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離婚しましょう

第二話

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そこへ行った時には、珍しく尋人はかなり酔っていた。だからきっと魔が差したのだろう。
『俺たちも結婚しようか』

『え?』
自分がそのときどんな気持ちだったのか、今ではもうわからない。でも私はすごく間抜けな顔をしていたのだと思う。
少し彼が笑ったことだけ覚えている。

そのあと、尋人はゆっくりと言い聞かすように言葉を続けた。
『そして、一年で離婚しよう』
彼が失恋したからと言って、私と結婚するメリットなど何もなかった。尋人が佐和子を好きだと知っているのはきっとそばにいた私だけだと思う。

『どうして?』

尋人自身、私がそのことを知っているなど想像もしていないと思う。
だからこそ、どうしてこんな提案をしたのかわからない。

もしかしたら佐和子に告白でもして、気まずいことが合ったのかもしれない。
もう未練はないと証明でもしたいのだろうか。

『ん?』
酔っていて思考がうまく働かないのか、尋人はただ私を見つめた。

会社の噂も面倒だし、尋人と結婚すれば色々な憶測など消えてなくなる?
そんな言い訳を必死に探した後、私は目の前のグラスのアルコールを流し込んだ。

『いいよ』
だって私は……。


「弥生? どうした?」
その声で私は現実に引き戻された。

「昔を思い出していただけ」
「そうか」
それ以上、何も話すことなく私たちは無言で紅茶を飲み終えた。

なんとなくしんみりした空気を壊したくて、私はにこりと微笑むと尋人を見た。
「それにしても初めのころは尋人のこと最低な人だと思ってたな。そんな人と結婚してたなんて不思議な気分」
目の前のティーカップを取って、ぬるくなった紅茶を一口飲めば、尋人も思い出したのか口を開いた。

「あの頃の弥生の俺を見る軽蔑した眼差し。今でも頭に浮かぶよ」
尋人もクスクスと笑う。そんな彼に一息ついて頭を下げた。

「今はとても感謝をしています。この一年、なんだかんだ楽しかったよ」
「俺も楽しかったよ」
そう言ってくれるだけで、十分かもしれない。

私なんかじゃ尋人の失恋の傷を癒せなかった。でも幸せだった。
結婚してからキスすることも、もちろん抱き合うこともなかったけど、いつも隣で私に笑いかけてくれる尋人といられて楽しかった。

「明日、引っ越し屋さん朝一にくるから」
その言葉に尋人が驚いたような表情を浮かべた。

「もう決めてあったのか? 家は? 俺も一緒に探すって話してただろ?」
離婚の話がでたのは、この一年で今日が初めてだ。
しかし、私は結婚して同居が始まった時から、離婚した後のことは考えていた。

私の部屋はもう段ボールの山だ。そんなことも知らなかったでしょ?
少しだけ意地悪な言葉を言いたくなるも、それをグッと私は耐えた。

「いい物件があったの。ここから電車で15分ぐらいだから、たまにはまた会ってくれる? 飲み友達として」
完全に仕事もやめて縁を切って諦めようと思ったこともあったが、私はやっぱりずるい。
この先、すぐに誰かと恋愛をするつもりもないし、結婚だってしないと思う。
だから、尋人に誰か一見つかるまではいいかな。
そんなことを思ってしまった。

「もちろん。それに明日、手伝うよ」
穏やかに言ってくれた彼に、私も微笑んで頷いた。
「周りにはそのうち話す感じで大丈夫?」
「そうだな」

佐和子たちの結婚が決まったあと、私たちも結婚するそう話した時、二人は何も疑うことなく祝ってくれた。

会社の同僚も、そうだったのかと私たちのことを温かく見守ってくれている。
それを水を差す必要もないし、あえて波風をたてることもない。社内で離婚の手続きは人事がさらりとやってくれるので、知らない人の方が多い。
だから、あえて知られるまでは言わなくていいだろう。
嘘をついていたことも、離婚することも、申し訳ないと思うが、これは私たち二人だけの秘密だ。
両親にもそのうちほとぼりが冷めたら話せばいいと思っている。
いつか結婚式をすると思っていた両親には申し訳ないが、それは仕方がないことだ。

「じゃあ、これ預けておくね」
立ち上がって、リビングの小さな引き出しを開けて、婚姻届と一緒のタイミングでもらっていた離婚届を見つめた後、私は呼吸を整えて尋人の前に差し出す。


「弥生……」
自分から言い出したのに、私がこんなに用意周到にしていたことに驚いたのかもしれない。
私の名前だけ書いてある離婚届を少しの間みた後、尋人はそれを受け取った。

「出しておく」

「お願い」
そっと差し出された尋人の右手。その手に私も右手を差し出す。お互いの右手と左手を繋げるような未来はなかったけど、こうして握手できる関係でこれからもいたい。

私はそう思った。

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