8 / 10
アテルイ譚
八 刺客
しおりを挟むこの世を支配できるが、あの世からの報復を怖れた朝廷は、陰陽道など様々な
妖術を駆使して、その侵入を防御してきた。
魔界からやって来る鬼は、今日では悪の象徴である。
しかし、かつては権力に敗北した者、社会の周辺に排除された者が鬼とされた。
だが、彼らは単なる弱者ではない。
暗黒の他界から富と力と情報を持ち帰る、超能力者でもあった。
千年にわたる王都だった京都とその周辺には、鬼が出没する闇の空間が至る所
に存在する。
それは、王や貴族の権力が他界から来る力なしには、維持できないと信じられ
ていたからだ。
例えば京都の真北の鞍馬山には、他界との媒介者である修験者がいたし、貴船
は天皇自身が参詣して呪力を強化する場所だった。
人間は、恐怖する動物である。見知らぬ者、異形の者、異文化に属する者を恐
怖する。
そして、何よりも自らの権力にまつろわぬ者を恐怖し、その結果、葬り去った
者の怨念を怖れる。
こうして恐怖の対象となった者が、鬼と名づけられた。
その一方で、恐怖する人間はその怖れから逃れるために集団を作り、やがて国
家を形成する。
換言すれば、国家が国家として存続するには、その外部に常に鬼を必要とした
のだ。
王都・京都から見た東北は、鬼が棲む国だった。
蝦夷や平将門の反乱、ほとんど独立国家を作った奥州藤原氏などの存在がそう
させたのである。
しかし、中央に屈服させられた東北にとっては、京都こそ鬼の都に見えたはず
だ。
双方の唱える鬼払い役として、役小角や安倍清明といった陰陽師や種々の宗教
家が、重用されたのはこのためである。
琵琶法師などの芸能者は、その出自を天皇家とする伝承を持っているが、彼ら
もまた他界と通じる『鬼』と見なされた人びとであった。
しかし、それは諸刃の剣でもあった。
あの世を制御できる力は、現世の天皇と地位を脅かすものであり、呪術を操る
者達は、ある段階から抹殺されてきた。
出雲族が、その最大の例である。
三種の神器は、元々その宝剣だけは朝廷に存在しなかった。
この事は最高機密であり、即位した天皇にのみ代々申し送りされてきた。
時代を隔てた源平の戦の折、同時期に賊軍追討の院宣が双方に出された。
いずれも官軍を名乗れば、二人の天皇が立つ危機があった。
院政を敷いていた後白河法皇は、宝剣の秘密を苦慮したあげく、壇ノ浦の合戦
時に二位尼が宝剣と幼い安徳帝を抱いたまま入水した際、宝剣のみ回収できなか
った事を巧みに利用した。
最初から存在しなかった宝剣を、この戦で無くした事にしたのだ。
宝剣は、平氏と共に海に沈んだと。
その剣が何の因果か、北のエミシにあると云う。
桓武帝が、色めき立つのは当然だった。
三種の神器で、唯一欠けているアメノムラクモノツルギ(天叢雲剣)が入手で
きれば、朝廷史上最高の絶対的権力が得られるのだ。
この世とあの世、全宇宙・三千大千世界に力を及ぼす事ができるのだ。
坂上田村麻呂は、ヒヒイロカネがエミシの魔剣なのか、真の宝剣なのか確かめ
るためにアテルイ斬首に使用したが、まさか逃げられるとは思っていなかった。
アテルイとモレの逃亡を死亡説と流して、その整合性を計り、二人の捜索に躍
起になっていた。
「ヒヒイロカネと呼ばれる剣を、捕らえた蝦夷に独断で用いたは、そちの過ちぞ」
帝は、宮中の密室において田村麻呂を叱責した。
「申し訳ございません」
田村麻呂は、平身低頭して答えた。
「田村麻呂。鬼退治じゃな」
「は?」
「悪路王とその連れは、死んだのであろう」
「……」
朝廷の体面を保つため、逃げられたとは口外できなかった。
発覚すれば、田村麻呂は失脚し、その後ろ盾である桓武帝自身にも災禍が及ぶ
可能性があった。
蝦夷討伐は、政権を維持するための仮想敵国なのだ。
敵の大将を取り逃がしたとあっては、政権基盤が根底から揺らいでしまう。
「鬼は、どこにでもおるものぞ。いなければ、作ればよい」
帝の言う意味が、田村麻呂には合点がいかなかった。
「陸奥に棲むという鬼を殺さねばなるまい。さすれば、剣は弔いのために奉納さ
せる大義が立とう」
田村麻呂は、帝から隠密裏にアテルイとモレの暗殺、そしてヒヒイロカネの奪
還を指示された事を理解した。
「あの剣だけは、いかなる犠牲を払っても取り返すのじゃ」
帝の顔は、真剣そのものだった。
─至上命令─
宝剣ヒヒイロカネの奪取と二人のエミシの抹殺、この二つが達成されなければ、
田村麻呂の命も危ういものになっていた。
桓武帝から密命を帯びた田村麻呂は、その方策を画策した。
田村麻呂は、河内国の処刑場から逃亡したまま、杳として消息が分からないア
テルイとモレの行方を追った。
その捜索に、帝お抱えの陰陽師を頼った。
大内裏の二官八省の一つである中務省に属し、陰陽道を司った頭を長官として、
陰陽寮という役所を構えていた。
陰陽とは、古代中国の易学の術語で、天地万物は全て陰・陽の二つの気から生
じ、この二気は互いに相反する性格を備えて、月・秋・冬・西・北・水・女等は
『陰』、日・春・夏・東・南・火・男等は『陽』とされる。
陰陽道は、中国から伝来した陰陽五行の説に基づく学問で、自然現象と人間社
会の出来事を因果関係で考えている。
陰陽道を司るのは陰陽家でその頭の下、陰陽博士と呼称される者が、天文・暦
数・卜筮に関する事、及び陰陽生の教授等を担当した。
陰陽師は、星の相を観、人の相を観る。
占い・夢判断・星・数・地相・家相・呪詛によって人を呪い殺す事もでき、幻
術を使ったりもする。
眼に見えない力を用いて、運命や霊魂とか鬼とか、そういうモノの事に深く通
じており、またそのようなあやかしを支配する技術を持っていた。
朝廷に仕える役職の一つであり、帝が居住する内裏に近い所に陰陽寮が設けら
れている。
しかし、田村麻呂は例え朝廷直属と言えども、アテルイが生きているとは伝え
られなかった。
故に、アテルイの悪霊となった魂の追跡という、隔靴掻痒とした物言いにして
依頼するしかなかった。
アテルイとモレの逃亡という事実は、帝と田村麻呂しか知らない事なのだ。
田村麻呂は、悪鬼となった二匹のエミシという事にして、陰陽師に龜トをさせ
た。
龜トとは、カメの甲羅に溝を彫り、それを焼いて出来た亀裂によって吉凶など
判断した占いである。
占いには、裏鬼門の先に行った後、鬼門である艮(丑寅)の方角に向かってい
ると出た。
皇宮のある地図上からは、忌み避けるべき方角を移動しているらしい。
「やはりな」
田村麻呂は、得心したように頷いた。
裏鬼門の先は出雲、鬼門は東北すなわち陸奥、蝦夷地であった。
陰陽道が忌み避ける、鬼星の宿る方位を移動していた。
気懸りなのは、出雲に立ち寄った事だが、逃亡先の撹乱とも取れなくもない。
次に、陸奥へはどの経路で向かっているかを占わせた。
結果は、海と出た。田村麻呂は、驚愕した。
山の民であるエミシが、海を渡るとは考えてもいなかった。
海上を使うとなると、まさに神出鬼没、宝剣の力を携えているとしか思えなか
った。
舟は大潮を利用して、海流に乗った。
アテルイが舟を操っている間、モレは横笛を吹いてみた。
女人禁制の海も、出雲の霊力が海神ワタツミに通じているらしく、海路は穏や
かだった。
最初は、うまく音が鳴らなかったが、次第に旋律を奏でるようになっていった。
酒を呑みながらアテルイは、笛の音に酔いしれていた。
新調した服を着た美しいモレを、アテルイは抱きしめた。
潮騒だけが聞こえる朧月夜の洋上で、二人は激しくまぐわった。
二十日後、舟は東日流の十三湊に着いた。
北国に、早い秋が到来した頃だった。
主要なブナの木に刻印された、独特な記号を組み合わせて森の位置を示す“木
印”と呼ばれる誘導地図に従って、星宿海に出た。
満天の星々を映して輝く泥沢地である。
アテルイが北の星座を目印として、方位と位置を計算した。
白い川のように見える夜空を見上げると、眩しいくらいだった。
もしもイカコとはぐれたら、ここで待ち合わせる事にしていたのだった。
アテルイはヒヒイロカネに生命力を吸い尽くされて、精魂尽き果てていた。
青息吐息でモレと共に、山に戻った。
〝俺がこの世に残せるモノは、何なのだろうか?〟
アテルイは、考えていた。
ヒヒイロカネの剣?
いや、そうではない。
日高見の人々が、誰の支配を受ける事無く平和に暮らす事だ。
服属したまま、エミシと呼ばれてニシノクニの言う通りになっているとは思え
ない。
いずれ、再び立ち上がるだろう。
その時のために、一体何をすれば良いのか?
戦?
違う。
長期戦になれば、物量で負けていく。
武力以外の力を持たなくてはいけない。
相手に勝つ必要もない。
エミシノクニとニシノクニとの力の均衡。
相手に、付け入る隙を与えなければいいのだ。
同じ事を、モレも考えていたようだった。
「ニシノクニの人とも、共に生きる道はないの?」
モレが、そう言った時だった。
無数の弓矢が、飛んできた。
疲労困憊のために、動きが取り難い。
剣でなぎ払いながら矢を避けて、近くの竹薮に逃げ込んだ。
矢が青々とした竹林に突き刺さって、アテルイ達に届かない。
だが、体力を消耗している二人は、たちまち追い詰められ、周囲を取り囲まれ
て四面楚歌となった。
「その剣を渡せ!」
イカコだった。
死に物狂いで突破しようとすればできたが、同族とは戦えない。
「オマエが…なぜ……」
困惑したアテルイは、剣を抜くのをやめた。
同族の、しかも相手は戦友でもあるイカコだったのだ。
「その剣さえあれば、ニシノクニと取引できる」
イカコが、言った。
「もっと頭が切れると思っていたが、浅はかなヤツ…」
アテルイは、言った。
「海の嵐で難破した舟から助けてくれたのは
、田村麻呂の手の者だ。恩がある」
イカコが、これまでの経緯を説明した。
情の深いイカコにとっては例え敵といえども、義理は果たさねばならないのだ
ろうと、アテルイは理解した。
「……なるほどな……俺を殺したければ、そうしろ……見ての通り、俺の命も残
り少ない…」
憔悴しきったアテルイの髪は、総白髪になっていた。
「アテルイ!」
モレが、哀しそうな表情をした。
「剣させ渡せば、命は取らぬ…」
イカコが、言った。
「………分かった……少し時間をくれ…………」
アテルイは、ゆっくりと答えた。
イカコは、納得したようだった。
「ゲホッ、ゲホゲホゲホゲホゲホゲホ」
アテルイは、続けざまに激しい咳をした。
モレが、アテルイの額に手を当てて熱を計った。
「熱がある」
モレが、言った。風邪をひいたようだ。
「慣れない舟旅と海風で、疲れたのさ」
イカコが、言った。
「オレも年かな」
アテルイは、冗談とも言えぬ表情で答えた。
モレは、星明りの下で薬草を探している時だった。
急に激しい吐き気を催した。
新しき命の鼓動が、芽生えていた。
長らくできなかった児が、その体内に宿っていた。
出雲神の霊力かもしれない。
児を育てる落ち着いた環境になるまで、しばらくは黙っていようと考えた。
何事も無かったかのように戻って来たモレは、ユズリ葉にジャコウ草の油を混
ぜて作った軟膏を、咳き込むアテルイの胸に塗り込んだ。
「胸がスーッとする」
アテルイが、言った。
イカコは、アテルイとモレを自分のムラに案内した。
〝ダーダーダーダーダースコダーダー〟
農耕馬の頭を模して、大きな馬のたてがみ状に五色の紙が幾重にも張られた烏
帽子をかぶり、手平鉦の早打ちに合わせて激しい“えんぶり”と呼ばれる舞いが
踊られた。
元来、春にその年の豊作を祈願する神事だが、めでたい席でも舞われたりもし
た。
宙吊りに引っくり返された鹿の肉が、丸焼きにされていた。
酒や肴が振舞われている間、モレは感冒薬を作ってアテルイに飲ませた。
今も昔も、風邪は万病の元である。
幸いにも初期症状での手当てが功を奏して、アテルイの体力は回復していた。
「日高見には、もう戻れないのか…」
アテルイが、宴の席でイカコに聞いた。
「……まだ抵抗しているムラもあるが………陸奥の大半は、朝廷に支配されてい
る……共存するためには、その剣がここにあるとまずいんだ……………」
彼なりに悩んだ末の結論であり、イカコは沈痛な面持ちで答えた。
京は、魔界から現世に繋がる魔境でもある。
あの世から現出しようとする鬼を封じ込める伏魔殿だ。
天子は南面するという中国の易経の思想に基づいて、南に向かって大内裏が作
られ、その門として朱雀門、京域空間と異界との境界として羅城門が置かれてい
た。
また、四神相応と呼ばれる四方を、配置した神々に護らせた。
東の流水に青龍、西の大道に白虎、南の湿地に朱雀、北の丘陵に玄武、以上の
四つの神々を想起した中国の長安を模して造営された。
青龍は、青色の龍。
白虎は、白い虎。
朱雀は、頭はトリ、首はヘビ、顎はツバメ、背はカメ、尾はサカナ、羽は極彩
色で聖人が世に出る時に現れると云われる。
玄武は、カメとヘビが一体となった姿とされる。
前の京である平城宮址の井戸からは両眼と胸に木クギを打ち込んだ呪いの木人
形が多数出土しており、中国思想は古代日本にはかなり浸透していた。
その思想を汲む陰陽道の前身にあたる呪禁道と呼ばれる呪詛は、時の政府によ
って禁止例令が出て、その首謀者が斬首された。
貴族同士が呪い合って、政道が乱れたからであろう。
陰陽思想から形成された新都平安京は、渡来系出自である帝の考えもかなり影
響したであろう事は容易に想像できる。
陰陽道における陰陽師とは、一言でいえば『呪い』の請負人である。
その呪いには、ある特殊な技術を用いた。
蠱毒である。
蟲というのは、虫や動物を意味し、例えば犬を頭だけ地面から出して、餌も水
も与えないばかりか目の前に、肉を置いて飢餓感を募らせながら何日間も埋めて
おく。
犬は当然、腹を減らして苦しがり、眼前の肉を食えない怒りに狂って騒ぐが、
死の直前まで時期を見計らい、首を刎ねてその生首を魂魄とする。
この世にとどめおかれた魂を意味する魂魄は、式神として操られて呪いかける
事に使われる。
呪者の妖術を実行するために遠隔操作された式神が、その手足となって動く。
田村麻呂はヒヒイロカネの捜索に、陰陽道を使う事を考えていた。
陸奥の山奥に入られては、探しようが無い。
平定されていない蝦夷は、まだ各地に多数存在していたのだ。
徒党を組んで行動してくれれば、その動静をつかみやすいが、単独で動かれる
と難しかった。
アテルイとモレをかくまう勢力は、いくらでもいるのだ。
陰陽博士が、陸奥に向けて式神を放った。
アテルイとモレを斬首した際、処刑場で閃光と共に干乾びた土から採取した死
んだ蛙や蛇などの蠱を煩悩と同じ数の百八匹集めて、殺された怨念の霊を魂魄と
した式神を基にヒヒイロカネ探索に用いた。
殺された恨みの塊となった式神は、巨大な光の玉となって山中を駈け回った。
神無月。
この時期になると、日本中の神々が出雲の地に年に一度、一堂に会するので各
地の神社には神や精霊がいなくなる月だ。
出雲では神々が集うので神在月、翌月の霜月は神々が各地に帰っていくので神
帰月と謂う。
他の神々に邪魔されない時期であり、式神を操るのには好都合であった。
イカコは剣を渡すと言ったアテルイを信じて、礼を尽くした。
アテルイとモレは、イカコの勧めで奥羽山脈を抜け、北上山系の隠れ家に移り
住んでいた。
不吉な鵺の鳴く晩だった。
頭はサル、胴はタヌキ、手足はトラ、尾はヘビの姿をした不気味な鳥である。
夜空の月が、欠けていった。
月蝕によって、やがて真っ暗になった。
巖鷲山、現在の岩手山中に植生する高山植物のコマクサも見えなくなった。
湖のほとりに、青白いはかなげな光を明滅させていた蛍も姿を消した。
「ッ?」
アテルイは、不吉な予感がした。
空の遠くに、白い火が見えた。辺りの燃えるような色の紅葉が、暗闇に映えた。
まるで、月が炎となっているようだった。
それが、ドンドン接近して来た。
魔剣ヒヒイロカネに反応するように作られた式神は、アテルイとモレの上空に
現れた。
巨大な光が舞い降りて、アテルイの腰にある剣の周りを回った後、モレを包ん
だ。
あっという間に、鞠のような光の中にモレが取り込まれて宙に浮く。
「モレ!」
アテルイが、叫んだ。
モレは何かに取り憑かれたごとく、アテルイの首を物凄い怪力をもって両手で
絞めた。
「…く、苦しい……」
アテルイは、気を失いそうになった。
モレは、臨月にはまだ遠かったが産気付いた。
憑依されたモレは、陣痛によって我に返った。
呪殺に失敗したと考えた陰陽博士は、作戦を変えた。
「女は預かる。返して欲しくば、その剣と交換だ」
光の玉は、そう伝えるとモレごと西の空の彼方に去って行った。
月が再び、闇から現れてきた。
田村麻呂は最初から呪術だけでアテルイを殺し、ヒヒイロカネを奪えるとは考
えていなかった。
代替策として、陰陽博士のコドクを用いた式神による妖術で、モレを人質に捕
る事によってヒヒイロカネを持つアテルイをおびき寄せる事を考えたのである。
魔を封じ込める魔境でもある平安京において、現人神である帝を擁して戦えば、
いかなる邪鬼であろうとかなうはずがない。
このような呪術に頼る事はしたくはなかったが、背に腹は変られない。
陰陽家のほうでも軍事を司る田村麻呂に恩を売って、これを機に呪術を操る陰
陽寮の地位を上げ、朝廷に物申す立場を得たかった。
権力闘争である。
京は、常に人の足を引っ張る勢力が目を光らせているのだ。
下手をすると、田村麻呂は蝦夷征伐の英雄からアテルイを逃した罪で逆臣の汚
名を着せられかねない状況だった。
不本意でもあり汚いやり方ではあったが、魔剣を手にする尋常ではないモノを
相手にする以上、陰陽家と組んでモレを餌にでもするしか、アテルイからヒヒイ
ロカネを奪うのは不可能だと思われた。
その場に一人取り残されたアテルイは逆上し、咆哮した。
「■■■■■■」
父であったアザマロの断末魔に吐いた不思議な呪文のような韻律の音色が、ア
テルイの口から自然と放たれた。
心で念じていただけの時とは、比較にならない程の強大な力を体感した。
五感を超越した感覚、肉体を意識せずに精神のみに身を委ねたような感じだっ
た。
ヒヒイロカネの剣は、この世とあの世を往来するための鍵だった。
これを解放すれば、この世に生ある者はその命を吸い取られ、他界のモノを現
世にいざなう事ができた。
時空の狭間を、自由に去来できる。
アテルイの体から遊離した霊魂が、焔となって脱け出した。
覚醒。
母が、今はの際に自分に託した剣。
自分とモレを助けるために、他界に行ってしまった父。
父はその最期に、身命を投げうって教えてくれた事が解った。
母も父も、この世にはすでに存在しない。
この剣の力を解放した以上、自身もただで済むとは思っていない。
命を賭けて、モレを助けるのだ。
後悔など、全く無かった。
アテルイの姿は、鬼剣舞のようであった。
鬼の土面をかぶり、剣を自在に振り回して舞う様子から胆沢地方でそう呼ばれ
る。
アテルイの霊魂は、モレを追って平安京に向かった。
20
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説

余孽之剣 日緋色金─発動篇─
不来方久遠
ライト文芸
日ノ本ノクニは、ツルギによって創られたと云われる。
いにしえの神々がツルギを海に浸し、引き揚げた時、四つの雫が滴り落ち、その雫がさらに分かれて八洲になったのだとか……
あの世とこの世を繋ぐ神剣ヒヒイロカネ。
三種の神器の要であるこの剣を持つ者が、世界を治めるができた。
エミシと鬼女との間に産まれ、ヒヒイロカネを授かった児が成長した。
名をアザマロと言った。
その秘剣を受継ぐが故に、陰陽師の呪術によってアザマロは昼は鷹に、誼を通じた女は夜に狼に変化した。
日の出と日の入にだけ、お互いの瞳がヒトとしての姿に見えるような瞬間を、それぞれが夢のように覚えていた。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*
gaction9969
ライト文芸
ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!
ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!
そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった
なるとし
ファンタジー
鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。
特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。
武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。
だけど、その母と娘二人は、
とおおおおんでもないヤンデレだった……
第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
男女比がおかしい世界の貴族に転生してしまった件
美鈴
ファンタジー
転生したのは男性が少ない世界!?貴族に生まれたのはいいけど、どういう風に生きていこう…?
最新章の第五章も夕方18時に更新予定です!
☆の話は苦手な人は飛ばしても問題無い様に物語を紡いでおります。
※ホットランキング1位、ファンタジーランキング3位ありがとうございます!
※カクヨム様にも投稿しております。内容が大幅に異なり改稿しております。
※各種ランキング1位を頂いた事がある作品です!
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる