レコンキスタ

琥斗

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 第2章『仲間』

 2.燃える炎と鎖の拘束に耐え

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 夕暮れと共に闘技場から戻ってくる一行を見ることが、ロシャナクはいつも辛かった。朝日を浴びながら養成所を後にした彼ら。その同数が戻ってくる日など、一日たりともないからだ。この場所に囚われの身となってすでに一年半。幾度となく死と隣り合わせの日々を過ごしても、慣れることはない。彼らの憔悴しきった顔。明らかに減った人数。生還が叶うのは、約半数しかいないという現実を否が応でも突きつけられる。

「……気にするな。別にお前のせいじゃねーだろ」

 アルクがポンッと己の背中を押し、食堂へ赴くように促す。
 出身国は違えども、彼とは囚われた直後から部屋が一緒だったため、今ではなんとなくお互いの考えが分かる間柄となっていた。
 ティルスが『処刑用の奴隷』だったと知らずに、希望を持つような声かけをしてしまったこと。ティルスに“悪いことをしてしまった”と、ずっと気に病んでいたのを、やはりアルクには見透かされていたようだ。

(ごめんね、ティルス)
 しかし悔やんだところで今更どうしようもなかった。

(……気持ちを切り替えないと)
 重い足取りで食堂に向かおうとした、まさにその時。
 鉄柵の向こう側、ロシャナクは奇跡の光景を目にした。

「え!? ティ、ティルス!?」
 ティルスが何やら騒がしい様子を醸し出しながら、養成所の門をくぐり抜けてきたではないか。

(え? どういうこと……?)
 背後に続くのは、頬を赤く腫らしたこの場所の主、──ラケルドだ。“興行師”が怪我を負うとは珍しい。何かあったのだろうか。思いもよらぬティルスの帰還と、ラケルドのただならぬ様子に、ロシャナクは驚きのあまり訓練場に立ち尽くした。ティルスの発した言葉が、ロシャナクをさらに困惑させる。

『これはオレが一発食らわせてやったんだぜ!!』

 え? 食らわせてやった? ラケルドの顔面のことを言っているのだろうか。
 いや、まさか。そんなまさか。

◆◆◆◆◆◆
 
「い、生き返った……」
 こんなに満足のいくまでご飯を食べたのはいつ振りだろう。建物の地下に温泉があることにも驚いた。ティルスはようやく、土埃と汗にまみれた体をさっぱりと洗い流すことができた。これから体を横たえる寝床が、藁とぼろ布ではなく羊毛たっぷりの布団だったら、どんなに気持ち良いことだろう。

(疲れた……)
 まさに怒涛の一日だった。こんな粗末な床でも、潜り込んで目を閉じればすぐに眠りにつけそうである。
 しかし、ティルスには話したいことだらけだった。訊きたいこともたくさんある。重いまぶたと体を懸命に持ち上げて、ティルスは向かいの寝床に腰かけているロシャナクに呼びかけた。

「きいてくれロシャナク! と、えっと……」
 赤髪の青年―確かアルクという名の、この部屋を共にするもう一人の青年を見やる。『うるせぇ』『話しかけるな』と言われてしまうだろうか。そう言われたら小声でロシャナクだけに話そう、と思ったところで、意外にもアルクは静かに頷いた。まるで『続きを早く話せ』と言わんばかりの眼差しを向けて。

「僕もききたい。ティルス、闘技場で何があったの?」
「ああ!」
 ティルスは熱を持って語り始めた。
 訳も分からぬまま、棘姫と呼ばれる少女と戦わせられたこと。
 トドメを刺される寸前で、何故か命拾いをしたこと。
 その代わりに、少女が嫌な目に遭ってしまったこと。

 ──そしてその後、闘技場で起こした一部始終を!

◆◆◆◆◆◆

 怒りに任せて突き出した拳は、鞭を持った少年──ラケルドの左頬を勢いよく跳ね飛ばした。

「あぎゃアッー!?」
 少年は情けない声を発して、意外なほどあっさりと砂地に倒れ込んだ。

(えっ弱……)
 先程まで会場全体に満ちていた不満と怒りの声が、水を打ったように静まり返る。
 戦いの様子を逐一実況していた審判のような人物も、唖然とした表情で立ち尽くしていた。

 だが、静寂も束の間だった。
 ──やがて、物好きな観衆の一人が叫ぶ。

『ハハッ! 興行師に手を出した“処刑用”なんて初めてじゃないか? いいぞ! もっとやれ! っちまえ!!』

 その声につられて、他の観衆も再び騒ぎ出した。
『殺せ! 殺してしまえ!』

「なっ……!?」
 ティルスは降り注ぐ悪意にたじろいだ。少女を蛮行から守るために拳を振るいこそしたが、別にこの少年を殺したかったわけではない。少女に再び危害を加えようというのなら戦いも辞さない、と思ったまでだ。

「クソッ! 何をやっている警備兵! 早くコイツを殺せ!」
「!?」
 ラケルドが叫ぶと、完全武装のレグノヴァ兵達が、朱色のマントを翻してダダダッと場内に入り込んできた。逃げる間もなく、ティルスと棘姫はぐるりと周囲を取り囲まれてしまった。

(クソッ……帝国兵もいたのかよ)
 迂闊だった。おそらく通路の中や観客席に潜んでいたのだろう。数にしておよそ二十人といったところか。鎧も着込んでおり、その右手には長剣、左手には大きな盾を構えている。地の利を生かした山岳地帯での相対であれば勝算はあれども、遮へい物のない闘技場この場所では、一斉に斬りかかられて終わりだろう。

「……ッ!!」
 それでもティルスは、手放した二本の剣を拾い上げた。
 棘姫の蒼き双眸が揺らぐ。かすかに動いた唇から、戦うの? 無理よ、と聞こえた気がした。

(……やれるとこまで、やってやる!)
 最期にせめて、この場の帝国人達に“ティエーラ人ここにあり”と意地を見せつけてやろう。ティルスは柄を固く握りしめた。

(それに……)
 潤んだ瞳の、少女を見やる。
 意にそぐわぬ戦いを強いられている彼女に殺されるよりは、この方がマシだと思った。おそらくだが、きっと、きっと。

「かかれ! 奴を殺せッ!! 切り刻め!」
「来いよ帝国兵! ウォォォォォォォ!!」

『そこまでじゃ、ホッホッホッ!』
 唐突な呼びかけに、四方から向けられた剣がピタリと止まる。
 鶴の声は頭上より響いた。見上げると、ひときわ華美な装飾を施された二階席に、身を乗り出す人物が一人。レグノヴァ人貴族と思われる中年の男が、わざとらしい拍手をしながら、続けた。

「いや~、“可憐な棘姫”を見られるとはいえ、正直、“処刑ゲーム”もここ数ヶ月ぐらいでマンネリ化していると思っていたんだが、久方ぶりに面白いものを見させてもらったよ! ラケルド君、彼を殺してしまうのはもったいない! 皆の者もそう思わないか? どうかこの戦争捕虜に慈悲を! 野蛮な勇気に慈悲を!」
 
 おそらく肯定の意を示すであろう、歓声が轟いた。

(た、助かったのか……?)
 ティルスは唖然と、快晴の空を見上げた。

◆◆◆◆◆◆

「って感じでな! よく分かんねーけど、オレも棘姫? って子も助かって、オレは控室みたいなところで休むことになって……」
 ロシャナクとアルクが目を丸くしているが、その様子に構うことなくティルスは続けた。

「そういや、あのムカつく奴は誰なんだ!?」

 ティルスの問いに、ロシャナクが声を落として答える。

「……この場所で、実質一番エライ人かな…………」
「は?」
 聞けば、彼の名はラケルド。数か月前に病で倒れた父親に代わり、帝国立剣闘士養成所の【主任代表興行師】を務めているそうだ。ラケルドは一手に剣奴の管理と決闘の調整を担っており、ティルス達はいわば『彼の所有物』なのだと云う。『主人』は『所有物』を自由に扱うことができる故に──、ラケルドには逆らわない方が身のためだと、ロシャナクは説明してくれた。

(オレよりも年下っぽいアイツが、一番エライ奴だったのか)
 しかし偉いとは言っても、何をそんなに怯える必要があるのだろうか。闘技場で相対した彼は、精神的にも余裕がなさそうだったし、実際とても弱かった。
 ロシャナクは暗い表情で続けた。

「──ティルス。今日も新しい剣奴達が入ってきたんだ。明日、君はその人達と一緒に『説明』を受けることになると思う」
「お、おう……」
「もしかしたら明日、その場でアイツに何か言われるかもしれないけど、余計なことは言わずに、ただ黙っていた方がいい。じゃないときっと、痛い目に遭ってしまうかも……」

 正直そこまで警戒するほどの相手だと思えなかったが、ロシャナクが神妙な面持ちで話すからには、気を付けた方がよいのだろう。ティルスは静かに頷いた。
(痛い目と言えば)
「なぁロシャナク! あの少女、棘姫? って誰なんだ? オレ、あの子と話したい!」
「……トドメを刺されなかったこと、やっぱり気になる?」
 ロシャナクが膝を乗り出すと同時に、アルクも改めて姿勢を正した。
「それもすげー気になるけど、オレあの子に謝りたい。なんかイヤな目にあったの、オレを殺さなかったせいみたいだから」
 どうやったら謝ることができるだろうかと相談を始めたところで、ロシャナクの表情が曇っていく。そんなに難しいことだろうか。

「──おい、彼女に本当に悪いと思ってんなら、養成所ここでは極力関わんな」
「えっ」
 アルクが鋭い眼光のまま続けた。
「お前自身は、あのクソ野郎に何されても気にしねえ性分タチかもしれねぇけどな……」
「えと、それはどういう……?」
「……………………」

 続く言葉を待ったが、アルクは黙ってしまった。見兼ねたロシャナクが、再び口を開く。
「ティルス、君は今日の一件で、確実にラケルドに目を付けられている。おそらく彼は、君に仕返しをしてやりたいと思っているはずだ。だから、君を挑発する目的や、嫌な気持ちにさせるために、棘姫──アレリアを、また傷つけたり、彼女に手を出したりするかもしれない」
「なっ!? ふざけんな!!」
「お、落ち着いて。だから、彼女を守るためにも、ティルス自身のためにも、目立たないように過ごしていこうね―ってことを、アルクは言いたいんだと思う」

 僕もそう思う、と付け加えてから、ロシャナクは確かめるようにアルクを覗き込んだ。アルクのまんざらでもない様子から、ロシャナクの通訳はおおむね合っていたようだ。

「ティルス、それにね、他にも──」
 ロシャナクが言いかけたところで、足音と下卑た笑い声が耳に入った。天井にはめられた四角い鉄格子の先、上階からだった。

「チッ……クソ野郎が部屋に戻ってきたか」
「ティルス、上の階にラケルド達が戻ってきたみたいだ。話をしていると覗かれるから、今日はもう寝よう」
「わ、分かった……」

 こうして三人はそれぞれの床に身を横たえた。ロシャナクが言いかけた内容、棘姫のこと。気になることはたくさんあったが、ティルスもまぶたを閉じると、瞬く間に眠気に包まれていった。そして夢と現実の狭間で、棘姫──“アレリア”という名を、どこかで聞いたことがある気がしたが、思い出すことはできなかった。

(とりあえず、また明日だ)
 この先どうなるか分からないけれど。分からないことしかないけれど。考えても仕方がない。

(不思議だな、オレだけまだ、まだ生きてるんだな)
 ティルスは胸に忍ばせ続けているペンダントを、そっと握った。

(隊長、みんな……)

 託されたからには、頑張らなきゃいけない。
 けれど、自分はどこまで頑張れるだろうか。

(…………)

 朝には、このペンダントを寝床の下に隠さなければ。
 明日から、本格的にこの場所での生活が始まるのだ。
 
◆◆◆◆◆◆

 ロシャナクが話した通り、朝食を食べ終わったところで早速『説明』の準備が始まった。ティルスは、昨日ここに来たばかりだと言う剣奴達の集団に、ただ一人混ざることになった。柵で囲まれた訓練場と、豪奢な建物の間に位置する、広場のような場所で整列するように命じられ、この場所の主──ラケルドの登場を待つ。

「なぁ、お、俺らどうなっちまうんだ?」
「わかんねーよ! と、とりあえず大人しくするしかないだろっ」
 何人かの男達が、不安の色を隠し切れずに互いに囁き合っている。聞けば皆、エルシャニア王国東部の鉱山から連行されて来たらしい。人数は三十人ほどで、全員が男性だった。

(……この中にティエーラ人はいないみたいだな)
 養成所にティエーラ人は、自分しかいないのだろうか? いや、棘姫──アレリアという少女がもしかしたら。

(そういや、アレリアってどこにいるんだ?)
 ロシャナクやアルクと共に、剣の稽古を開始しているのではないか。
 訓練場の方へ大きく振り返ろうとしたところで、その動作は頭上からの声に中断を余儀なくされた。

「おい、奴隷クソども」

 ラケルドだ。二階の観覧席のような場所に、ラケルドが胸を張って現れた。

(クソはどっちだよッ!!)
『クソども』というこの第一声だけで、すでに腹立たしい。思いっきりがんを付けてやろうとしたところで、ロシャナクの助言を思い出す。

(ダメだ! 大人しくしてねーと……)
 ティルスはギリッと歯を食いしばった。
 頭上のラケルドは腰に手を当て、意気揚々と声を張る。

「ここはレグノヴァ帝国が運営する剣闘士養成所だ。僕は主任代表興行師を務めるラケルドだ。──養成所この場所における絶対者の名だ。よく覚えておけ」

 ここまでは剣奴達も、ただぼんやりと聞いていた。
 彼らの顔色が変わったのは次の言葉だ。

「お前達にはこれから、剣闘士としての訓練を受けてもらう。そして、皇帝や高貴な方々の前で──殺し合いをしてもらう」
「え……? 殺し合い?」
「剣闘士って、あのオートレック王国の暴君がやってたヤツ?」
「なんだよソレ! 聞いてねーよ!」

 “殺し合い”という驚きに、動揺し狼狽する者が大半だった。ティルスもこの場で初めて内容を聞かされていたのなら衝撃を受けていただろう。しかし、ロシャナクから事前におおよその内容を教えてもらっていたおかげで驚かずに済んだ。既に本物の“闘技場”を目の当たりにしてしまったせいもある。だから、話の内容よりも気に障るのは、とにかくラケルドのすべてだった。ラケルドは剣奴達の反応を楽しむかのようにニヤリと笑っている。

「まぁそう騒ぐな。何も全員が死ぬワケじゃない。強い者は生き残り“名声”を得ることも出来る。勝利を収め続ければ『こっち側』になることだってできるぞ! まぁ死ぬにしろ、高貴な方々の御前ごぜんで魂を捧げられるんだ。お前らは帝国にあだなした奴隷で、本来なら死すべき存在。──そんなクソ共には、むしろ願ってもない待遇だろう?」

「 “こっち側”って、帝国兵になれるってコトか?」
「と、とにかく勝てば、死なずに済む……?」
「言われてみれば、鉱山で死ぬまで働かされるよりは、マ、マシか?」

 ラケルドは各々の反応をひとしきり確かめた後、嬉々とした様子で続けた。

「──フン。そうだ、従順な奴には、僕が所有する女奴隷を“一晩”ぐらい貸してやってもいいぞ!」

 ニタニタと笑いながら顎で示した先は、柵で囲まれた調理場。中では、ティルス達と同様に鎖に繋がれた少女達が、うつむいて作業をしていた。朝食の配膳をしてくれた女の子達である。

「……ッ!!」
 冒頭の発言から、苛立ちが収まらない。
 殺し合いを『させる』だの、『貸してやってもいい』だのと。
 ティルスの脳裏に、昨日の闘技場で目の当たりにした帝国人達の悪意と、アレリアに向けた汚らわしい笑みが蘇る。強い強い、虫唾が走る。

 こいつら、人の命をなんだと思ってやがるんだ。

「……んだよ!! ふざけんな!! オレ達は“物”じゃねーんだぞ!!」
「は?」
 頭上のラケルドと目が合う。
 思わず叫んでしまったが、もう後の祭りだった。

「はぁ……やっぱりお前……」
「え?」
「…………以上、説明は終わりだ。次は“入所の儀式”だ。指示に従って移動しろ」

 ため息と共にそう告げるや、ラケルドは踵を返し建物の奥へと消えて行った。

(あれ? 何も言われなかったな……)
 いや、不快な視線と共に一言だけ、何か言われたような気がしたが。
 ひとまずこの場は無事乗り切ることができたようだ。
 ティルスは一人、胸を撫で下ろした。

◆◆◆◆◆◆
 
 命じられて向かった先は、訓練場からは少し離れた、建物の裏地だった。整列するように促され、言われるがままティルスはエルシャニア人の剣奴達が成す列の後方へと並んだ。

「熱ッ……!!」
「早く行け。ほら次!」

 前方が何やら騒がしい。

(なんだ?)
 気になって思わず、列を共にする名も知らぬエルシャニア人に話しかける。

「なぁ、あれは何をやってるんだ? “入所の儀式”って何だ?」
「……もしかして君、奴隷になるの、ここが初めて?」
「お、おう……」
「あれは“焼き印”だよ。俺達奴隷は、逃亡防止のために、主人の名前や、就労場所を書いた焼き印を押されるんだ」
 前に居たところでは、ほら、と言って彼は鎖骨の辺りを見せてくれた。字は薄れていて何と書いてあるか分からなかったが、生々しい火傷の跡が見て取れた。

「ここでは太ももの裏に押されるみたいだね。……まぁ熱いけど一瞬だよ」

(…………)

 相変わらず、自分達を所有物モノのように扱うことが腹立たしい。そして、鉱山から来たエルシャニア人達が、この状況に慣れきってしまっていることも、ティルスの心に暗い影を落とした。

(ロシャナクも、アルクも、──アレリアも、みんなこれをやってるのか……)
 レグノヴァ帝国兵のような装いをした男が、炎で熱した焼きごてを、慣れた手つきで次々と剣奴達の太ももへ押し当てていく。その間、剣奴が暴れないように両脇から体を抑えつける兵士の動作も、乱雑なものだった。傍らにはラケルドが立ち、その様子を冷ややかな目で眺めている。

「おい次! 早くしろ!」
 あっという間に、ティルスの番となった。

(熱そうだな……とりあえず我慢するしかねぇか)

「──貸せ、僕がやる」
「え、ラケルド様!? そんな、貴方様が手を煩わせることでは……」
「いいから貸せ」
 半ば強引に焼きごてを取り上げると、ラケルドは挑発するように言い放った。

「来いよ、ティエーラ人」
「──……ッ!!」
 どうやら自分の番だけ、直々に焼き印を押してやろうという魂胆らしい。器の小ささに辟易としつつ、抵抗しても仕方がないため、ティルスは兵士に身を預け、ラケルドの前に太ももを露わにした。
 熱したこてが、太ももの内側に押し当てられる。
 ジュッという音と共に、肌が焼けるのが分かった。熱い。痛い。

「ッ……あつッ……!!!」
「うるさい、動くな」
 体が本能的に熱さから逃れようともがく動作を、両脇からの力で強制的に押さえつけられているため、かなり苦しい。そして自分の番だけ押し当てている時間が長くないか。

(クソ、まだかよ……!!)

「まぁこんなもんかな」
 熱さから解放されるや否や、ティルスは息も切れ切れにその場にへたり込んだ。

(やっと終わった……)
 火傷を負わされることがこんなに苦行だとは。ヒリヒリと痛む太ももは今、どんな状態になっているのか。この痛みは治るのだろうか。
 こんなところで座っている場合じゃない。早く立て、と罵声を浴びせられる前に立ち上がろうとしたところで、ティルスが耳にしたのは、驚愕の一言だった。

「あ、ちょっと失敗したかも。ティエーラ人、もう一回だ」
「は?」
「早く来いよ、
 
 状況を飲み込めないのは兵士も同じらしく、困惑の表情を浮かべていたが、顎でティルスを連れ戻すように命じられると、乱雑にティルスの腕を引っ張った。

「離せよっ……」
 抵抗虚しく、ティルスは再び焼きごてを手にしたラケルドの前に放り出された。

「お前さ、お前のせいだよ。動くから」
「は!? ふざけんなよオレは……」

 ティルスの言葉を遮り、ラケルドが不敵な笑みを浮かべて続けた。
「おい、そこのエルシャニア人、お前も押さえるのを手伝え」
「え!? ぼ、ぼく、ですか?」

 ティルスに焼き印のことを教えてくれた青年だった。青年は困った顔でティルスとラケルドを交互に見つめた。

「いや、あの、ぼくは……」
「なんだ、お前もティエーラ人と同じ目に遭いたいのか」

 その瞬間、青年の顔がみるみる青ざめていった。

「……っ! ご、ごめん」
 青年の震える手が、ティルスの足元へと伸びる。両脇を兵士、脚をエルシャニア人の剣奴に押さえつけられ、ティルスは二度目の焼き印を押されることになった。

◆◆◆◆◆◆

「新人組は、丸一日別行動だったね。ティルス……大丈夫だった?」
 夕食と入浴を終え、部屋に戻るとロシャナクが己の身を案じて、声をかけてくれた。

「……? ティルス」
「なんでもねぇ、何もなかった! 大丈夫だ」
「ティルス……?」
「オレ、疲れたから今日は寝るわ。おやすみ!」

 頭まですっぽりとぼろ布を被ると、大粒の涙があふれて止まらなかった。
 太ももには結局、合計四回も焼印を押された。ヒリヒリと刺すような痛みに加えて、水ぶくれもできてしまっている。ロシャナクに今日の顛末をすべて話して、相談しても良かったが、惨めな気持ちと悲しさが膨らんでしまう気がして、ティルスは対話を避けてしまった。

(…………)
 青年の震えていた手を思い出す。彼が脅しに屈してしまった気持ちは痛いほど分かる。しかし、“これから仲間”になると思っていた人が、あんなにもあっさりと“自分を痛めつける”側に回ったことが、正直ショックだった。

 闘技場が最もおぞましい場所だと思ったが、この場所も、悪意や失望で満ち溢れている。

(……でも、でもオレは頑張るしかないんだ、ここで)

 しかし、頑張らなければいけないと思えば思うほどに、涙はあふれて止まらなかった。
 “なぜ自分だけが”という孤独感が、胸を締め付ける。
 ──形見のペンダントはベッドの下そのままに、ティルスは瞳を閉じた。
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