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第2章『仲間』
1.属州総督の胸騒ぎ
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「首尾よく進んだだろうか」
六月も半ばだというのに、一度雨が降れば冬のように冷えるのは、さすが万年雪化粧の山国である。ひんやりとする石造りの部屋の中。朝日を浴びながらティエーラ属州・属州総督──アヴェルヌスは独り言ちた。
我が居城と化して久しいティエーラ王城。その最上階から、はるか南西の空を見やる。
例の捕虜は今頃、帝都オクトフォリスの闘技場で、骸を晒しているはずだ。
(アドアステル様には悪いが、万が一ということもある)
皇帝アドアステルが気に入った戦争捕虜は、帝国が運営する『剣闘士養成所』へと送られ、剣闘士としての『殺し方』を叩きこまれた後に、皇帝と民衆の前で娯楽のための死闘を強いられる。旧オートレック王国内で盛んに行われていた貴族の遊戯、殺戮ショーに心奪われたアドアステル帝の、ここ数年での戯れだった。
【碧湖守備隊】の指導者を処刑する際、無謀にも身を乗り出した捕虜も、例外なく物好きなアドアステル帝の目に留まった。
(……あの捕虜は危険だった)
生かしたまま帝都へと連行し、剣闘士とするよう命を受けた。しかし、アヴェルヌスは秘密裡にティルスを亡き者にすることに決定した。
万が一にでもあの捕虜が生き残り、反撃の刃を向けてきたならば。
ティエーラ属州に再び戻ってくることがあれば。
(この地位。何があっても譲り渡すわけにはいかない)
ティエーラ王国の制圧を成したことで、一族の汚名は返上した。
属州総督という強大な肩書きも、我が実力を持ってして手に入れた。
しかし、牙城は未だ脆い。ティエーラ属州の統治をもっと盤石に、堅固なものとしなければ。
アヴェルヌスは左手を固く握りしめた。
「──父上。母上とフェリーエのことは、俺が必ずこれからも……」
例の捕虜の始末については、信頼のおける部下に命じた。帝都オクトフォリスへ向かう途上での事故死、もしくは衰弱死に見せかけようと考えたが、運送途中に死なせてしまったとあれば、部下の落ち度となってしまう。アドアステル帝がその話を耳にする頃には、たかが一介の戦争捕虜のことなどに関心を失っていれば問題ないが、あの御仁の心は読めない。気まぐれに処刑を命じてくる可能性もある。だから、養成所までは確実に送り届けることにした。養成所の兵士に引き継ぐ際に──【処刑用の奴隷】であることを伝え、翌日の猛獣ショーか処刑ショーに投げ出してもらえばいい。我々は命令通りに連行し、伝達した。取り違えたのは養成所であり、責任も卑しい身分の彼らに擦りつけてやれば良い。
「お兄様。お召し物の準備ができましたわ。……お手伝いいたします」
思案は、扉を叩く音で終わりを告げた。
「フェリーエ、ありがとう。悪いが手伝いを頼む」
心配ない。きっと首尾よく進んでいることだろう。
アヴェルヌスは窓に背を向けて、歩みを進めた。
六月も半ばだというのに、一度雨が降れば冬のように冷えるのは、さすが万年雪化粧の山国である。ひんやりとする石造りの部屋の中。朝日を浴びながらティエーラ属州・属州総督──アヴェルヌスは独り言ちた。
我が居城と化して久しいティエーラ王城。その最上階から、はるか南西の空を見やる。
例の捕虜は今頃、帝都オクトフォリスの闘技場で、骸を晒しているはずだ。
(アドアステル様には悪いが、万が一ということもある)
皇帝アドアステルが気に入った戦争捕虜は、帝国が運営する『剣闘士養成所』へと送られ、剣闘士としての『殺し方』を叩きこまれた後に、皇帝と民衆の前で娯楽のための死闘を強いられる。旧オートレック王国内で盛んに行われていた貴族の遊戯、殺戮ショーに心奪われたアドアステル帝の、ここ数年での戯れだった。
【碧湖守備隊】の指導者を処刑する際、無謀にも身を乗り出した捕虜も、例外なく物好きなアドアステル帝の目に留まった。
(……あの捕虜は危険だった)
生かしたまま帝都へと連行し、剣闘士とするよう命を受けた。しかし、アヴェルヌスは秘密裡にティルスを亡き者にすることに決定した。
万が一にでもあの捕虜が生き残り、反撃の刃を向けてきたならば。
ティエーラ属州に再び戻ってくることがあれば。
(この地位。何があっても譲り渡すわけにはいかない)
ティエーラ王国の制圧を成したことで、一族の汚名は返上した。
属州総督という強大な肩書きも、我が実力を持ってして手に入れた。
しかし、牙城は未だ脆い。ティエーラ属州の統治をもっと盤石に、堅固なものとしなければ。
アヴェルヌスは左手を固く握りしめた。
「──父上。母上とフェリーエのことは、俺が必ずこれからも……」
例の捕虜の始末については、信頼のおける部下に命じた。帝都オクトフォリスへ向かう途上での事故死、もしくは衰弱死に見せかけようと考えたが、運送途中に死なせてしまったとあれば、部下の落ち度となってしまう。アドアステル帝がその話を耳にする頃には、たかが一介の戦争捕虜のことなどに関心を失っていれば問題ないが、あの御仁の心は読めない。気まぐれに処刑を命じてくる可能性もある。だから、養成所までは確実に送り届けることにした。養成所の兵士に引き継ぐ際に──【処刑用の奴隷】であることを伝え、翌日の猛獣ショーか処刑ショーに投げ出してもらえばいい。我々は命令通りに連行し、伝達した。取り違えたのは養成所であり、責任も卑しい身分の彼らに擦りつけてやれば良い。
「お兄様。お召し物の準備ができましたわ。……お手伝いいたします」
思案は、扉を叩く音で終わりを告げた。
「フェリーエ、ありがとう。悪いが手伝いを頼む」
心配ない。きっと首尾よく進んでいることだろう。
アヴェルヌスは窓に背を向けて、歩みを進めた。
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