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それってどっちが正しいの?

第二話

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そこまで思い出した時、聞きなれない音がして私はハッと現実に戻った。
それはこの家のインターフォンで、初めて聞くその音がなんとなく不思議な感じがした。
引っ越したことなどほとんどの人に言っていないし、近所の人か大家さんだろうか?
そんなことを思いながらとりあえず扉を開けると、ドンと何かにぶつかった。
「おい」
え?
上から聞こえたかなり低い声に、その主を仰ぎ見る。

「お前、誰かも確認せずに出るなよ。それにその恰好」

「尋人……」

まさか想像もしていなかった人物に、私の口からは名前が零れ落ちる。そしてその言葉の意味を考える。

今までは一緒に住んでいた時は、部屋着もかなり気を使っていたが、今は一人だ。
荷解きが面倒だったこともあり、適当な短パンに大きめのTシャツ一枚という姿だった。

なんとなく少し伸びたTシャツの胸元に手を持っていきながら、私は視線を外して問う。

「どうしたの?」
それに対する答えはなく、彼は無言のまま家へと上がりこんだ。

「ねえ? 何かあった? 私忘れ物でもした……」
狭い廊下を先に歩いていく尋人を私は追いかける。すぐにたどり着いた部屋を見渡してから、カーテンを開けてベランダを確認している。
「まあ、ギリ合格かな」
ため息交じりに発した言葉の意味が解らず、私は立ちすくんでいた。


「何が?」
「弥生の新居だよ。まあオートロックないけど、一階じゃないし、隣からも見えないな」

「はあ」

訳が分からずとりあえず答えれば、尋人はドサッとベッドに座った。
ソファがないからそこにしか座るところがないのかもしれないが、尋人がベッドに座っている光景にドキドキしてしまう。

「ねえ、どうしたの?」
いきなり現れた彼に訳が分からないまま尋ねれば、尋人は意味が解らないと言った表情を浮かべた。

「だから、弥生の新居の確認。問題があればすぐに引っ越させようと思って」
いったい何を言っているのだろう。離婚した妻に対していうセリフだろうか。
「弥生、お前のことだからどうせ夕飯抜く気だろ? 買ってきた」
大きな茶色の紙袋が床に置いてあり、そこから尋人はテイクアウトの料理を並べ始める。
それは結婚していた時もよくふたりで買いに行った、イタリアンの店のテイクアウトで私の好物ばかりだ。
ご丁寧に箸やフォーク類もすべて用意済みだ。ポンと私に缶ビールを投げてよこす。

「ちょっと投げないでよ。飲めないでしょ」

投げられたビールを置くと、私は小さく息を吐いた。
とりあえずは心配してきてくれたのは確かなようだ。

「ありがとう?」

とりあえずお礼を伝えると、尋人は満足気に頷いた。
どんな状況かまったくわからないが、とりあえず私のことを心配してくれたことは確かなようで、尋人はずっとドアを開けるときは注意しろとか、夜窓は開けっぱなしにするななど、いろいろと私に言い聞かせていた。

空間が狭いせいか、今までより距離が近いような気がして、落ち着かず私もアルコールが進む。

そんなに強くない私は、だんだんと気持ちがよくなり、気が大きくなってしまう。
「ねえ、なんで別れた嫁の心配するのよ」

「なんで心配したらいけないわけ?」
尋人は淡々とピザを口に運びながら、視線だけ私に向けた。

「だって」

心配してくれるなら離婚しなくてよかったじゃない。そんな言葉を言いそうになり、さすがにまずいと言葉を止めた。

「なんだかんだ、尋人は私のことも心配するよね。昔、旅行に行った時もさ」

「旅行?」
さっきまでそのことを思い出したていたからだろう、いきなり振った酔っぱらいの戯言に、尋人は怪訝そうに聞き返す。

「そうだよ」
あの旅行は確か夏だった。目的地まで楽しくサービスエリアに寄り、ご当地の物を食べたり、景色を見たりしながら楽しく向かった。

待ち合わせの都内はセミの声がして、じりじりと暑かったが、目的地に着くころには暑さも少し和らいでいた記憶がある。
森の中の散策コースを散歩して、魚釣りをして。私にとって初めての経験ばかりだったが、宗次郎君がいろいろと教えてくれていた。

「あの時、宗次郎君がいろいろ教えてくれて。尋人は楽しそうに佐和子と釣りしてたよね」
佐和子は虫も平気で釣りもしたことがあり、教える必要がなく面倒見のいい宗次郎君が私の世話係をしてくれていたのだ。少し卑屈な言葉を言ってしまったが、酒の席だし今更いいだろう。そう思っていると、低い声が聞こえた

「はあ? 違うよな」

「え?」
ビールを一気に飲み干すと、尋人が珍しく不機嫌そうな表情を浮かべた。

「俺が教えるって初めにお前に言っただろ? そこが抜けたら話が全然違う」
「え? そうだっけ?」
私の記憶の中では佐和子と尋人が楽しそうにしている記憶だけだ。尋人が教えてくれるっていっただろうか?
アルコールの回った頭では、思い出すことはできなさそうで、考えるのを放棄する。

「でも、結局教えてくれたのは宗次郎君じゃない……」
そこまで言ったところで、尋人の空気が変わった気がした。
「お前さ、なんなの? それは俺を責めてるの? 教えて欲しくないって言ったのは弥生だよ」
私が尋人が教えてくれると言ったことを断った? そんなことありえない。だって私は尋人と一緒に釣りをしたかった。
「そんなわけない」
「どうしてそんなこと言えるんだよ?」
「だって私は!」
尋人の初めて見る挑むような瞳に、私は言葉を止めた。離婚したその日にどうしてこんなことになっているのかわからない。
この一年、穏やかでこんな風に言い合いをしたことなどなかったのに。

いろいろな感情が入り混じっていく。
好きな人と一緒にいられればいい、その人が自分の親友を好きだとしても。
そう思ってそばにいたが、本当はずっと傷ついていたことに気づく。こうしてずっとそばにいたのに、触れられもしない。
女としてみられていない。

ぽたりとカーペットに涙で色が変わったことに気づき、慌てて指で涙を拭う。
尋人は私の方を見ていなかったので、泣いていることには気づいていないだろう。
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