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知りたくなかった
第3話
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「長谷川さんすごいな。何か国語話せるの?」
営業部の課長の澤部が驚いたように声を掛けた。
「ああ、日常会話程度です」
「さすがだね。長谷川さん」
今回同行している、日葵の父の代から一緒に会社を運営している専務である近藤が、にこやかに現れた。
日葵の素性ももちろん知ってる。
「清水君もご苦労様。急なことだったが前宣伝としては上々かな?」
その言葉に壮一も力強く頷いた。
「手ごたえは十分だと思います」
「そうか、後はもう出来上がりだけだな。社長にもそう伝えるよ」
そして日葵と壮一の横を通り過ぎる。
「二人とも頑張っていたって伝えておく」
そう小声で近藤で言うと、その場を後にした。
一日目がバタバタと過ぎ、後片付けも何とか終え、日葵はホテル近くの居酒屋で名古屋のスタッフや、澤部たちと居酒屋にいた。
「あそこの会社の……」
今日のイベントの話で盛り上がる中、日葵は座敷の隅で笑顔でその話を聞いていた。
そんな時、上座で話をしていた壮一が席を立つのがわかった。
「チーフ、お手洗いですか?」
酒も入っているのだろう、スタッフの少し大きな声が日葵にも聞こえた。
「ああ」
柔らかく笑顔を見せてその場から離れる壮一に、日葵は違和感を覚えカバンを持つとそっと席を立った。
(やっぱり……)
案の定、壮一はレジで会計をしているところだった。
「チーフ」
その声に壮一が振り向き、日葵だけにわかるぐらいに表情を歪めた。
「仕事するつもりですよね?」
ジッと視線を向けると、壮一は諦めたように息を吐いた。
「どうしてバレるんだよ」
呟くように言ったあと、今度は壮一が日葵に視線を向けた。
「長谷川はもう少し楽しんでいけ。明日もあるからあまり遅くはなるなよ」
それだけを言うと壮一は踵を返して、ドアから外へと出ていった。
そんな壮一の後を日葵は何も言わず追いかける。
「ついてこなくていい」
冷たく言われた言葉にも、日葵は何も答えなかった。
「どこまでついてくるつもりだ?」
ホテルの部屋の前まできてさすがに、日葵も足を止めた。
「仕事するんですよね?」
「お前俺の部屋に入るのか?」
ドアノブに手をかけたまま静かに問われ、日葵はギュッと唇をかみしめた。
「だって、仕事でしょ? 昨日も寝てないだろうし顔色だって!」
そこまで言って日葵は言葉を止めた。
(私何をいってるんだろう……)
廊下にいる人たちがチラチラと日葵たちに視線を向ける。
こんなホテルの廊下で男女が言い合いをしていれば、どんな関係だろうと思われるのも当たり前だ。
いくら昔の話を聞いたからと言って、深く考えずついてきてしまったことを幾分後悔をしていた。
「かなわないな……。いつから俺のことをそんなに見透かすようになった?」
小さな声で呟くように言うと、壮一は部屋のドアを開けた。
「長谷川、悪い。手伝ってくれ」
そう言葉を発した壮一は、いつもの作られた笑顔でも、昔見ていた完璧な表情でもなかった。
「わかりました」
そんな壮一に、日葵はただ言葉が零れ落ちた。
部屋に足を踏み入れると、よくあるツインの部屋だった。
ベッドが目に入り少しだけドキッとしたが、日葵は平静を装う。
そしてカバンを窓際のテーブルの上に置き、すぐさま資料を取り出した。
壮一と言えば、着ていたスーツの上着を入り口横のクローゼットにかけていた。
ネクタイを取り、襟元をゆるめて小さく息を吐く壮一はやはり昔のように、いや、昔以上に綺麗で、男としての魅力もあがっているのだろう。
柚希や他の女子社員が騒ぐのも納得だった。
しばらく仕事に没頭していると、壮一が立ち上がるのがわかった。
「コーヒーでいい? 紅茶?」
「私やります」
慌てて立ち上がると、ふかふかのカーペットに足を取られてバランスを崩す。
「日葵!」
慌てたように壮一が手を伸ばして、日葵を支えるように抱きしめた。
「大丈夫か?」
ホッと息を吐きながら聞かれたその言葉に、日葵は小さく頷いた。
そしてなぜか支えられていた腕に力が込められたような気がして、大きく胸が音を立てる。
「本当にそそっかしいな」
そう言いながらすぐに解放されたが、日葵は呆然と立ちすくした。
崎本に抱きしめられるのと違う、そして昔とも違う、安堵ではないこのざわめき。
そのことを考えたくなくて、日葵はギュッと唇を噛んだ。
営業部の課長の澤部が驚いたように声を掛けた。
「ああ、日常会話程度です」
「さすがだね。長谷川さん」
今回同行している、日葵の父の代から一緒に会社を運営している専務である近藤が、にこやかに現れた。
日葵の素性ももちろん知ってる。
「清水君もご苦労様。急なことだったが前宣伝としては上々かな?」
その言葉に壮一も力強く頷いた。
「手ごたえは十分だと思います」
「そうか、後はもう出来上がりだけだな。社長にもそう伝えるよ」
そして日葵と壮一の横を通り過ぎる。
「二人とも頑張っていたって伝えておく」
そう小声で近藤で言うと、その場を後にした。
一日目がバタバタと過ぎ、後片付けも何とか終え、日葵はホテル近くの居酒屋で名古屋のスタッフや、澤部たちと居酒屋にいた。
「あそこの会社の……」
今日のイベントの話で盛り上がる中、日葵は座敷の隅で笑顔でその話を聞いていた。
そんな時、上座で話をしていた壮一が席を立つのがわかった。
「チーフ、お手洗いですか?」
酒も入っているのだろう、スタッフの少し大きな声が日葵にも聞こえた。
「ああ」
柔らかく笑顔を見せてその場から離れる壮一に、日葵は違和感を覚えカバンを持つとそっと席を立った。
(やっぱり……)
案の定、壮一はレジで会計をしているところだった。
「チーフ」
その声に壮一が振り向き、日葵だけにわかるぐらいに表情を歪めた。
「仕事するつもりですよね?」
ジッと視線を向けると、壮一は諦めたように息を吐いた。
「どうしてバレるんだよ」
呟くように言ったあと、今度は壮一が日葵に視線を向けた。
「長谷川はもう少し楽しんでいけ。明日もあるからあまり遅くはなるなよ」
それだけを言うと壮一は踵を返して、ドアから外へと出ていった。
そんな壮一の後を日葵は何も言わず追いかける。
「ついてこなくていい」
冷たく言われた言葉にも、日葵は何も答えなかった。
「どこまでついてくるつもりだ?」
ホテルの部屋の前まできてさすがに、日葵も足を止めた。
「仕事するんですよね?」
「お前俺の部屋に入るのか?」
ドアノブに手をかけたまま静かに問われ、日葵はギュッと唇をかみしめた。
「だって、仕事でしょ? 昨日も寝てないだろうし顔色だって!」
そこまで言って日葵は言葉を止めた。
(私何をいってるんだろう……)
廊下にいる人たちがチラチラと日葵たちに視線を向ける。
こんなホテルの廊下で男女が言い合いをしていれば、どんな関係だろうと思われるのも当たり前だ。
いくら昔の話を聞いたからと言って、深く考えずついてきてしまったことを幾分後悔をしていた。
「かなわないな……。いつから俺のことをそんなに見透かすようになった?」
小さな声で呟くように言うと、壮一は部屋のドアを開けた。
「長谷川、悪い。手伝ってくれ」
そう言葉を発した壮一は、いつもの作られた笑顔でも、昔見ていた完璧な表情でもなかった。
「わかりました」
そんな壮一に、日葵はただ言葉が零れ落ちた。
部屋に足を踏み入れると、よくあるツインの部屋だった。
ベッドが目に入り少しだけドキッとしたが、日葵は平静を装う。
そしてカバンを窓際のテーブルの上に置き、すぐさま資料を取り出した。
壮一と言えば、着ていたスーツの上着を入り口横のクローゼットにかけていた。
ネクタイを取り、襟元をゆるめて小さく息を吐く壮一はやはり昔のように、いや、昔以上に綺麗で、男としての魅力もあがっているのだろう。
柚希や他の女子社員が騒ぐのも納得だった。
しばらく仕事に没頭していると、壮一が立ち上がるのがわかった。
「コーヒーでいい? 紅茶?」
「私やります」
慌てて立ち上がると、ふかふかのカーペットに足を取られてバランスを崩す。
「日葵!」
慌てたように壮一が手を伸ばして、日葵を支えるように抱きしめた。
「大丈夫か?」
ホッと息を吐きながら聞かれたその言葉に、日葵は小さく頷いた。
そしてなぜか支えられていた腕に力が込められたような気がして、大きく胸が音を立てる。
「本当にそそっかしいな」
そう言いながらすぐに解放されたが、日葵は呆然と立ちすくした。
崎本に抱きしめられるのと違う、そして昔とも違う、安堵ではないこのざわめき。
そのことを考えたくなくて、日葵はギュッと唇を噛んだ。
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