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第1章 生きながらえの果てに
1.荷馬車に揺られて
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当てのない未来は、心を蝕む。
(今日で十五日目か……)
ティルスが今、この状況で把握できるのは、日付だけだった。朝を迎えるたびに、荷馬車の床に石で線を刻んでいるからだ。
己を運ぶ車輪は、一体どこに向かっているのか。
どうして自分だけ、生き残ってしまったのか。
◆◆◆◆◆◆
処刑を免れたあの日。ティルスは再び、帝国兵に捕らわれの身となった。そして翌朝。少量の水とパンを与えられた後、荷馬車へと乗せられた。
荷馬車には既に先客が居て、何人かのぼろ服を纏った男達が鎖に繋がれていた。
かくして、囚われの旅は始まった。
車輪は、西へ西へと加速。
二日目には湖を渡り、三日目にはティエーラ王国西部に連なる険しい山脈へと分け入った。
数日かけて初夏の山中を移動し、八日目にしてようやく、オートレック王国に到着した。
十二日目はついに、敵国レグノヴァ帝国の地へと踏み入った。
そして今日──出発から十五日目の朝。荷馬車はおそらく、レグノヴァ帝国を南下し続けている……。
◆◆◆◆◆◆
極度の疲労と空腹で考えが上手くまとまらない。
しかし、今日も今日とて、たった一人荷馬車に揺られるだけなので、ティルスは物思いにふける他なかった。
(あの人達のこと……助けられなかったな……)
ティルスは、別れてしまった同乗者達のことを思い返した。それは、出発から九日目の出来事だった。ティルスと共に捕らわれの身となっていた男達が、奴隷商人と思われる人物に引き取られていったのである。
男達はティエーラ人の他、ティエーラ王国の先住民である【山の民】と呼ばれる人々もいた。
言葉を交わす機会はほぼ得られなかったため、彼らの素性も、囚われていた理由も分からない。
(でも……)
できることなら、逃亡できる隙を見つけて全員助けてあげたかった。今となっては、奴隷に身をやつしたであろう彼らの、せめてもの安否を祈ることしかできないが。
(──オレも奴隷にされるのか?)
ティルスは膝を抱えてうずくまった。
荷馬車は一体どこに向かっていて、この先何が待ち構えているのか。このままレグノヴァ帝国を南下して、海を渡るとすれば。
(そういえば……)
捕虜になった兵士は、灼熱の砂漠【シバ王国】の鉱山へと連行され、死ぬまで労働を強いられると聞いたことがある。
(本当に、生きていけるのか?)
そもそも、なぜ自分だけ処刑を免れて生き残ってしまったのか。今だってそうだ。なぜ自分ただ一人だけが、荷馬車に取り残されてしまったのか。
行き先も分からない。何もかもが分からない。
どうして。どうしてこんなことに。
──不安は、どんどん膨らむばかりだった。
(……ダメだ、弱気になるな)
あの日。あの瞬間。負けない、生き残ってやる、と。
確かにそう胸に誓ったのに。誓ったはずなのに。
当てのない未来。空腹。不安。極度の疲労。
ティルスの心で確かに燃えていたはずの炎は、今や風前の灯火となっていた。
『生きている限り状況は変えられる。
──皆のこと、頼んだぞ!』
(ゲルハルト隊長……)
ティルスは胸元に忍ばせてある形見を握った。
託された想いの灯が、消えないように。
己の心の弱さで、消してしまわないように。
◆◆◆◆◆◆
「グズグズするな! 早く降りろ!」
旅の終わりは唐突に訪れた。
(今日で十五日目か……)
ティルスが今、この状況で把握できるのは、日付だけだった。朝を迎えるたびに、荷馬車の床に石で線を刻んでいるからだ。
己を運ぶ車輪は、一体どこに向かっているのか。
どうして自分だけ、生き残ってしまったのか。
◆◆◆◆◆◆
処刑を免れたあの日。ティルスは再び、帝国兵に捕らわれの身となった。そして翌朝。少量の水とパンを与えられた後、荷馬車へと乗せられた。
荷馬車には既に先客が居て、何人かのぼろ服を纏った男達が鎖に繋がれていた。
かくして、囚われの旅は始まった。
車輪は、西へ西へと加速。
二日目には湖を渡り、三日目にはティエーラ王国西部に連なる険しい山脈へと分け入った。
数日かけて初夏の山中を移動し、八日目にしてようやく、オートレック王国に到着した。
十二日目はついに、敵国レグノヴァ帝国の地へと踏み入った。
そして今日──出発から十五日目の朝。荷馬車はおそらく、レグノヴァ帝国を南下し続けている……。
◆◆◆◆◆◆
極度の疲労と空腹で考えが上手くまとまらない。
しかし、今日も今日とて、たった一人荷馬車に揺られるだけなので、ティルスは物思いにふける他なかった。
(あの人達のこと……助けられなかったな……)
ティルスは、別れてしまった同乗者達のことを思い返した。それは、出発から九日目の出来事だった。ティルスと共に捕らわれの身となっていた男達が、奴隷商人と思われる人物に引き取られていったのである。
男達はティエーラ人の他、ティエーラ王国の先住民である【山の民】と呼ばれる人々もいた。
言葉を交わす機会はほぼ得られなかったため、彼らの素性も、囚われていた理由も分からない。
(でも……)
できることなら、逃亡できる隙を見つけて全員助けてあげたかった。今となっては、奴隷に身をやつしたであろう彼らの、せめてもの安否を祈ることしかできないが。
(──オレも奴隷にされるのか?)
ティルスは膝を抱えてうずくまった。
荷馬車は一体どこに向かっていて、この先何が待ち構えているのか。このままレグノヴァ帝国を南下して、海を渡るとすれば。
(そういえば……)
捕虜になった兵士は、灼熱の砂漠【シバ王国】の鉱山へと連行され、死ぬまで労働を強いられると聞いたことがある。
(本当に、生きていけるのか?)
そもそも、なぜ自分だけ処刑を免れて生き残ってしまったのか。今だってそうだ。なぜ自分ただ一人だけが、荷馬車に取り残されてしまったのか。
行き先も分からない。何もかもが分からない。
どうして。どうしてこんなことに。
──不安は、どんどん膨らむばかりだった。
(……ダメだ、弱気になるな)
あの日。あの瞬間。負けない、生き残ってやる、と。
確かにそう胸に誓ったのに。誓ったはずなのに。
当てのない未来。空腹。不安。極度の疲労。
ティルスの心で確かに燃えていたはずの炎は、今や風前の灯火となっていた。
『生きている限り状況は変えられる。
──皆のこと、頼んだぞ!』
(ゲルハルト隊長……)
ティルスは胸元に忍ばせてある形見を握った。
託された想いの灯が、消えないように。
己の心の弱さで、消してしまわないように。
◆◆◆◆◆◆
「グズグズするな! 早く降りろ!」
旅の終わりは唐突に訪れた。
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