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アテルイ譚
七 海…そして出雲へ
しおりを挟む「鬼のような怨霊となってミヤコにとどまる事を懸念して、二人は処刑後、その
亡骸を焼却処分にしたと伝わっているぞ」
山道を抜けた林に、イカコが準備しておいた一艘の帆を畳んだ舟を出しながら
言った。
裏をかいて、平安京のある山城の国を抜けて日本海側に出ていた。
「死んだと思われたほうが、都合が良い」
イカコに案内されたアテルイが答えた。
小高い丘を登りきると、そこは荒磯だった。
海猫が、一直線に翔んでいた。
「汐の匂いがするわ」
モレが、言った。水平線が円くなって見えている。
アテルイは、息を呑んだ。故郷の川とは比べ物にならない、その大きさに。
「これが、海……」
生まれて初めて見るその大海原に、アテルイは我を忘れて魅入った。
二人は、イカコを水先案内人として、小さな帆掛け舟で出帆した。
沖に出た頃、背びれの群れが海上に現れた。
「豚みたいなあの魚は、何だ?」
アテルイは、子供のようにはしゃぎながら言った。
「海豚と言って、犬のように頭が良いんだ」
イカコが、解説した。
「イルカは、この海の先に何があるか、知っているんだろうな……」
アテルイは、眼を遠くに移して言った。
「そうだ、海の向こうから伝わってきた、これをやる」
イカコが、粉末の入った包みをモレに手渡した。
「何?」
受け取りながらモレが言った。
「火を点けると爆発する。木炭と硫黄、それとこのクニでは手に入らない硝石と
かいうのが混ぜてあるらしい」
イカコとモレが話している間に、アテルイは海に飛び込んでいた。
「アテルイ!」
モレが、叫んだ。
イルカを追って潜ったまま浮き上がってこないアテルイを、イカコとモレは心
配した。
しばらくすると、アテルイが浮上してきた。
「プハー。しょっぺー」
アテルイは、舟に戻りながら言った。
「フフ」
モレが、嬉しそうに笑った。
「潮の流れに乗れれば、三日でおらのムラだ」
そう言ってイカコは、帆を揚げた。
帆の中心木には、ヒヒイロカネの剣がしっかりと括り付けられていた。
《我一人、命を賭してこのヒヒイロカネを最大限に念じ、ミヤコを灰燼に帰す事
も考えた》
アテルイは、アザマロの事を思い出していた。
自分を生かしてくれた父。命と引き替えに、自分を守ってくれた母。
《今度は、俺が守る番だ》
アテルイは、モレの肩を抱きながら思った。
《生きて、生きて、どこまでも生き抜いてやる。俺は、たとえ鬼と呼ばれようと
も、ミヤコの者共に、目に物見せてくれる》
そして、自分に誓った。
三人を乗せた船が夕陽の射す陰となって、洋上に溶け込んでいった。
海は、凪いでいた。
いつもは見える星も月も、この夜は姿を隠していた。
暗闇の大海原を、帆を畳んだ舟が一艘、浮かんでいる。
アテルイとモレは、寄り添うように船上で眠っていた。
舟底の中心に通った竜骨の上の喫水線に、水のはね返す音だけが響いていた。
ブクブクと、泡が舟の周りに上がってきた。
突然、打ち寄せる波の調子が変化した時だった。
「!」
イカコが、真っ先に異変に気が付いた。
アテルイも、カッと両眼を開いて目覚めた。
真っ暗で見えないが、その気配から舟の十倍はあろうかと思われる頭の丸い巨
大な化け物が、海上にせり上がってきたのだ。
「海坊主だ…」
イカコが、言った。
モレが目を覚ました時には、アテルイはヒヒイロカネの剣をつかんで、海の化
け物と対峙していた。
海坊主が、舟に襲いかかってきた。
アテルイは、鞘からヒヒイロカネの剣を抜き、海坊主の喉下の逆さ鱗をかすめ
て斬った。
海坊主は、怪音をさせながら海中に没した。
モレが、顔を強張らせて舟の縁につかまっていた。
空が、光った。
雷鳴が轟き、一瞬にして大シケの嵐となった。
海坊主の逆鱗に触れたからだった。
「女を…乗せたからかな……」
イカコが、ボソリと呟いた。
古来、山の奥深くや沖の海は、女人禁制と謂われていた。
女は、不浄の存在と定義付けられて、近づけてはならぬと信じられていた。
その禁を冒すと崇りがあると。暴風雨の中、舟は木の葉のように舞っていた。
イカコが、先に海に投げ出された。
「イカコ!」
叫ぶアテルイを、竜巻が舟ごと呑み込み、残された二人も海に放り出された。
海中でアテルイは、モレの手をつかんだ。
そして、着衣を固定している縄を解き、自身の左手首とモレの右手首をしっか
りと結わいた。
海坊主は、大渦を作って二人を引き離そうとした。
物凄い水流に、二人の身体が独楽のように回転しながらもまれていった。
一昼夜後、アテルイとモレの二人は、黄色い砂の広がる浜辺に打ち上げられて
いた。
月の出ない丑三つ時だった。
海上に点滅する火に、アテルイが目を覚まされた。
それはまるで、八代海の不知火のようだった。
「ッ?」
陸奥の墓地や沼等にも、夜に火の玉が空中で燃えている事がある。
死者の霊が現世にさ迷って見える所から人魂と呼ばれているが、海にも似たよ
うなモノがあるものだと、アテルイは思った。
傍らには、左手に繋がれたモレが横たわっていた。
舟も食料も無く、命からがらこの砂丘に漂着してきたのだった。
「モレ!」
アテルイは、起きあがってモレの身体を揺すった。
「う、う~ん」
モレが、唸りながら目覚めた。
「ケガは?」
「何とか、大丈夫みたい。アテルイは?」
「俺は何ともない」
ヒヒイロカネも無事に、腰に下がっていた。
「イカコ…あいつは?」
アテルイとモレは、周囲を見渡した。
だが、イカコの姿は無かった。
海上の反対側には、海風によって砂の上を吹いて出来た風紋の幾何学的な模様
が果てしなく続いた砂以外、何も見えなかった。
海の上にぼんやりと見える光を頼りに、はぐれたイカコを捜索したが、見つけ
る事ができずに途方に暮れた。
砂の中のあちこちに、二人を凝視する眼が点在していた。
「ッ?」
かなり多勢の呼吸音が、アテルイの耳に聞こえていた。
ザバーッと、砂塵を上げて砂の中から爬虫類のような異様な姿のモノどもが現
れた。
それはまるで、墓場の死霊のごとく涌いて出てきた。
指の先が鋭利な刃物のように鋭く、眼は小さいが口は耳まで裂けた砂丘に棲息
する夜行性の沙神だった。
獲物が迷い込んで来るまで、砂の中でじっと待っていたのだ。
アテルイは、ヒヒイロカネの剣を抜いた。
明滅する沖の光が剣に白色の煌きとなって反射しながら沙神の肉を焼き切り、
その緑色の血を蒸発させた。
「ギェブッ」
奇妙な悲鳴を上げながら沙神が、次々に倒れていく。
一人、また一人…あるモノは左目から口にかけて切り裂かれ、あるモノは腹を
えぐられて、血が湯水のように何の不思議もなく流された。
「アテルイ!」
別の沙神に捕らえられそうになったモレが、アテルイを呼んだ。
アテルイは、跳んだ。
アテルイの倍はあろうかと思われる上背の沙神の肩を踏み台にして、メスのよ
うな形をしたモノの斜め後ろに着地した瞬間、その顔を思わず見入った。
メスだと感じたのは、胸のあたりに乳房のような突起物が、二つ垂れ下がって
いたからだ。
油断だった。
敵とは言え、メスを殺す事を一瞬ためらった時だった。
アテルイは、ふくらはぎを軽く斬られた。
これでは歩く事はできても、とても走れない。
「フォヲグァ」
意味不明な叫び声を上げ、おののきながら左右から複数の沙神が襲って来た。
両手首を斬り、続けて喉元をえぐった。
先ほど飛び越えた大きな沙神が、向かってきた。
「これじゃ、きりが無い」
その背後から無数のモノどもが、迫って来ていた。
「モレ、海に入るんだッ」
モレが、アテルイに指示された通りに海に逃れた。
アテルイは、後ずさりながら自身も切り傷のないほうの片足で海水に入って、
ヒヒイロカネの剣を砂地に刺し込んだ。
剣を突き立てながらアテルイは、念じた。
その使う者の命を喰らい、吸い取ると謂われた剣……
だとすれば、皮肉にもアテルイは生命を削って生き抜いてきた事になる。
剣が発光すると同時に、砂丘が蒸してきた。
砂もろとも蒸された沙神たちが、干からびていった。
一陣の風が吹いてきた。
渦を巻いた、つむじ風だった。
「痛ッ」
真空の風が、アテルイの手の皮膚を鎌で切ったようにスパッと裂いた。
「鎌鼬だ」
アテルイは、モレをかばいながら地面に伏した。
アテルイの背中がカマイタチの風によって、切り刻まれる。
幼少の折、母がこうして矢面に立って、自分を守ってくれた事を想い出した。
「…アテルイ……」
申し訳なさそうに、モレが呟いた。
モレに肩を借りながら全身傷だらけのアテルイは、海岸線の砂丘の果てまで歩
いた。
沙神とカマイタチに傷付けられた身体は、潮風にさらされて痛かった。
夜明けが近いらしく、空が白んできた。
その明かりで見渡せるようになり、遠くに木立があるのが見えた。
モレは、木立の朝露を集めてアテルイの傷付いた身体を洗い流し、近くに密生
していた蒲の穂を敷いて、その上で手当てをした。
それはまるで、因幡の白兎伝説を模しているかのようだった。
傷付きながらも剣を使って体力が弱っているアテルイを見て、モレは心配にな
った。
〝一度その力を使うたび、一年寿命が縮む〟
以前、仙人に言われた言葉だった。
今までの戦における剣の使用回数を考えると、二十年は寿命を短くしている計
算だ。
バサバサッと、一羽の鳥が飛び立った。
アテルイは、身構えると同時に、怪鳥音を叫びながら飛び掛かって来る大男の
首を刎ねた。
大男の正体は、顔が赤く鼻が異常に高くて、烏のような嘴を持ち背中の羽で自
由に空を飛び回るカラス天狗だった。
別のカラス天狗が手にした団扇であおぐと、無数のカラス達が突進してきた。
ふくらはぎを痛めて、思うように歩けないアテルイは、最小限の動きでカラス
達を剣でなぎ払った。
モレは、イカコからもらった硝石と木炭と硫黄を配合した爆薬に火を点けた。
〝ボン!〟
突然の閃光と音にびっくりしたカラス天狗等が、逃げ返った。
「助かったよ」
アテルイが、剣を杖代わりにしながら言った。
「これだけ私達を襲って来るのは、近付いてはいけないという警告なのかしら?
魔物達は、何かを守っている感じがするわ」
モレが、言った。
「ああ……」
アテルイが、そう答えながら小枝を束ねて即席の防具を二人分こしらえると、
モレと共に身に着けた。
「?」
鋲を打った金属のような棒が、アテルイの眼前で空を切った。
アテルイは、とっさにモレを木陰に突き飛ばした。
黒い大きな複数の影が、ツバメのごとく左右に展開した。
避けきれない物は剣と手甲と肘当てでかわした。
肉弾戦の間に、時おり聞こえる刃物の接触する音と共に火花が散った。
敵は、金棒を振り回して向かって来た。
今度の相手は、頭に二本の角を生やし、肉食獣の如き牙を持った鬼だった。
それぞれに金棒を手にした赤い色と青い色をした二種類の鬼達は、血に飢えた
野獣より手強かった。
剣と金棒がぶつかり合う金属音にかき消されて、肉を切り裂く音はしない。
しかし、あたりには数匹が手を失い、足を失い、はては首を失って倒れていた。
アテルイの真紅の剣が空を切ると、それだけ相手が死ぬ。
斬るアテルイとて無傷ではない。身体のあちこちに爪ほどの穴は開いているの
だ。
けれども、痛みを感じる暇などない。
遮る物は全て除く。
それが、生きる証しなのだ。
〝こんな事までして、生きるのは嫌だ〟
アテルイは、常にそう感じた。
〝だけど、殺されるのは、もっと嫌だ〟
矛盾を感じながらもこれが本心だった。
両の手足の指を足したくらいの数を斬ったろうか…それでもなお敵の群れは迫
って来た。
ゆっくり痛みを味わっている頃は、それは死にゆく時だ。アテルイは瞬きより
早く、下からすくうように相手の胸をえぐった。
斬って斬って、斬りまくった。
モレに青い鬼が迫っているのが分かった。
アテルイは、剣を槍投げのように一直線にその青鬼に投げ込んだ。
アテルイの剣は、青鬼の右眼を貫いてしっかりと突き刺さった。
安心する間もなく、最後の一匹の赤鬼が金棒で向かって来る。
アテルイに手持ちの武器は無い。
金棒はアテルイの黒髪と左の頬をかすめた後、アテルイの頭に殴りつけてくる。
容赦無く殴りかかる血糊で赤錆びた金棒がアテルイの胸に突き刺さろうとした
時、アテルイは頭上の小枝をつかんで、身体をかわした。
片手には、手ごろな岩塊をわしづかみにして、それを赤鬼の脳天に渾身の力を
込めて叩きつけた。
赤鬼は後頭部から鮮血をほとばしらせながら一言も語らず、顔から倒れていっ
た。
「ハァ、ハァ、ハァ」
大きく深呼吸をした後、アテルイは突き刺した鬼の眼から自分の剣を引き抜い
た。
剣を引き抜かれた眼からは、血がドッと流れ出し、片方の眼はギロリとアテル
イを見据えていた。
満身創痍のアテルイの前に、広場が見えてきた。
広場には、中心が立石からなる環状列石が置かれていた。
そこは、祭祀場であった。
ヒューと風切り音をさせて、中空で数個の穴があけられた飛ぶ時に高い音を立
てる数十本のかぶら矢が一斉に飛んできた。
先端に付いた股を開いたような形をし、内側が刃になっている雁股には炎が燈
っていた。
火矢であった。
アテルイとモレは、火攻めに遭った。
炎は二人を取り囲むように、轟々と燃えて行く手を阻んだ。
炎の勢いが弱い所を見つけて、そこに走り込むと、縄で作られた布状の袋に身
体ごとすくいあげられて宙吊りにされた。
あらかじめ逃げ道を作り鹿や猪を追い込む狩猟法で、エミシも使う“巻狩り”
という罠だった。
軽率だった。
相次ぐ戦闘での疲労がここにきて、判断力を失わせていた。
雁字搦めのため、剣を抜く事もできなかった。
陽動作戦にはまってしまい、捕らえられたアテルイとモレは出雲人によって連
行された。
巨大な社が、聳えていた。
杵築大社、現在の出雲大社である。
「ここは、八百万の神々が住まう聖なる地である。何人たりとも、出雲の結界を
突破する事などできぬわ」
祭司が、二人に言った。
「イヅモ?」
アテルイが、聞いた。
「この剣を、どこで手に入れた?」
祭司は、ヒヒイロカネの剣を持ち出して問うた。
「それは、俺のだ」
「どこから、来たのだ」
「北からだ」
「北のいずこだ」
「日高見だ」
「何ゆえ、お前はこの剣を使えるのだ」
「……」
アテルイは、黙した。
「ヒノモトノクニはツルギによって創られたと云われる。いにしえの神々がツル
ギを海に浸し、引き揚げた時、四つの雫が滴り落ち、その雫がさらに分かれて八
洲になったのだとか」
八洲とは、本州・四国・九州・淡路・壱岐・対馬・隠岐・佐渡の八島、つまり
当時の日本列島である。
「この剣は、タタラ場のあるこの出雲で製鉄し直したモノだ」
「何?」
アテルイは、相手が何を言ってるのか分からなかった。
「古来より、このクニの長に授けられる三種の神器を知っておるか」
「サンシュノジンギ?」
「八咫鏡(ヤマタノカガミ)・天叢雲剣(アメノムラクモノツルギ)・八尺瓊勾
玉(ヤサカニノマガタマ)。天孫降臨の際、天照大神から授けられ皇位継承の印
として、代々の天皇に受け継がれる三種類の宝物。これら無き者は、帝にはなれ
ぬ」
祭司が説明するミカドという言葉に、アテルイは関心を示した。
「その昔、大和族が覇権のために、我等の祖先をこの地に流刑にした。
その際、三種の神器を奪おうとしたが、肝心の宝剣だけは見つからなかった。
剣は古来、我が祖先が退治したヤマタノオロチから受け継いだ代物。
その剣だけは誰にも渡さなかった。
剣は、密かに北のクニにもたらされて、その者はエミシの長になった」
「?………」
「ここ出雲は、大和族が神々を流刑にし、殺戮した流竄の地…」
祭司は、衝撃の事実を打ち明けた。
封印されたまつろわぬ者の集う魑魅魍魎が跋扈していて、当然の土地だった。
「お主、名は何と言う」
祭司が、聞いた。
「アテルイ。連れのモレだ」
アテルイは、毅然として答えた。
「アテルイとな!」
祭司は、驚きの表情だった。
「輝ける剣を持って、朝廷軍と戦をした陸奥のあの悪路王か!」
「そうだ」
「アテルイは、京で殺されたと聞いたが……」
「そのヒヒイロカネの剣のお陰で、助かった」
アテルイは、祭司の持つ剣を指差して言った。
「ヒヒイロカネ……エミシでは、そう呼んでおるのか…」
祭司は、配下の者に目配せして、アテルイとモレの縄を解かせた。
「この剣を持つ者が、この出雲の地に現れたのは、神の導きであろう」
そう言って、祭司がアテルイに剣を返した。
「出雲は我等の結界により外部からの侵入を強固に阻んでいる反面、大和族によ
る陰陽道もまた、我等をこの地に封じ込めている」
「ここから出られないのか」
アテルイは、聞いた。
「そなたらは、我等の導きがあれば可能だ」
「解放してくれのか?」
「条件がある」
「何だ」
「そちが言うヒヒイロカネという剣を、大和族に永遠に渡さぬと約定できるか」
「…できるさ……」
「そちが死んだ後も、未来永劫ぞ」
「約束する」
アテルイは、キッパリと返事をした。
アテルイとモレは、鉱山を案内された。
鉱山からは鉄鉱石が、露天掘りという手法で掘り出されていた。
「直接、掘り出すのか…」
陸奥では使われていない技術だと、アテルイは思った。
タタラ場と呼ばれる場所では、石臼で潰された鉱石が高熱を加えられて精錬さ
れていた。
工房では、鉄器や土器など様々な工芸品が作られていた。
祭司は七つの孔があいた龍笛と呼ばれる横笛を手に取り、口に当てた後、モレ
に手渡した。
「吹いてみなさい」
見よう見まねでモレが吹くと、不思議な音色がした。
「笛の才があるようだ。剣を持つ者は、その力ゆえに迷い、悩み、そして孤独じ
ゃ。戦に明け暮れるだけでは神魂が腐る。腐った魂には鬼が宿り、鬼神に捕り込
まれる。そのような時は、そなたが支えてやりなさい」
そう言って祭司は、モレに笛を与えた。
「ありがとう」
モレは、大事そうに受け取りながら礼を言った。
「三種の神器は、陰と陽を司るモノ。これら一つでも欠けらば、この世を支配で
きても、あの世までは手出しはできぬ」
祭司が、アテルイの剣を見ながら話した。
「………………」
アテルイは、使用するたびに寿命を吸い取るこの剣の正体を知って愕然とした。
この世とあの世を結ぶモノ………魔剣とも神剣とも謂われる所以であった。
京に巣食う輩は神を名乗ってはいるが、不完全なカミなのだ。
出雲人との出会いから、天皇と称する者が真の神になるべく、この剣を欲して
いる。
剣が揃えば、絶対的支配神が完成してヒトは隷属してしまう。
ただ平和に暮らしたいと願っていた、北の人々を蹂躙したヤツラの専横を許し
てしまう。
天皇=神の偽善を知ったアテルイは、決意した。
命に代えても、この剣だけは渡してはならないと。
出雲族の祭司によって、アテルイとモレはミソギ・ハライを済ませた。
さらに、海の神であるワタツミに、航海の安全を祈願した。
「剣がここにあると、大和族が再びその力を得ようとして、この出雲に侵略して
くる。剣と共に、北のクニに戻れ。我らの祖先も災禍を逃れるため、そして国を
守るために、宝剣を遥か北のクニに逃したのだ」
太古の昔、宝剣の東北への伝播に伴い、出雲における神話が妖怪やお化けとい
った民間伝承として各地に伝わるようになる。
こうした種々の神々の言い伝えが変遷して、遠野物語に代表されるような民話
となっていった側面もあろう。
婉曲的な表現として、宝剣が陸奥に伝わったと同時に宝剣を守り隠す暗示とし
て、不思議な伝説を遺したのかもしれない。
「お主が、調和の取れた正しき事に、その剣を用いられん事を……」
祭司は、祈祷しながら言った。
出立間際に、祭司はアテルイに新しい軽くて丈夫な甲冑を渡した。
モレには、青い色の天鵞絨の服が与えられた。
「綺麗だ…」
見違えるように美しく着飾られたモレを見て、アテルイが言った。
アテルイがモレに見惚れている時、祭司はモレのお腹に向けて謎の符牒を呟い
た。
そして、二人は出雲族から与えられた食糧を満載した真新しい丸木舟で、海を
渡った。
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