もしかして、本当にここを出て行ったというのか。
私に何の説明も求めず、一人で?
部屋で立ち尽くしていると、兄上が困ったような顔で入ってくる。
「ねえ、どうして王宮にアリシア姫がいるの?」
どうやらここにやって来たらしい。鬱陶しい姫だ。
「夕べの降星祭に来られたみたいですよ」
「じゃあ、お兄さんはどこかな?」
「兄?」
「来てるはずだって言うんだよ。確かに一昨日、国境は越えたみたいだけど」
「時間がかかりますから、まだ到着してないのでは?」
国境からここ王都までは馬車で通常三日はかかる。
「それがね、王宮までの通りで見たって言う人たちがたくさんいてね」
「見間違いでは?」
「他国の紋章を?一般人ならまだしも、貴族にも見た人いるんだよねぇ」
確かにそれは見間違いではないかもしれない。
「でね、その他国の紋章を付けた馬車が、途中で誰かを乗せてった、って言うんだよねぇ」
アリシア嬢以外をということか。
「見た人によると、その誰かを担ぎ込んだっていうんだ。これって誘拐か何かかな?よその国まで来て」
担ぎ込んだとは尋常ではない。
「おまけに途中で馬車替えまでして走ってるんだよね。そんなに急用ができたのかな?妹を置いて帰るほどの」
「待ってください。その兄と言うのは?」
「お前も知っている。第三王子のアーサーだよ」
苦い顔をしてその名前を出す。
無理もない。つい最近まで良く聞いた名だ。サリュー伯爵の事件だ。
しかし他国の王子をどうすることもできず、そのままになっていた。
ここまで思い出して、何かがかちりと嵌った気がする。
アーサーなら、あの事件に私が関わっていて、かつクリスを手許に置いているのは知っているだろう。
競売に賭けられるはずだったクリス。アーサーも興味を示していたらしいことはわかっていた。
そのアーサーが、どこかでクリスを見かけたとしたら?
「兄上」
「なに?」
「クリスを見ませんでしたか?」
「え、それどういうこと?」
「ずっと探しているのですが・・・」
「ねえ、お前がついていながら、それはどういうことなのさ。嫌な予感しかしないよ」
嫌そうに兄上が言う。
「私はしばらく留守にします」
そう言って身体を翻す。
「さっさと穏便にね」
その言葉を背に、行動に移った。
この部屋に入ったときから香るこれは、甘く重く身体に纏わりつく。
最初に飲んだ飲み物が、身体の中で重たい熱を持っていく。
誰かがしきりに何か言っている。
どれくらいの時間、ここでこうしているのだろう。
感覚があやふやになり、起きているのか寝ているのかよくわからない。
このまま意識が深いところに沈みそうになった時。
身体の奥で、なにかが割れる音がした。
危機感すら覚える音に、意識が急速に浮上する。
急に周りの景色が目に入る。
誰かしゃべっている、と思ったのは、夕べのアリシア嬢。友好関係にある隣国の姫を無下にはできなかった。
しかし、もういいだろう。これ以上付き合ってやる義理はない。
それに今の音。
なにか大変なことが起こっている気がしてならない。
「邪魔だ」
縋りつく女を力任せに振り払い、そこを出た。
太陽ははるか中空にあり、すでに昼は回っている時間のようだ。
場所を確認すれば、ここからだと学園の方が近い。
今思うのはクリスのこと。
夕べ別れたときのあの顔を思い出す。
悲しそうな辛そうな顔をしていた。そうさせたのは自分だというのはわかっている。
楽しみにしていた流れ星は、クロウドと観たのだろうか。
言えた義理ではないのに、思わずにいられない。
先ずはクリスに詫びなければならない。
「アディエイル」
教室に入ろうとして、クロウドに呼び止められる。
人気のないところまで移動して、クロウドが皮肉気に言う。
「今更のご登場ってわけか。いい気なもんだぜ」
「なんだと」
「夕べクリス、泣いてたぜ。誰のせいだ」
怒りに満ちたクロウドの目が私を睨む。
「泣いて・・・」
「で、お前は女のところからまっすぐ来たってわけか?あいつを放っておいて」
私の襟首をつかんでクロウドが詰め寄る。
「クリスは来ていないのか?」
嫌な予感がする。
「お前・・・本当に女のところから来たのかよ!?ふざけるな!」
飛んでくる拳を掌で受け止める。今はこんなことをしている場合ではない。
「済まない、クロウド。私は王宮に戻る」
クロウドの腕を振り解くと、背中に睨みつける目線を感じながら王宮に戻った。
先程からクリスの気配を辿ろうと意識を集中させる。存在を主張するはずの輪飾りは沈黙したまま。無くなったわけではない。ただ、呼びかけに応じない。
嫌な予感はますます強くなる。
自室に戻ってみれば、夕べは確かにクリスがいた名残がある。
制服はない。ということは学園に行ったのか?だがクロウドは来ていないと言った。
衛兵に聞いてみると、出て行ったのは見ていないと言う。馬車も使われていない。
どういうことだ。
もしかして、本当にここを出て行ったというのか。
私に何の説明も求めず、一人で?
部屋で立ち尽くしていると、兄上が困ったような顔で入ってくる。
「ねえ、どうして王宮にアリシア姫がいるの?」
どうやらここにやって来たらしい。鬱陶しい姫だ。
「夕べの降星祭に来られたみたいですよ」
「じゃあ、お兄さんはどこかな?」
「兄?」
「来てるはずだって言うんだよ。確かに一昨日、国境は越えたみたいだけど」
「時間がかかりますから、まだ到着してないのでは?」
国境からここ王都までは馬車で通常三日はかかる。
「それがね、王宮までの通りで見たって言う人たちがたくさんいてね」
「見間違いでは?」
「他国の紋章を?一般人ならまだしも、貴族にも見た人いるんだよねぇ」
確かにそれは見間違いではないかもしれない。
「でね、その他国の紋章を付けた馬車が、途中で誰かを乗せてった、って言うんだよねぇ」
アリシア嬢以外をということか。
「見た人によると、その誰かを担ぎ込んだっていうんだ。これって誘拐か何かかな?よその国まで来て」
担ぎ込んだとは尋常ではない。
「おまけに途中で馬車替えまでして走ってるんだよね。そんなに急用ができたのかな?妹を置いて帰るほどの」
「待ってください。その兄と言うのは?」
「お前も知っている。第三王子のアーサーだよ」
苦い顔をしてその名前を出す。
無理もない。つい最近まで良く聞いた名だ。サリュー伯爵の事件だ。
しかし他国の王子をどうすることもできず、そのままになっていた。
ここまで思い出して、何かがかちりと嵌った気がする。
アーサーなら、あの事件に私が関わっていて、かつクリスを手許に置いているのは知っているだろう。
競売に賭けられるはずだったクリス。アーサーも興味を示していたらしいことはわかっていた。
そのアーサーが、どこかでクリスを見かけたとしたら?
「兄上」
「なに?」
「クリスを見ませんでしたか?」
「え、それどういうこと?」
「ずっと探しているのですが・・・」
「ねえ、お前がついていながら、それはどういうことなのさ。嫌な予感しかしないよ」
嫌そうに兄上が言う。
「私はしばらく留守にします」
そう言って身体を翻す。
「さっさと穏便にね」
その言葉を背に、行動に移った。
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