ダイ・ゾーン

不来方久遠

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 化学工場の屋上から五階建ての学校正面を、暗視ゴーグルを付けた犬神が見据
えていた。
 十数台のエンペラーズのバイクがジャンプ台を使って飛距離を競っていた。
 手すりに並べたカートリッジをつまんで、犬神はライフルに装填した。
〝バ──ン!〟
 炸裂音と共にジャンプ中のバイクに命中し、ライダーが振り落とされた。
 バイクが次々と狙撃されて炎上した。
 このドサクサに、犬神は校舎に忍び込んだ。
 そして、校内のボイラー室に潜り込み、C─4プラスチック爆弾をセットした。
 デジタル数字がカウントダウンされていった。
 次に、発電機のスイッチを止めて燃料給油口に砂を注いだ。
 たちまち、校内が真っ暗になった。
「停電だ!」
「誰か、発電機を見て来いっ」
 エンペラーズの面々がざわついた。
 一人が懐中電灯を持って様子を見に走って来た。
 ビンと、暗闇に特殊警棒が伸ばされた。
 不意に警棒で足を引っかけられてすっ転んだ。
「テ──っ」
「もっと、痛い目にあいてえか」
 背後から口を押さえて、犬神が囁いた。
 暴れようとしたので、左腕を警棒で殴った。
「ぐっ」
 ふさがれた口から悲鳴が漏れた。
「次は右腕だ。ケツをふくのに不自由するぞ」
 犬神は、言った。
「う、ううう」
 ダランとたれた左腕を押さえながら懇願した。
「同じ事を2度は言わない」
 犬神は、脅した。
「うう…」
「拉致したボーカルの女は?」
 口から手を、静かに犬神は放した。
「あのスケなら、総長のとこだ」
「女の周りに、何人がついてる」
 犬神は、聞いた。
「4人のボディガードが、隣の部屋に詰めてる」
 男が、答えた。
 暗闇の中、犬神は縮めた特殊警棒を男の背中に押し付けながら保健室に辿り着
いた。
 それから、男を先に立たせ無言のまま鋭い視線で促してノックをさせた。
「誰だ!」
 中から声がした。
「田島です」
 ドアが開けられると同時に、犬神は突入した。
 非常灯の中で、4人のボディガードが麻雀をしていた。
「何だ、テメーはっ」
 東場にいたボディガードの一人が、伸ばされた警棒で頭をかち割られた。
「ぐわ~っ」
 東場のボディガードが悲鳴を上げて、もんどり打った。
「ふざけやがって!」
 南場のボディガードが、雀卓を引っくり返すした。
「ぶっ」
「げっ」
「うぐっ」
 速攻で、犬神が南西北各場の三人の頭を殴り倒した。
 別室の内側から、ドアロックがされた。
 犬神は警棒を短くして左手に持ち、右手でショルダーホルスターから44マグ
ナムを取り出してロックを撃ち抜いた。
 そして、ドアを蹴破った。
 そこには、半裸で寝かされているレナの姿があった。
「レナ!」
 犬神が、その名を呼んだ。
「アキラ」
 カッと、レナが眼を見開いた。
「ナイトのお出ましか?」
 サバイバルナイフの刃先をマキの喉下に、総長が突き立てた。
 犬神は、銃を構えた。
「女が死ぬぞ」
 総長が、言った。
「このゲス野郎を、ブッ殺してっ」
 レナが、叫んだ。
「さあ、やれよ」
 と言いながら総長が、サバイバルナイフを犬神に投げ付けた。
 とっさに警棒を伸ばして、犬神はでナイフを払いのけた。
 その隙に、窓ガラスを身体でブチ割って総長が外に逃走した。
 サバイバルナイフを拾い、犬神はそのノコギリ部分で手錠をカットした。
 犬神とレナは、しばし見つめ合った。
「いつまで、ストリップショーやってんだ」
 上着を脱いで、犬神がレナの肩に投げた。
 レナが上着を羽織って、圧迫されていた手首をもんだ。
「こんなクソみてえなトコから、オサラバするぞ」
 呻きながら起き上がろうとするボディガード等を蹴り倒して、犬神は部屋を出た。
「おい、オマエらっ!」
 廊下でレナの手を引いて逃げる犬神は、エンペラーズにはさまれた。
 階段を、2人は駆け上がった。
「待て──っ」
 下から追っ手が迫って来た。
 屋上に通じるドアを、犬神が開けた。
「ダイブでもすんの?」
 手すりから下を見て、レナが心配そうに言った。
 それには答えず、犬神はカジュアルシャツとTシャツを脱ぐと、サバイバルナ
イフで紐状に引き裂いた。
 外れないように縒った結び目の端に小さな瘤を作りながら繫いで手すりに結んだ。
「ガキの頃、俺を拾った遠い親戚が厄介払いの目的で、無理やり入れたボーイス
カウトで習ったのが役に立つとはな」
 ロープ状にしたシャツを伝って、犬神はぶら下がった。
 そして、そこから2メートルほどの階下に飛び降りた。
「あそこだ!」
「ヤロー」
 屋上に、エンペラーズ達が乱入して来た。
 追手とアキラを、レナが交互に見た。
「早くっ」
 犬神が、催促した。
 恐々と、レナがシャツロープをつかんだ。
「手を放せ。後は俺が抱きとめる!」
 宙ぶらりんのレナに犬神が怒鳴った。
「コイツー」
 追手が手すりのシャツを引き千切ろうとした。
「大丈夫だ!」
 シャツがビリッと破けた。
 目をつぶって、レナが手を放した。
「キャ─っ」
 悲鳴を上げて落ちて来るレナを、犬神が受け止めた。
 5Fで、犬神は非常用救助袋を発見した。
 滑り台のようなシーツ袋がパッと地上まで降ろされた。
 校庭にレナを抱っこするようにして、袋の出口から犬神が出て来た。
 そこへ、エンペラーズのバイクが突進してきた。
 犬神は、バイクをひらりとかわし、腕をライダーの首にお見舞いした。
 先にライダーが投げ出されて、無人のバイクが転倒した。
 腕時計のライトをつけて、犬神は見た。
 仕掛けたC─4プラスチック爆弾が“10、9、8”と、カウントダウンされ
ていた。
「こっから、ダッシュだ」
 エンジンがかかったまま横転して燃料タンクに傷を追ったバイクを立て直し、
犬神はレナを後ろに乗せた。
 “1、0”と同時に、閃光が走った。
 ボイラー室が吹き飛び、校舎が炎上した。
 間一髪、2人はバイクで脱出した。
 燃料漏れのガス欠で、バイクのエンジンが止まった。
 犬神はバイクを乗り捨てた。
 道沿いに、埃を被った中古車展示場があった。
 犬神は、その中の4WDに目をつけた。
「上着を脱げ」
 突然、犬神が言った。
「何でよ」
 レナは、問い返した。
「早くっ」
 急かす犬神に、レナが嫌々と上着を返した。
 運転席側のドア・ウインドに広げた上着越しに、犬神は44マグナムのグリッ
プでガラスを叩き割った。
 素早くドアロックを解除して、エンジンルームカバーの開閉ノブを引いた。
 バッテリーのプラグをいじった後、ダッシュボードの配線を直結させてスパー
クさせた。
 エンジンが唸り出した。
「乗れ」
 犬神は、言った。
「話が……ある…」
 車内で、遠慮がちにレナがポツリと言った。
「何の話だ」
 ステアリングから手を放して、犬神が聞いた。
「色々あるけど……まず…」
 訥々と、レナは話し始めた。
「短めにな」
 素っ気無く、犬神は言った。
「責めないでよ……歌に、賭けたかったの…」
 そう、レナが語った。
「だから、サヨナラか」
 犬神は、言った。
「あの朝、アキラが急に、いなくなって………」
 思わず、レナが言葉を詰まらせた。
「終った事だ。今後はお前にならって、ビジネスライクにやる」
 犬神は、答えた。
「これも、そう?」
 レナが、問い返した。
「100万で、請け負った」
 そう言うと、犬神が4WDを発進さた。
「サイテー」
 呆れるように、レナはふて腐れた。
「これを着ろ。そしてシートベルトをしろ」
 上着に付いた粉々に割れたガラス片を手で払って、自身もベルトをしながら犬
神は命令した。
「お優しいこって。今週は交通安全週間かい」
 レナが、皮肉った。
 4WDが舗装の剝がれた悪路の商店街を走行している時だった。
「っ」
 アキラが、フルブレーキングした。
 4WDのタイヤはフルロックした。
 シートベルトをしていても助手席のレナの身体が大きく前後に揺らいだ。
「何なの! 乱暴ね…」
 抗議しようとしていたレナが言葉を飲み込んだ。
 バタバタと各店のドアやシャッターが閉められた。
 前方から轟音をたてながら装甲に“Fuck You!”と落書きされた一両
の戦闘車が、背後に数十台のバイクやポップアート済のパトカーを従えて現われ
た。
 外見は戦車そっくりな戦闘車と呼ばれる車両の特徴は、火力を持ちながら兵員
輸送を目的とするため乗車できる人数が多い事であった。
 その戦闘車の砲塔が4WDに向いた。
「チキンレースには、ハンデがあり過ぎだな」
 犬神は、アクセルを踏み込んだ。
 ダッシュする4WDを追うように、戦闘車の機関砲の角度が低くなった。
 パッと砲身が光った瞬間、4WDの屋根をかすめて地面に着弾した。
 それ以上砲身が下がらない死角の仰角に急接近した4WDが真正面から戦闘車
に突っ込み、激しく衝突した。
 無傷の戦闘車のキャタピラーが4WDに乗り上げた。
 前面を大破させた4WDのエアバックが作動して、車内の犬神とレナは無事で
あった。
 4WDを踏み潰そうと、戦闘車が前進し出した。
 ひびの入ったフロント・ウインドウを足で蹴り壊して、犬神とレナが脱出した。
「生きて、このダイ・ゾーンから出られると思ってんのか」
 戦闘車のハッチが開き、中から総長が出てきた。
 犬神は、総長と対峙した。
「やっと、趣味の同じヤツに出会ったようだ。オマエのクソ度胸に敬意を表して、
タイマン張ってやる」
 総長が、部下から一振りの日本刀を受け取った。
 そして、鞘を抜き刃を見せた。
「美しいだろ」
 刃を鞘に収めると、総長は犬神の足元に刀を投げた。
「オレは、飛び道具は好きじゃない。自分の手で直接肉を切る刃に、美学を感じ
るんだ」
 そう言うと、総長は別の自分用の一振りを部下から受け取った。
「テメーは、ビョーキだ」
 刀を足ですくって、犬神も手にした。
 いきなり総長が、斬りかかった。
 とっさに犬神がよけた。
 すかさず、犬神の腹に総長がキックした。
「ぐふっ」
 犬神が、血反吐を吐いた。
「アキラ!」
 犬神の元に、レナが駆け寄った。
「どいてろっ」
 レナを、犬神が突き飛ばした。
「殺れ!」
 エンペラーズの部下の一人が叫んだ。
「2人とも、殺っちまえ」
 部下達は狂喜に沸いていた。
 チャンスとばかりに、総長が犬神の頭上に真剣を振り回した。
 それを鞘入り刀で受け止めながら、犬神が回し蹴りを総長の左頬に直撃させた。
 その場にもんどり打って、総長が刀を落とした。
 エンペラーズの面々が、青ざめた。
 辛うじて、総長が立ち上がった。
 総長の刀を足で払いのけ、握っていた刀も犬神が捨てた。
 ニヤリと笑いながら総長が両腕をクラウチングスタイルに構えた。
 殴りかかる総長のパンチをうまくかわして、犬神がアッパーカットを決めた。
 一発で、総長はKOされた。
 刀を拾って、犬神が総長の顔に向けた。
 その時、一台のハーレーが戦闘車を飛び越えて急停止した。
 ライダーは、ヤンキー看護師だった。
「待ちなよ」
 犬神の前に、ヤンキー看護師が立ちはだかった。
「アンタがこの女を必要とするように、総長はここに必要な人なんだ」
 犬神は、刀を捨てた。
「引き上げるよ!」
 ヤンキー看護師が、号令した。
 巨漢がサイドカーに気絶した総長を担いで乗せた。
 ラスト・エンペラーズが撤退した。
 そこへ、ドライブインのヘビメタ女がやって来た。
「あれは、あたしの姉だ」
 さらりと、ヘビメタ女が言った。
「なるほど。裏のスケバンか」
 犬神が、皮肉った。
「あっちで何やってた?」
 ヘビメタ女が、聞いた。
「公務員だ」
 ぶっきらぼうに、犬神は答えた。
「どんな?」
 ヘビメタ女は、さらに聞いた。
「さあな」
 犬神は、はぐらかした。
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