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ゆなお

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if五章【真実】

if四十三話 偽りと真心

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 たいした距離では無いためブルーたちの力を使わず徒歩で進む。ヴィッツが話したとおり、夕方になる前に何軒かの宿と店が並ぶ村に着いた。四人部屋が一つと二人部屋が四つある宿に泊まることになり、スティアとナスティ、ミーンとティアスがそれぞれ二人部屋。男性陣は四人部屋に泊まることになった。ブルーたちは宿屋の屋根の上で過ごし、ストナはひっそりと身を隠す。少しでも宿代を安くするために、男性陣は四人部屋を選んだ。そして奇妙なやりとりが始まった。
「なあヴィッツ。やっぱ竜人に目覚めたってことは体に鱗とか付いてんのか?」
 カルロがキラキラした目で見てくる。同様に
「ねえねえ、竜の力に目覚めた魔力ってどんな感じなのかな?」
 とザントも興味津々にベッドの上に座るヴィッツを見つめてくる。
「いや……お前ら、気持ち悪いからそんな目で見るなよ。普段は人間と大差ねーってよりも、並の人間と同じだ」
 そう言って否定するも
「またまたぁ、なんか隠してんじゃねぇの?」
 とカルロはヴィッツの上着を脱がせる。
「おわっ! 寒いから止めろって!」
 上半身裸になったヴィッツに
「うーん。肌の感じは本当に今までと変わりないね。魔力の高さも今までのヴィッツと同じだし……」
 とザントはヴィッツの体をペタペタと触る。
「やめろっ! 俺ぁ見せもんじゃねーぞ!」
 ヴィッツがそう言った瞬間、カルロとザントの頭に拳が振り下ろされる。
「あたっ!」
「うわっ!」
 頭を押さえて二人が振り向くと、怒りのオーラを身にまとったグレイが立っていた。
「カルロにザント……あまり悪ふざけはするな」
 その声に二人は慌てて下がる。グレイはカルロからヴィッツの服を取ると
「ヴィッツ、とりあえず着ろ」
 と服をヴィッツに返した。
「ああ、ありがとな」
 そう言ってヴィッツは上着を着直した。グレイは振り返り
「大体、竜自身も言っていただろう。ヴィッツが竜人としての姿になるのは儀式の時だけ。普段は人間と同じだと」
 とカルロとザントに説教を始める。
「少なくともこの時代に一人しか居ない竜人だが、ヴィッツはヴィッツだ。変わったことといえば古代語に関して俺以上に詳しいところ、だな」
 とグレイが話す。
「あれ、兄貴。古代語わかんのか」
「ヴィッツも古代語が読めたりするんだ」
 と二人はグレイに聞く。
「俺は話せて意味は分かるくらいだ。だがヴィッツはその言葉がどういう効果を持っているかも理解している」
 グレイがそう言うと
「もしかして俺が無人島で言ってたおまじないも古代語だったりするのか?」
 とカルロはヴィッツの方を向いて聞いた。ヴィッツは
「ああ。あんまうかつにおまじないは言うなよ。その言葉の意味はだな……」
 そう言ってグレイに話した時と同様に、カルロのおまじないの言葉の効果について説明した。すると
「あ、ああーっ! 古代語でそういうこと言ってたのかぁ。そりゃあ唱えすぎたら悪いってのも納得だ」
 とカルロはうんうんとうなずいた。
「いや、本当に『おまじない』程度にしか伝わってなくて、聞かされてただけだからな。内容を理解したらすっげぇすっきりしたわ。これ親父に話したらすげぇ喜ぶな」
 そんな満面の笑みのカルロとは別に、ザントがヴィッツにこう尋ねた。
「前にさ、エルフの森でスティアとヴィッツが杖を触った時、僕以外が飛ばされたのって、もしかして……君の力のせいだったりする?」
 するとヴィッツは
「ああ、原因は俺だ。俺が竜人だから杖の力と反発して、元々杖の主であるザント以外を飛ばしちまった」
 と答えた。
「竜の力と封印の力、それが触れ合って膨大な力が発生した、という訳なのかな? 初めてのことだったから起こってしまった事故なのかなぁ。それ以降は杖の封印を解いた後だったから、多分ヴィッツが触っても何も起こらない、という感じ?」
 ザントがそう聞くと
「そういうことだ。俺の封印された竜の力と封印されたエルフの杖の封印とがぶつかり合ったってこった」
 ヴィッツはそう言ってザントに杖を出すように言って、ザントからエルフの杖を受け取り握る。
「封印されてなければ反発は起こらねぇ。エルフの杖の封印は竜の力を拒んだ。竜の力で強引に封印を解かれるのを拒んだ。それだけだったんだよ」
 ヴィッツはザントにエルフの杖を返す。ザントは杖を仕舞うと
「いやぁ。僕が知らないことも色々知ってて、ヴィッツの話をもっと聞きたいくらいだよ。でも……」
 ザントは困り顔で後ろを向く。そこにはじっとこちらをにらみつけるグレイがいた。
「あんまりヴィッツを独り占めするとグレイが機嫌損ねるからね」
 と肩をすくめてザントは言う。
「兄貴はヴィッツに甘えすぎなんだよ。ヴィッツよりいくつ年上だと思ってんだ?」
 カルロがそう言うと
「ヴィッツは俺にとっては年上の親友だ」
 と自慢げに話す。
「何それ。弟気分なの?」
 カルロの問いに
「あくまでも親友だ」
 とグレイは言い切る。カルロはグレイの真正面に立ち、肩に手を乗せて
「兄貴の本気度は分かった。だがちょーっとそれは押さえた方がいい。下手すると変な目で周りに見られるぞ……」
 と呆れた様子で言った。グレイはジト目で
「同類のカルロには言われたくない」
 と言った。
「あー! どうせ俺も兄貴のこと慕いすぎるバカだってことだろ! しかも同類って! 自覚あんじゃねーか! 兄貴! ちょっとこっち来い!」
 そう言いながらカルロはグレイと肩を組んで何かコソコソと話し始めた。そんな二人を見て
「あの二人って真逆な性格のわりには『誰かを慕う気持ち』が一緒だよね。一途すぎて、本当に想いが強すぎて。でもそれは相手のことが凄く凄く大事だからこその気持ちだって。ただ、とっても一方通行な想いで相手に分かってもらえてない部分が多いんだよね。一言で言えば『愛が重い』って感じかな」
 とザントはヴィッツに向かって話す。ヴィッツは笑いながら
「そうだな。グレイの『愛』はでかすぎるし重すぎる。でも俺を引き留めるにゃ、それくらいの重さがなきゃ無理だ。あいつの親愛であり友愛である想いが、今の俺にとっちゃ原動力だな」
 と答えた。ザントはからかったりせず
「ふふっ、そういう信頼関係がとても羨ましいよ。なるべくしてなった親友だね」
 と笑顔で言った。その言葉にヴィッツは
「ああ。最初はお互い嫌な印象だったのに、気付けば一番心許せる相手だ。あいつにとっちゃ俺は何にも代えがたい存在で。俺にとっちゃあいつは放っておけないヤツなんだよ。あいつ、俺のことになるとすぐ暴走しちまうから、俺がちゃんと見とかないとダメとか。本当年上なのか? って思うけど、あいつからしたら出会った時期で俺の方が年上の兄ちゃんみたいなもんなんだろうな」
 と笑った。ザントは
「そうだね。君がグレイの過去に行って、彼に『生きる意味・理由』を与えた。だから君に対する愛が重いのは仕方ないのかもしれないね」
 と言う。
「だなぁ。あー、俺は疲れたから寝るよ。まだ頭ん中がごちゃごちゃで整理したい」
 ヴィッツはそう言って宿の寝間着に着替えてさっさとベッドに入った。
「そうだね。僕も休むよ。ねぇ、カルロにグレイもあんまりうるさくしないで早く寝てね」
 ザントは二人にそう言って着替えてベッドに潜り込んだ。こうしてカルロとグレイも分かれてそれぞれ休んだ。

 一方、二人部屋にいるティアスとミーンは
「ふふ、竜と竜に使える賢者には、してやられたわね。まさか私が身につけた過去を見る力ですら制御されてたなんて思わなかった。でもヴィッツが元から竜人だったことが分かっていたのなら、私は誤った道を進んでいたかもしれない。『こうなるのが分かった上での計画的な道しるべだった』と言うことなのね。無人島に行くのも、皆が散り散りになったのも、ザントや姫の件も、グレイの過去も。何もかもが計画的なものだった。竜と賢者と、そして精霊の導き。すべては彼らの手の上で踊らされていた」
 悔しそうにするミーンに
「でも、そのおかげで私たちはより皆のことを知ることが出来ました。目的だけの旅だったら、きっと私たちはお互いを知らぬままただ旅を続けていたかもしれません」
 とティアスが言う。ミーンは深いため息をついて
「その交流が必要だったのね。ヴィッツが竜人であるがために必要なのは仲間との信頼だった。力だけではない信頼が必要だった。恐らく姫とグレイとヴィッツの三人は強い信頼が必要になると思います。詳しい儀式は見ていませんが、竜人を中心に光を司る者と闇を司る者の三人が協力して進行するはずです。そこに三人の信頼が……必要なのだと、ここまでの旅を続けて感じました。だからこその遠回りの旅だったのだと、そう私は理解しました」
 と言う。それに対してティアスは
「大丈夫です。私とグレイ、そしてヴィッツとの互いの繋がりは、保てていると思っています。それは友情であり愛情であり、そして信頼である、と。私は二人を、そして自分自身を信じています」
 と笑顔で答えた。その笑顔にミーンは安堵した。
「そこまでおっしゃるなら、あとは私たちは皆で儀式の場所に向かうだけです。心身共に万全の状態を維持して旅を続けましょう」
 こうして二人はそれぞれベッドに入った。

 一方、スティアは
「まさか、ヴィッツが竜人だなんて思いもしなかったわ。あの冴えないヴィッツが私たちが探してた重要な人物だったなんて、今でも信じられない」
 と首をかしげながら言う。一方ナスティは
「ヴィッツさんは竜人だった! となるとまさに一般人は私のみ! となりましたね! 皆さん、王族だったり選ばれし者だったり役職だったり。そんな中に私が居てもいいのかと少し思いました。でも『精霊に選ばれたのなら一般人でも役割を果たさねばならない』と言う言葉のとおり、私は最後まで自分の役目を果たしていこうと思います!」
 と元気よく宣言する。そんなナスティを見て
「ナスティのそういう前向きなところ、とても素敵だと思うわ。普通だったら『こんな凄い人たちの中にいて大丈夫かな』って心配したり怖がったりするだろうし。でもあなたはしっかり自分の役目を果たすって、強い意志を持ってる。それって誰しもが出来ることじゃないわ。あなただって選ばれた重要な勇士の一人よ」
 と励ます。
「えへへ。でも、そう強く思えるようになったのは、以前ヴィッツさんと焚き火の番でお話した時です。そのとき私は『一般人であっても役目を果たそうと思っている』と言う話をしました。皆さんと行動して、私はこの旅が終わったら実家に帰って家族を支えながら、お仕事して一緒に過ごしたいと思ったんです。だから、皆さんはそれぞれ重要な役割があるでしょうが、私は本当の意味で一般人に戻りたい、そう思いました」
 そう言ってナスティはその後の願いを話した。それを聞いてスティアは
「そっか。サウザント城から離れちゃうんじゃあ、もう私やカルロそしてグレイともお別れなのね。まあ多分旅が終わっても精霊契約を破棄しなければ転送魔法使えるし。エアイアとサウザントなら船もあるし、会おうと思えば会えるわよね。家に帰ったらしばらくは会えないかもしれないけど、たまには遊びに来てね。いろんな話したいから」
 と笑顔で言った。
「はい! そのときは私の家族も紹介したいです!」
 ナスティも笑顔で答えた。
「さあ、そうと決まれば健康第一! もう夜だし寝ましょう」
「はい! スティアさん、おやすみなさい!」
 こうしてスティアとナスティもベッドに入り眠った。

 一夜明け、宿を出た一行はヴィッツに聞く。
「ここからの道はどうなってる?」
 カルロの問いに
「もう少し南西に向かって海岸沿いに移動することになる。そうすればちょうど海になってるところの一番南にあたる場所になるかな」
 とカルロの地図を指さして言う。
「ここから先はちと街や宿がねぇ。二日くらいは野宿になるだろう。ただ、この北西を目指すようになる先に厄介な場所がある」
 とヴィッツが言うと
「厄介な場所?」
 ザントがそう言って首をかしげた。ヴィッツは
「ああ。『迷いの森』って呼ばれてる森がある。ただ、そばの村の連中は普通に迷わず出入り出来るらしい。でも部外者が入ると迷うらしい。それで村の人が何度か助けに行く羽目になってるってわけだ」
 と説明した。
「だったら回り道して森を避けたらいいんじゃないかしら」
 スティアがそう言うと
「そりゃあそうなんだが。結構な遠回りになっちまう。ほら、エアイアとキレリアの間の砂漠みたいなもんだ。直進で最短で行くか、結構な日数かかる遠回りで行くか。そう言う選択肢になる」
 とヴィッツが言う。
「だが、森に入れば部外者は迷う。ならば遠回り以外ないんじゃないのか。ブルーたちの力があれば遠回りでも早く着くだろう」
 グレイの言葉に
「使えれば、な。ブルー、お前たちの力はこのあたりだと弱まるんだよな」
 ヴィッツがそう聞くと
「ああ、ここの森は特殊で俺たちの力をかき消してしまう。完全に使えない訳ではないが、力を使うと俺たちの体にかなりの負荷がかかるんだ」
 とブルーは困ったように話す。ヴィッツは
「まあそこで俺の出番ってわけだ。森の番人に話を付けることができりゃあ、一直線コースが選べるって訳だ」
 とヴィッツは笑う。
「でも初対面で話をしてくれるかしら」
 ミーンの素朴な疑問に
「初対面は初対面だが……まあ色々あってな。その辺は追々話す。まずは森の前まで行こうぜ」
 ヴィッツ以外は事情が分からないが、ヴィッツが言うならと一行は二日かけて森の前に辿り着いた。見た感じはよくある森と変わらない雰囲気だ。
「うかつに入るなよ。気付かない間に変なところに飛ばされるぞ」
 ヴィッツがそう言って全員に入るのを止めさせる。そしてヴィッツは先頭に立ち森の前で
「ええと……イー ルアーサ パメスト リチット」
 と唱える。しばらく沈黙が続き
「んー、何も起こらねぇな。ヴィッツ今のも古代語だよな?」
 とカルロが言う。ヴィッツはすかさず前を向いたまま、手の平を広げた状態でカルロの方に突き出した。どうやら何も言うな、と言いたいらしい。それを察したカルロはそれ以上何も言わなかった。こうして長い時間全員が静かにしていると脳内に澄んだ男の声が聞こえた。
『お前たち、何用かと思ったが竜人がいるなら話は別だ。千年ぶりの竜人のおでましか。あとは翼を持つ者と人を監視するものもいるのか。世界の均衡については知っている。この森からさらに北の先にある魔法陣に行きたいのだろう。いいだろう、主人の所への案内精霊を出す。そいつについて来い』
 そう言うと声は聞こえなくなり、森の中から淡く光る木の精霊がやってきた。
「やあ客人。この森の主が許可するとは珍しいなと思ったが、竜人とその仲間なら納得だ。オレはクラッツ。木の精霊の一人だ。お前たちを案内しよう。客人とは言えまだ完全な許可をもらってないお前たちは、道を少しでも外れると変な場所に飛ばされるぞ。気を付けろよ」
 そう言ってクラッツは一行を案内した。木々の合間を歩いて進む。森の中では精霊の声が、そして鳥の鳴き声が聞こえる。エルフの森ほどではないが綺麗な森だ。そんな森を歩いているとティアスがふと何かに気付いた。
「あれっ」
 そう言って振り向くが特に何も無い。
「姉貴、どうしたんだ?」
 カルロが声をかけると
「えっと、今何かが肩に触れたような気がしたんですが、振り向いても何も無かったのです」
 とティアスは答える。続けるように
「おそらく気のせいでしょう。遅れる訳にはいきません。進みましょう」
 そう言って皆と共に先に進んだ。こうして一行は一軒の不思議な形の館の前に辿り着いた。クラッツは
「ここの主は変わり者だ。注意しとけよ。じゃあな」
 と言って姿を消した。扉の前に立ち、ノックをした。
「えっと、俺は竜人のヴィッツ。ちと頼み事があって真の魔法使いであるお前に会いにここまで来た。大事な任務だから協力してほしい」
 すると扉がスッと開いた。中はこじんまりとしたロビーになっている。
「中に入っていい」
 森の前で聞いた男の声がする。全員ロビーに入り扉を閉める。しばらくして、右奥の部屋から足音が聞こえてくる。そして出てきた人物は身長がティアスより低めの少年顔で厚手のマントで全身を覆っている人物だった。その人物は
「ようこそ、竜人とその仲間たち、翼を持つ者と人を監視するものもいるな。オレは世界で一番最初に真の魔法使いになった元人間だ。オレはあんたらのここまでの経緯は詳しくは探ってない。だがあの千年前の事故からようやく修復の時期が来たってのは察知したよ」
 と少年声で言った。ずいぶんと小さなその真の魔法使いを不思議そうに全員が見ていると
「ああ、オレは十六の時に真の魔法使いになったからよ。ちっちぇーままなんだわ。他の真の魔法使いは大人の姿が多いけど、オレは子供の姿なんだ」
 と笑いながら話す。そして
「オレはライアット。まあオレの経歴とかは旅に関係ないから説明はいいだろう。あとオレの精霊はオレ以外の前には出てこないから、声だけの登場になる。まあそこは許してくれ」
 と言いながら
「さて、と。客人はもてなさないとな。こっちの部屋に来い」
 と先ほどライアットが出てきた部屋とは反対方向の部屋に向かう。ブルーたちとストナは館を出て、残り八人は部屋に入る。中を見ると人一人座れるくらいのキノコのような椅子が沢山あった。テーブルは巨大な葉を細長いキノコが支えているような形になっていた。一つの椅子に一つのテーブル。部屋の中自体が森の中の一つのように見える。
「なんだこの部屋。ずいぶんと変わってんな」
 カルロがそう言うと
「森の中の館だ。不思議なくらいがちょうどいいだろう?」
 とライアットが笑う。
「ははっ、案内の精霊が変わり者だっつってたけど、本当に変わり者なんだな」
 カルロも笑いながら
「じゃあ俺はこのあたりに座らせてもらおうか」
 と窓際の椅子に座る。各自好きな椅子に座り、立っているライアットの方を向く。
「あなたは座らないの?」
 ミーンがそう聞くと
「ああ、俺はお茶の準備中だ」
 と言う。
「え、でもここに立ってるだけですよね?」
 ナスティが不思議そうにすると
「あいつがさっきからやってくれてるよ」
 と言うとチリンと鈴の音が聞こえた。
「お、準備出来たな。ちょっと待ってな」
 そう言ってライアットは部屋を出て、すぐに引き返してきた。九つの取っ手のない木のカップが乗ったトレーを持っている。そしてテーブルの上に置き何か呟くと、カップは各自のテーブルの上に移動した。こうしてカップが行き渡ったのを確認してライアットは自分の席に座った。
「高級品って訳じゃねぇが、外じゃまず飲めねぇお茶だ。しっかりと味わえよ」
 そう言われ各自カップを手に取る。ほんのりと香る甘酸っぱいフルーティな香り。一口飲むと苺と桃を合わせたような味わいがする。
「ハーブティーの一種だ。この森でしか取れねぇからな。まあ遊びに来る村の子供には分けてるけど、基本はここでしか飲めないと思ってくれ」
 ライアットはそう言いながらお茶を飲む。そして
「この森を迂回せずに入ってくるってことは、かなり急ぎの要件か?」
 とライアットが聞いてきた。それに対してヴィッツが
「ああ。俺が竜人として目覚めたとなると、光と闇の崩壊までの期限が近いってことだ。それでなんとか近道させて欲しくてな。お前ならこの森の通行許可を下ろしてもらえるかと思って尋ねてきたって訳だ」
 と説明する。すると
「ははっ。面白いこと言うな。オレがそんな簡単にこの森の通行許可出すと思ってんのか?」
 と冷笑する。
「この世界全体に関わることだぞ。あんたも例外じゃないだろう」
 カルロが鋭い目つきで睨むと
「オレはこの世界がどうなろうと知ったこっちゃねぇな。このまま滅び行くならそれもいい。大事な人と一緒に世界共々滅びればいいと思うくらいだよ」
 そう言ってカップをテーブルに置く。そして
「さあどうする? 勇士たち。当てが外れた、さあどうする? どうする?」
 と意地悪そうな顔をして一行の顔を眺める。そのときだった。ドサリと音がして椅子から落ちた者がいた。
「ティアス!」
 慌ててヴィッツが倒れたティアスの元に駆け寄る。顔は青ざめ、体温はかなり低くなっている。全員が囲み心配する中、一人
「ああ……。シナピリアの鱗粉に触れたな。早く薬を……あ、いや。あの薬は今切らしてるのか」
 とライアットが呟く。するとカルロが
「そういや森の中で姉貴が肩に何かが触れたようなって言ってたな。そのシナピリアってのは何なんだ。鱗粉って言うからには蝶とかの部類だとは思うが」
 と尋ねる。ライアットは
「ああ『見えない蝶、シナピリア』だ。数は少ないんだがこの森に生息している。そいつの鱗粉は猛毒で、少しでも触れれば一気に体温が下がる。一週間くらいは寝込む。だがお前たち急ぎの用なんだろう? なら助けたければ薬草の場所を教える。ただし、薬草を採りに行けるのは『絆の深い二人』だけだ。オレはお前らが取りに行ってる間、薬を調合する準備をする。一応森の中を歩く許可はその二人には出してやる。さあ、誰と誰が行く?」
 ライアットの言葉に名乗り出たのは
「俺とヴィッツで行く」
 グレイがそう言ってライアットの前に出る。そんなグレイを見て
「へぇ……これはなかなか。深い深い絆だな」
 とグレイの顔を見上げてニヤリと笑う。そんなライアットを見てグレイは腰をかがめライアットに視線を合わせる。
「何が言いたい……」
 不審そうな顔をしてグレイが聞くと、ライアットはそっとグレイに耳打ちをし始めた。しばらく聞いていたグレイだが、背後から見ていても分かるくらいに耳が赤くなっている。そして話が終わったのか
「まぁそういうことだ。この館を中心とした簡単な地図を渡しておく」
 とグレイに小さな紙切れを渡す。
「この館の出入り口は西を向いてる。あとは地図に方角を書いてるから分かるだろう」
 受け取ったグレイは釈然としない表情で顔を赤くしている。
「ほら、そいつと一緒に行くんだろ? 早くしねぇと薬の効きが悪くなる。急げ」
 そう言ってライアットはグレイの背中を押し、グレイはそのまま館の外へと出て行く。ヴィッツもグレイについて行くように館を出て行った。渡された紙を見ながらグレイが早足で進む。ヴィッツはグレイに追いつき、並んで
「なあ、グレイ。俺を置いていくなよ。何か分かんねーけど『二人の絆』が必要なんだろ? まあ追いついたからいいけど、なんでお前そんな顔赤くしてんだよ。あいつに腹立つことでも言われたのか?」
 ヴィッツがそう聞くとグレイは震えながら
「なっ、なんでも……ない。ないったら、ない!」
 と必死に何かを否定するように声を荒げる。状況がつかめてないヴィッツは
「何そんな必死になるんだよ」
 と呆れた様子で聞く。するとグレイは
「後で……説明、する。今は、聞くな……」
 としゅんとした様子で言った。そして
「それより薬草になる花が咲く場所はこっちだ」
 と言ってヴィッツを案内した。そこには少し広い空間の真ん中に二メートルほどの大きな丸い岩が立っていた。しかし地面は花どころか草も生えていない。
「ここに花があるってのか?」
 ヴィッツがそう言うとグレイは
「この岩に両手と額を当てて想いを込める、らしい」
 と言う。
「想い? どんな想いだ?」
 ヴィッツの問いに
「お前の場合は、俺に対しての想いをその岩に込めればいい」
 と言う。
「ああ、絆。つまり俺たち親友同士の想いってことか」
 と納得した様子を見せる。しかし
「で、なんでお前はそんな躊躇してんだ?」
 と岩に手を当てたヴィッツが聞いてくる。グレイは紙をたたんで懐にしまうと
「お前は知らなくていいっ!」
 と言ってヴィッツの隣に立ち、両手を岩に当てた。ヴィッツはいつも通りの様子で既に準備は整っているがグレイは冷や汗をかく。そして心の中で
「(落ち着け……落ち着け、俺。ヴィッツに対する想いは俺自身が一番知っているだろう。親友そして友愛。いや、果たしてそれが本当なのか。俺の本当の想いは……。あいつは正直になれといった。正直な想いじゃないと花は咲かない、と。ならば……俺の本当の想いはきっと……これが正解)」
 そう想いながら額を当てた。その瞬間、岩を中心に一瞬にして地面に花が咲き乱れる。
「うおっ! すげぇ! 辺り一面花だらけだ! けど、色が色々あるぞ。なあグレイ、どの色の花とか決まってんのか?」
 ヴィッツがそう聞いている間、グレイは左手で目を覆いため息をついた。
「(ああ、やはり俺の想いが強すぎたか……)」
 そんなグレイをよそに
「グレイ! ティアスの命にかかってんだぞ! どの花でもいいのか、選ばなきゃ行けないのか教えてくれよ」
 とヴィッツがせかす。グレイは懐にしまい込んだメモを見直し
「青い花……で花弁の根元まで青いものだけだ。根元が他の色は駄目らしい」
 と言う。それを聞いてヴィッツは
「青い花か。花弁自体が赤とかピンクばっかりなんだよな。あとオレンジとか黄色とか紫とか……お、青発見! これは根元が青いからいいがこっちは赤だな」
 と花を選別し始める。
「おい、考え事は後回しだ。とにかく急いで青い花を集めるぞ」
 ヴィッツにせかされグレイも
「あ、ああ」
 と青い花を集め始めた。こうして両手一杯に青い花を抱えた二人は急いで屋敷に戻った。入口で待っていたライアットは
「おー。見事に沢山の花を集めてきたな。上等上等。それじゃあオレは薬を作る」
 そう言って何かを唱えると、二人の手元から花が消えた。
「さっさと患者のそばに行きな」
 ライアットはそう言って屋敷に入っていった。ヴィッツとグレイも屋敷に入ると、ロビーにスティアが待ち、二人をティアスが寝ている部屋へと案内した。二人が到着すると青ざめた表情で体を震わせているティアスがベッドに寝ていた。ヴィッツとグレイもティアスのそばに駆け寄り様子をうかがっていると、すぐさまライアットが来た。
「薬の完成だ。この薬をまずは蝶が触れた肩に塗って、残りは飲ませるっと」
 ティアスの左肩に焼けた様な跡があり、そこに薬を塗り込む。残りは飲ませて寝かせた。
「この薬の効果なら五分で体温は戻る。あとは体調が戻れば良しといったところかな」
 ライアットはそう言って器を洗いに行った。戻ってきたところにグレイがライアットのそばに近寄る。他の皆はティアスの様子で手一杯のようでグレイの行動に気付いていない。グレイは
「ライアット。あの花の色の意味……それは」
 と聞く。ライアットは少し笑みを見せて
「お前のあいつに対する想いの種類だよ。青は友愛や親愛を意味する」
 と説明する。
「根元が赤いのは……」
「ああ、そりゃあいろんな意味が含まれてるな。赤とピンクが大半だったんだろう? そうなるとその意味は分かるはずだ」
 ライアットの言葉を聞き、グレイはため息をついた。
「覚悟はしていたつもりだったが、まさか逆手に取られるとはな。はぁ……」
「別にいいじゃねぇか。それがお前の正直な気持ちなんだろう? 純も不純もあるってもんだ。だが、ちゃんと正直に気持ちを想ったならそれでよかった。隠した気持ちを出されたら、花は咲かなかったからな。それに効果も充分だ。本来より効きの良い薬が出来たってもんだ」
 そう言ってグレイを慰める。
「おっと、そうこうしてるうちにあのお嬢さんの熱が冷めたようだな」
 ライアットは様子を見にティアスの元へ向かう。手を額に当てると
「よしっ。これで熱は大丈夫だ」
 そう言ってライアットは皆の方に向く。ティアスも目を覚まし
「あ……何かうなされてたような」
 と体を起こす。
「姫っ。まだ熱が戻ったばかりです。もう少し休んで、動けるようになるまで寝てください」
 そう言ってミーンはティアスを再び寝かせる。そして状況がつかめてないティアスに今までの経緯を話した。
「ああ、あのとき肩に何か触れた感じがしたのは間違いではなかったのですね」
「俺が姉貴の違和感に気付いてたのが功を奏したかどうかはわからねぇが。まあ姉貴はもう少し休んで体調を整えてくれ」
 こうしてミーンとカルロが付き添い、他の面々はお茶を飲んだ部屋へと戻りゆっくりする。そうこうしているうちに、カルロとミーンと共にティアスも部屋に入ってきた。ティアスは恥ずかしそうに
「また皆さんにご迷惑をおかけしました」
 そう一礼をする。スティアは
「別に謝ることじゃないわよ。もしかしたらその立場に他の人がなってた場合もあるのよ。今回はたまたまティアスだっただけで、ほら全員顔は出してるじゃない。誰でもその見えない蝶に触れる可能性は高かったのよ」
 とティアスに否がないことを言う。それを見ていたライアットは
「いやぁ、久しぶりに面白ものが見れた。お前たちの頑張りと熱意を称え、特別に魔法陣のそばまで飛ばしてやるよ」
 そう言って一行の旅の手伝いをすることを宣言した。
「ここはオレ一人でやりくりできるくらいの広さしかねぇ。八人もの客人が泊まる部屋もねぇな。だから魔法陣の手前にある町まで送ろう。そっから歩いて一時間くらい北に歩きゃすぐだ。準備出来たら入口のロビーに集合な」
 そう言ってライアットは部屋を出て行った。一行は準備を整えロビーに集まった。それを見たライアットが
「おう、準備出来たようだな。そんじゃあ、お前らを飛ばすために一肌脱ぎますかね」
 そう言って取り出した杖で床を叩く。するとロビーの中央に巨大な魔法陣が現れた。
「全員、この魔法陣の上に乗りな」
 言われるがまま一行は魔法陣の上に乗った。そしてライアットは分厚いマントを脱ぎ捨てる。それは女性物の薄めのローブを着てサンダルを履いた少女の体系であった。
「あ、えっ? あんた女だったのか?」
 カルロが驚くと
「ハハハッ。そりゃあ男みたいに育ったオレだ。あんなマント身につけてたら男に間違われても当然だ。顔も声もこんなだから余計にな。だが、オレはれっきとした女だ」
 とライアットが言う。すると
「ライア。余計なことはいいからこいつらをさっさと飛ばしてくれ」
 と時折聞こえていた男の声がする。
「あーもう。ローはせっかちだなぁ。分かったよ。お前ら、飛ぶ覚悟は出来たな?」
 ライアットの言葉に全員がうなずく。すると
「それじゃあ、ぶっ飛ばすぜ! 久々の転送魔法だなぁ!」
 と言って杖を振りかざした瞬間、一行の姿はロビーから消えた。それを確認するとライアットの肩に白髪で毛先が紫色になった、ストレートなボブヘアーの精霊が現れる。
「ライア。お前また、ああ言って客人で遊んだろう」
「まあな。ロー、オレはあいつらの愛の深さをちと試したかった。釣り合うだけの愛がそこにあるのか、確認したかった」
 ローと言われた精霊は
「なるほど。あの薬が五分で効くとは相当な重さの想いだな。まあ、あの片方の力が強すぎたが、それでももう片方もそれを受け取めきれるだけの器があるという証明。ははっ、面白い関係じゃないか。ああ言う愛の形もあるというわけか」
 と話す。
「何事もなきゃ、あいつらの態度次第で飛ばすつもりだった。だが、まあうまい具合に珍事が発生した。あー、久しぶりに楽しい出来事だった」
 ライアットがそう言うと
「でもお前は世界が滅びても良いと言ったな。愛する者と共になら滅びてもいい、と。まあ俺もお前と同じ意見だった。だが、まあまだ生きるのも悪くない。そう思わないか? ライア」
 とローが言い
「そうだな。まだ世の中捨てたもんじゃねぇな。ハハハッ」
 とライアットは笑った。
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