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序章
序章
しおりを挟む豪華な石造りの美しい城のバルコニーから、眼下に広がる雄大な町並みに私は視線を向ける。
真下には川が流れその周りには緑の木々が広がりてとても美しい。
「失望したよ。レティシア・シャントルイユ」
そんな感情など一瞬にして無くすほどの、低く温度感のない声。
「何かいうことはあるか?」
ずっと小さいころから彼の隣に立つことだけを考えてきた。
どうして? なぜ?
今の私がそんな問い掛けをいくらしても、なんの意味もないことはわかっている。
「ございません」
そんな答えに、彼は一瞬驚いたような表情を浮かべた気がした。
しかし、それも気のせいだろう。
氷の王太子と呼ばれる人が、私なんかのために表情を崩すことはないはずだ。
ずっと彼の隣にいることを疑うことをしなかった私が愚かなのだ。
「そうか」
静かにそれだけを言うと、彼が手を上げたのがわかった。
なだれ込んでくる兵士たち。手には魔法を封じる手枷が付けられいる。
そのせいで、ほとんどなにもできない。
だから、こんなに兵を集めなくても。そう思い少しだけ苦笑する。
後悔ばかりと言えばその通りだ。もっと自由に、もっと自分の気持ちに素直に。
大切なものは大切だと。嫌なことは嫌だと。
そう声を大きくして言いたかった。
今ここでそれをしても、すべてがもう遅い。
でもひとつだけ。
「ベルナール殿下」
ずっとそう呼びたかった。
心の中では眠る前にベッドの中で何度もこっそり呪文のように唱えた。
本当の私はもっといろいろな世界を見たかったし、もっとやりたいこともあった。
でも、一番はあなたが幸せだったらなんでもよかった。
呟くぐらいの声が彼に届いたかどうかは定かではない。
だから……。
もうすぐ私に手が届く、その距離まで兵士が来ていた。
最後の力を振り絞り、風魔法を使い身を浮かせてバルコニーの手すりに立つ。
「なにを!!」
兵たちの驚いた表情にも気にすることなく、まっすぐに彼を見据えた。
「愛しておりました」
それだけを言うと、私はくるりと踵を返してバルコニーから身を投げた。
「レティシア!!」
最後の最後でずっと呼んで欲しかった名前を呼ばないで。
この決死の覚悟を揺るがさないで。
冷たい……。苦しい……。助けて……。
ベルナール様!!
死ぬと覚悟はしたつもりだったのに、本当に直面するとこうして生に執着するのだろうか。
覚悟もしたし、自分はそんな意志の弱い人間ではないと信じていた。
だからこうして自死を選ぶことに、躊躇なんてなかったはずなのに。愛しい人の幸せのためならば、忘れることも身を引くことも、強いては命を絶つことも喜んで……。
そんなことを思っていた私はなんて愚かだったのだろう。
死、それも最愛の人の手によって。
生まれて初めて感じた憎しみの感情、そして心が裂けてしまいそうな悲しみ。
死にたくないーー。
一気に暗闇に落ちていく感覚の中、私は切にそう願った。
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