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見舞客
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「うぅー・・・アルめ・・・」
執務室に籠って仕事をしているアディエイルに向かって文句を言う。
授業がある前は手加減してくれと頼んだのに、夕べは手加減なしだった。
本当なら、授業がある日はしなくてもいいのだけどーーそう言ったら、さんざん責められて泣きながら受け入れるしかなかった。
怠いうえに寝不足の身体を休めるため、居間の長椅子に寝そべる。寝台は、病人みたいで気が滅入るからだ。
クッションをいくつも背中に当てて、昨日借りた本を手に取る。
このお勧めの本も、なかなかおもしろい。
新しい解釈の歴史書、というところか。内容もしっかりしているようだし、これは読み物としてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら没頭していると、上から声がかかる。
「面白いか?」
見上げると執務服姿のアディエイルが立っていた。
後ろから侍女が入ってきて、食卓と食事の用意を手早く済ませて出ていった。
「これから兄上と話し合いだ。一緒に食事をと思ってね」
空腹は感じていなかったものの、おいしそうな料理を見ると、途端に食欲が出てくる。
薄いパンに、野菜や燻した肉を挟んだものだったが、かなり量がある。
アディエイルは、その体格に見合った旺盛な食欲で、食べ物を片づけていく。
食器が下げられ、食後のお茶を淹れてもらうと、アディエイルが立ち上がった。
「おとなしくしてろ」
「・・・この身体じゃ動けない」
ふっと笑うと、唇を落として出ていった。
先程の続きを読もうと、本を手に取った。
「ーーん・・・?」
気がつくと、満腹感と、夕べの疲れから眠り込んでいた。
部屋の中に誰かの気配。
「お、起きた」
「・・・クロウド・・・?」
近くに椅子を持ってきて、クロウドが座っていた。手にはクリスが読みかけていた本がある。
彼もたびたび王宮に出入りしているので、すっかり馴染みになっている。
寝起きでぼんやりする頭を無理矢理覚醒させながら、クロウドを見る。
「えーっと・・・いつから?」
「少し前。体調崩して休んだ、と聞いたからな。様子見だ」
榛色の瞳を細めて微笑んでいる。
「あ、ありがとう」
なんとなく照れ臭くなってしまう。理由が理由だけに恥ずかしい・・・。
「アディエイルは?」
「あ、サーヴィゲイル様と話し合いがあるとか」
「ふーん」
手にした本をぱらぱらとめくりながら、クロウドが聞いてきた。
「お前さ、なんでここにいるわけ?」
「え?」
「オランに聞いたら、お前はずっと王宮で暮らすことになった、とか言うしさ」
「あー。えーと・・・側近?・・・で、成り行き?・・・」
非情に曖昧になってしまったクリスの返事に、クロウドが笑いながら言う。
「なんで疑問形なんだよ。それに成り行きってなんだ」
色々あった事情を、説明しきれないでいると、何を思ったかクロウドは立ち上がり、クリスの頭をぽんぽんと叩く。
「ま、今はそれ以上聞かないで、許してやるよ」
「ーーなんか偉そうだな」
ふふん、と鼻で笑ったクロウドが、クリスの隣に腰を下ろす。
「これのどこがおもしろいんだ?」
さっぱりわからん、と言いながら、クロウドが手にした本をクリスに渡す。
「あー、クロウドには難しかったかー」
と冗談めかして言うクリスをクロウドが怒るふりをする。友人同士の軽い戯れは心地よかった。
「あ、クロウド、お代わりいる?」
「頼むわ。さすがいい茶葉使ってんなぁ」
笑いながらクリスは椅子を立つ。自分の身体に力が入らないことも忘れて。
「うわぁっ!」
「あぶなっ!!」
前のめりに倒れそうになって、寸でのところでクロウドの腕がクリスの腰を掴み転倒は免れる。
中腰のクロウドが椅子に戻る勢いで、掴まれたままのクリスもクロウドの膝の間にすっぽりとはまってしまう。
「はー、危なかった。ありがとう」
そう言って立ち上がろうとするが、腰に回されたクロウドの腕が解けない。
「クロウド?」
呼びかけても返事がない。急に黙り込んだクロウドに困惑する。
「おーい。クロウドー」腕を後ろに回して、短い髪の頭をぽんぽんと叩くと、ようやく腕が解かれた。
「どうした?クロウド」
腕から逃れ、お茶のお代わりを注ぎながら、クリスが尋ねる。
しかし、クロウドは黙り込んだまま、睨むように宙を見ている。
えー、なんだこれは
内心困り果てながら、態度を急変させた友人を見つめる。
と、いきなり注がれたお茶を一息に飲み干す。
「結構熱かったぞ。大丈夫か?」
クリスの心配を他所に、クロウドが勢いよく立ち上がった。
「あー、悪ぃ。ちょっと用事思い出した」
「え、あ、そうなんだ。忙しいのに、わざわざありがとうな」
そう言って微笑むクリスの頭を撫でる。
「元気そうで安心した。またな」
部屋の出口まで見送ると、廊下の向こうからアディエイルが戻ってきた。
何事か言葉を交わし、クロウドは片手を挙げて帰ってゆく。
「お出迎えとはね」
にこりと笑ったアディエイルがクリスの頬を撫でる。
「あー、悪い。見送り兼出迎え、だな」
というクリスを抱き上げると部屋に入る。
なんだかアディエイルは機嫌が良さそうだ。クロウドとは逆だ。
「クロウドになんでここにいるのか聞かれた」
「それで?」
「成り行き?って答えたけど・・・多分納得してないな」
「そう。それでいい」
自分では説明できないことだけど、アディエイルにまかせておけばいいだろう、と自分を納得させたクリスだった。
執務室に籠って仕事をしているアディエイルに向かって文句を言う。
授業がある前は手加減してくれと頼んだのに、夕べは手加減なしだった。
本当なら、授業がある日はしなくてもいいのだけどーーそう言ったら、さんざん責められて泣きながら受け入れるしかなかった。
怠いうえに寝不足の身体を休めるため、居間の長椅子に寝そべる。寝台は、病人みたいで気が滅入るからだ。
クッションをいくつも背中に当てて、昨日借りた本を手に取る。
このお勧めの本も、なかなかおもしろい。
新しい解釈の歴史書、というところか。内容もしっかりしているようだし、これは読み物としてもいいかもしれない。
そんなことを考えながら没頭していると、上から声がかかる。
「面白いか?」
見上げると執務服姿のアディエイルが立っていた。
後ろから侍女が入ってきて、食卓と食事の用意を手早く済ませて出ていった。
「これから兄上と話し合いだ。一緒に食事をと思ってね」
空腹は感じていなかったものの、おいしそうな料理を見ると、途端に食欲が出てくる。
薄いパンに、野菜や燻した肉を挟んだものだったが、かなり量がある。
アディエイルは、その体格に見合った旺盛な食欲で、食べ物を片づけていく。
食器が下げられ、食後のお茶を淹れてもらうと、アディエイルが立ち上がった。
「おとなしくしてろ」
「・・・この身体じゃ動けない」
ふっと笑うと、唇を落として出ていった。
先程の続きを読もうと、本を手に取った。
「ーーん・・・?」
気がつくと、満腹感と、夕べの疲れから眠り込んでいた。
部屋の中に誰かの気配。
「お、起きた」
「・・・クロウド・・・?」
近くに椅子を持ってきて、クロウドが座っていた。手にはクリスが読みかけていた本がある。
彼もたびたび王宮に出入りしているので、すっかり馴染みになっている。
寝起きでぼんやりする頭を無理矢理覚醒させながら、クロウドを見る。
「えーっと・・・いつから?」
「少し前。体調崩して休んだ、と聞いたからな。様子見だ」
榛色の瞳を細めて微笑んでいる。
「あ、ありがとう」
なんとなく照れ臭くなってしまう。理由が理由だけに恥ずかしい・・・。
「アディエイルは?」
「あ、サーヴィゲイル様と話し合いがあるとか」
「ふーん」
手にした本をぱらぱらとめくりながら、クロウドが聞いてきた。
「お前さ、なんでここにいるわけ?」
「え?」
「オランに聞いたら、お前はずっと王宮で暮らすことになった、とか言うしさ」
「あー。えーと・・・側近?・・・で、成り行き?・・・」
非情に曖昧になってしまったクリスの返事に、クロウドが笑いながら言う。
「なんで疑問形なんだよ。それに成り行きってなんだ」
色々あった事情を、説明しきれないでいると、何を思ったかクロウドは立ち上がり、クリスの頭をぽんぽんと叩く。
「ま、今はそれ以上聞かないで、許してやるよ」
「ーーなんか偉そうだな」
ふふん、と鼻で笑ったクロウドが、クリスの隣に腰を下ろす。
「これのどこがおもしろいんだ?」
さっぱりわからん、と言いながら、クロウドが手にした本をクリスに渡す。
「あー、クロウドには難しかったかー」
と冗談めかして言うクリスをクロウドが怒るふりをする。友人同士の軽い戯れは心地よかった。
「あ、クロウド、お代わりいる?」
「頼むわ。さすがいい茶葉使ってんなぁ」
笑いながらクリスは椅子を立つ。自分の身体に力が入らないことも忘れて。
「うわぁっ!」
「あぶなっ!!」
前のめりに倒れそうになって、寸でのところでクロウドの腕がクリスの腰を掴み転倒は免れる。
中腰のクロウドが椅子に戻る勢いで、掴まれたままのクリスもクロウドの膝の間にすっぽりとはまってしまう。
「はー、危なかった。ありがとう」
そう言って立ち上がろうとするが、腰に回されたクロウドの腕が解けない。
「クロウド?」
呼びかけても返事がない。急に黙り込んだクロウドに困惑する。
「おーい。クロウドー」腕を後ろに回して、短い髪の頭をぽんぽんと叩くと、ようやく腕が解かれた。
「どうした?クロウド」
腕から逃れ、お茶のお代わりを注ぎながら、クリスが尋ねる。
しかし、クロウドは黙り込んだまま、睨むように宙を見ている。
えー、なんだこれは
内心困り果てながら、態度を急変させた友人を見つめる。
と、いきなり注がれたお茶を一息に飲み干す。
「結構熱かったぞ。大丈夫か?」
クリスの心配を他所に、クロウドが勢いよく立ち上がった。
「あー、悪ぃ。ちょっと用事思い出した」
「え、あ、そうなんだ。忙しいのに、わざわざありがとうな」
そう言って微笑むクリスの頭を撫でる。
「元気そうで安心した。またな」
部屋の出口まで見送ると、廊下の向こうからアディエイルが戻ってきた。
何事か言葉を交わし、クロウドは片手を挙げて帰ってゆく。
「お出迎えとはね」
にこりと笑ったアディエイルがクリスの頬を撫でる。
「あー、悪い。見送り兼出迎え、だな」
というクリスを抱き上げると部屋に入る。
なんだかアディエイルは機嫌が良さそうだ。クロウドとは逆だ。
「クロウドになんでここにいるのか聞かれた」
「それで?」
「成り行き?って答えたけど・・・多分納得してないな」
「そう。それでいい」
自分では説明できないことだけど、アディエイルにまかせておけばいいだろう、と自分を納得させたクリスだった。
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