レコンキスタ

琥斗

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 第3章 立ち上がれ! 絶望に汚されても

 1.亀裂

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 対戦相手がロシャナク、ロシャナクに決まってしまった。どうしよう。どうしよう。ロシャナクと殺し合いをするなんて。

 嫌だ、そんなの嫌だ!

 白昼夢のようだった一日が、幕を閉じようとしている。
 自室の鉄扉をくぐるなり、ティルスはかすれた声でロシャナクの名を呼んだ。

「ロシャナク……」

 先に入室を果たしていたロシャナクが振り返る。その表情を見て、ティルスは困惑した。

(え……?)

 ティルスから見た限り、ロシャナクはいつもと変わらない──いや、いつも以上に平然とした様子だったからである。暗闇に浮かび上がる彼の表情は、とても冷たく静かだった。心になんとなく、嫌な予感が広がる。
 ロシャナクはティルスからわずかに視線をはずすと、ゆっくりと口を開いた。

「決まった以上は……仕方ない」
「え……!?」
「──当日、全力で戦うしかない」

 ティルスは言葉を失った。てっきりロシャナクも自分と同じように、大きく動揺し眉をひそめていると思っていた。どうしてこんな組み合わせになってしまったんだろうと、膝を突き合わせて話し合えると思っていた。

(そんな…………)
 予想していたものとは異なる反応が。その言葉が。ティルスの心にさらなる追い打ちをかけた。喉のあたりがギュッと締め付けられているように苦しくなる。

(ロシャナク……なんで……)
 まだ何も話していないのに、戦うしかないと冷たく言い放つなんて。
 まさかロシャナクは、自分を殺すことを何とも思っていないのか──。 

「──ッそんなのオレは、嫌だよ……!」

 ティルスは声をしぼり出した。
 直感的に、もう情に訴えかける言葉はロシャナクには響かないことを感じ取りながらも、ティルスは涙交じりに続けた。

「……ッ! 二人で生き残る方法を考えよう!」
「……それは無理だ」

 ロシャナクは静かに首を横に振った。

「無理じゃない! だってオレもアレリアも生き残った!」
「……それは。あの試合は決闘じゃなくて、君は“処刑用”の奴隷だった。処刑用の奴隷ティルスが奇抜な行動を起こして、幸いにも主催者の慈悲を得た。──それだけのことだ」
「ッ……!」
 
 石床へと視線を落としたままのロシャナクに、ティルスは懸命に詰め寄った。

「なら今回もラケルドを殴って会場を……ッ! 貴族達を驚かせてやる!!」
「……ティルス」

 諭すような声音で、ロシャナクが続けた。

「慈悲や助命は、狙って作り出すものじゃない。──あくまで結果だ」

 だから当日は全力で戦うしかない、とロシャナクは繰り返した。

「……大会まで約一か月あるけれど、それまでは今までと変わらずティルスは僕の“仲間”だ。何か困ったことがあれば聞いてくれて構わない。……薬もまた必要だったら言ってくれれば……」

 努めて冷静に振る舞うロシャナクの態度が、かえってティルスの心を掻き乱した。
 ──仲間。そう、仲間。友達、なのに。

「そんな風に割り切れるワケねーだろうが!!」

 ティルスはロシャナクに向かって感情を叩きつけた。
 自分でも驚くほどの、怒りを含んだ大きな声だった。大粒の涙があふれて止まらない。
 殺し合う可能性があると知りながら、自分によくしてくれたのはなんだったんだ。

(こんなことになるなら、初めからいっそのこと!)

 そう、初めから私情を交えなければ。
 お互いのことをよく知らなければよかったのに!

「なんでだよ。なんで、オレに優しくなんてしたんだよ。…………ひどいよロシャナク」

「──ごめん」

 この時。これまで平然を装っていたロシャナクの瞳が大きく揺れた。
 うつむいた顔に何かが光り、それが涙だと気付いて、ティルスはハッとした。

「──おい。二人とも、いい加減に……しろよ……」
 重苦しい空気に幕を下ろしたのは、この部屋のもう一人の住人、アルクの震えた声だった。アルクはティルスとロシャナクの間に割って入ると、今日のところは眠りにつくよう静かに促した。

 ティルスはぼろ布を頭まですっぽりかぶると、声を押し殺して泣き続けた。

(クソ! クソ! クソ!)

 強い怒りと悲しみが胸を締め付ける。
 何もかもをぐしゃぐしゃにして、わめき散らしてしまいたい。

(どうして……どうして……)

 疲れ切った体を横たえて眠りにつく前の、いつもならほんのりと絆を感じられる時間が、耐え難い時間へと変わってしまった。

 ──翌日、ティルスはこの部屋から姿を消した。
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