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五章【真実】
四十二話 竜人
しおりを挟むサウザント城でクレセアに見守られながら、ストナは床に置かれた紙に絵を描いていた。
「何を書いているんですか?」
隣に座っているクレセアに聞かれ
「竜」
とストナは答えた。続けるように
「昔、お話で聞いた。竜」
と話す。それは何の形をなしてるのか分からないクレヨンで描かれたぐちゃぐちゃな線であった。
「僕も竜がいることは聞いたことありますが見たことがありません。どんな姿なんでしょうね?」
クレセアがそう語りかけるとストナはもう一枚紙を取り、絵を描き始めた。今度は白い紙に白で線を描き始めた。
「白い紙に白い線だと見えませんね」
クレセアがそう言って笑うと
「見えないから……いい」
と言いながらそのまま白い線を描き続ける。
「あはは。たしかに同じ色なら何を描いても見えませんからね」
その言葉にストナはうなずき
「これは見える」
と青でまた同じように線を描く。その線はうっすらと見える白の線と同じような、翼の形に見える。
「白い翼と青い翼、ですかね?」
クレセアの問いかけに対してストナはうなずいた。
「白……青……」
ストナの言葉に
「白い翼ですか。綺麗ですね。白い鳥の翼はとても、そう清らかで美しいです。青は珍しいですね。でも父上の伝書鳥も青色ですし、僕は見慣れてますが綺麗な翼だと思います」
クレセアの言葉にストナは
「青は……きれい?」
と首を傾げた。クレセアは
「ええ、素敵な色だと思います。空の色も海の色も青です。色の種類は若干違いますけどね。どちらも綺麗な青だと僕は思いますよ」
そう話すクレセアの顔をストナはじっと見つめた。
「どうしましたか? 僕の顔に何か付いてますか?」
クレセアが聞くとストナは首を横に振る。そしてまた別の紙に違う色で絵を描き始めた。そんなストナをずっと見守るクレセアがいた。
「八勇士、そして我が息子……?」
カルロが疑問に思って呟くと、突然
「いやっ! そんなはずないわっ! 私は過去が見えるものっ! ヴィッツの過去だって見た! 見えた! 父親はたどりきれなかったけれど、子供のヴィッツが母親と過ごした日々も見た! そんなっ! そんな、私の見える過去が間違っているはずがないっ!」
とミーンは取り乱した。
「ちょ、ちょっと落ち着いて、ミーン!」
スティアがなだめるも
「私が見た過去が嘘だっていうの? そんな、そんなことあるはずない! あるはずないのよ!」
と叫ぶ。しばらく取り乱した状態のミーンをスティアとナスティが必死になだめる。一方水に沈んだヴィッツは呆然と立ち尽くす。
「ミーンが言ったよな『人を弾く水』って。それって、俺は、人じゃないっ……てこと?」
そうボソボソとヴィッツが呟く。ミーンがようやく落ち着き、再び頭に声が響く。
『このまま水路を進むがよい』
それ以降声は聞こえなくなった。カルロが
「とにかく真相を知るために先に進もう。ヴィッツは、ちと水ん中で歩きづれぇだろうが、ついてこれるか?」
と言うと我に返ったヴィッツは
「あ、ああ。遅くなるが皆の後をついて行く。俺に近づくと皆を巻き込むかもしれねぇから距離取るわ」
と言って皆から少し離れて水の中を歩く。こうして一行が進んだ先には大きな空洞があった。水路に囲まれるように奥には楕円形の台座が見える。その奥は暗くて見えない。するとその奥から声が聞こえる。
「ようこそ、八勇士。お前たちは今立っている場所から前に来てはいけない。ここから先は竜に直接関わる者のみ入れる」
そう言った後
「そして、立派に育ったようだな、息子ヴィッツよ」
その声にヴィッツは
「お前……一体何者……」
と聞くと
「まずは水から上れ。前に進め」
と言われる。ヴィッツは恐る恐る皆より前に進む。そして台座に上がった。すると奥の暗がりからのそりのそりと重たい足音が響く。目の前には後ろ足で立つ巨大な青い竜が現れた。竜は前足を下ろす。竜は話しを始めた。
「竜リンドヴルムと賢者イアリティーナとの間に生まれし竜人ヴィッツ。お前を身籠もったイアリティーナはイアナと名乗り、ワルトゥワの村へ向かった。村人に歓迎して迎え入れられ、そして生まれたお前は五歳まで育った。そしてそれを機に村人全員とお前の記憶を改変し、イアナは眠りについた。そう、そのイヤリングの中に、だ」
次の瞬間、ヴィッツが身につけていた両耳のイヤリングがはじけ飛ぶ。
「!」
思わず目を閉じたヴィッツは、そっと目を開け目の前に立つ人物に驚く。レースのように薄い生地で何重にも作られたローブを着た女性、その顔はまさに五歳の時に見た母イアナの顔だった。
「ヴィッツ……今までだまし続けてきてごめんなさい。でも貴方を成長させ、そして無事ここに来れるようにするためには村の皆と貴方の記憶を操作するしかなかった」
イアリティーナが右手を挙げると、まばゆい光が周りに降り注ぐ。その瞬間、ヴィッツの脳裏に記憶の断片が再生成される。
村の一軒にヴィッツは母と共に居た。絵本を読んでもらう。
「ねえ、お母さん。りゅうじんってなに?」
床に寝そべっているヴィッツがそう聞くと
「貴方のことよ」
とイアナが答える。
「え、おれりゅうじんなの?」
そう言ってヴィッツは上半身を起こすと
「そうよ。でももう少ししたら貴方は記憶を一時的に失う。でもこのことは誰にも話しちゃ駄目。これはお母さんとの大事な約束よ」
とイアナが人差し指を唇に当てる。
「貴方は大人になったら沢山の仲間を見つけて、また私とお父さんのところに会いに来る。それまで頑張って強くなるのよ」
「え、お母さんとしばらく会えないの? おれ強くなる! 強くなってまたお母さんに会えるようにりっぱな大人になる! あとお父さんに会ったことないから、ちゃんと会えるまでがんばる!」
そう言って立ち上がり張り切るヴィッツの頭をイアナが撫でた。
「そうね。私たちの国で待ってるわ。その国はリュナ大陸にあるの」
たどる記憶。昔の思い出。それは、改変された忘れた記憶だった。
「そうだ……。母さんは言ってた。俺は竜人だから、大人になるまではそれを忘れて、また会う時に思い出すって。それから、俺が形見だと思ってたイヤリングに母さんは自分の魂ごとすべてを封じ込めた。それを俺がハーミルの両親に預けて。その瞬間、村全員の記憶が改変された……村の皆に流行病のことを暗示でかけて。そして俺の中から母さんの記憶が歯抜けのように無くなって、そして今の今まで忘れていた……。それと、父さんの名前、リンドリウン。それは、父さんがこの洞窟から『竜の神の使い』として人の姿で現れる名前。そうだよな、母さん、父さん」
ヴィッツがそう聞くと、竜は姿を人間に変えた。長い緑色の髪に青い鎧を身にまとった三十代の男性の姿だった。男性の姿となった竜は
「ああそうだ。お前が覚えていた名前は人の姿である私の名前だ」
ヴィッツは頭をうなだれ大きくため息をつく。そして肩を振るわせながら
「は、ははっ……。竜人は俺自身だった。父さんにも母さんにも騙されて、ずっと俺は人間として生きていた。笑えるよな。お前たちが探し続けていた竜人がこんな目の前に、仲間の中にいたなんてよ。俺は……皆を騙すつもりなんてなかった。でも……こうやって記憶を取り戻したら、騙しちまったことになるよな。ごめんな、皆……。俺は人間なんかじゃない、竜人だったんだ……」
そう言って七人の方を向いて涙を流しながら笑った。
「皆が探し続けてた竜人である俺本人が一番大事なことを忘れてた。俺は動の勇士であり竜人……。勇士の一人だが、皆の仲間なんかじゃ、人間なんかじゃなかっ……」
そう言いかけた瞬間
「お前は俺の親友で! 俺たちの仲間だ! それ以外に何がある! 俺だって魚人の生まれ変わりで水神の生まれ変わりだ! お前だけが特殊じゃない! お前はっ! お前は俺の大事な親友なんだ!」
とグレイが叫んだ。
「竜人だろうがなんだろうが、俺はお前を力ずくでも仲間に引き入れる! お前が嫌だと言っても俺はお前から離れん! お前は『ヴィッツ』という俺の親友だ!」
そう言ってグレイは拳を握りしめる。しばらく沈黙が続く。そして
「まあ、ヴィッツが竜人だったってのは流石に驚いちまったが。だからといって仲間じゃなくなるわけじゃねぇ」
とカルロが言う。
「そうだよ。僕らは旅の仲間、そして友達。ヴィッツが旅立ちを決意したのは導きだったのか、記憶のどこかに残っていた何かなのかは分からない。でもそこが出発点なのは確かだったんだ。そうじゃなかったら僕もスティアと出会わず、ヴィッツとも出会わなかった」
ザントの言葉に
「そうね。ヴィッツが旅立つ数ヶ月前に私とザントは出会った。そしてあの熊との決着を付けようとしたあの日にヴィッツと出会ったのよ」
スティアが言う。
「皆さんがサウザント城に来て、私とグレイとティアスも出会いましたし」
ナスティがそう言って
「俺はお前に救われた」
グレイはそう言い
「私も本来の姿に戻れました」
ティアスも言った。ただ一人、納得がいかないのはミーンだった。
「私が、私が見てきたヴィッツの過去はなんだったの?」
その問いにリンドリウンは
「お前にこの時代に来るよう命じたのは誰か覚えているか」
と問いかけた。ミーンはハッとする。
「千年前の竜人……。そして時空の歪みに入り過去を見る力を得た……。でもそれは……」
「改変された部分を除いた過去だけが見える。そう、私が改変したワルトゥワの村とヴィッツの本当の記憶を貴女には見えないようにしていた。ここまでヴィッツが成長して辿り着くまで、それは秘密にしなければならなかった。直前まで、世界の均衡を守る役目までは隠さなければならなかった。もし貴女が本当の過去を見てしまっていたら、ヴィッツは真の力を発揮せぬままに世界の崩壊を招くことになっていた。ヴィッツには心の成長が必要だった。旅を通じて仲間を知る必要があった。そして条件が揃い、こうしてヴィッツはリンドヴルムの前にやってきた」
イアリティーナの言葉にミーンは
「そう、いうことだったのね。なんだか悔しいわ。これこそ騙されたってやつなのね。でも、騙されなければ私の目的もすべて達成できなかった。それなら納得するわ。流石は竜に仕えし賢者ね」
とようやく冷静さを取り戻した。人の姿だったリンドリウンは竜の姿に戻る。そして
「ヴィッツよ。竜人として力を目覚めさせる覚悟が出来たか」
とリンドヴルムが問いかける。ヴィッツはしばらく考え、そしてリンドヴルムの前に歩いていく。そして
「ああ、覚悟は出来たよ、父さん。それと母さん、ずっと見守ってくれてたんだな。ありがとう」
と二人に言った。
「では、お前の本来の力を目覚めさせよう」
そう言ってリンドヴルムとイアリティーナは祈りを捧げる。ヴィッツの頭上に一筋の光が差し、そしてその光は広がりヴィッツを包む。しばらくその状態が続き、光が徐々に消えていった瞬間、七人の目の前には頭に二本の角と竜の翼に尾が生えた、青い鎧を身にまとったヴィッツがいた。ヴィッツは竜の手に近くなった自身の手を見ながら
「これが、俺の本来の姿……」
と呟く。リンドヴルムは
「その姿は光と闇の均衡を保つ儀式の時だけなれる。つまり、役割を果たす時以外は、基本人間の姿だ。身体能力もその姿なら向上するが、人間の姿のときは人間と同等だ」
と説明する。
「そっか。じゃあその場所まではいつも通り過ごせるのか。ちょっと安心した。この姿のまま旅しなきゃなんねーのかって思ってた」
そう言ってヴィッツは笑う。ヴィッツは七人の方を向き
「とりあえずまあ、儀式の進め方とかそういうのは理解した。じゃあ、これからあとちょっとの旅だと思うけど。こんな俺だがまたよろしくな!」
そう言って笑った瞬間、ヴィッツは人間の姿に戻り、その場に倒れ込んだ。
「ヴィッツ!」
グレイが慌ててヴィッツの元に駆け寄ろうとしたが、カルロが肩を掴んで止める。
「兄貴、こっから先は俺たちは進めねぇ」
「だがっ!」
カルロとグレイがやりとりしていると
「大丈夫だ。ヴィッツはお前たちの元に返そう」
そう言ってリンドヴルムは何か唱えると、気を失ったヴィッツの体は七人の前に現れた。このままではヴィッツが水に沈んでしまうため
「じゃあ俺が抱えるわ」
とカルロが抱き留めた。グレイとザントに手伝ってもらい、カルロはヴィッツを背負った。一行はリンドヴルムとイアリティーナの方を向く。そしてグレイは
「ヴィッツの両親がお前たちなのは分かった。だが、ヴィッツがお前たちと再び共に暮らすことは可能なのか」
そう問いただす。イアリティーナは
「私は役割を終えたので世界の均衡が保たれた後に消滅します。そしてリンドヴルムは永遠の時を生きる竜。次の世界の均衡が崩れる時まで眠りにつきます。もう会うこともないでしょう」
と言った。
「そう、か。ヴィッツはもう両親とは暮らせないのか。せっかく再会出来たというのに」
グレイがそう言って少し寂しそうにすると
「私も残念です。ようやく息子と会えたのに、もうお別れだなんて。でも、息子には多くの仲間が、そして友がいます。皆さん、ヴィッツをお願いします」
と言ってイアリティーナが礼をした。リンドヴルムは
「ずいぶんとわんぱくな子に育ったようだが、芯のある心だ。これなら安心して任せられる。お前たち、息子を頼んだぞ」
と言って洞窟の奥へと消えていった。
「さあ、皆さん。もうここに用はありません。ヴィッツの指示に従って光と闇の均衡を正してください」
イアリティーナはここから立ち去るよう皆に言う。グレイは
「ヴィッツは俺たちが預かった。安心してくれ」
と言う。それに対してイアリティーナは微笑んで一行を見送った。長い水の道を戻りながら
「まさかこのヴィッツが竜人そのものだったとは驚きだ。でも、俺たちと一緒に無人島で生活して、色々あってここまで来た仲だ。ヴィッツがヴィッツであることは変わりねぇ」
とカルロが言う。グレイも
「俺だって水神の生まれ変わりだ。魚人の生まれ変わりでもある。世界でただ一人の竜人であっても、俺の親友であることは変わらない」
そう言ってヴィッツの様子をうかがう。ヴィッツは寝息を立ててカルロの背中に身を委ねていた。
「気を失ってそのまま寝ちまったんだろう。兄貴がヴィッツと同じ家に泊まってんだよな? ヴィッツの両親に今後会えなくなること、伝えておいてくれ」
「ああ」
カルロとグレイはそう話しながら歩く。そしてついに洞窟の出口に着いた。近くの岩に座って待っていた青年が、背負われたヴィッツを見て
「旅の方! 何かあったのですか? それに竜人様のお姿もないようですが……」
と聞いてきた。カルロは悩みつつもこの村全員が知っていることらしいと判断し、ヴィッツが竜人本人であることを話した。青年は
「なるほど、そうでしたか。長に話しておきます。まずは山を下りて休憩しましょう」
と冷静に一行を村まで誘導した。各自、自分たちが泊まった家に帰り、カルロはヴィッツをグレイと同じ部屋まで運ぶ。ベッドに下ろして寝かせ
「じゃあ、兄貴あとは頼んだぜ」
カルロはグレイにそう言って自身の泊まる家に戻った。グレイはヴィッツのベッドの端に座り顔を眺める。キレリアの街で自分が記憶を取り戻して泣き疲れて眠った時、ヴィッツはこうして自分を見てくれていたんだろうか。そう思いながら今度はグレイがヴィッツを見守る。ヴィッツの耳を見ると、イヤリングをしていた跡が残っている。今まで何気なく付けていたと思われる母の形見だと思っていたイヤリングが、実は母本人が封印されていた重要なものと知った時、ヴィッツはどう思っただろうか。そしてその再会したばかりの母、そして初めて会った父ともう二度と会えないと分かったらどう思うだろう。グレイの中でいろいろな思考が駆け巡る。こうして夕飯の時間になっても目覚めないヴィッツのそばで、グレイはずっと手を握って見守っていた。夜になり月が部屋の中をほんのりと照らす。
「ん……んん」
ヴィッツの声に思わず
「ヴィッツ!」
と大声で名前を呼んだ。すると
「あ、ああ。グレイか。俺、いつの間にか寝ちまったのか?」
と寝ぼけた様子であたりを見回す。グレイは恐る恐る
「今日、竜の洞窟であったこと、覚えているか?」
と聞いてきた。ヴィッツはうーんと考え
「ああそうだ。父さんと母さんに竜人としての力を受け取って、お前らの方を向いて……その後の記憶がねぇな」
と答える。グレイは
「ああ、そこでお前は元の姿に戻って気を失った」
とヴィッツに教える。
「そっか。その後は覚えてねーけどカルロあたりが運んでくれたのかな?」
ヴィッツの問いにグレイはうなずく。そしてグレイは少し困った様子で
「その……お前はまた両親に会いたいと思っているか?」
とヴィッツに尋ねた。するとヴィッツは笑顔で
「分かってるよ。もう、父さんにも母さんにも会えないってことくらいは」
そう言って上半身を起こす。
「竜人としての記憶というか力に目覚めたときにさ、分かってた。母さんは俺たちの任務が終わったら消滅する、それが竜の神の賢者の宿命だってのは分かったんだ。そして父さんはこの世界が生まれてからずっと生き続けている竜。この世界が滅びるその時まで生き続ける。俺たちが役目を終えたら父さんは次の役目の時まで眠りにつく。だからどっちも会えなくなる。寂しいけどそれが俺の宿命なんだ」
いつもと変わらないあっけらかんとした様子で話すヴィッツをグレイは抱きしめ
「俺は家族を失う経験をした。だからお前も無理して強がらなくていい。俺はお前をずっと信じ続ける。たとえ世界すべてを敵に回しても、俺はお前の味方だ」
そう言って涙を流す。
「なんだよ。お前が泣いたら意味ねーだろ。お前の気持ちは分かったが、一途過ぎんだよ。もうちょっと肩の力抜け」
そう言ってヴィッツは自分からグレイを離す。するとグレイは
「お前がいなくなるのが、一番辛いんだ……」
と本音を漏らす。ヴィッツは笑いながら
「はいはい、泣き虫さん。俺はお前の前からいなくなったりしねーから。そのための約束の宝物渡したろ?」
と言ってグレイの頭を撫でる。グレイは涙目でこくりとうなずく。
「お前、本当俺より年上なのかわかんねーな。泣くなよ、な?」
ヴィッツはグレイの涙を指で拭う。そして
「あー俺、腹減ったー」
とヴィッツは背伸びをする。グレイが
「冷めても食べられる物を用意してもらっている」
と言って、窓際のテーブルに乗せていた料理を持ってきた。
「おお、ありがてぇ。えっと、アズィエス ルアーサ マナディル アティア」
ヴィッツの言葉に
「お前も古代語使えるのか!」
とグレイが驚く。
「この世界が生まれてから生き続ける竜の血が流れてんだ。古代語は分かるようになった。普通の言葉で言う『いただきます』だな」
とヴィッツは笑いながら受け取った皿を手に取り料理を食べる。
「そういやナトルイア島でカルロが島を出る時に言ってたお祈りの言葉。あれ意味は『この地の精霊の加護を私に』って意味だったんだな」
ヴィッツはグレイにそう話す。
「そういえば以前聞いたことがあるな。使いすぎても良くない言葉だと。祈りの言葉なのに使いすぎると良くないと言うのが理解できない」
グレイがそう言うと
「あ、お前は読むのと話すのと言葉の意味は分かるけど、その言葉の効果はあんま分かってない感じか?」
とヴィッツが聞いてきた。グレイはうなずく。
「読むのは見たことないから分からんが、話すことは出来るしそれがどういう意味の言葉かは分かる。だがその言葉にどういう効果があるかまでは俺には分からん。そもそも古代語は言葉自体に何かしらの力がある、ということか」
そう答えるグレイにヴィッツは
「ああそうだよ。言葉自体に凄い力がある。それでまあ、いただきますの意味の言葉は『この地のすべての精霊に感謝を』だから特に問題ない。だがカルロの言っていた『この地の精霊の加護を私に』は、いわゆる欲張りな言葉だ。精霊の加護を俺にくれーってことだ。そりゃあ対価もなしに唱え続けりゃ精霊も怒る。だから唱えるのはほどほどにってのがカルロの国では伝わってるんだろう」
と解説する。グレイは感心し、驚いた様子でヴィッツの顔を見る。
「なんだよ、その顔」
ヴィッツがジト目でグレイを見ると、グレイは慌てて
「いや、その、お前がそんなに賢い話をするのが違和感で……あっ! いや、お前を馬鹿だと思ってたわけでは無く……えっと……」
と弁解するがヴィッツは
「つまりお前は俺のことずっとバカだと思ってたってことだろ? 実際、知恵も知識も何もねぇ農村育ちだ。そう思われたって仕方ねぇよ。そんな俺が竜人とは驚きだ、ははっ」
と逆に笑って返した。ヴィッツのその笑顔にグレイも笑う。
「そのお前の潔さが俺はいいと思う」
グレイの言葉に
「へへっ、ありがとな。親友」
とヴィッツは言った。
翌日、八人全員が村の広場の一角に集まり、円になって座る。カルロが
「まあ何にせよ、竜人はこうして見つけたわけだ。ザントの杖ももう方角を指し示すこともねぇだろう」
と言う。ザントが杖を取り出して掲げるも、矢印は現れなかった。
「そうだね。あくまでも『竜人の手がかり』を掴むのが僕の役目だった。じゃあここから先はどうしたらいいか。それは僕には分からない」
そう言ってザントは杖を仕舞い困った表情をする。するとヴィッツが
「それなら心配ねーよ。俺が全部知ってる」
と手を挙げて言った。ヴィッツは皆の方を見ながら話し始める。
「まず俺たちが行かなきゃ行けねー場所ってのがルードリー海域にある小さな島が密集する場所だ。カルロかスティアなら知ってると思うが、あの海域に船で入れない場所があるだろ?」
ヴィッツの言葉にカルロが
「ああ。そういやあの海域を通ろうとすると、突然海域の反対側に行ったりするんだよな。だからザルド大陸やアルデナス大陸からの船はルードリー海域を避けて通るようになってる」
と答えた。ヴィッツは
「あそこにゃあ、まさに『光と闇の均衡を保つための儀式の場』があるんだ。だから通常の方法じゃ入れねぇ。今からサウザントに戻って船で行っても、俺たちはあの海域に入れねーんだ」
と説明する。スティアが
「じゃあどうやってルードリー海域に行くの? 船以外の方法かしら?」
と聞く。ヴィッツはカルロに地図を出すように言う。そして地図を指さしながら
「俺たちがいるのが今ここ、リュナ大陸北東の半島のあたりだ。で、ここから北西に位置する半島に、ルードリー海域に転送する魔法陣がある。直線で行けりゃいいが、この半島との間にゃ海がある。遠回りして行く必要がある。宿や村がちらほらあると思うから、補給はできるだろう」
ヴィッツは地図をカルロに返し
「出発は少しでも早いほうがいい。多分次の宿がある村には、歩きでも夕方前には着くはずだ」
そう話す。
「それじゃあ、あんまり村の人の世話になるのも申し訳ねぇし、準備して出発するか」
カルロがそう言い全員荷をまとめて入口に集合する。そこには村の長含む、沢山の村人が待っていた。
「皆様が荷造りをしてるとの話を聞き、旅立つのだと思って見送りに来ました」
長はそう言いながら
「竜人様、どうかこの世界をお願いします」
とヴィッツの前で礼をする。ヴィッツは少し照れながら
「そういう柄じゃねーけど。まあ父さんと母さんに任された身だ。最善を尽くすよ。あと寝泊まりさせてもらってありがとうな。俺は仲間と共に竜人としての使命を果たす」
と言った。こうして一行は村人たちに見送られながら北西の半島を目指した。
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