余孽之剣 日緋色金─赫奕篇─

不来方久遠

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アテルイ譚

十 遺産

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 岬と入江とが鋸の歯のように複雑に入り組んだ三陸の海岸線を、モレを抱いた
アテルイが飛行していた。
 ふと、虚ろな眼で遠くをアテルイが見た。
 桃色をしたコスモスの咲き乱れる野原に、澄みきった川が流れている。
 その奥の細道にある山向こうの地肌に、光る物を発見した。
 地層の狭間が、山吹色に輝いていた。
「モレ、あれは?」
「金の鉱脈だと思うわ」
 アテルイの指差した方向を、モレが見て答えた。

 二人は、イカコのムラに戻った。
「いずれ分かると思うが、田村麻呂は退く。それを束ねたミカドも長くはないだ
ろう。剣を欲しがる理由も消える。義理は剣でなくとも返せる」
 アテルイが、静かに話した。
 なぜなら、ヒヒイロカネの照射を浴びた者は、全て命を吸い取られるからだっ
た。
「何?」
 意外な事実にイカコは、どう答えていいのか迷った。
「ミカドの一人や二人、死んだところで体制は変わらぬ。代わりはいくらでもい
る。新たな戦が、いずれ始まろう」
 アテルイは、身重のモレを気遣いながら歩き出した。
「どこへ、行く?」
 イカコが、行く手を遮った。
「この剣は、この世にあってはならんモノだ」
 アテルイが、キッと睨んだ。
 その形相は、金色の瞳をした白髪鬼だった。
 言い知れぬ畏れを抱いたイカコは、怯んだ。
 何者を以ってしても、アテルイを止める事は出来ないと悟った。
 今まで蹂躙されるエミシとして、生きるためにヒヒイロカネを闇雲に使ってき
たアテルイだったが、その使い方を間違えると闇の力を発動させる鍵となってし
まう事に気がついた。
 神剣にも魔剣にもなってしまうヒヒイロカネ。
 元来、剣の力には善悪の基準は無いのかもしれない。
 それを使う者次第という事である。
 だが哀しいかな、ヒトは剣によってオニになってしまう。
 オニは剣を通じて、ヒトの世を魔界化したいはずだ。
 鏡・剣・玉の三種の神器と呼ばれる三つの力に分散させたのは、この世に調和
を保つための先人の智慧なのだろう。
 一人の者が集中的に力を持つのは危険であり、この剣だけは永遠に誰の手にも
渡らないようにするのが賢明だとアテルイは悟った。
 父も、そう考えていたに違いない。

 アテルイは、最後の力を振り絞り、ヒヒイロカネに全精力を傾けた。
  どっどど
      どどうど
          どどうど
              どどう
 亡き父と母の温もりを感じるような、柔らかな風が吹いて来た。
  どっどど
      どどうど
          どどうど
              どどう
 アテルイを新たなる途にいざなう時に、吹く風に思われた。
 人を殺める事以外に初めて、その力を利用した。
 金鉱脈が覗く山を吹き飛ばし、黄金の鉱山を切り開いた。
 出雲族から学んだ露天掘りの技術を、改心したイカコに教えた。
 石臼でつぶし、熱を加え、砂金に比べて純度の高い金を採る方法を。
 ─京から蝦夷と呼ばれたこの地における独立したクニへの礎として、その財政
  的基盤となる軍資金になるようにと─
 姫神山の岩清水が流れる峠で、モレが水筒にその清らかな冷たい水を入れてい
た。
「もう、…俺の戦は終わりだ……」
 アテルイは、言った。
「おらは、ヤツラにもう一泡吹かせるべ。達者でな」
 イカコは、二人の手を握りながら別れを言った。
 アテルイは、自分が陸奥にいる事で、無用なエミシ間の争いである“夷を以っ
て夷を制する”という同族同士の殺し合いを避けるため、人知れず隠棲する事を
決意した。
「俺は戦には勝てなかったけど、この剣だけは護り通すよ」
 そう言い残して、人知れずモレと共に陰陽道などの呪術が及ばない遠く奥深い
所に消え去った。
 剣に命を吸い取られたせいか、急激に歳を取り、杖を突く翁になった仙人のよ
うな姿のアテルイは、誰にも言わずに一人〝マヨイガ〟の中に、ヒヒイロカネを
封印した。
 イカコは、アテルイの遺志を継いで、ニサタイに背水の陣を敷き、朝廷軍にエ
ミシとして最後の大戦に出て壮烈な玉砕をした。

 その後、アテルイとモレが、白神山中の神の領域に行ったとか、十三湊から海
を越えて異国へ渡ったとか………
 どこでどうして生涯を終えたかは消息不明である。
 モレのお腹にはアテルイとの子供が、余げつとして胎動していた。
 余げつとは、滅びた者の子孫という意味である。
 本当に、この世に遺すべきモノが何かを、アテルイは気付いた。
 剣でもなく、土地でもない。
 それは、エミシとしての自分の血を、後の世に受け継がせる事だと。
 その子孫は、藤原経清の児に繋がり、黄金の経済力を持つ奥州藤原氏へと、エ
ミシの血脈が連綿と受け継がれていく事となる。
 

                            ─どんどはれ。

※黒塗伏字〝■■■■■■〟に関しては、梵字で〝ヒヒイロカネ〟と変換表示と
なります。
  
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みんなの感想(8件)

エクスワイジー

アザマロ譚も楽しみです。

2024.10.26 不来方久遠

👍️

解除
デフ
2024.10.26 デフ
ネタバレ含む
2024.10.26 不来方久遠

過去のお話があります。

解除
デフ
2024.10.26 デフ

続きはないのでしょうか

2024.10.26 不来方久遠

👍️

解除

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