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一章【集結】
五話 もうひとりの自分
しおりを挟む昼も過ぎかといって夕方にはまだ少し遠い中途半端な時間。ヴィッツは今食べるには都合が悪いから昼飯と夕飯を一緒にすると言ってひと眠りし、スティアとザントとミーンは軽食を取る。そして元気よく走っていろんなところを見て回るザントを追いかけるスティアを見送ってミーンは一度部屋に戻る。日も暮れて夕食の時間となり四人は一緒に食堂で食事を取った。
「スティア~。ボクねむい~」
うとうとしているザントを抱きかかえ
「ザント今日いっぱい走り回ったからね。私も疲れちゃったし、今日は早いけどもう寝るわ」
そう言って宿に戻る。
「私も少し休憩するわ。そういえばヴィッツは酒場に行くって言ってたわね」
ミーンにそう聞かれ
「ああ、まあ村を出る前から酒を飲むの止めてたから、たまにはいいかなーって」
と長い間酒を飲んでないことを話す。十八から酒を飲めるこの世界、ヴィッツも時々飲む程度ではあったが、旅に出ると決めた日から今日まで酒を飲んでいなかった。
「ここを出たらお酒を飲む時間なんてないかもしれないし、ゆっくり飲んで楽しんできなさい。じゃあ私も宿に戻るわ」
そう言ってミーンも食堂を後にした。残ったヴィッツは少し離れた酒場へと向かう。夜でもそこそこ人の行き来がある街。村ならこの時間に外を出歩く人はいない。そうこうしているうちに酒場に到着した。扉を開けるとテーブル席の一角で賑やかそうに話す人の塊があり、そこには見慣れた姿があった。そう、ナスティだ。ナスティはこちらに気付いたようで
「あっ! ヴィッツさん! よかったら一緒に飲みませんか?」
と手を振る。ナスティも複数の友達と一緒に飲んでいるようだが、酒が入ったコップを持つと席を立ち
「ちょっとお客さん来たから、また会える時があったらお話しましょ!」
そう言ってナスティは彼らと別れヴィッツの元へと歩いてきた。
「おいおい、友達とせっかく話してたんじゃねーのか? これから長い旅になるかもしれねー。戻ってこれるかもわからねー旅に強制的に連れてかれるんだぞ? いいのか?」
そう言うとナスティはカウンターの端の誰もいない席にヴィッツを呼び、耳元でこう言った。
「私の本当の仕事はみんなには内緒にしてるから知らないんです。それに友達と会うのも月に数回くらい。任務によっては二か月以上会えないこともあります。よくある事なんです。だから、私の中で満足したのでもう大丈夫です!」
と笑顔を見せた。
「さ、ヴィッツさんも楽しくお酒飲みましょう!」
そう言ってヴィッツをカウンター席に座らせ隣に座る。
「俺はレシス酒を一杯頼むわ」
世界全般で採れる木苺のようなレシスと呼ばれる果実の酒。ほんのり苦みがあるため果実酒の中では珍しく男性にも人気で、ヴィッツもこの酒が一番気に入っている。
「あ、ヴィッツさんってレシス酒好きなんですね!」
ナスティにそう聞かれ
「ああ、飲みやすいしあまり酔わないし。まあ俺それほどガブガブ酒飲む方じゃねーから一杯か二杯くらいしか飲まないけど、やっぱ味が好きなんだよな」
「分かります! そう、酔いがあまり回らないからオフの時とか飲むのにいいですよね! 私もしばらく飲めないだろうからじっくり味わって飲もう」
カウンターから差し出された少し大きめの木製コップをヴィッツは握り、二人でコツンと合わせて乾杯の挨拶をした。ヴィッツはちびちびと酒を飲みながらこれまでのいきさつをナスティに話す。すでに話した部分もそして話してない部分も色々話した。
「はぁ~、女難の相ですかぁ。確かにスティアさんも結構気が強いタイプの方ですし、ミーンさんは凄く厳しそうな方でしたね」
「そーなんだよ。なんか俺にかかわる女ってのが何とも言えない一癖も二癖もあるのばっかでさぁ。あ、そういう意味ではナスティは比較的まともに見えるな。まともっつーか話がしやすい」
「そーですか?」
ナスティが不思議そうな顔をする。
「ああ、スティアとミーンと比べりゃふつーに話せる相手だなって思うよ」
とヴィッツが笑いながら言うので
「そう、ですか。ふふっ、私も結構変わり者ですよ? あ! 別にあのお二方が変わり者って言ってるわけじゃないです」
と言いながら身の上話を始めた。
「グレイの話をしたとき、私の話もしましたよね。『ディア様に助けられた』って話を」
ナスティの言葉にヴィッツは頷く。
「私の故郷はサウザント大陸の南にあるナトルイア島よりさらに南のグルドア大陸のエアイアの街なんです。私の家はとても貧しくて、父も母も疲弊して私と弟妹たちでなんとかしないとって。私は……そう、働く手段がなくて盗みを働いてました、まだ十二歳だったから。素早さだけは負けないって。捕まることなく盗みで何とか生活を保っていました。そんなときに国王になられた後のディア様がいらっしゃってたんですよね。恐らくエアイア国王と何かしらの用事があったのだと思います。でも当時の私はディア様のことを何も存じ上げなくて街中でお見掛けした時に何かお金を持ってそうな人だって思って、そこでディア様が一人になった隙に持ち物を盗んでしまった。でもディア様の精鋭部隊に囲まれて捕まって、私はその時にディア様が国王であったことを知り処刑されると思いました。でもディア様は『こんな小さな子供が盗みをするならそれ相応の理由があるはず』と私の話に耳を傾けてくださったんです。家が貧しくて生活が苦しくて、自分の素早さと器用さには自信があったから盗みを働いたことを話すとこう仰ったのです『その素早さと器用さを私のために使ってくれないか』と。『君の力が必要だ。是非私の元で働いてくれないか。報酬は充分に出す』そう言って家族の生活の保障を約束してくださったのです。あんな悪さばっかりしてた子供の私に心配そうに、でもとても優しく声をかけてくださった。それから戦い方を一から学びつつ私の器用さと素早さを鍛えて、そしていろんな任務を任されました。家族にも仕送りが出来て、時々手紙が届きます。お前は遠くに仕事に行ってしまったが、こうやって手紙も送ってくれるしそのおかげで普通の生活ができるようになったって家族も喜んでいました。だから、これからもずっと私はディア様のためにこの力を使いたい、そう願っています。そしてこの旅もまた大事な使命です。ディア様の元からはしばらく、もしかしたら長い間離れてしまうかもしれないけれど、私はディア様の願いなら何でも叶えたいのです。ですからこの旅については私は異論はありません。基本私とグレイはディア様の影の護衛ですが、きちんと表立った親衛部隊の方もいらっしゃいますので大丈夫です。なのでしばらく留守にはしますが、この任務頑張ります!」
ナスティの話を聴いて
「やっぱ、お前も大変な目にあってたんだな。俺のちっぽけな願いとかと比べると違いすぎてさ。正直さ、俺なんかがこの旅に付いてっていいのかなって不思議に思うんだよ」
と周りとの境遇の差に自身が釣り合わないのではないか足手まといになるのではないか、とヴィッツは自身の力のなさをこぼした。
「でもミーンさんが言ってましたよね。ヴィッツさんでないといけないと精霊が言っていた、と。それによく考えてください。ヴィッツさんが旅に出てスティアさんとザント君と出会って、そしてミーンさんと出会って私やグレイと出会って。始まりはヴィッツさんの旅立ちです。きっとそこに意味があるんだと思います。だから鍵のひとつなんじゃないかって、私は思います」
ナスティの言葉にヴィッツは
「そうか……そうだな。正直納得はいかないけどさ、まあナスティがそう言うなら俺が『始まりできっかけ』なのかもしれねーな。そう思うとなんか不思議な縁だなぁ」
と言いながらコップに残ったレシス酒を飲み干す。そうして他愛もない話をしばらく続けた。
少し時間を遡る。食堂でヴィッツと別れ宿へ戻ったミーン。スティアとザントは恐らく少し前に部屋に戻って寝ている。周囲に誰もいないことを確認すると部屋に入り窓を開け
「もう大丈夫よ。入って」
そう言って誰かを呼ぶ。すると、闇の中からグレイが現れた。が、その体格そして雰囲気はグレイよりも少し小さく柔らかく、何より優しい目をしていた。
「誰もいないから、覆面は外して大丈夫」
ミーンに言われ覆面を外すと、穏やかな表情の大人の女性の顔があらわになった。グレイと同じ見た目だが性別が違うグレイの中に宿るもうひとりの彼の分身。
「あの……貴女は私のことを知っているようですが、その……私は一体何者な」
彼女が言い終える前にミーンはスッと膝を床に付け頭を下げた。
「ようやく、ようやく見つけました、姫。千年前に時空の歪みへ魂のみ吸い込まれこの時代にやってきた、ルードリー海の奥深くを故郷とする魚人族の一族の第一王女、それがあなたです」
ミーンの言葉に
「それが……私の本来の住んでいた場所、そして生きていた時代……。ごめんなさい、彼の中にいた時から私は記憶がない。自分の名前も何もかも思い出せないのです」
と彼女は申し訳なさそうに言う。
「私の身分をしっているならば、私の名前は……分かりますか?」
そう言うと
「申し訳ございません。王家のしきたりで『十八歳未満の王族の名前は王族以外には教えない』ので、十六歳で事故にあった姫の名前を……私は知るすべがないのです」
とミーンが現時点では姫の名前を知らないことを話す。
「そう、ですか。私の記憶を取り戻す方法はありますか?」
彼女の言葉にミーンは
「はい。現時点のグレイと姫の魂は連結された状態にあります。今強引に離れればお互いに影響が出てしまう。それは何度か経験されたかと思います」
と言い、彼女もこくりと頷く。
「ですのでまずは連結された魂を分離させ、それぞれを別の魂にします。そこからエルフの杖を手に入れて姫の肉体を生成させ、この現代に姫を蘇らせるのです。そうすることで姫は『光を司る者』としての役割を担うことになります。姫と分離したグレイは本来のグレイの役割として『闇を司る者』となります。姫の肉体さえ戻れば記憶も戻るはずです」
ミーンの言葉を聞いて
「十七年、いいえ二十七年の間ずっと彼の中で過ごしてきた。融合した意識はいつしか私と彼に分かれ、そして彼が事故にあってそしてサウザント城で暮らすようになって、それをきっかけに私は彼の体から『分身』として抜けられるようになった。でも完全に別人として分離しているわけではないから、長い間遠くに離れていると不安と恐怖で押しつぶされるような感覚に何度も陥って、気が狂いそうになった。それはすべてそういうことだったのですね」
と彼女は言い、ミーンはそれに頷いた。
「明日、カルロ王子を探しに行くのでしょう。彼の、グレイのことだから私を先に行かせると思います、彼の代わりとして。彼はディア国王の元から離れることを渋っていましたから。肉体のない私ですから、体格も顔つきも声も自在に変えられます。他の方たちには極力悟られぬようついて行きましょう」
ミーンはそう言う彼女に対して
「姫には本当にご迷惑をおかけします。本来ならそのような任務を任せるわけにはいきませんが、現時点の姫の情報だけはどうか肉体の生成までは御内密に……」
と言う。
「はい、分かりました。それでは私は戻ります」
こうして彼女は覆面を付け直し窓から外に出た。しかしタイミングがまずかった。いつの間にか酒場から帰ってきたヴィッツが酔い覚ましに窓を開けて外を見ていたのだ。隣のミーンの部屋から出てきた黒い影。ヴィッツは何か盗まれたのではと思いあわてて窓を飛び出る。農村育ちで村の小麦畑や納屋や高床式の収穫物の保管庫をアスレチック代わりにして遊んだ経験があるくらいには運動神経はそこそこある。宿の隣の家の屋根に飛び乗ると急いでその影を追いかけた。影から見える月の光に照らされた金髪、そうグレイの髪だった。
「あいつ、何しにミーンの部屋に」
事情を知らないヴィッツは徐々に距離を詰め、そして必死に手を伸ばしその髪を掴んだ。
「ウッ!」
その声はグレイとは違い女性の声だった。
「え、お前……あのときと声が、ぐえっ!」
ヴィッツが言い終わる前に背後から殴られ、そして気を失った。
「あの女にもあれほど悟られぬよう気を付けろと言われていただろう」
「ご、ごめんなさい……。私のいろんなことを知りすぎて、少し気が緩んでしまったみたい」
グレイと彼女はそう話す。
「全く……。明日からの旅、まずはお前が行け。俺は後から追いかける。とりあえず今はこいつを宿に戻してくる」
そう言ってグレイはヴィッツを肩に担ぎ、彼女は城へと戻った。ヴィッツの部屋の窓の前に来ると
「あら、グレイ。お疲れ様」
とミーンが両手で頬杖つきながら窓から顔を出していた。
「こいつが追いかけると分かりつつ見ていたのか」
グレイがそう尋ねると
「そう、ね。ちょっと気になることがあって、姫が出て行った後にヴィッツがどう動くか見たかったの。あの姿が姫とは全く気付いてなかったけど。でも私の思った通りだったわ。一般人ではあるけれども身体能力はありそうだって、そう考えていたの。そうじゃなきゃ明日からの危険が付きまとう旅に同行は難しいもの。カルロのいる無人島、ナトルイア島に行くのがどれだけ危険か」
とミーンが明日のことを話す。
「確かに。王子がいる島は魔物が出る、ここら辺と違って魔物の巣窟みたいなものだ」
「そう、だからヴィッツが戦うことが出来るかどうか確認しておきたかった。あれだけ動ければ上等よ、彼も戦えるわ」
ミーンの言葉にグレイは
「そうか。俺は後から島に向かう。まずは分身と行動して王子を見つけろ」
と言ってヴィッツを部屋のベッドに放り投げると窓から飛び出る。
「あなたのことは追々話すわ。今はまだ話す時じゃない。自身の出生が知りたいでしょうけど、まだ時が来てないのよ」
ミーンがそう言うとグレイはすぅっと息を吸い込んで、直後一瞬にして姿を消した。
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